第2話
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル視点→ミレーヌ視点に変わります。
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先輩からお嬢様の初恋相手について聞いてから一週間ほど経った。それからぼくはずっとある一つのことを考え続けた。ぼくはお嬢様に振り向いてもらうために過去のぼくにもどれるのかな、って。
髪をもう一度伸ばして女の子っぽい服装をして、女の子に戻る。そのことを考えただけで呼吸が苦しくなる。多少マシになったとはいっても、まだ女の子のことは怖い。自分が女の子に戻るなんて考えただけで吐き気がする。いや、今でも生物学的には女なんだけど。
そして――。自分が嫌いになってしまった考えなしの陽気キャラにぼくは戻ることができるのかな。戻るとしても、今のぼくじゃわざとらしくなっちゃうんじゃないかな。そんなことを、執事としての仕事をこなしながらずっと考えていた。
考え事しながらだったからその日、舞踏会があることも先輩から言われるまですっかり忘れていた。
「今夜はギルターニュ公のお屋敷で舞踏会があるのよね。他の令嬢と違ってパートナーがいないことで、またお嬢様が苛められたりしなければいいけど」
「あれっ、今夜ってそんな大事なイベントがあるんでしたっけ」
「ええ。ギルターニュ公の第二令嬢が開催する非公式なもので王国東部地区に領地を持つ同年代の令嬢とそのパートナーだけが招かれる小規模なものだけど……たぶん他の令嬢はパートナーを連れてくるのよね。その点、お嬢様は昔のあなた一筋だったし、他の令嬢と違ってこの年齢で領主を継がなくちゃいけなかったからそんなのいるわけないんだけど」
そう言ってため息を吐く先輩。どうにかしてあげたいけどどうにもならない、と言う苦悩が顔にありありと浮かんでいる。
「……先輩、貴族様のパートナーって、魔法適正や魔力量が高ければ女性でも男性でも、貴族でも冒険者でも関係ないんですよね? 」
あることを思いついて尋ねるぼくに、先輩は怪訝そうな表情になる。
「確かにそうだけど。貴族の結婚相手は家柄と言うより魔法適正の高さが重要視されるからね。同性同士だとしても跡継ぎは養子をもらってくるとか側室? と作らせるかとかどうとでもなるし」
「そ、そんな生々しい話までは求めてませんよぉ! 」
頬を赤くするぼくがおかしいのか、一瞬先輩の頬が緩んだ。でもすぐに真顔に戻る。
「アリエル、そんなこと聞いてどうするつもり? まさか……」
先輩の言葉にぼくは――うんうん、『わたし』はうなずく。
「先輩からお嬢様の好きな人を聞いてからずっと考えていたんです。わたしはやっぱり過去の自分が嫌いだし、お嬢様がくれた今の自分の方が好き。でもそれ以上に、お嬢様と一緒になりたくて、胸が苦しくて仕方ないんです。だから――お嬢様が好きになってくれるなら、嫌いでも、息苦しくなっても過去の自分にもう一回なろうって。お嬢様が好きになってくれたわたしであろうと努力しよう、って思って。そんな再スタートの告白に、舞踏会って最高の舞台だと思いませんか? 」
虚勢を張ってそう言い切る。一人称を『わたし』に戻しただけで既に身体が小刻みに震えてる。先輩はわたしが無理していることにすぐに気づいて、少しだけ心配そうな表情を見せた。けれど、すぐにわたしの決意の固さが伝わったんだろう。わたしのことを止めることもなく小さく笑う。
「そうなったら思いっきり可愛くて、お嬢様に似合うドレスを選んであげるよ。あと、髪はすぐに伸びないから、鬘も用意しておくね。――お嬢様のこと、頼んだよ」
「はいっ! 」
◇◆◇◆◇◆◇
舞踏会の会場に着いた途端。あたし・ミレーヌはため息を漏らしちゃう。わかっていたけれどこの会場にいる同年代の女の子はみんな、横にパートナーを伴っている。パートナーの身分は必ずしも貴族とは限らないけれど、ただ一点だけ――強い魔力のオーラを身に纏っているという点だけは、どのパートナーにも共通していた。強い魔力のオーラを纏っているどころか、パートナーすら用意できてないのはあたしぐらい。
こうなることは最初から分かりきっていた。今回の舞踏会は恐らくギルターニュ公爵家第二令嬢が魔力量の多い婚約相手を見つけたから、その相手を近隣の貴族に見せびらかすことが目的。そしてそのような場でパートナーをまだ見つけていないあたしが浮いたり槍玉にあげられるのは自明だった。でも付き合いを断ることができないのが貴族の辛い所。
舞踏会場の隅に寄って二回目のため息を吐こうとした時。
「あらミレーヌ様。今日もお一人? 」
深紅のドレスに身を包んだ伯爵令嬢があたしのことを煽ってくる。
「ええ。既に公務を継いでいることもあって、なかなか相手を探す暇がなくて」
「あれれぇ、でもミレーヌ様、少し前までは『勇者パーティーのアリエル様をお嫁さんに迎え入れるつもりです』って仰ってませんでしたっけ? 」
「まぁさすがに辺境伯様と言っても、王国随一の勇者パーティーからの引き抜きは難しいでしょうねぇ」
おほほほほ、と意地悪い高笑いをする伯爵令嬢とその取り巻きの令嬢。そんな彼女達の言葉にあたしは手をぎゅっと握って耐える。アリエル様――いや、アリエルが勇者パーティーを追放されたことがまだ知れ渡っていないことが唯一の救いかな。
アリエルが勇者パーティーを追い出されてあたしの領地に迷い込んできてからもう一カ月近くたつのに、何故かそのことは王国の中で知れ渡っていなかった。本当はどうかわからないけれど、今でも勇者パーティーは魔王領に遠征している……ことになっている。なんで情報が秘匿されているのが、王家にとっても不都合だから情報を隠蔽しているのか本当の所はわからない。
でも、そんなのどうでもいい。ここでアリエルが勇者パーティーを追い出されたことを貶められたら、あたしの初恋相手が貶められたとしたら、あたしはきっと正気を保てていなかっただろうから。
「でも、ミレーヌ様がパートナーを見つけられなかったらいよいよランベルドルト領も終わりですわね」
「いいえ、魔法適正が貴族の中でもかなり低いミレーヌ様が十代で公務を継いだ時点でランベルドルト領は既に傾き始めていますわ。それこそ勇者パーティークラスの、よっぽど魔法の才能に恵まれた方を見つけない限り立て直しは無理でしょう」
「まあ、もう二十歳になろうという年齢なのに一緒になれもしない魔法騎士様と一緒になることを夢見て独身のままでいる貴族令嬢に、そんな好条件のパートナーが一緒になってくれるとは思えませんけどね」
おほほほほ、とまた高笑いする。そうこうしているうちにオーケストラによる演奏が軽やかに滑り出してくる。
「では、私たちはパートナーとのダンスがありますので」
そう言って伯爵令嬢たちが大広間の真ん中に歩もうとした時だった。
舞踏会場の扉が勢いよく開け放たれ、会場内にいた全員の視線が扉の方に集まる。そこには白を基調として所々ピンクのアクセントの入った控えめなドレスに身を包んだ、鮮やかな若竹色の髪を腰まで伸ばしたアリエル――あたしの片思いし続けた女騎士様が、そこにはいた。
彼女から放たれる圧倒的な魔力のオーラにその場にいた全員は唖然として見つめていた。そんな中をアリエルは臆することなくまっすぐあたしの下まで来て、跪き、純白の手袋に包まれた右手を差し出してくる。
「遅くなりました、お嬢様。――わたしと一曲、踊っていただけますか? 」
そこでようやく、止まっていた時間が流れ出すかのように外野が騒がしくなる。
「あれ、勇者パーティーのアリエル様じゃない? 」
「うそ、本物……? 」
「こら、そんなこと聞かれたら失礼だぞ」
好き勝手に噂する貴族たちの方を振り返ってアリエルは小さく微笑して何も言わない。そんなこと、あたしの見てきたアリエルじゃ絶対できない。自分のことを噂されたらすぐにびくびくして、俯いちゃうはずだから。
――ほんとにあたしの好きだった女騎士様が帰ってきてくれんだ。
嬉しくなってあたしは満面の笑みを浮かべてアリエル様の手をとった。
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