【短編版】「百合の間に挟まる女騎士は要らない」と言われて勇者パーティーを追い出されたぼくが辺境伯令嬢に拾われる話
畔柳小凪
第1話
2023年7月30日、読みやすさの観点から3話に分割しました。内容は全く変わりません。
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始業前。鏡を見るといつものように燕尾服に身を包んだ、緑色のショートカットが目立つ男の子っぽい女の子が少し自信無さげに黄色い瞳を揺らしている。そんな今のぼくを見ると、やっぱり頬が緩んじゃう。ナルシストみたいでちょっと恥ずかしいけれど、でもお嬢様がくれた今のぼくのことを自分で気に入っているというのは疑いようのない事実。
ぼく――アリエル=ドルチェンがお嬢様に拾われてから一月ほどが経った。一月ほど前まで、ぼくの緑髪は腰くらいまでの長さがあって、その時のぼくは勇者パーティーの一員として魔族との戦いの最前線に出ていた。その時のぼくは勇者パーティーの一員として二人の女性の勇者様を支えることを誇りに思ってた。そんなぼくのことを誰もが必要としてくれると信じて疑わなかった。
でも勇者でもないのに勇者パーティーに参加し、二人の勇者様の間に入り込むことは世間的には「百合の間に挟まる」しちゃいけないことだったみたい。ある時、勇者様以外のもう一人の仲間から『百合の間に挟まる女魔法騎士は要らない』と言われ、瀕死の重傷を負わされた上に勇者パーティーを追放された。
その一件はぼくにとって肉体的な痛み以上に精神的な深い傷を残した。ぼくを追放したのが女の子の僧侶だったことから過度の女性恐怖症になった。そんなぼくを拾って寄り添ってくれた人。それが今のぼくのご主人様の、ミレーヌ・ラベンドルト辺境伯。
彼女は最初は女性だからと言う理由で辺境伯も、それどころか自分自身さえ怖くなっちゃったぼくのことを決して見放さずに、ぼくが立ち直れるまで優しく見守ってくれた。女の子っぽさのあるこれまでの自分に怯えてなにもできなくなっちゃったぼくに「男装して屋敷の執事として働く」ということを提案してくれたのも辺境伯。
そんな彼女はいつしか、ぼくが心を許せる唯一の女性になっていた。そして、お嬢様に対するぼくの気持ちはそれだけじゃ収まらなかった。お嬢様のことを考えると胸が苦しくなる。お嬢様の姿を一目見ただけで世界はより濃く色づいて見える。この気持ちは……きっと恋。
「ぼく、お嬢様のことが好きになっちゃったんだ」
大広間をモップ掛けしながら恍惚としてぽろっと言ってしまったぼくに、一緒に掃除していた先輩執事がぎょっとしたような表情をする。ちなみに彼? 彼女? もぼくと同じようにわけあって男装しているだけで生物学的には女性。なんで男装してるのかについては聞いたことないけど。
ぼくの問題発言に先輩執事は掃除の手を止めてぼくのことをじぃっと見つめてくる。
「って、今のぼくじゃ禁断の恋すぎますよね。今のぼくはお嬢様の従者。従者が主人に恋するなんて、身分違いの恋だってわかってます。でも……お嬢様ってどんな人がタイプなんでしょうね」
「……アリエル、それ本気で言ってる? 」
「本気って……執事がご主人様と恋愛したいって、思うことすら許されないことなんですか? 」
自信が無くなって身を縮こまらせながら恐る恐る聞くと、何が気に障ったのか、先輩はバンッ、と強く近くにあったテーブルを叩いた。
先輩のこと、怒らせちゃった……? そう思って先輩の方を見ると、先輩の頬は一筋の涙で湿っていた。
「あなただけは、今のあなただけはお嬢様のことを好きになっていいわけないよ。だって……お嬢様の初恋相手は勇者パーティーの一員だった頃のあなたなんだよ? 」
先輩の思いもよらない言葉にぼくは絶句しちゃう。
「お嬢様は魔法の実力が重視されるこの世界で辺境伯を継ぐには生まれながらにして魔力適正も魔力量も低かった。周囲の貴族や領民から幼い頃から『ミレーヌ様が領主を継いだらランベルドルト辺境伯領は終わりだな』って陰口を何度も叩かれて幾度となく心が折れそうになっていた。そんなお嬢様の希望となったのが、庶民から勇者パーティーの一員へと上り詰めた、女魔法騎士だった頃のあなたなのよ? いつも明るくて、バカみたいに前しか見てなくて、みんなに元気をくれる、笑顔が眩しい可愛い女の子。そんなあなたの活躍にお嬢様は何度も救われ、辺境伯を継げるくらいまでに魔法の実力を伸ばしていったのよ。それに比べて、今のあなたはどう? 」
先輩の言うように、勇者パーティーのいた頃までのぼくは今とは180度違う、強さと共に可憐さも持ち合わせる、誰にでも好かれるような女の子だった。そんな過去の自分のことが今のぼくは大嫌いだ。八方美人で誰にでも媚びているように思えて虫唾が走る。そんなこと考えて振舞うほど前のぼくは賢くなかったことは他ならないぼく自身がよくわかっているけど。
勇者パーティーを追い出されてから。明るかったぼくはいつもふさぎ込むようになった。誰にでも自分から話しかけに行っていた陽気な『わたし』は鳴りを潜め、人見知りするようになった。怖いもの知らずでどんどん進んでいっていた女魔法騎士だった時のぼくなんていなかったかのように、よく先輩やお嬢様の陰に隠れちゃう。でも、そんな今の自分のことがぼくはそれなりに好きだった。こんな今のぼくのことをお嬢様は受け入れてくれたのだと思っていたから。だけど、現実が違った。
「あなたを助けたのだって、最初はあなたがお嬢様にとっての憧れの人で、お嬢様の初恋相手だったからなのよ。でも、勇者パーティーを追放されたあなたは心身ともに衰弱しきっていて、その時は既にお嬢様が愛したあなたはいなかった! なのに、お嬢様はあなたのことを見捨てたりせずに、あなたが自分の好きだった『女騎士アリエル』からどんどん遠ざかっていくのをむしろ応援した。それが、今のあなたにとっての幸せだと思ったから。初恋が儚く終わったお嬢様がこの一か月間、どんな思いであなたのことを見ていたかわかる?」
先輩は肩を震わせて泣いていた。物心ついた時からお嬢様に使えてきたお嬢様の側近中の側近である先輩だからこそ、お嬢様のために本気で泣いて、ぼくに対して怒ってるんだろう。
それに対してぼくはなんの言葉も返せなかった。だって今の話はお嬢様の初恋が儚く終わったのと同時に、ぼくの淡い初恋が永遠に叶うことがないことも示していたから。
ぼくの初恋相手が好きなのはぼくが嫌いになってしまった過去のぼく。そんなの、流石にむごすぎるよ……。
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