宇宙人を助けた話

黒片大豆

第1話

 最初、それが宇宙船だと理解できなかった。なんせ、我々の使う宇宙船とは似ても似つかない形だったからだ。

 その筒状の物体から生体反応が確認されなければ、我々はそれに見向きすらしなかっただろう。


 私は船体に備え付けのアームを駆使し、それを回収した。船のドックに押し込むことが出来たため、十分に警戒しながら、船員総出でその筒を開けることにした。


 私は期待に胸を躍らせた。なんせ、やっと出会えた『宇宙人』が目の前にいるのだ。他の船員も、皆一様に同じ思いだろう。


 しかし、中から現れた宇宙人の姿は、我々の度肝を抜いた。

 手足の数に加え、目の数と口の数、耳の形状や性能など。いずれも、生き物の常識を逸脱していた。特に頭の位置は我々の想像を越えた場所から生えていた。

 もちろん我々とは、まったく異なる容姿をしていたのだ。こんな生き物、誰も見たことがなかった。だがそれが逆に、この生物が『宇宙人』である証左にもなった。


 そして驚くべきことに、その生き物は予想より高い知能を有していた。

 見つかった宇宙人は三個体であったが、それらはどうやら『会話』をしている、ということが分かった。口と思われる器官から音を発し、それを互いに認識しているようだった。

 ……まあ、確かに宇宙船を作れる文明レベルであれば、そういったことも出来て当たり前ではあるが。


 しかし、言語を持っている種族であることは願ったり叶ったりだ。彼らの言葉を翻訳できれば、我々と意思疎通ができるようになる可能性がある。


「そうすれば、我々の心願成就も目前だ」

「ええ、が見つかるのも時間の問題ですな」

 そんな会話が、他クルーから聞こえてきた。


 我々の母性は既に限界を超えていた。元は青く美しい星であったが、激しい環境破壊によって海は赤く汚れ、大気は汚染された。それに輪をかけて、国家間に生じた思想の違いから、大量破壊兵器を用いた戦争が頻発。そして、異常気象に食料危機、人口爆発……。

 正に、星が悲鳴を上げていた。


 だから我々は、新天地を目指して銀河間を旅していたのだ。移民可能な星を探し、母星の移民団に座標データを送信するのが、我々に課せられた使命だ。


 私はふと、疑問が浮かんだ。

「隊長、質問があります。本作戦が終わったのち、移民交渉が始まると思いますが」


「ん? いや、移民交渉は行わない。『早急に、邪魔となる先住民を駆逐し、移民船団を迎え入れる準備を』と、本隊から命令だ」


 なんということだ。どうやら本国の状況は、私が思っていたより遥かに追い込まれているらしい。

 私は、宇宙人たちを見た。三個体とも未だに我々を警戒しているが、水や食事は口にしているようであった。偶然にも、経口摂取が必要な栄養素成分は我々のそれと同一であった。つまりそれは、『その星で得られる食料が我々と一致』しているということ……。尚更、彼らの母星が移民に適している証明となっている。


 背中を丸めて横になれば、私の両手に収まるほどの大きさだ。そんな小さな生物が住む星を、私利私欲のため……いや、生存のため、滅ぼすことになる。

 私は、この宇宙人たちに同情した。彼らのその後の運命を思うと、胸が締め付けられた。


 その時、宇宙船のマザーコンピュータから、けたたましいアラーム音とともにメッセージが発せられた。どうやら、AIにお願いしていた言語解析が終了したようだ。これで、宇宙人の言語をリアルタイムで翻訳可能になった。


 そこから、我々と宇宙人の交流が始まった。話を聞くと、偶然にも彼ら宇宙人も、『宇宙人』との接触を試みようとしていたのだという。そのため、我々『宇宙人』との交流はスムーズに進む……はずだったのだが。


 ……残念ながら、我々のに、彼らは感づいてしまった。

 思った以上に、頭が回る生き物だった。簡単には、星の座標データは渡してくれそうにない。


「仕方ないな」

 隊長が、私に命じた。

「拷問でもして座標を吐かせろ。三個体もいるんだ。ひとつくらい潰して構わん」




「……というわけだ。我々は手段を選べなくなった」

 実質的な世話係になっていた私には、拷問を行うには情が移りすぎていた。だから、何とか説得で応じてくれないかと願ったが、それは叶わなかった。


 仕方ない。これも『任務』だ。

 私は、湧き出る感情を押し殺し、個体の一つを片手で鷲掴みにした。彼は手の中で暴れたが、さらに強く握り、そのまま壁に叩きつけた。そして残った手を使って、彼の数少ない腕を一本、引きちぎった。


 部屋の中に叫び声が響く。我々とは異なる血の色で、部屋の床が染まった。

 これだけ、痛みと恐怖を与えれば否応なしに座標を示すだろう。そう考えていた。


 しかし、それは見立てが甘かった。彼は、座標を話すようなことは無く、口を紡いだ。

 のこりの二個体も、ここまで仲間がひどい目にあっているというのに、恐怖で慄くことは無く、むしろ逆に、強く睨みつけるような素振りを見せた。

 どうやらはっきりと、私に抵抗の意思を伝えたかったのだろう。


 残念だ。

「私たちも生き残るために必死なのだ、悪く思うなよ」

 さらなる拷問の予告を示し、私は彼の足を掴んだ。しかし拷問を受ける彼からは『死んでも座標を話すものか』と言わんばかりの眼をしていた。座標を伝えれば、母星が滅ぼされるのだから彼も必死である。


 ここからは、根比べだ。私には、母星を救うという大義名分がある。そして彼にも、母星を守るという節義がある。


 私の手に掴まれた宇宙人は、叫び声をあげた。流れ出た血液で、彼の体半分は既に、真っ赤に染まっていた。


『怪物め……! お前らを、地球には行かせないっ!!』


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