第7話 ある小学生のつぶやき

 僕には、伯父さんなお兄ちゃんが二人いる。僕の本当のお父さんのお兄さん達で、僕が小野のお家に引き取られた時に、お父さんのお父さんとお母さんに、「ようしえんぐみ」というのをしてもらったので、伯父さん達は「これで、明楽のお兄ちゃんになったから」と言い張った。別に伯父さんでも、お兄ちゃんでも僕は、どっちでもいいし、お兄ちゃんと呼ぶと二人が喜んでくれるので、本当のお父さんよりも年上の人をお兄ちゃんと呼んでいる。


 変だけど、今、僕が住んでいる西都で、「おかしいよ」という人はいない。クラスメートでも、「明楽君は、風だから、嘉承の一門だしね」で済まされる。西都では、「嘉承だから」というのは、千四百年くらい続く「謎の免罪符」だと、お父さんが笑いながら教えてくれた。


 西都は、魔力持ちが、めちゃくちゃ多くて、僕のクラスでも半分くらいは魔力持ちの子なので、僕は、自分の魔力を隠さなくてもよくなった。いつも一緒にいる真護君も風の魔力持ちだし、ふーちゃんは、四つも魔力を持っている。


 西都に来てから、学校に行くのが楽しくなった。お母さんのお兄さんが、僕たちが住む家を用意してくれたので、真護君のお家のお隣さんになった。ふーちゃんと真護君と一緒に通学できるのが楽しい。背はまだ低くてクラスでは一番、学年では二番目のチビだけど、横に大柄なふーちゃんと、縦に大柄な真護君と一緒にいるから、誰も変なちょっかいをかけてこない。


 それに、ふーちゃんといると、いつも面白いことが起きるから、退屈しない。妖なんか、西都に来るまで、見たことなかったけど、ふーちゃんの周りには、いつも何か変なのが出て来る。


 その中の一人(一匹?)が、僕の家の子になった黒猫の妖のパンチお兄ちゃんだ。パンチお兄ちゃんは、僕の本当のお母さんの飼っていた猫が、黒龍様のお力で妖になったという不思議な生き物なんだけど、「その辺の事情は、猫だし、可愛いから、どうでもいいよねっ」という、小野家の総意で、うちの子になった。パンチお兄ちゃんは、僕のお母さんが生きていた頃に、弟なんだから、ちゃんと可愛がってね、と僕が生まれて来る前からお願いされていたらしい。うちに来た時に「お前、あの嫌なヤツと同じ顔と魔力だから、すごく不本意だけど、姫様のお願いだからな。しょうがないから可愛がってやる」と言われた。あの嫌なヤツというのは、僕のお父さんのことだ。


 ふーちゃんと真護君は、お兄ちゃんのことを生意気というけど、猫がツンデレなのは、当たり前だから、小野のお家で気にする人は誰もいない。


 そんなお兄ちゃんが、ある朝、僕と学校に行くと言い出した。ふーちゃんに会いたいんだって。担任の四条先生は大丈夫だけど、学園長先生に見つかるとまずいから、遠慮して欲しいんだけどな。


「大丈夫だ、明楽。あの怖い先生は、しゅっちょうとかいうやつで、今日は帝都に行くんだってさ」

「何で、知ってるの?」

「ひひひ。俺はモテるからな。女の先生達にも人気なんだぜ」


 僕が学校に行っている間に、お兄ちゃんは、西都中央図書館に行って、司書の董子ちゃんのお仕事のお手伝い(自称)をしたり、西都大学や西都公達学園の近くにあるお店で、お客さん達(女性のみ)からケーキやサンドイッチをもらったり、お店のテラスで勝手に昼寝をしているという謎のルーティンを展開して、黒龍様の言いつけ通りに猫生をエンジョイしている。まさか、こんな図々しい暮らしぶりになるとは、さすがの黒龍様も思ってなかったんじゃないかな。


「若様、おはよーございまーす。お久しぶりのにゃんころパンチでーすっ」


 ふーちゃんの姿を見るなり、パンチお兄ちゃんが、大声で挨拶をした。


「ごきげんよう。猫又パンチでしょ。にゃんころは、私の式の名前だよ。パンチ君は妖で、土人形じゃないから、勝手に名乗らないでね」


 ふーちゃんが、いつものチベットスナギツネのような顔で文句を言っても、お兄ちゃんは、へらへらしている。


「だって、俺、若様の手下だし」

「手下にしたつもりはないよ」

「西都に棲む妖は、皆、若様の手下なんだって」

「何それ。誰が言ったの、そんなこと」

「昔風の着物を着た白い人と、一緒にいた白い狐の妖」


 お兄ちゃんの返答を聞いて、ふーちゃんが固まった。白い人と白い狐?また、妖なのかな。


「俺、あの人、かみさ・・・ふごごごっ」


 お兄ちゃんが何かを言おうとしたところを、ふーちゃんが慌てて抱き上げて、口を塞いだ。


「パンチ君、今日の要件は何かな。何で明楽君と一緒に学校に来たの?」


 ふーちゃん、目が笑ってなくて、何か怖いんだけど。


「うん、若様、俺、とりみんぐってのに行きたい。お金、出して」

「はあぁああ?何で、私がパンチ君のトリミング代を払わなきゃいけないの。おかしいでしょ。小学生にたかる前に、峰守お爺様にお願いしなよ」

「でも、俺、若様の手下だし。親分は、子分の面倒みないとダメなんだぞ」


 ふーちゃんとお兄ちゃんの会話を聞いて驚いた。そんな理由で、ふーちゃんに会いたがったのか。慌てて、ふーちゃんの腕の中にいるパンチお兄ちゃんを回収しようとすると、先に気付いたパンチお兄ちゃんが、ふーちゃんにしがみついた。


「やだっ。とりみんぐのお金もらうまで、離れないからな・・・ふぐぐぐぐ」


 必死にしがみつくお兄ちゃんの体に手をまわして、引き離そうとしたけど、当のふーちゃんに止められた。


「明楽君、猫又の爪をみくびらないで。シャツに穴が開いちゃうから」


 ふーちゃんが大きな溜息をついて、お兄ちゃんを抱きかかえ直してくれた。


「パンチ君は、何で、トリミングに行きたいの?」

「嘉瑞山の猫は、皆、艶々なんだよ。俺も、どうやったら、ああなれるのかご近所の猫達に訊いたら、皆、さろんってとこに行くんだって。女の人に爪のお手入れとかしてもらえるんだって」

「そうなんだ・・・」


 お兄ちゃんらしすぎる理由に、早朝なのに、なんだかくたびれちゃったよ。隣にいる真護君は肩をすくめて溜息をついている。そうだね、真護君、僕も同じ気持ちだよ。朝から、ごめんね。


「パンチ、お前、もう小野家を出て、南条家の猫になれよ」

「うるせー、金魚のフン小僧」

「なんだと、ごらあ、やんのか、猫又っ」


 風の魔力を持つ男の子が嫌いなパンチお兄ちゃんは、真護君にいつも失礼な態度を取るので、それでなくともガチガチのオオサンショウウオ派で犬好きの真護君とお兄ちゃんは仲が悪い。


 二人がふーちゃんを挟んで睨み合っているところに、何かが真護君の顔を目掛けて飛んできて、ばふっと真護君の顔に当たると、地面に落ちた。


「おら、真護、忘れもんっ!」


 よく知った声に振り返ると、真護君のお父さんだった。真護君が拾い上げた巾着の中身は、多分、体操服だろうな。今日は体育があるから。


「享護おじさま、ごきげんよう」

「真護君のお父さん、おはようございます」


 ふーちゃんと一緒に、挨拶をすると「おう、はよっ!」と、真護君とよく似た顔が、にかっと笑った。真護君のお父さんは、小児科のお医者さんで、時々、僕も診てもらうし、学園の健康診断にも来てくれるので、ふーちゃんのお父さんの四人の側近の中で一番仲良くさせてもらっている。


「おっ、ふーちゃん、その猫、妖か?」


 ふーちゃんの腕の中で、真護君と喧嘩をしていたパンチお兄ちゃんは、急に大人しくなって、ふーちゃんの首にがっつりと前足をまわして、顔をその中に埋めていた。やっぱり、大きな魔力を持つ魔力持ちは怖いみたいだ。さりげなく、ふーちゃんが【風壁】で守ってくれていた。ふーちゃんのこういうところは、すごいと思う。


「おじさま、猫又のパンチ君です。小野家が引き取って、今は明楽君のお兄ちゃんなんですって」

「明楽、猫又の兄ちゃんがいるのか。お前も、すっかり西都の子だなぁ」


 真護君のお父さんは、そう言いながら頭を撫でてくれた。妖のお兄ちゃんがいると西都の子なの?ふーちゃんの方を見ると、ふーちゃんが諦めきった顔で頷いてくれたので、そういうことにしておこう。小野一族は、ふーちゃんに付いて行くというのが総意だからね。


「それで、その妖の兄ちゃんだけどよ。父兄参観でもないのに、学園に連れて行くのはマズイんじゃないか。あの東久迩響子に見つかったら、底なし沼に埋められるぞ・・・四条が」


 やっぱり、埋められるのは、四条先生なんだ。それだと、先生のためにも、絶対連れてっちゃダメだよね。


「こわい先生は、今日は、しゅっちょうでいないんだって」


 お兄ちゃんが、ぱっと顔を上げて、真護君のお父さんに言った。


「そうか。それだったら、余計に気をつけろよ。相手は、あの響子だぞ。絶対に質の悪い罠か何か仕込んでいるに決まっているからな。あいつの留守中に妖が学園に侵入して、無事で帰れるわけがないと思うぞ」

「ほんと、そうだよ」

「あの学園長先生だもんなぁ」


 真護君のお父さんの言葉に、ふーちゃんと真護君がこくこくと頷いていた。先生は、ちょっと圧が強い話し方をするだけで、そんな悪魔みたいな人じゃないと思うんだけど、ふーちゃんと真護君は、何故かいつも怯えまくっている。


「えっ、そうなのか」


 お兄ちゃんの尻尾が、恐怖でぼわっと膨らんだ。


「何で、そんなに学園に行きたいんだよ。勉強でもしたいのか」

「ううん。今、若様に、とりみんぐのお金を出してもらえないか、こーしょー中なんだ。この辺の猫は、皆、さろんに行って、とりみんぐしてるから、毛並みも爪もぴかぴかで、俺、肩身が狭くて」


 しれっとお兄ちゃんは、嘘をついた。本当は、トリマーの女の人達に、ちやほやされたいだけのくせに。


「そうか。猫も色々と大変だな。それなら、お前、バイトしないか。トリミング代くらい、自分で稼ぐのが、良い兄ちゃんってもんだろ」

「「「「バイト?」」」」


 真護君のお父さんの言葉に、四人(三人と一匹?)の声が重なってしまった。西都では、猫もバイトができるの?


「ほら、アニマルセラピーってやつな。うちの病棟の子供達の相手をしてほしいんだよ。今みたいに【風壁】を纏ってもらったら、毛も飛ばないし、何と言っても意志の疎通が出来るのが有難い。小さい子にも安心だ」


 真護君のお父さんだから、問題はないと思うけど、お返事する前に、やっぱり、うちのお父さんとお母さんに聞いた方がいいよね。


「おっちゃん、バイト代、いくら?」


 ぱっと顔を上げたお兄ちゃんが、ふーちゃんの腕から身を乗り出して訊いた。お兄ちゃん、ちゃっかりし過ぎだって。ふーちゃんも、真護君も完全に呆れている。


「西都の最低賃金が時給1008円だから、時給1010円でどうだ?」

「せこっ。1500円にしてくれよ。こんな可愛い猫又なんか、そうそう見つからないと思うし」

「自分で言うか。1100円。可愛い妖なら、喜代水に山ほどいるぞ」

「1300円!」

「1150円!」

「よし、引き受けたっ!」


 呆気にとられる僕とふーちゃんと真護君の前で、二人はいきなり賃金交渉を始め、あっと言う間にお兄ちゃんは引き受けてしまった。


「おう、ありがとな。雇用条件とかの詳細は、うちの事務局から、小野家に送っておくから」

「うん、おっちゃん、よろしくな」


 ぴょんとふーちゃんの腕の中から、地面に降りると、お兄ちゃんが嬉しそうに真護君のお父さんに手を振った。



 そして、僕のお兄ちゃんは、嘉承病院小児病棟に勤めるアニマルセラピスト(自称)になった。


 真護君が、なぜか「良いお兄ちゃん・・・」という言葉を呪文のように唱え、新聞配達を始めたらしい。ふーちゃんは、「何で猫又と張り合うんだよ」と言って、またチベットスナギツネみたいな顔になっていた。


 そんな僕たちを前に、「ふふん」と、自慢げに胸を張るお兄ちゃんの真っ黒い毛並みと爪は、今日もぴかぴかだった。

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お公家の事情外伝  英じゅの @junx0512

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