第15話 霊力

 咲耶は雅と月子を探し回ったけれど、彼女らの姿はもちろん、手がかりさえ見つけられなかった。他になすすべがなく、リビングに戻った。


「富貴さん、今朝、雅たちを見ませんでしたか?」


「今日は見ていないわよ。夕べ、3人で2階にあがったでしょ。あれが最後……」


 咲耶の方が知っているだろう。富貴はそう抗議するような目をしていた。携帯電話がつながれば居所がわかるのに、と咲耶は恨めしく思った。


「散歩に出たのかもしれません。外を探してきます」


 そうは言ったが、2人がパジャマのまま外に出るとは思えなかった。


 玄関に行くと、彼女らのスニーカーがなかった。


「まさか……」


 本当にパジャマのまま散歩に出たのだろうか? 雅ひとりならともかく、賢く慎重な月子が、見知らぬ土地でそんな行動をとるとは考えられない。


「あっち」


 鈴子が玄関ドアを開けて指差した。山上家のある方角だ。外を捜すといったもののあてがあるわけではない。鈴子の示す方へ行くことにした。


「むやびー、つきこー!」


「ミヤビー、ツキコー!」


 咲耶が2人の名前を呼ぶと、鈴子も真似た。そうして鈴子が着いたのは、山上家と似たような農家風の建物だった。


 鈴子は「うんしょ」と声にして、全身を使って引き戸を開けた。玄関に入り込むと、「んちょうあーん」と奥に向かって意味不明な声を上げる。


 奥から出てきたのは白髪交じりの髪の美しい中年女性だった。比古造の葬儀で見たような気がしたが、確信はなかった。


「あらら、鈴子ちゃん。山上家の咲耶さんも御一緒で……、どうしました?」


 少し驚き加減の彼女が、咲耶に目を向けた。


 知らない相手が自分の名前を知っているというのは落ち着かない。そんな気分のまま、咲耶は事情を話した。


「あらら、それは大変ね。上がってくださいな。主人に訊いてみましょう」


 彼女は世話好きのおばさんのようだ。


 誰か知らないが、家にいる亭主に聞いたところで雅たちの行方はわからないだろう。千里眼のような特殊能力でも持っているなら別だけど。……咲耶は遠慮しようと思ったが、鈴子がサンダルを脱いで先に上がってしまった。仕方なく、咲耶もスニーカーを脱いだ。


「おう、いらっしゃい。どうしたね?」


 茶の間で迎えたのは村長の法山だった。


 ここは村長の家だったのか。……改めて彼の妻に目をやった。50代だろう。それなりの貫禄を感じた。


「お友達がいなくなったそうなのよ」


「まさか……。そうなのか……。トヨ、茶を頼む」


 彼女の名はトヨというらしい。彼女は「ハイ、ハイ」と面倒くさそうに言って奥に消えた。


 咲耶は、今度は法山に雅たちが失踪したことを詳しく説明した。


「パジャマ姿で外出とは、奇怪なことだな……」


 彼は額に縦皴を浮かべた。しかし、真剣に考えているようには見えない。咲耶や雅、月子に同情しているようでもなかった。


「友達を探すのを手伝ってもらえませんか。ここには交番とか、ないのでしょうか?」


 不信を覚えながらも、今は彼に頼るしかない。真剣に懇願した。


「交番? この村には犯罪などないからな。警察も交番も存在しない。人探しなら大神の婆の仕事だが、あんたも知っての通りだ。婆は逝ってしまった」


 彼の唇が虚しく震えていた。


「犯罪はなくても、昨日みたいに事件や事故はあるのでは……」


 話しかけると法山が手で制した。


「すべて自然がなすわざなのだよ。警察のような機関があったところで何も解決できないだろう」


「雅や月子がいなくなったのも、自然の業ということですか?」


 咲耶は動こうとしない彼に抗議した。胃袋がグーとなった。空腹がいら立たせているという自覚はあったが、それで彼に向かう憤りを抑えることはできなかった。


「ん?……友達は自分の足でどこかへ行ったのだろう? それは自然ではない。自分の意思だ。腹がすいたら戻ってくるだろう」


 法山の耳に咲耶の腹の虫の声が届いたのかどうか、彼の態度にはどこまでも誠意がなかった。


「そんな……。それじゃ、自分で捜します」


 立ちあがると「まあ、待て」と彼が止めた。


「そうですよ。せっかくお茶を入れてきたのですから……」


 トヨが茶を運んでくる。茶菓子を運んできたのは娘のトミだった。鈴子が菓子のひとつをトンビのようにさらって縁側に行った。


「ワシは村長などやっているが、実質、この村を支配しているのは女たちなのだよ。人探しはこいつらに頼むといい。ワシは大神の婆の葬儀の準備に行く」


 立ち上がった法山を見上げるトヨとトミ。その顔は薄っすらと感情のない、怪しげな微笑に似たものが張り付いていた。


「咲耶さん、こちらにいらっしゃいな」


 法山が外出すると、トヨに誘われた。大きな神棚の前だった。


「神様に訊いてみましょう。あなたも力を貸してね」


 目の前に祀られているのは、金色の朱雀に日の女神が跨ったものだ。


「私の守護神は青龍だと聞いているのですが……」


 まさか、神頼みか……。呆れた気持ちがそう言わせた。


「そうね。山上家の守護神は青龍だから。でも、人捜していどのことなら守護神の違いに影響はないのよ。安心して」


 彼女は香炉に火を入れて座り、咲耶を右隣に、反対側にトミを座らせた。それから鈴子を呼び、自分に密着するように座らせた。


「子供の霊力はとても強いのよ。さあ、手を合わせて、天乃雅さんと岩井月子さんの居所を教えていただけるよう、一心に祈りましょう」


 彼女は諭すように話して手を合わせた。鈴子もそうすることに慣れているようだった。大人と同じように両手を合わせた。


「オー……」


 トヨが唸るように声を上げる。


「オー……」


 鈴子も声を上げた。それで咲耶も「オー」と神を呼んだ。それが心からの声かと訊かれたらそうではない。鈴子がおとなしく祈るので、無視しがたかっただけだ。呆れる思いを押し殺して神に祈った。雅と月子の居所を教えてください、と……。


 甘い匂いが鼻をくすぐり、神頼みに呆れる思いと、消えた友人を捜す焦りが薄らぐ。すると、脳裏に朱雀が現れた。それは暗闇の中で黄金の翼を広げて軽やかに、そして勢いよく宙に舞った。まるで光の矢が闇夜を切り裂くように。


 朱雀は、咲耶を導くように遠く点になって消えた。そこに意識を集中すると雅と月子の姿が浮かんだ。燈明とうみょうがひとつ揺らめくだけの暗い場所だったが、全裸の2人の姿が白く浮き上がって見えた。


 恐るべきことに、彼女らは串刺しにされて死んでいた。


「イヤッ!」


 思わず小さな悲鳴が漏れた。


 意識が今に戻っていた。目に映る朱雀の神像は置物のまま。つい今しがた目の当たりにした陰惨な光景に、咲耶の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っていた。全身の汗腺から脂汗が噴き出していた。


「見えたのね」


 トヨの言葉は質問ではなかった。


「いいえ……」


 見たものが信じられず、強く首を振った。


「噓、おっしゃい」


 前傾したトミが、トヨの向こう側から見つめていた。彼女には見えたのだろうか?


「きっと、も、妄想です。夢に見たことがある光景でしたから……。絶対、そうです」


 夢で見たなど嘘だった。いや、自分が骸骨によって串刺しにされる夢は見たことがある。しかしそれは、雅や月子がそうされたのとは違う。……とはいえ、見たものが夢だと解釈すると、少しだけ冷静になることができた。

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