第2話 ストーカー
早朝、咲耶はいつものようにポストから朝刊を取った。すると、朝刊の下に小さな段ボール箱があった。それには宛先も送付者の記載もない。直接持ち込まれたということだ。
「だれからだろう?」
咲耶は通りの左右に目をやった。怪しげな人物の姿はなかった。
箱を手にしてリビングに戻り、開けてみると田尻先生に取り上げられたものと同じ大人のオモチャが入っていた。一瞬、先生が取り上げたものを返してよこしたのかと思ったが、箱の中のものは新品のようだ。
箱の底に真っ白な封筒がひとつ。それには見覚えがあって、心臓をわしづかみにされた気分だった。ストーカーからの手紙だ。昨年から毎週1回、それがポストの中に入れられている。時にはデートに誘うようなことが書いてあるのだが、多くの場合、最近の咲耶の行動をたしなめたり、洋服や髪型をほめたりするものだった。
「まただ……」
つぶやきながら封を切る。
〖期末テスト、お疲れさま。今日で終わりだね。大人のオモチャを先生に取り上げられたのだろう? 代わりに用意しておいたよ〗
――ゲッ……、吐き気を覚えた。やっぱりストーカーはクソ野郎だと思った。
「どうかしたの?」
母の声がした。
「なんでもない」
慌てて箱を隠して部屋に戻った。ストーカーのことは両親に話してある。今までは手紙を見せてきたけれど、今回のものはとてもできない。大人のオモチャのことは家庭訪問でばれるとはいえ、それをストーカーに告知されたら母が気絶してしまうだろう。
「学校に遅れるわよ」
母の声がする。
「まだ大丈夫よ」
返事をして、箱と手紙をクローゼットに隠した。
朝食を済ませて家を出る。改めてストーカーのことを考えたのは通学電車に乗ってからだった。
どうやってあのオモチャのことを知ったのだろう? それが教師に取り上げられたことまでも。……思い浮かぶのは同級生や教師といった学校関係者の顔だった。
一番怪しいのは……、当然、田尻先生だ。すべてを知っているのは私と彼だけだもの。……そうしたことを考えていたから、その日の化学と歴史、美術の試験の出来は最悪だった。
「サク、どうだった?」
背後から雅が抱き着いてくる。
「いつも通り。ダメダメよ」
「ダメだといったって、いつも10番以内じゃない。サク、頭がいいから、羨ましいわ」
雅が咲耶の肩を前後にゆすった。
「今日は本当にダメだったのよ」
咲耶はため息をついて立ち上がった。
「カラオケ、行くんでしょ?」
いつも一緒の
「ごめん、ツキ。今日は拷問なんだ」
月子に向かって両手を合わせた。拷問は聖清純学園で教師に呼び出しを受けたときの隠語だ。
「どうしちゃったのよ。サクが拷問なんて?」
「私物が見つかっちゃったのよ」
舌をペロッと出して笑ってみせた。
「とんでもない私物がね」
雅は楽しそうだった。彼女は悪いことも苦しいことも、みな笑いに変えてしまうようなところがある。それで救われた気持ちになることもあれば、バカにされたような気持ちになることもある。そのときの咲耶は、とても惨めな気分だった。
「何よ、それ?」
当然、月子が関心を示した。
「オモチャよ。大人の」
咲耶は自分の口で言った。雅に言われたら、怒りの感情が顔を出してしまいそうだった。
「なんだ、そうなの」
彼女が驚かないことに驚いた。
「わかるの?」と雅が興味を示した。
「わかるわよ。私も持っているもの」
「へー、すごい!」
「オモチャを持っていることより、それを学校に持ってきたのは
その指摘には言葉もない。
「雅に見せて、からかいたかったのよ」
咲耶は正直に話した。
「えー、そんなつもりだったの!」
彼女が抗議の声を上げた。
「だって、何も知らないでしょ?」
「そうかもしれないけど。……私も買うわ。どこに売っているの? 教えて」
「雅には無理よ。お子ちゃまだもの」
月子はそう言って雅の頭をなでた。
「そんなことないです。同級生じゃない」
彼女は頰を膨らませた。童顔が、さらに幼く見えた。
「それじゃ、明日、買いに行きましょう。制服はだめよ。バッチリ大人メイクを決めてきてね」
「サクも行く?」
「私は無理だわ。明日、明後日と母に用事を言いつかっているの。来週なら付き合えると思うわ」
そんな話をしていると田尻先生が姿を見せた。それに気づいた月子と雅が「じゃあね、拷問、頑張って」と手を振って教室を出て行く。いつの間にか同級生の過半数は帰っていた。
彼が教室を見回す。「用事のない者は早く帰れ」声を上げ、犬でも追い払うようにパンパンと手を打った。残っていた生徒たちがぶつぶついいながら部屋を出て行く。
彼が咲耶の前に立った。
「夕方5時ごろにお宅に行く。大丈夫だな?」
田尻先生は20代後半で独身、でもお世辞にもイケメンとは言えず教え方も下手で生徒には人気がなかった。ただ教師という立場を利用して生徒を統率、強引にいうことを聞かせようというところがある。咲耶も彼のことは好きではなかった。おまけに今、彼にはストーカー疑惑がある。
「はい。私と母がいればいいのですよね?」
「お父さんもいればいいが、5時では無理だろう?」
「父は、外国に買い付けに出ているので……」
「そうか。では、夕方に行く」
彼はそう告げて踵を返した。
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