世界を守るために乙女は全てを差し出した ――麒麟の首――
明日乃たまご
1章 邪(よこしま)
第1話 大人のオモチャ
天井の目は横になったばかりの咲耶との距離を測るようにパチパチと瞬きすると、
見られている。……咲耶は感じていた。怖くはない。3年ほど前、中学2年生の夏休みを迎える直前から感覚が鋭敏になり、自分の動向を追う眼や耳が室内にあることに気づいた。夜中に目覚めて、それを見たことも何度かある。今も眼を開けたら、目玉や耳を見ることができるだろう。わかっていたがそうはしなかった。視線が合ったら、お互い気まずくなる。
その住まいは、13年ほど前に父親の
家が古いから妖しげな霊や妖怪が住み着いているのだろうと考えていた。以前、自分の部屋に目玉や耳だけの妖怪が現れると両親に話したことがある。
「まあ、怖い。妖怪百目かしら? それとも、目玉オヤジ?」
母親の
確かに実害はなかった。が、寝姿や着替えを見られ、友人との会話を聞かれているかと思うと、気持ちの良いものではない。それを話すと「日本には
「……あらゆる物が神であり精霊、霊魂を持っているということだ。今ここにあるテレビにも、あの人形や観葉植物にも魂があって私たちの話を聞いている。私たちは常に見られているのだから、そのつもりで生きて行かなければならない。わかるね」
「うーん、なんとなく」そう応じるしかなかった。
「父さんも、いつも咲耶を見ているよ」
彼は優しく微笑んだ。
その日から、夜中に現れる眼や耳を父や母のものだと思うことにした。すると不気味に感じていたそれらにも親しみを覚え、ひと月もすると、その存在にすっかり慣れてしまった。
初めの頃は一組だった眼と耳も、いつの間にか数が増えた。仲間が集まっているのか、あるいは子供を産むように分裂しているのか知らないけれど、1年ほど前に見たときは、数えられる程度だったものが、天井や壁を埋めるように並ぶようになっていた。それはまるで、ドット柄のようだ。
――ピロロン――
眠りに落ちる直前にメッセージの着信音が鳴った。スマホのディスプレーがほんのりと明るくなると、壁や天井の目玉や耳が消えた。
咲耶は瞼を持ち上げて天井を見た。月明りとスマホに照らされたそこには何もなかった。
隠れたんだ。……そんな風に思いながらスマホを手にした。
〖サク、明日、期末テストが終わったらカラオケに行こう〗
同級生の
カラオケかぁ。……考えるまでもなかった。明日は、担任の
「本来なら親を呼び出すところだけど、騒ぎになると君も困るだろう? 学園側としても体裁が悪い。大人のオモチャなんて……」田尻先生は、家庭訪問の結果次第で
【ゴメン、みやび。明日はソッコー帰る】
咲耶は渋々の思いで返信した。
〖どうしたの?〗
【秘密の約束がある】
〖デート?〗
【違うわよ。人生にかかわる深刻な問題】
〖もしかしたらだけど、あれ、ばれた?〗
そもそも大人のオモチャを学校に持って行ったのは、彼女に見せて驚かせるためだった。
【うん、最悪だわ】
〖ご愁傷様、(-人-)〗
テスト期間だというのに、2人に緊張感はなかった。通っているのが中学から大学までの一貫校だから、よほど悪い点を取らない限り進学に影響はない。とはいえ、不安要素はあった。成績に問題がなくても、あのオモチャの件では厳しい対応があるかもしれない。エアコンの鈍い音が、不安をかき立てた。
「まぁ、なるようになれ。Let it beだ」
全てを忘れて寝ることに決め、タオルケットに頭までもぐりこんだ。
また、眼や耳が現れたようだ。……胸の中がゾワゾワした。
大人のオモチャで遊んだところを彼らも見ていたのだろうか? もしかしたら、その目のひとつが田尻先生のものだったのではないかしら? そんなことでもなければ、あの日、鞄の中にそれが入っているのを先生がわかるはずがない。
「この、変態教師!」
叫ぶと胸がすっきりして、深い眠りに落ちた。
ひとつ、ふたつ……、十、五十と室内の目玉が増える。丸い眼、細い眼、黒い眼、灰色の眼、鳶色の眼……、百様の眼が時には瞬きをし、時には移動しながらタオルケットが作る人型を見下ろしていた。同じ数だけの耳が、咲耶の穏やかな寝息を聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます