第17話 一日を終えて

「じゃあ、また頼むぜ勇者様」


 アカデミアに到着し、トラックから降りる颯太の方をニマニマと笑いながら斎藤は肩を叩く。


「いや、その呼び方はやめてくださいよ」


 颯太はげんなりと表情で呟く。


「分かった分かった、考えておいてやるよ」


 斎藤は適当に返事をする。


「……絶対止めるつもりないですよね?」

「おいおい、勇者様ともあろうものが人を疑うなんて!」

「……もういいです」


 颯太は諦めたように言う。


「悪い悪い、っと、蒼山先輩!」


 斎藤は軽く謝りながら、蒼山さんがトラックから降りてくるのを見つけ大きく手を振るった。

 蒼山さんはこちらに気づき近づいてくる。


「何かありましたか?」


 斎藤に尋ねる蒼山さん。


「お疲れ様です、何か如月の奴が蒼山さんに大切な話があるそうで」

「は?」


 突然矛先がこちらに向いた颯太は素っ頓狂な声を上げ斎藤を見る。

 すると斎藤はニッと笑う。


「如月さんが?」


 何の疑いもなく蒼山さんは颯太を見つめた。


「……どういうつもりですか!」


 斎藤の耳元で強く抗議を示す。


「おいおい、なに勘違いしてんだ、勇者の件だろ」


 ニマニマと笑みを浮かべながら真っ当な回答が返ってくる。


「むっ……!」


 颯太は言葉に詰まる。

 確かに、確かに颯太は蒼山さんに勇者の事を報告しようとしていた。

 しかし斎藤の表情から完全に狙っていたことが伺える。


「じゃ、俺はお邪魔だと思うんで失礼します!」


 そして余計な一言を言い残し、そのまま颯太を置いて立ち去って行ってしまった。


「はあ、あの先輩は……」


 完全にしてやられた颯太は大きく息を吐いた。


「どうかされましたか?」

「い、いえ、何でもないです」


 蒼山さんの声掛けにより我に返った颯太は慌てて否定する。


「そうですか、それで大切な話というのは?」


 特に表情も変えず純粋に蒼山さんは尋ねてくる。

 一切ブレない蒼山さんに颯太は安心感を覚え、一つ息を整えた。


「そうですね、ええっと……突然で申し訳ないんですけど」

「はい、何でしょう」


 そんな前置きをした上で颯太の言葉は止まってしまった。

 改めて考えればどう切り出して良いのか分からなくなってしまったからだ。

 今の状況ではあまりにも脈略がなさすぎる。


「えっと……」


 言葉を濁す颯太。

 その様子を見た蒼山さんは困ったように首を傾げる。


「何か悪いことでもありましたか?」


 中々続きを話さない颯太に蒼山さんは心配の声をかけた。


「え、いえ、そういうわけでは」

「……そうですか?」


 ますます蒼山さんは困った様な表情をした。

 颯太としてもこの状況は本意ではない。

 それどころかこのまま時間が流れれば流れるほど状況は悪化するだけであることもわかっていた。


「俺が聖剣の勇者って呼ばれていたことは知ってますよね?」


 どうにでもなれと颯太は口を開く。


「はい、そうですね、知っています」


 疑問符を浮かべる蒼山さん。


「その呼ばれることになった由来みたいな、ことを話していなかったと思いまして」

「……なるほど、確かにそうかもしれません」


 いまいち分からないと言った表情ながら蒼山さんは頷く。


「その由来なんですけど、異世界を救った称号といいますか、そんな感じのものでして、斎藤先輩にそのことを話すと、絶対に蒼山さんに報告しろと言われましたので……」

「……なるほど」


 顎に手を置き蒼山さんは呟いた。


「確かにその情報はありませんでした、ご報告ありがとうございます」

「いえ、別に大したことは」


 予想以上にあっさりと了承した蒼山さんに颯太は戸惑いを見せた。


「あれほどの力を持つ理由に納得がいきました、上への報告は私の方からしても宜しいですか?」

「はい、もちろんです」


 颯太は半ばホッとする。

 今更世界を救ってきましたなんて自分から言えたものじゃない。

 今回のようにグダグタになるのが目に見えている。


「ではそろそろ戻りましょうか」

「そうですね、お時間を頂きありがとうございます」

「いえ、こちらこそです」


 そうして何事もなく蒼山さんとの会話は終了した。


「如月君!」


 アカデミアに戻る途中、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、赤崎!」


 声の主は赤崎だった。

 彼女はこちらに駆け寄ってくる。


「無事みたいだな」


 颯太は心の底から安堵の声を漏らす。


「それはこっちのセリフだよ」

「赤崎たちのところには魔物は出なかったのか?」


 颯太は最も心配していたことを質問した。

 あの地中型魔物はあらゆる戦場に現れたと聞いていたからだ。

 そして非戦闘部隊の被害が甚大だということも。


「うん……私たちは大丈夫だったんだ。隊長の判断で戦場にはできるだけ近づかないように指示されてたから」

「そうだったのか」


 颯太はひとまず胸を撫で下ろす。


「でもその代わりに私達と前線を中継をしてくれていた部隊は……」

「……そうか」


 その先に続く言葉は容易に想像がついた。

 宮地司令官から状況は聞いている。


「あ、そうだ、阿久津はどこにいるんだ?」


 いたたまれない空気を変えるべく颯太はそう切り出した。


「え、ああ、阿久津君は多分医療テントにいるんじゃないかな」

「そうなのか、案内してくれるか?」

「いいけど、会いに行くの?」

「うん、そうだけど」

「……分かった、こっちだよ」


 一瞬赤崎の言葉が詰まったように見えた。


「ここだよ」


 赤崎に案内されるままにアカデミアに併設された医療テントに辿り着く。

 周囲には慌ただしく働く医療従事者たちがいた。

 あまりの多忙っぷりに話しかけるのは申し訳なく感じる。


「お、如月」


 するとテントの中からそんな声が届く。

 見れば頭に包帯を巻いた阿久津がこちらを見て手招きしていた。


「阿久津! 大丈夫なのか?」


 颯太は慌てて駆けより声を掛ける。


「ああ、頭をぶつけただけだ」


 阿久津は軽く笑って答える。


「ぶつけただけって……」


 しかし颯太は包帯の巻かれた阿久津の頭部を見る。

 とても大丈夫そうには見えない。


「いや、これは大げさなだけだ」

「そんなわけ」

「いや、マジで、単純に俺って回復魔法を受け付けない体質でな。魔法の代わりにグルグル包帯を巻かれたってだけなんだよ」


 魔法が聞かない体質。

 あまり聞いたことがないが、阿久津の言葉に嘘はないようだった。


「そうなのか」

「そうそう、お前といい赤崎といい心配しすぎなんだよ」


 そう言ってまた笑う。


「笑い事じゃないよ」


 赤崎は少し怒った様子で言った。


「っつってもな、泣き喚くほどじゃねえし」


 阿久津はポリポリと頭を掻く。


「ま、大丈夫なら良かった」

「おう、心配かけたな。お前も無事そうで何よりだ」

「ああ、何とかな」


 そんな簡単な会話を交わす。


「じゃあゆっくり休めよ」

「おう、またな」


 そして颯太と赤崎はテントから出た。


「良かったね、元気そうで」

「そうだな」


 颯太たちは安心した面持ちでその場を後にする。

 その後、葛城部隊長からアカデミア生徒たちへ労いの言葉がかけられ、この日は解散となった。

 そして颯太は赤崎とも分かれ、自分の部屋へと戻る。


「ふう」


 部屋に着き、颯太は大きく息を吐いた。

 今日一日で色々なことが起こりすぎた。

 まだ整理が追いつかないのが本音である。


 しかし今日はあまりにも危険な場面が多すぎた。

 皆からは称賛されたが、颯太自身は反省の多い結果となっている。


「少し動くか」


 身体は疲れているが、モヤモヤが収まらず颯太はもう一度外に出た。

 そして手に持った傘を月に掲げ、力を開放する。


「聖剣、疑似開放――来い、月光剣」


 銀色に輝く傘。

 この力もぶっつけ本番、感覚で何となく使えることが分かっていたが、この世界はあの世界とは違うのだから、もしもということもあったのだ。

 本当に今日は危ない橋を渡ってしまった。


「ふっ!」


 颯太は無念を振り払うように、素振りをするのだった。

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帰還勇者と新世界~聖剣の勇者をもう一度~ 根古 @Nemiya

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