第16話 勘違い
「皆、今回の任務ご苦労だった!」
しばらく時間が経ち、アカデミア第二部隊が集合すると桐島班長がそう切り出した。
第二部隊のメンバーは死傷者はゼロ、負傷者は多少いるものの、いずれも軽傷だそうだ。
ひとまずは皆が無事であったことに颯太は安堵する。
ちなみに全員が集まる少し前に颯太は桐島班長と話す機会があった。
もちろん色々とあった二人は気まずい表情をするが、切り出したのは桐島であり、彼は気まずそうな顔で今回の件について謝罪と感謝を告げてきたのだ。
颯太は驚きつつも「気にしないでください」と返答し、それを聞いた桐島は「ありがとう」と深々と頭を下げた。
そんなことがあり、お互いにわだかまりは解消できたように思う。
これからもお世話になることがあるだろうし、こんなことで関係が悪化するのはお互い望んでいないだろう。
「それでは一度、アカデミアへ帰還する」
「「了解」」
桐島の言葉で一同は返事をし、トラックに乗り込んだ。
「それでは蒼山さん、また後で」
「はい、後程」
軽く会釈をして蒼山さんと別れた。
「おい、如月」
そこで後ろから斎藤が声を掛けてくる。
「あ、斎藤先輩」
「あ、じゃねえよ、さっきの話詳しく聞かせてくれ!」
「おい、俺も聞かせろ!」
「俺も!」
斎藤の言葉に周りにいた他の部隊員も話を聞いてくる。
「おい邪魔すんな!」
「は、お前こそ」
斎藤と他の部隊はギャアギャアと言い合いを始める。
「何だか大変なことになったな」
そんな様子を見ていつの間にか隣に来ていた矢崎が苦笑する。
「あ、委員長」
「お疲れ様、大活躍だったみたいだな」
「お疲れ、まあ結構ギリギリだったけど」
颯太は軽く笑う。
「そんなことはないさ、如月は凄いよ……それに比べて俺は」
矢崎の顔に影が差した。
「委員長?」
「いや、何でもないよ、それより俺にも聞かせてくれるんだろ?」
矢崎は乾いた笑いを浮かべ、言い合いを続ける先輩たちの方を向いて言った。
「あ、ああ、もちろん」
彼の表情が気がかりではあったが、人の事情に土足で踏み込もうとは思えなかった。
颯太はそれ以上追及することはせず、先輩たちに向けて声を上げる。
「あのー、そこまで楽しそうなら俺の話はいりませんよね?」
「「「それはダメ」」」
声を上げた瞬間、全員から即答された。
「「じゃ、宜しく!」」
再び声を揃えた先輩たちに苦笑を漏らしながら颯太は今までの事を話し始めた――
「「…………」」
颯太の話を聞き、全員が呆然としていた。
「……お前何者だよ」
「俺なんて今回、魔物一体も倒してねえぞ」
「凄すぎる」
皆一様にボソボソと感想を述べる。
「ちょっと……大げさじゃないですか?」
あまりの持ち上げっぷりに流石に恥ずかしくなってきた。
颯太としても自分の活躍は称賛されるべきものだとは思っているが、同じユリシーズの彼らに引かれるほどだとは思っていなかったのだ。
「「いや全く」」
全員に一斉に否定され、颯太は困ったように苦笑した。
「い、いやでも、皆さんだって同じ異世界からの帰還者じゃないですか」
何故か言い訳するかのように颯太は言う。
「それはそうだが、俺らは如月ほど規格外ではないぞ?」
うんうんと周りの先輩方も頷く。
颯太はますます困った。
「う、う~ん……」
何も言えず唸る颯太。
「それにしてもその力は異世界で身につけたんだよな?」
「はい、そうですけど」
「一体どんな世界で生きてきたんだ……」
何故か呆れられる。
「ってことは、向こうの通り名が傘の勇者ってことか?」
「まさか! 初めてですよそんな事言われたの!」
颯太は全力で否定した。
正直、その名は恥ずかしい。
「そうなのか? じゃあ何て呼ばれてたんだ?」
「……聖剣の勇者ですけど」
これまた改められると恥ずかしい名を颯太は口にする。
「おお……格好良いじゃねえか」
微妙な顔でフォローされる。
「なら先輩方は何て呼ばれてたんですか!」
半ばヤケクソ気味に颯太は尋ねる。
「俺はそうだな……鉄壁の戦士だな」
斎藤が答える。
「俺は……異邦の魔法騎士だったな」
高杉が答える。
そして数人の先輩たちがその後に続いた。
「風切りの騎士」
「氷結の達人」
「炎舞の戦士」
順番に先輩たちは異世界での呼び名を告げる。
どれもそれっぽい名前で雰囲気がある。
「おぉ、格好いいですね」
素直に颯太は褒める。
「まあお前の勇者の肩書には勝てねえけどな、お前なら異世界を救って来たって言っても驚かねえよ」
「え?」
斎藤の冗談めいた言葉に颯太は疑問を呈する。
「ん?」
その疑問に対して斎藤が疑問を浮かべる。
互いに首を傾げ、しばらく沈黙が流れた。
「えっと、皆さんは異世界からの帰還者なんですよね?」
慌てて颯太は確認を促す。
「ああそうだが?」
斎藤は颯太が何を言いたいのか分からないと言った様子で肯定した。
「帰ってこれた訳って、何かしらの問題が解決したからですよね?」
「まあ、そうだな」
一つ一つ事実確認をしていく颯太。
もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしていたのではないかと思い始めていた。
「その問題解決っていうのは、皆さんが世界を救ったということですよね?」
颯太は自分の思い込みを確かめるために尋ねる。
「……いや、別に俺たちが直接解決したわけじゃないぞ」
「……なるほど」
颯太は自分が今まで勘違いをしていたことに気づいた。
異世界帰還者というのは自分と同じ世界を救った救世主だと思いこんでいたが、実はそうではないらしい。
「そんな質問をしてくるってことは、お前まさか」
「……はい、まあ、そうですね。世界救ってきました」
颯太は乾いた笑みを浮かべながら答えた。
「……マジか」
「マジの勇者じゃねえか」
「嘘だろ?」
「いやでも、傘の勇者の件もあるしなぁ」
「確かに」
颯太が肯定すると先輩方は口々に驚きの声を上げる。
「えっと……結構珍しかったりします?」
恐る恐る颯太は尋ねる。
「「当たり前だろ!」」
先輩たちに一斉に突っ込まれた。
「そ、そうですか……」
予想以上の反応に颯太は困ったように頭を掻いた。
「ちなみにこのことを知ってるのは?」
先輩たちはズイッと顔を近づけてくる。
「えっと……」
颯太は今までのことを思い出しながら考えた。
「……家族と幼馴染だけですね」
明確に世界を救ったと口にしたのは父、母、夢だけだった。
見事にガイア同盟の関係者は含まれていない。
「……お前、アカデミアについたら絶対に蒼山先輩に報告しろよ」
「え、はい、分かりました」
「絶対だからな」
「は、はい」
颯太は何故か凄む先輩に気圧されながらも了承する。
「全く……ってか能力検査では聞かれなかったのか?」
「特には……」
「それはそれでどうかと思うが……ああ、黒髪だからか」
斎藤は颯太を見て納得したように言った。
「もしかして、黒髪だから見込みがないって思われたんですかね?」
日本人由来の黒髪のままということは、すなわち魔力による影響がないということに他ならず、魔力を持っていないもしくは少ないと判断されたのだろう。
「多分な、ってか何でお前あれだけの力があるのに黒髪なんだ?」
「今は力がない状態だからです、力を使うときだけ色が変わるんです」
「はー、お前って伝説の戦士かなんかか」
「そんな大層なものじゃありませんよ」
「いやいや、充分すぎるだろ」
斎藤は呆れたようにため息をつく。
「まあひとまずお前は報告すること、下手したら怒られるかもしれないがな」
「え」
「当たり前だろ、そんな大事なことを言ってなかったんだからよ」
「ええ」
理不尽な現実に颯太は愕然とする。
しかし原因が自分にもある以上、反論の余地はなかった。
「まあ頑張れよ」
先輩たちからポンッと肩を叩かれ激励を受ける。
どこか他人事な気がするのは気のせいだろうか。
「……はい」
颯太はがっくりと項垂れた。
颯太はその後も先輩たちに囲まれ、アカデミアに到着するまでその話し声は止むことがなかった。
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