14.王女は、束の間の自由を満喫する。



 リーセロットは、大通り沿いに真っすぐ進み、パンネクック広場までやってきた。立ち並ぶ露店を、ゆっくりと眺めていく。

 知識としては知っていたが、実際に触れてみると、非常に活気があって面白い。商品も、食べ物から衣料品、日用雑貨など多岐に渡る。とある店では、王室一家の人形が売っていた。あまりの似ていなさに、込み上げる笑いを誤魔化すのが大変だった。



 しかし、とリーセロットは辺りを見回す。

 女王の日だからか、赤い商品が多い。それを買う客は全員赤を纏い、赤く装飾された街を闊歩している。

 馬車に乗っていた時は、赤い物体がひしめき合っているようにしか見えなかったが、こうして紛れてみると、思ったよりも気にならなかった。寧ろ、赤を身に付けていない自分が、場違いな気さえしてくる。祭の雰囲気に飲まれたのだろうか。それともただの食わず嫌いだったのだろうか。



 どちらにせよ、楽しい。

 誰の目も気にせず、自由に歩き回って。



 こんなに清々しいのは、生まれて初めてだ。




 リーセロットの美しい顔へ、十七歳の少女らしい無邪気な笑みが滲んでいく。頭に被ったショールを緩め、広がった視界に映るもの全てに心を躍らせた。

 どうやらこの広場では、露店だけでなく、大道芸や歌、ダンス、楽器演奏などを見せる芸人達も集まっているらしい。前方に見える人だかりから、賑やかな音楽と踊り子の女が見え隠れしている。



 歓声が上がり、次いで手拍子が響く。高らかに奏でられる曲は、普段リーセロットが聞いているものより数段乱雑だが、数倍明るく楽しい。体が勝手にリズムを刻み、リーセロットは導かれるかのように足を動かしていった。



 すると、とある露店の前を通った時。




「いらっしゃいいらっしゃーい。リコリス菓子はいらんかねー。世界一不味い、リコリス菓子はいらんかねー」




 そんな売り文句が聞こえてきた。

 リーセロットは目を瞬かせ、声の方向を振り返る。



 そこには、一人の老婆がいた。木箱に入った真っ黒い物体を手で差しながら、「いらんかねー。世界一不味いよー」と客引きしている。




「世界一……?」



 思わずリーセロットが呟くと、老婆は顔を皺くちゃにして笑った。



「あぁそうとも、お嬢さん。このリコリス菓子はね、そりゃあもう不味いのさ。世界一だよ」

「えっと……不味いものを、売っているの? 普通は、美味しいものを売るのではなくて?」

「人間ってのは不思議でね。『これはとても不味い。あまりの不味さに腰を抜かす』なーんて言われると、ついつい食べてみたくなるもんなんだよ。で、実際に食べたら案の定、『うげー』ってなるのさ。ほら、あんな感じで」



 老婆は、近くにいた二人組の少年を指差す。一人が口を押さえて身悶えているのを、もう一人が腹を抱えて笑っていた。

 かと思えば、笑っていた方もリコリス菓子を食べ、盛大に顔を顰める。それを、先程まで苦しんでいた少年が、指を差して笑う。

 最後は、何故か二人同時にリコリス菓子を頬張り、呻きながらのた打ち回った。



「馬鹿だろう? 結果なんか分かってるのにねぇ。でも、ああいうのが楽しいのさ。お嬢さんも良かったらやってみないかい? 家族や友達にこっそり食わせるのもまた一興だよ。まぁ、中にはこの不味さに嵌っちまう変わり者もいるけどね。大抵はいい反応を見せてくれる筈さ」



 老婆は、意地悪そうに口角を吊り上げてみせる。リーセロットも、喉を鳴らした。



「じゃあ、お一つ頂こうかしら」



 老婆は、「毎度あり」と掌大の紙袋を広げる。



「グミ、飴、ケーキとあるけど、どれにするかい?」

「一番不味いものでお願い」

「なら、グミだね。味だけじゃなく、妙に固い独特の食感が、また不味さを助長するのさ。待っておいで。この婆が、とびきり不味い奴を選んであげるからね」



 ウインクを送られ、リーセロットは「よろしくね」とまた微笑む。




 紙袋へ入れられる真っ黒な物体を尻目に、リーセロットは懐から巾着を出した。中には、硬貨が数枚入っている。



 初めての買い物に、少々心臓がざわめいた。けれど、予習は何度もしてある。『赤の騎士』に出てくるリーゼ王女のように、無銭飲食で捕まりはしない筈だ。多少の手間取りはあるかもしれないが、それもまた経験。今はまず、金を払い、釣り銭を受け取り、商品を手に入れるという流れを、確実にこなしていこう。



 よし、と心の中で拳を握り、リーセロットは、老婆から告げられた料金を支払うべく、巾着から硬貨を取り出した。



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