12.小説家は、囮役をこなしていく。



「ルイス、背中」



 オットーに背を叩かれ、ルイスは反射的に背筋を伸ばした。ついでに顎も引いて、『俺、貴族です』とばかりに胸を張る。



「ま、また、丸まってた?」

「おー、丸まってた丸まってた」



 そっかぁ、とルイスは苦笑を浮かべ、着慣れない赤のロングコートの襟を正す。



「うーん……どうも気を抜くと、姿勢が崩れるんだよなぁ」

「まぁ、イレギュラーな事してんだしな。そりゃあいつもの体勢に戻ろうとするって」

「そう考えると、怪盗小説で変装する怪盗って、実は物凄い忍耐力を駆使してるんだね。もし作中で誰かが変装する時は、その辺り気を付けて書こう」

「……お前って、見た目に反して貪欲だよな」

「小説限定で、だけどね」



 ルイスは眉を下げて笑い、徐に背骨の周りを撫でる。




「でも、こうしてみて分かったけどさ。ヘンドリックは、よくずっと背筋を伸ばしていられるよね。筋肉痛にならないのかな?」

「あいつには、それが楽な姿勢なんじゃね?」

「じゃあ、今の背中を丸めてる恰好は、逆に辛いとか?」



 ルイスとオットーは、友人達に囲まれているヘンドリックの後ろ姿を見やる。



 ヘンドリックは、恋人のソフィーと手を繋いだまま、楽しそうに笑っていた。

 しかしよく見ると、時折丸めた背中や腰を揉んでいる。



「あれはあれで、辛いみたいだね」

「けど、背筋伸ばしたらルイスには見えねぇからなぁ。可哀そうだけど、我慢して貰うしかねぇな」

「だね」



 互いに顔を見やり、頷き合う。



 かと思えば、唐突にオットーの表情が、変わった。




「……総員。顔の位置は動かさず、耳だけ注目」



 オットーの声に、一同は耳を傾ける。



「左斜め後方に、ラビットの姿を発見。このままでは捕捉される可能性がある。よって予定より早いが、第二段階へ移行する。準備はいいか」



 イエスボス、と囁くと、全員何事もなかったかのように喋り出した。それを確認してから、オットーは大げさに手を叩いてみせる。



「あ、そうだそうだー。俺、あっちにある露店見に行きてぇって思ってたんだけどさー、お前らもどうだー?」

「うーん、私はパスー。どっちかっていうとー、向こうでやってる劇を観に行きたいかなー」

「私は、大通り沿いにあるお店が見たーい。女王の日特別セール開催中なんだってー」

「じゃー、一旦ここらで別れるかー」



 若干空々しいセリフを口にしつつ、予め決めておいたグループに分かれる。ルイスとオットーは、男子学生数名のグループへ。ヘンドリックは、一番人数が多いグループに入った。




「……ルイス」



 背中を丸めたヘンドリックが、そっとルイスへ近付く。



「すまないが、よろしく頼む」

「うん。出来る限り、頑張ってみる」

「ありがとう。だが、決して無理はしないでくれ。もし何か問題が起こったら、その時は迷わず帽子とコートを脱いで構わないからな」

「分かった。無理はしないよ。約束する」



 ヘンドリックは、「頼んだぞ」とルイスの腕を叩き、共に行動するメンバーの影へと隠れた。




「んじゃ、また後でなー」



 手を振り合い、目的地に向かって各々歩き出す。



 ルイスは、ゼラニウムがデコレーションされた鍔広帽を被り直した。殊更姿勢を正し、ヘンドリックはここだぞと、ラビットへ見せ付けるかの如く、堂々と歩いていく。



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