9‐2.王女は、『赤の騎士』について語り合う。



「ララは、その、ルイス君? に、会った事はあるの? 確か、弟さんのお友達なのよね?」

「いやー、それがないんですよ。私としては、物凄く会いたいんですけどね? 弟が駄目だって言うんです。『こんな姉がいると知られるのは恥ずかしいから』って。恥ずかしいって何なんだって話ですよ。私はただ、一ファンとして、ルイス先生を尊敬しているだけなのに。もう本当に生意気です。自分が登場人物のモデルだからって、偉そうにしちゃって」

「登場人物のって、誰のモデル?」

「ヘインです、青の射手の。でも実物は全然違いますよ。あんなにクールでも格好良くもありませんから。見た目はそれなりですけど、中身は犬のピムにそっくりです。怖がりで意気地なしで、何かあっても困った顔をするばかり。男子たるもの、そんな事でどうしますか」

「それだけ優しいという事よ」

「それでも、降り掛かる火の粉は自分で振り払うべきです。なのに、何だかんだ言いながら問題を先送りにして。だからソフィーちゃんが傷付く羽目になるんです」

「ソフィーちゃん?」

「ララの弟くんの恋人です。どうも、弟君に横恋慕した女の子に、嫌がらせをされたらしくて」



 メリッサは、紅茶と茶菓子をリーセロットの元へ運んでくる。



「それもこれも、あの顔だけが取り柄の意気地なしのせいですっ。毅然とした態度で相手の子にはっきり言っていれば、あんな事にはならなかったのにっ。ソフィーちゃんのご両親だって、頼りない男の元に大事な娘を嫁がせたいとは思わないわっ。

 大体、横恋慕してきた子の問題だってまだ解決してないんですよっ? うだうだと言い訳している暇があるなら、さっさと決別を叩き付けてやりなさいっ。それが出来ないなら、さっさと我が家から離籍して、横恋慕してきた子と婚約しなさいっ。そうしてソフィーちゃんの幸せを願いながら、一生愛のない結婚生活を送ればいいんだわっ」



「っ、ちょっとララッ」



 メリッサは、ララの腕を強く掴む。



 鋭い目付きで睨まれ、ララは思わず口を止める。

 次いで、自分の発言に、顔を青褪めさせた。




「あ、も、申し訳ありません、姫様。その、口が過ぎました。申し訳ありません」



 身を竦めて、深く頭を下げる。メリッサも、リーセロットへ丁寧に詫びた。



 リーセロットは、王族らしい優雅な笑みを浮かべる。



「いいのよ、ララ。それだけ弟さんを心配しているのよね」

「そ、そうなんです。あんな意気地なしでも、私の家族ですから。それに、ソフィーちゃんの事も、昔から知っているんです。我が家ご用達の商会の娘さんで、凄くいい子なんです。本当の妹みたいに思っていて、だから、あの子には幸せになって貰いたいんです。ついでに、弟も」

「そう。いいお姉さんね。そうやって人の幸せを願えるって、素敵な事だわ。だからアルテュールも、あなたに懐いているのね」

「そんな……姫様の足元にも及びません」



 ララは、目を伏せた。メリッサも、ララとリーセロットを見比べながら口を閉ざす。



 つと、沈黙が訪れた。

 紅茶を楽しむ音だけが、室内によく響く。




「……そういえば」



 茶菓子のクッキーを摘まみ、リーセロットは、唇を開いた。



「私、『赤の騎士』の一巻を読んだ時から思っていたのだけれど。主人公のルーベルトって、どこかカイに似ていない?」



 何事もなかったかのように、微笑み掛ける。



 途端、ララとメリッサも、明るい声で同意した。



「私も初めて読んだ時、カイ班長に似ているなって思いました。真面目で自分にも他人にも厳しい所なんか、もうそっくりですよねっ」

「眼鏡を外して、王室親衛隊の制服を着たら、きっと瓜二つに違いありません」

「ふふ、やっぱりそう思う? じゃあ、今度時間がある時にでも、ルーベルト役をやって貰おうかしら? 魔王役は、ヴィルベルトにでもお願いして」

「いいですねっ。その際は、是非私をお傍に置いて下さいねっ。なんでしたら、ルーベルトの仲間のヘインとオルフェウスの真似もしましょうか? 私、シーンの再現を完璧にこなせる自信、ありますっ」



 ララは、元気良く挙手をする。



「あら、それは楽しみね。なら私も、何かの役になってみようかしら?」

「でしたら、姫様はリーゼ王女がいいと思いますっ。名前も似ていますし、なによりヒロインですからっ。姫様以外あり得ませんっ」

「思っていたよりいい役ね。てっきり魔族その一とかかと思っていたわ」

「いやいや、流石にそれは」



 三つの笑い声が零れ落ちる。

 先程の妙な空気は、もうない。




「リーゼ王女といえば、私、ずっと気になっていた事があるのよね」



 紅茶を一口飲み、リーセロットは小首を傾げる。



「彼女は、城を抜け出して遊び回っている所を、ルーベルト達に保護されるでしょう? でも、実際の宮殿の警備から考えるに、果たして王女は、王室親衛隊を一人で出し抜く事が出来たのかしらと、凄く不思議なのよね」

「確かに、そうですね」



 メリッサは、顎へ手を当て、宙を見やった。



「侵入を試みる人を捕まえた話は聞きますが、侵入を許した、または、侵入に気付かなかった、という話は、一度も聞いた事がありませんし」

「あ、あれじゃないですか? リーゼ王女は、変装していたんですよ。で、使用人とか、出入りの業者のふりをして、堂々と城の外へ出ていったんです。怪盗小説でよくある手ですよ」



 ララの意見に、リーセロットは「成程。それなら抜け出せそうね」と頷く。



「後は、秘密の抜け道があった、とかどうですか? 城の地下には、実は迷路のように通路が張り巡らされていて、もしもの時の避難経路として使われているんです。王族なら事前に教えられていると思うので、それを通ってまんまと逃げおおせたんですよ。革命小説でよくある展開です。

 それから、荷物に紛れて外へ運んで貰う、というのもあります。推理小説で、犯人が死体を運び出す時にやるんですよ。魔法小説なら、魔法を使って脱出する、という手があるんですけど、流石にそれは無理ですからねぇ。精々、小型の気球に乗って逃げる位でしょうか」

「ララ。あなたって、随分と沢山の本を読んでいるのね」



 ふふ、と微笑ましげに見つめられ、ララは照れ臭そうに頬をかいた。




「本の話を聞いていたら、なんだか『赤の騎士』を読みたくなってきたわ。休憩がてら、しばらくここで楽しんでいるわね」

「あ、はい、畏まりました。では、紅茶のお代わりをお持ちしましょうか?」

「結構よ。ついでに少し眠りたいから、人払いをお願い」

「畏まりました。では、宮殿へ移動する時間になりましたら、またお伺い致します」

「えぇ、よろしくね」



 失礼します、と頭を下げ、ララとメリッサは退室する。



 遠ざかる二つの足音を確認すると、リーセロットは、徐に立ち上がった。



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