8.小説家は、友人と入れ替わる。



「おーい、まだかー?」



 オットーは、男性用トイレに並ぶ二つの個室の内、手前の扉を叩いた。



「ご、ごめん、お待たせ」



 個室から、ルイスがおずおずと出てくる。

 途端、オットーは口笛を吹いた。



「おー、似合ってんじゃーん」

「あ、あはは。ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」



 ルイスは眉を垂らし、自身の体を見下ろした。

 その拍子に、赤いロングコートの裾が、ひらりと揺れる。

 赤いゼラニウムがデコレーションされた鍔広帽も、若干ずり下がった。



「いや、本当いいよ。なんか新鮮」

「僕も、凄い新鮮。新鮮過ぎて、違和感が拭えない」

「ははっ、違いねぇ」



 手を叩くオットーの背後で、もう一つの個室の扉が開く。出てきたのは、ヘンドリックだ。

 先程までの派手な恰好から一変、どこにでもあるシャツとズボン、赤いキャップを身に付けていた。

 シャツの胸ポケットには、赤いゼラニウムの花が挿さっている。



「おぉ、こっちもこっちで新鮮だな。ヘンドリックって、貴族の子息感満載の服ばっか着てるからさ。こういう平民っぽい服着てると、なんか変な感じするわ」

「私だって、普段はこういった恰好だぞ。ただ、外では身嗜みに気を付けないと、姉が煩いんだ」

「あー、姉ちゃんがいるとなぁ。そういうの言われるって聞くよなぁ」



 その通り、とばかりに力強く頷くヘンドリックに、ルイスもオットーも笑った。




「さてと。んじゃ、最終チェック入りまーす」



 オットーは、二人の周りを歩きながら、服装の乱れや着こなしを直していく。



「ルイスは、もっと背筋伸ばして。背骨に棒が入ってんのかって位、真っすぐびしっと」

「真っ直ぐ、びしっとね」

「そうそう。で、顎は引いて、もっと堂々と胸張って、『俺、貴族です』って偉そうなオーラばんばん出して」

「……お前、私の事をそういう風に思っていたのか」



 じろりと睨むヘンドリックに、オットーは「例えだから、例え」と誤魔化すように手を揺らした。



「ん、いいでしょう。次はヘンドリックな。ヘンドリックは、反対にもっと背中丸めてみ。肩も下げて、膝もちょっと曲げて」

「肩を下げ、膝も曲げるんだな」

「そうそう。で、顔も俯き気味で、全体的に不摂生な、死ぬ一歩手前みたいな雰囲気纏って」

「……オットー」



 物言いたげなルイスの視線を受け、「例えだって。な?」と笑って誤魔化す。



「ん、よしよし。いいぞ二人共。凄いいい。本当最高。ばっちりだ。これなら顔を見られない限り気付かれないね。遠目からなら、間違いなく間違える。間違いない」



 なんだそれは、とルイスとヘンドリックは、思わず吹き出した。オットーも喉を鳴らし、二人の背中を叩く。



「うっし。じゃ、行くぞ。戦闘開始」



 イエスボス、と答え、三人は男性用トイレから出ていく。



 

 すると、待っていた友人達が、クラスメイトの女子グループと談笑している姿が、目に入った。




「あれー、オットーじゃない。やっほー」

「おー、やっほーやっほー。どうしたよお前ら。偶然だなー」

「だねー。あんた達も広場に来てたんだー。知らなかったー。本当超奇遇ー」



 どこか空々しい会話が繰り広げられる。だが、誰も指摘しない。寧ろ便乗し、自分達は偶然ここで遭遇した、とわざわざ確認し合う。



「あ、ルイスとヘンドリックもいたんだ。やっほー」



 そう言うと、集まった男女共々、ルイスとヘンドリックに声を掛けた。



 但し、ルイスへはと。

 ヘンドリックには、と呼びながら。



「というか、ヘンドリック、本当にその恰好してきたんだ。めっちゃ目立つね」

「ですが、案外似合っていますね。こちらの恰好で遊びに行くと伺った時は、少々耳を疑いましたけれど」

「私も。でも、こうしてみると悪くないわね。その帽子も、お花のケーキみたいで素敵よ」



 同級生の女子はルイスを取り囲み、代わる代わる口を開いては服装を弄った。友人達も、楽しそうに揶揄う。




「なぁなぁー。折角こうして偶然出会った事だしさー、皆で一緒に見て回らねぇー?」



 オットーがそう提案すれば、一斉に賛成の声が上がった。そうして二つのグループは、一塊となる――と、見せ掛けて、ヘンドリックと、ベール付きの赤いフェルト帽を被った女子学生を、さり気なく内側へ入れる。



「ソフィー……」



 ヘンドリックの声に、隠し切れない喜びが滲んだ。ソフィーと呼ばれた女子学生も、はにかみながらヘンドリックの名前を呼ぶ。



「よーし。じゃあ、行くぞー」



 オットーの音頭に、一同は移動を始めた。

 そっと手を繋いだ恋人同士を、ラビットに見つからないよう隠しながら。



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