第60話 次
飽きてきたとは言え、ここで戦いをやめるわけにもいかない。というわけなので、2階に上がると、まだ大勢の兵隊がいるようだった。サチュロスワークスのメインメンバーも勢ぞろいしていた。
「なかかやるねぇ……」リーダー格の男がイスに座って手を叩いていた。「腐っても勇者ってか……それに魔王の娘も……血は争えないねぇ……」
「ありがとうございます」ユーサーは丁寧に頭を下げて、「一つ質問です」
「なんだ?」
「この中で一番強い人は誰ですか?」
「俺だ」リーダー格の男が言う。「サチュロスワークスのリーダーがヴェント……俺が一番強い」
「なるほど……ではつまらない戦いになりそうだ」
「あぁ?」沸点の低い男のようだった。「なんだと……? なにが言いたい?」
「弱すぎて相手にならないと言ったんです」ストレートすぎる。同意だけれど。「そんなので勇者を倒すとかいきがっているんですか? もっと修行してから言ってください」
リーダー格の男――ヴェントは立ち上がって、
「生意気なやつだ……俺を怒らせるとどうなるか、教えてやる」
「そうですか」ユーサーはヴェントの言葉を軽く流して、ヤーに言う。「どうします? どちらがやります?」
「そうだね……飽きてきたし、全員やっちゃっていいよ」
「承知しました」
2人の会話を聞いて、その場にいる全員が頭に血をのぼらせたようだった。まぁ当然だろう。飽きたから、という理由で全員をあっさり倒すと宣言されたようなものだ。当然頭にくる。
しかし、怒りや気合で戦力差は覆らない。ユーサーのほうが圧倒的に強いということに変わりはない。
「さて皆さん……氷漬けか火あぶり……どちらがいいですか?」
「好きに選べよ。俺はどっちもお断りだ」
「では、どちらも行きましょう」言って、ユーサーは右手を掲げる。そして、「……まず氷から」
その瞬間、部屋の中に氷のオブジェが一斉に出来上がった。それはその場にいる人間たちを氷で包んだオブジェ。顔の部分だけが器用にくり抜かれ、呼吸と会話だけはできる状態で氷漬けにされた15人の人間たち。
「な……」ヴェントが氷から抜け出そうともがくが、「なんだこれ……ビクとも……」
氷のオブジェはまったく壊れる様子がない。ヴェントもかなりの力自慢なのだろうが、相手が悪かった。相手は、魔王の娘だ。潜在能力は計り知れない。
「寒いでしょう?」ユーサーは悪魔みたいに笑う。ストレスが溜まっていたのかもしれないし、Sなのかもしれない。「温めてあげますよ。感謝してください」
そして、今度は部屋が巨大な炎に包まれる。建物には一切危害を加えない、そんなコントロールされた炎。その炎は氷のオブジェを一瞬にして溶かし、その場にいた全員を炎で包み込んだ。
悲鳴。炎に焼かれる人間たちの悲鳴。なんとも悲痛だが、完全に自業自得だ。最初に手を出してきたのはサチュロスワークスなのだ。仕返しされても文句はあるまい。
とはいえ……
「……一応、殺さないようにね……」
「え……?」キョトンとされた。殺す気だったのかもしれない。「……わかりました……では」
ユーサーがパチンと指を鳴らして、一瞬にして炎は消え去った。そしてその炎の中で踊っていた人たちが、一斉に地面に倒れこむ。殺したかと思ったが、苦しそうに呼吸をしているから生きているらしい。まぁ死んでいても問題はないのだけれど……まぁどっちでもいいか。
「さて……」ユーサーは息も絶え絶えのヴェントに近づいて、顔を覗き込む。「コラボ、ありがとうございました。良い動画が撮れましたか?」
「……っ!」完全にユーサーに怯えているヴェントだった。「お前……こんなことして、ただで済むと……」
「思っていませんよ」きっと炎上するだろうな。火に油ってやつだ。「ですが……これはケジメです。私たちが新たな場所に向けて歩きだすために、必要なことでした。それに……」
「……?」
「ムカつくんですよ、あなたたち」ユーサーはヴェントの目を真っ直ぐ見つめる。横から見てるだけで威圧感が伝わってくる。「いいですか? 1つだけ伝えておきます。私たちの邪魔をするな。それさえ守ってくだされば、私たちから手出しすることはありません」
「……」
「わかりました?」
「……はい……」
最後には敬語になってしまったヴェントだった。気持ちはよく分かる。ユーサーの威圧感は、体験したものにはわかる。従いたくなる威圧感なのだ。従わなければならないのだ。そうしないといけないと、本能が告げるのだ。それはきっと……親譲りのカリスマ性なのだ。魔王と戦ったヤーだから、わかる。
「さて……と……」ユーサーはヴェントに興味をなくしたように立ち上がって、「じゃあ……行きましょうか」
「そうだね」軽くとは言え運動をして、お腹が減った。「とりあえず、なにか食べようか。なに食べたい?」
「そうですね……ラーメンとかどうですか?」
「いいね。せっかくだし、ラーメンを食べ終わったらデザートも探そうか」
「いいですね」
会話をしながら、ヤーとユーサーはサチュロスワークスの家を出た。出ていく頃には皆、恐怖の視線をヤーたちに向けていた。そりゃそうだろう。35人が2人に返り討ちにあったのだから。こちらからすれば当然の結末だが、向こうからすれば恐怖だろう。
というわけで、大空の下に戻ってきた。仕返しを済ませたあとだからか、なんだか心地が良い。空が高く青く見えた。
ああ……割とスッキリした。炎上は気にしてないとは言え、サチュロスワークスにはムカついていた。復讐に意味なんかないと言えるほど、ヤーとユーサーは大人ではない。ムカついたからやり返しに来ただけである。言うなら……純粋なやつあたりだ。スッキリした。
「動画は撮れた?」
「バッチリ撮れましたが……」ユーサーは肩をすくめて、「撮れ高はありません。ちょっとくらい……苦戦してみせたほうが良かったでしょうか」
「別にいいんじゃない? じゃあ、今回の動画はボツってことで」
「そうなりますね」
この動画がボツになっても問題はない。これはただのケジメだ。ただの八つ当たりなのだ。本当は動画撮影なんてどうでも良かったのだ。
「次の動画は、どうします?」
「そうだね……コメントと世間の反応次第かな。場合によっては方向転換も必要かも」
「なるほど……帰ってから考えましょう」
またユーサーと一緒に動画の作戦会議である。その未来が見えているだけで、なんだか明るくなれる。ユーサーと一緒にいられるというだけで、なんだか嬉しい。それくらいには、ヤーはユーサーのことが好きなのだ。
「さて……なにを食べましょうか」年相応の子供みたいに、ユーサーは言う。「もうお腹がペコペコです。早くラーメン屋さんを探しに行きましょう」
そう言って、ユーサーは1人で先に歩いていった。ヤーはその後ろから、ゆっくりとついていく。
きっとユーサーとの出会いは、どんなものでも良かったのだと思う。動画投稿でなくてもいつか出会っていて、今のような関係性になったのだと思う。
……いや、どうだろう。動画投稿だからこそ出会えたのだろうか。それはわからない。ヤーは預言者ではない。しかしもしも動画投稿のおかげなら、感謝しなければならない。もしもユーサーと出会えずに一生を終えていたと考えると、ゾッとする。
これからきっと……いろいろなことがあるだろう。今の炎上への対処も考えないといけない。これからの動画投稿についても考えないといけない。
うまくいかないかもしれない。失敗ばかりかもしれない。もしかしたら生きていけないかもしれない。他のことをやることになるかもしれない。
だけど……それでもいい。きっとこの動画投稿は、ユーサーと出会うためにやっていたのだ。ユーサーが隣にいてくれるのなら、他の何をやったっていい。
まぁなんというか……あれだ。きっと素晴らしい未来が待ってるさ。仮に素晴らしくない未来が待っていたとしても、ユーサーだけは守ってみせる。
……
そうだね。
帰ったら、ホットケーキを作る練習をしよう。
かつて魔王を倒し世界を救い伝説となった最強無敵の伝説の勇者ちゃんねる2 嬉野K @orange-peel
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