第59話 本意ではない

 戦闘開始と同時、ユーサーの目の前にいた男が拳を振り上げる。

 そして次の瞬間、男は遠くの壁にめり込んでいた。ど派手な音を立てて壁に叩きつけられて、そのまま気絶したようだった。


「このまま」重力魔法で相手を吹き飛ばしたユーサーが、冷たい声で言う。「油断したあなたたちを倒すのは本意ではない。本気で来なさい。そうでなければ……私たちにはふさわしくない」


 そのユーサーの挑発まがいの言葉を受けて、男たちが激高する。油断は完全になくなって、血走った目で怒声を上げていた。

 

 怒声と熱気で大気が揺れる。ビリビリと家屋全体が揺れて、窓ガラスが音を立てる。

 

 肌に伝わる重圧。悪くない。鳥肌が立つような圧迫感と本気の戦いの雰囲気。悪くない。これでこそ戦いだ。戦いはお互いが本気じゃないといけない。


 ユーサーを守る必要はない。この程度の相手に不覚を取る人ではない。だからヤーは目の前の相手に集中する。


 ヤーの正面から男たちが3人まとめて襲いかかってくる。人数の多さを生かして3人同時攻撃……発想は悪くない。


 しかし、


「やるなら、背後も取らないと」全員が正面からかかってきてどうする。「数の優位があるうちは、もっとそれを生かしたほうがいい。そうじゃないと……」


 ヤーは男たちの攻撃を横に避けて、勢いのまま右の蹴りを放つ。それは1人の男の顔を的確に捉えて、壁まで吹き飛ばした。言うまでもなく、一発KOである。


「こうやって、どんどん減っていくから」


 すでに相手は2人落ちた。時間が経つに連れて数は減っていく。最終的に数の優位はなくなるのだから、使えるうちに使っておいたほうがいい。


 しかし……


「にしても……悪くない動きだね。腕に覚えはある、って感じかな」


 ただのザコ集団ではない。各人各々が悪くない動きをしている。とはいえ、勇者と魔王の娘を相手にするには、圧倒的に足りないが。


 まぁサチュロスワークスも、結構人気があるらしいから、こうして人を集めることは得意なのだろう。とはいえ、情報収集は苦手らしい。この程度の人数で勝てると思われたのなら心外だ。

 

 そのまま怒声に包まれながら、戦いは続く。殴り合いの音。魔法の音。そして少しずつ、音が小さくなっていく。怒声は悲鳴と恐怖の声に変わり、激しかった戦闘音もほんんど聞こえなくなっていた。


 そして、


「とりあえずは終わりですね」ユーサーが最後の一人を魔法で吹き飛ばして、「しかし……サチュロスワークスの6人は見当たりませんね」

「そうだね……たぶん、上にいるんじゃない?」


 どうやらこの建物は二階建てらしく、上にも部屋がある。だから、おそらくサチュロスワークスのメインメンバーは上にいるのだろう。寄せ集めた集団に戦わせておいて自分たちは上で見学……まぁそれが彼らのやり方なのだろう。ヤーは納得できないが、そういう戦い方があることは知っている。


「じゃあ上に行こうか。メインの人たちを倒さないと、納得出来ないからね」

「そうですね」それからユーサーは自分の手を見て、「それにしても……衰えたものですね。私も、あなたも」

「そうだね」全盛期の強さは、お互いに持ち合わせていない。「でもまぁ……今はこれで十分でしょ」

「まぁそうですが……どうでしょう。帰ったら、組手でもやりますか」

「お……いいね。やろうか」ちょうど体がなまっていて困っていたところだ。ユーサー相手なら楽しめる。「でも、ケガしても知らないよ?」

「こちらのセリフですよ。あなた相手なら、全力が出せそうですからね」


 ユーサーの全力……怖すぎる。今の戦いを見ている限り、かつての魔王クラスの力がある。かなり手加減をしているけれど、それでも圧倒的に強い。本気を出したらどうなるのか、そうぞうもつかない。


 だからこそ戦いは楽しい。相手が未知数だから、楽しいのだ。勝敗が確定している戦いなんてつまらない。今の戦いのように。

 ……ちょっとサチュロスワークスとの戦いも飽きてきたな。相手が、弱すぎる。

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