第58話 せめて祈れ

「なかなか……立派な家だね」


 たしかサチュロスワークスは6人組で……その全員が同じ家に住んでいる。6人も住んでいるのだから大きな家だとは思っていたが、それにしても立派な家だ。


「空き家に無理やり住んでいるらしいですね。所有者を脅して、格安で住まわせてもらってるとか。まぁ脅してとは言え許可があるのなら、無理やりとは言えないかもしれませんが」


 なんとも微妙なところである。脅しとはいえ、それも交渉だ。所有者には気の毒だが……まぁしょうがない。


「さて……じゃあ乗り込もうか。窓ガラス割って入る?」

「それもいいですが……まぁ勘弁してあげましょう」

「わかった」

 

 ということなので、正面から堂々と入ることにする。扉をノックしようとして、


「……6人以上いるね……というより、結構な人数がいるみたいだ」

「ほう……私たちが来るとわかっていたから、戦力を増やしたみたいですね。何人くらいですか?」

「……35人くらい、かな」

「なるほど。私たちを相手にするには、あと10倍は必要でしたね」

「そうだね」


 350人もいれば……多少は楽しめたかもしれない。35人程度なら準備運動にもならない。どうせなら、もっと用意しておいてほしかった。


「まぁいいや。行くよ」

「はい」


 サチュロスワークスの家の扉をノックして、


「こんにちは。コラボしに来ました」


 そう言った瞬間だった。部屋の中から発砲音。そして弾丸が扉を貫通して飛んできた。


「手厚いお出迎えだね」ヤーは弾丸をつまんで止めて、「でも、ちょっと物足りないかな。他にはないの?」


 受け止めた弾丸をポケットにしまって、ヤーは扉を開ける。

 

 室内には数人の屈強な男たちがいた。その数およそ20人。室内に手入れされている形跡は見当たらず、花瓶が割れていたり、イスが壊れていたりしていた。それが放置されていた。


「キミたちは……サチュロスワークスの人たち?」

「まぁ、そうだな。臨時メンバーってとこだ」

「臨時?」

「ああ。お前らがコラボしに来るから、ボコボコにしていいってよ。動画タイトルは『腰抜け勇者の最後』だってさ」

「あ、そう」本当にやれるものならやってみろ。「じゃあ……キミたち全員、僕を殺そうとしてるってこと?」

「別に命まで取る気はないが……」それは残念。「場合によっては手加減しきれないかもなぁ……」


 そう言って、男たちは笑う。完全にヤーのことを見下した笑いだった。勇者の威光も、10年ですっかり錆びついていたらしい。


「それよりさぁ……」男は言う。「そっちの女の子。ララ・ラララだろ?」

「はい」ユーサーが平然と答える。「それがどうかなさいましたか?」

「そうだなぁ……あんたは魔王の娘なんだろ?」

「そうですね」

「あっさり認めるんだな……まぁいいや。とにかく……」男はユーサーに近づいていって、「魔王ってのは強かったんだろ? じゃあ、あんたも強いのか?」


 ユーサーは男の言葉に答えず、ヤーに聞く。


「どうしましょう。私が2人であなたが4人の予定でしたが……」


 サチュロスワークスを倒す内訳である。まさか相手が35人もいるとは思っていなかった。計算が狂ってしまった。


「まぁ……じゃあ半々くらいでいいんじゃない? 数えるの面倒だし……適当に」

「承知しました」それからユーサーは目の前の男に言う。「警告しましょう。我々は手加減が苦手です。ケガをしたくないのなら……雇われただけのあなたたちは見逃してあげます。今すぐに、ここから立ち去るのなら、危害は加えない」

「ほぉ……大きく出たな」逃げる気はないらしい。「悪いが逃げられないね。あんたらを倒せば賞金が出ることになってるからな」

「賞金……おいくらですか?」

「1人1万ラミアだ」

「安く見られたものですね……昔のうちのチャンネルでももらえますよ」もらえないやつだよ。1万ラミアもらえる方法なんて教えてもらえないよ。「労力的には……100万ラミアでも足りませんよ」


 男たち複数人に囲まれても動じないユーサーに対して、少し男たちはイライラしてきたようだった。


「そうか……じゃあ、さっさとやろうぜ。口ではなんとでも言える……問題は、本来の実力だろ?」

「そうですか……」ユーサーは手に持っていたカメラを、魔法で宙に浮かせる。そして、「せめて祈れ。命があることを。そして噛みしめろ……生きていることの喜びを」


 そのセリフは、どこかで聞いたことがある。忘れるはずもない、魔王の言葉。最後の戦いの前の、最期の言葉。威圧感も雰囲気も、やっぱりそっくりだった。


 というわけで、戦闘開始だ。


 一応殺さないようにはしてあげよう。

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