ほこりだらけの宝物 (百通目のラブレター)

帆尊歩

第1話  ラブレター

季節は冬だ。

塩浜海岸は、白い砂が自慢の海水浴場だ。

でもそれは夏ならね。

寒々とした冬の白い砂浜は・・・

まあ綺麗かな。

一ついいのは砂掻きという重労働も、汗だくにはならない。


海辺のカフェテラス風カフェ「柊」の謎の店主、遙さんにこき使われる僕は、今日も砂掻きに余念がない。

大体、砂掻きで人を雇うというのも、理解出来ない。

まあ確かにこのカフェの半分は、この塩浜海岸の海辺に建っている。

まさに店の半分は、流動する砂の上にあるので、砂を掻かないと三メートルの高さのテラスまで砂が来てしまう。

だから、冬でも砂掻きは必要かもしれないが、店は閉めてもいいだろう。

なのに、人も来ないというのになぜ開いている。

なぜ謎の店主かといえば、こんなにお客さんが来ないのに、なぜこのカフェは運営できているのか。

そこが最大の謎なんだけれど。

僕の時給もあるし。


「ごきげんよう眞吾君」僕は後ろから声を掛けられた。

頭の上はテラスだ。

「ああ、こんにちは香澄さん。いらっしゃいませ」香澄さんは数少ない「柊」の常連さんだ。この世の不幸を全て背負ったような弱々しさと、幸薄そうな出で立ちが印象的な、良く見れば美人な人だ。

「精が出るわね」

「手代ですから」手代とは、遙さんがつけた僕のあだ名だ。

この間までは丁稚だった。

この香澄さんのために、花火大会の時、暗い中走り回ったご褒美に、手代に昇格させてくれた。

時給は変らないけれど。

働き次第では、次は番頭に昇格させてくれるらしい。

香澄さんはその辺の事を知っているので儚げに笑って、テラスへの階段を上がっていった。

階段を上がる香澄さんを眺めながら、僕はかったるそうに砂掻きの続きをすると慌てたように香澄さんが階段を下ってきた。

「眞吾君」

「はいっ」

「なんでお客さんがいるの?」イヤ、いくら人が来ないカフェシーサイド「柊」だって、たまにはくるさ。

「そんなに驚かないでくださいよ。これでも綺麗な砂浜にあるおしゃれなカフェなんだから」

「でも知らないお客さんだよ」

冗談で言っているのか、本気なのか分からないところが香澄さんの質の悪いところだ。

テラスに上がって行くと、海の見える窓際に若い女の子が座っている。

イヤ随分長いな、と僕は思った。

来店してから随分立つぞ。

いくら砂掻き要員で、テラスの下にいることが多いとはいえ、お客さんの人数くらいは把握している。

香澄さんはちょっと離れた席から彼女を見つめている。

「遙さん」

「なに手代」

「だから、その手代止めてくださいって言っているでしょう」

「わかった。手代、気をつける」

「いや、また言っているし。イヤそんな事じゃなく、さっきから香澄さん、あの窓際のお客さん見つめているんですけど」

「うん、そうなんだよね。なんか似たもの同士、シンパシーを感じてるんじゃないの」

「そんな、のんきな。あれでお客さん帰っちゃったらどうするんですか。ある意味営業妨害ですよね、ていうか、似たもの同士って?」

「なんか二人とも幸、薄そうじゃない」

「いやー」とは言ったけれど。確かに雰囲気は似ている。


「あの」と香澄さんが声を掛けてしまった。

「はい」

「誰かを待っているんですか?」

「えっ、ああ、はい」彼女は遙香さんの言うように幸、薄そうだけれど同時にお嬢様という感じだった。

「私もその席で人を待っていた事があるんです。結局はどうにもならなかったんですけれど」と香澄さんは儚げに笑った。

香澄さんは、その席で駆け落ちの相手を待ち続けていた。

結局、何とかうまく行きかけたけれど、その娘から涙ながらにお父さんを帰してと言われて、香澄さんは自分から身をひいた。

そんなエピソードがぴったりの風貌をしている香澄さんだからこそ、海を見つめながら、人を待っている女の子に親近感を持ってしまったということか。


「そうなんですか。私はラブレターがらみで、人を待っていて」

ラブレターと聞いて、香澄さんは急に興味を失ったように、

「早く来てくれるといいですね」と薄ーく笑った。

ラブレターと聞いて、幸せなんだろうと思ったようだ。

香澄さん、自分より不幸な人を探すのは辞めましょう。

そもそも、香澄さんほど不幸な人はそんなにいないし。

「先月祖母が亡くなりまして」と女の子は話し始める。

「そうなんですか。それはご愁傷様です」というか香澄さん、そんな他人事みたいな薄ーい反応なんかしなくたって。

ああ、他人事か。

「祖母の宝物とおぼしき、ほこりまみれのクッキーの缶が出てきて、中には百通の手紙が入っていたんですけど、それが全部ラブレターだったんです。」

「おばあさまの?」

「はい。で今日はそのお相手の方と連絡を取ったら、この町にお住まいということで、来ちゃいました」

「そうなんですね」薄ーい反応から少しだけ興味が出てきたようだった。

「この喫茶店は素敵ですね」と女の子は、話をつなげるように言った。

「ありがとうございます」と遙さんがカウンターの奥から、間髪入れず叫んだ。

すると香澄さんと、女の子は声をを合わせて笑った。

なんかいい雰囲気になった。

謎の店主、遙さんはこういう所が上手だ

でも僕は知っている。

遙さんはこの会話に混じろうとしているんだ。


その時、一人の若い男性が「柊」に入って来た。

「ミチルさんですか」

「はい」女の子ははじかれたように立ち上がった。

「ごめんなさい、待たせちゃって。祖父の書いたラブレターを探すのに手間取って」

「いえこちらこそ、無理を言って」

「いえ。あっ、コーヒーください」と男性はカウンターに声を掛けた。

その男性は女の子の前に座ると、バックから輪ゴムで括られた封筒の束を出した。

「翔太さんですよね」

「はい」

「あのー」と香澄さんが二人の間に割って入った。

「はい」

「おばあさまのラブレターのお相手と会うのでは?」幸薄そうなので、許されそうなんだけれど、香澄さん空気読まない、お節介やきになっているぞ。

「祖母の文通相手の昭夫さんは、もう亡くなられていて」

「そうなんですね」と香澄さん。

「でも昭夫さんからの最後の手紙、百通目の手紙には、祖母に会いたいと気持ちが書かれていて。だから、連絡を取って」

「おじいさまと、おばあさまは、お会いになった事はなかったんですか?」ああー、遙さんまで図々しく話に割り込んだ。

「はい。手紙も百通で終わっているんです。なぜ祖母と昭夫さんが会わなかったのかは分からないんですが」

「いや、多分、五十年前だから、いろいろ世間体とかで会えなかったんじゃないですかね。特にこの辺りは保守的な土地柄ですから」と翔太と呼ばれた男の子が言う。

「でも最後に百通目、昭夫さんの祖母に会いたいという手紙が何だかせつなくて。祖母はなんてお返事をしたのかも気になって」

「良かったら、聞かせてもらえませんか」と遙さん。

そこでしゃしゃり出ないで、と僕は心の中で叫んだ。

すると香澄さんも、何度も頷いている。

するとミチルさんが、古く変色した便せんを翔太さんに渡した。


僕は。

あなたの優しさを知らない。

あなたがどう生きてきたのか知らない。

あなたの喜びを知らない。

あなたの悲しみを知らない。

あなたの美しさを知らない。

あなたの好きな物を知らない

あなたの嫌いな物を知らない。

あなたのお父様を知らない。

あなたのお母様を知らない。

でも

僕はその全てを知りたい。

そして。

あなたに会いたい。

百通目の、願いです。



今度は翔太さんが便せんをミチルさんに渡した。


私は。

あなたに私が優しいかどうか分からないけれど、それを伝えたい

あなたに私がどう生きてきたのかを伝えたい。

あなたに私の喜びを伝えたい。

あなたに私の悲しみを伝えたい。

あなたに私が美しいのか分からないけれど、それを伝えたい。

あなたに私の好きな物を伝えたい。

あなたに私の嫌いな物を伝えたい。

あなたに私の父を紹介したい。

あなたに私の母を紹介したい。

そして

私はそれ以外の全てをあなたに伝えたいです。

だから。

あなたに会いたい。

百通目の、私の願いです。



二人はそれぞれ写真を出した。

それぞれのおじいちゃんと、おばあちゃんの若いときの写真だった。

「やっと会えたね、おばあちゃん」ミチルと呼ばれた女の子は静かに言った。

「やっと会えたね、おじいちゃん」翔太と呼ばれた男の子は静かに言った。


香澄さんは静かに涙を流していた。

そして僕と遙さんも。



それは五十年を隔てた、出会いの儀式だった。

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ほこりだらけの宝物 (百通目のラブレター) 帆尊歩 @hosonayumu

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