ほこりだらけの宝物

帆尊歩

第1話  ほこりだらけの宝物

レイちゃんは小学校の高学年になると、自分が何だか大人になったように思えた。

クラスの男子は幼く子供、いやはっきり言おう、バカで汚いガキだ。

くだらないことで囃し立て、面白くもないことを面白そうにみんなで言い合っている。

面白くないのに面白そうにしているのは、性格に問題があるし、本当に面白いと思っているなら、単なるバカだ。

いずれにしろ、ろくなもんじゃない。

レイちゃんも他の女子と一緒で、白馬にのった王子様を待っていた。

ただイケメンの王子様ではない、国のために、巨大な敵に立ち向かうヒーローだ。


そんなレイちゃんは、物置から大きな箱を見つけた。

そのほこりまみれの箱には、汚い字で宝物と書かれていた。

開けてみると、おもちゃの剣が入っていた。

イヤおもちゃだろうが、持つとびっくりするくらい軽い、そして素材が分からない。

プラスチックのようでもでもあるし、堅い石膏の用でもある。

うちは男の子がいないので、こんな剣なんてと思った。

イヤうちに男の子がいたとしても、このほこりのかかり方を見ると、相当に古い。

思い当たるのは、

パパか?

パパの子供の時のオモチャか。

だからこんな小学生のあたしでも、もうちょっと綺麗な字がかけるのに。

汚い字の「宝物」と書かれた紙が張ってある。

こんな物、置いておいてどうする。

過去は捨てるためにあるんだ。

大人になっても、男子はバカなんだとレイちゃんは心底思った。

これをパパに突きつけてやる。

と思ったレイちゃんは、いつもパパがゴロゴロしているリビングのソファーの横まで来た。パパはよだれを垂らして眠りこけている。

我が父親ながら情けない。

「パパ」

「あ、ああ」パパは垂れたよだれを袖で拭くと、子供のように目をこすった。

汚いな、絶対にママに言いつけてやる。

とレイちゃんは思った。

「パパ、このオモチャ、パパのでしょう」

「えっ」パパはそのおもちゃの剣を見て、ちょっとだけ目つきが変わった。

「レイラ。見つけてしまったのか?」

「はあ、何かかっこつけているのよ。第一レイラって何」

「記憶は戻っていないのか?」

「ええ、何、何言っているのパパ。うたた寝なのに寝ぼけてないでよ」

「そうか、レイちゃんのままなんだね、ならいいんだ」

「ちょっと、どういうことよパパ」

「この剣は君の命だ。でもその記憶がないのなら、レイちゃんのままなら、その方がいい」

「ちょっと、パパ何言っているの」

「今の君が幸せなら、それが一番だ」

「幸せじゃないし」

「幸せじゃないなんて言えているうちは、幸せなんだよ」

「なに、それどういうこと」

「聞きたいのか」

「うん、」レイちゃんはつい、うなずいてしまった。

「仕方がないな」そう言ってパパは、レイちゃんの持ってきた剣を手に取ると、確かめるように振りまわした。

「僕が君くらいのときだ。暗黒の大王がこの世界を支配しようとした。

あるとき、世界は急にグレイがかった、夕方のようになった。

そして全ての人は、時間が止まったように止まった。

暗黒大王が、この世界を支配しようとした時だった。

でもパパにだけは、その魔法が効かなかった。

世界の全ての物が止まったのに、パパだけが動けた」

「全部止まったの」とレイちゃんは、迂闊にも聞いてしまった。

「そうだ。人はおろか、車も、バトミントンをしていた女の子の羽根も空中で止まっていた。そして空には、飛行機やヘリコプターまで、その場で止まっていたんだ。

パパは途方に暮れた。世界は薄暗いグレーに染まったまま、何一つ動いている物はない。

そこを暗黒大王の手下の黒ガラスが動き回っていた。そして面白半分に、人々をその剣で斬り殺していた。パパはそんな黒ガラスの目をぬすんで、その時好きだった、メグの様子を見に行った。ところがメグは家に帰る途中だったのか、下校の時のそのままの姿で止まっていた。

(メグ)と声を掛けて近づこうとしたとき、パパより先にメグは黒ガラスに見つかってしまった」

「メグは、どうなったの」またしてもレイちゃんは聞いてしまった。

「黒ガラスにお腹を切られた」

「えー」レイちゃんは年相応の女の子のように声を上げた。

「でも時間が止まっているから、何の声も聞こえない。

(メグ)とパパは叫ぶと、メグを抱きしめた。

そのとき黒ガラスの剣が、パパめがけて振り下ろされるところだった。でもパパの腕の中には、お腹を切られたメグがいる。

もうだめだと思った瞬間。

大きな音がして黒ガラスの剣をたたき落とす音がした。

鋭い風を切る音。

そして、黒ガラスの断末魔の叫び。

そこにいたのは黒ガラスを一刀両断にした戦士。

レイラだ。

レイラは美しい少女だった。

でもその顔からは、真の強さと優しさがあった。

(あなたを死なせたりはしない。でも相手は強大な暗黒大王。あなたも戦って。私があなたを守る。でも、私に何かがあれば、あなたは自分で自分を守らなければならなくなる。そのためにはあなたも強くなって)

その時レイラからもらったのが、この剣だ。戦士の剣、と同時に精霊の剣でもある。

でもパパは精霊の修行をしていないから、魂を宿すことは出来ない。

でも戦士の剣と言うだけで、世界で最も強い剣に他ならない。

この剣より強いのは、レイラの精霊の剣と暗黒大王の精霊の剣、この二つしかない。

その時から、パパは勇者レイラと共に暗黒大王との、長い長い戦いの日々が始まった。

何百、何千といる黒ガラスをこの剣で倒して行った。

時間は止まったままだ。メグも止まったままだから、血も出ない。

だからお腹を切られても死なない。

(どうしたらいい)とパパはレイラに尋ねた」

「レイラなんて」レイちゃんは心配そうに、パパの話に聞き入り始めていた。

「暗黒大王を倒せば時間は動き出す、でもそれと同時にメグのお腹から血があふれ出す。だから精霊の剣で、時間を元に戻さなければならない。

時間を戻せば殺された人は生き返る。でもそのためには精霊の剣で、暗黒大王を倒さなければならばならない。パパはメグを救うためにレイラを助けて、レイラがレイラの剣で暗黒大王を倒さなければならない。

いったいどれくらいの月日が流れたか分からない。

時間は止まっていたからね。

戦いのため、レイラと旅をした。

レイラとパパの間には、それはそれは深い友情が芽生えた。

それは同士としての関係を越えて、ほんとに心の底から信頼し合える関係になった。

そして長い長い戦いの末、レイラとパパは暗黒大王と対峙することとなった。

まずパパが暗黒大王の全ての太刀筋を読み防御する。

その隙間をレイラが攻撃をする。

いったいどれくらいの時間戦っていただろう。

さすがの暗黒大王も疲れが見えてきた。

でもそれ以上に、レイラもパパも疲れ切っていた。

その時暗黒大王の放った太刀の先端が、レイラの右腕を傷つけた」

「レイラはどうなったの」

「レイラの美しい顔に、初めて苦痛の表情が浮かんだ。流れ出る血、そしてレイラの右腕から落ちた精霊の剣。

レイラ!パパは叫んだ。

そしてパパは怒りにまかせて、暗黒大王に剣を構えた。レイラの代わりにパパが暗黒大王を倒す強い意志が、力が体中にみなぎった。

(だめよ)とくずれ落ちるレイラが言う。

(なぜ)

(その剣では世界は元に戻らない)

(でも)

(その剣で私の胸を刺しなさい)

(ええ)

(大丈夫、私の力をその剣に注入する。そうれすばその剣は精霊の剣になる)

(レイラは)

(私は力を失うけれど、死にはしない。だから、さあ早くその剣を私の胸に)

(いや、でも)

(早く、メグを救いたくないの。そして世界を元に戻せるのは、あなたしかいないの。早く、全てが無駄になる)

パパの脳裏にレイラとの戦いの日々が蘇る。寒い日の野営で、たき火を前に一つのマントにくるまって暖を取ったこと。

黒ガラスによって殺された、若い母と娘の骸の前で、二人で泣き崩れ、決して暗黒大王を許さない、仇は討つと約束したこと。

そしてパパの腕の中で倒れ込んだメグのこと。ここでパパが暗黒大王を倒さなければ、失われた命は永遠に戻らない。

パパはパパの剣を、レイラの胸に刺した。レイラの体は青白い光に包まれ、その光は次第にパパの剣へと移ってゆく。レイラの苦痛の表情。

(レイラ)パパは思わずレイラに声を掛ける。

(大丈夫、私は死なない。だから頑張って)レイラは苦しい息の中でパパを励ます。

パパは涙をこぼしながら、次はその剣を引き抜く。

もうパパの剣はただの勇者の剣ではない。

精霊の剣だった。

パパは暗黒大王に向かって行く。暗黒大王が振り下ろす剣を精霊の剣で払う。

そして暗黒大王の二の太刀が風を切る。

それをかわして、擦れ違いながらパパは精霊の剣で暗黒大王の横腹を切る。

そして暗黒大王がひるんだ隙に、振り返ると上段から精霊の剣を暗黒大王の頭に振り下ろした。

この世の物とも思えない声が辺りに響く、

(そこ、今よ)レイラの叫び声が響く。

そして最後のとどめ。

精霊の剣を暗黒大王の胸に突き立てる。

剣は青白い光を放ち、暗黒大王の体に吸収された。

するとその光は暗黒大王の体を膨張させて、まるで風船のように破裂した。

途端、辺りは元の日の光の降り注ぐ世界に戻った。

そして人々が動き出す。

(レイラ、やったよレイラ)

レイラは苦しい息の中でも、笑顔を絶やさなかった。

(レイラ、帰ろう。そして病院に行こう)

(いえ、私はこの世界にはいられない)

(どういうこと)

(私はこの世界を救うために、人々の思いが作り出したの。だから、暗黒大王を倒した今、ここにはいられない)

(そんなレイラ)

(大丈夫、私は必ずあなたの元に返ってくる。だからあなたは早くメグの元に)

(レイラ。レイラ)

レイラは青い光に包まれると、消えていった」


「レイラ、死んじゃったの?」レイちゃんはもう完全に話に引き込まれている。

とパパは思った。

「違うよ。レイラは生きている。レイちゃん、思い出さないかい。パパと戦いのための旅をしていたことを」

「え、レイラは私なの」

「そうだよ。世界は元に戻ったけれど、誰も暗黒大王に時間を止められていたことを覚えていない。メグもそうだ。そしてパパはメグと結婚した。そして生まれたのがレイちゃんだ。レイちゃんが生まれた瞬間、レイちゃんがレイラだと分かった。ずっと長いこと一緒に旅をしていたからね。でもレイちゃんにはレイラの記憶はない。

でもその方がいい。

レイラはずっと戦いの中に身を置いていた。

だから今の平穏がレイラの求めていた物だとパパは疑わない。

だからレイちゃんにレイラの記憶がないことは、とてもいいことなんだ」

聞き終わって、レイちゃんは少し考えるようなそぶりをした。

パパはレイちゃんが感動しているんだと思った。


「パパ凄いね」

「だろう」

「うんうん。だって寝起きでこれだけのでまかせのお話が作れるなんて。ある意味尊敬しちゃう」

「何だよ、パパが嘘ついているって言うのか、じゃあママのお腹を見せてもらえばいい。黒ガラスに切られたときの傷が残っている」

「知っているよ。それはあたしをママのお腹から出すために切った物だって」

「確かにレイちゃんは帝王切開で生まれたけれど」

「それにパパ、もう一つ証拠があるよ」

「なに」

「この剣、値札ついているよ。おもちゃメーカーのロゴも」

「あれ」とパパはごまかし笑いをした。

やっぱり男の子はバカだとレイちゃんは思った。

  

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ほこりだらけの宝物 帆尊歩 @hosonayumu

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