第15話



「だからっ! 早く返してと言ってるでしょう! いかなる人間も〝あの方〟を独り占めする権利なんかないんだから! ハルマさんに止めて止めて止められたけど……もーっ、限界! 一体どれだけココで独占する気なのよーっ!」

 作業部屋に戻ると、中で一人の少女がわめいていた。

 可愛らしい少女だった。黒い魔導ローブを羽織り、プリーツ状のスカートを着用しているので、学生っぽい感じがする。幼くも見えるから、学園に通っている最中さなかの女学生だと言われたら、信じるだろう。

 薄金うすきん色の長い髪をポニーテールの形で結わえている。くっきりとした瞳の色は、鮮やかなアザーブルー。気の強そうな美少女だった。

「どこにいるのよ、〝あの方〟は! 隠すっていうんなら、魔導研究協会が相手になるわよ!」

 吠える小型犬のような剣幕に、さしものオリビアも対応しかねている。

 心中でお手数おかけしていることを謝りながら、ミリアナは少女に声をかけた。

「落ち着いてくださいぃ、リズちゃん~」

「だから――……、……っ!」

 目的の相手が現れたことを知り、少女の様子が一転する。

 その唇から零れる言葉は――


「――〝お師匠様〟!!」


 えっ。と、部屋中の人間が心のなかで驚きの声を上げた。

 ――お師匠様? 誰が、誰の?

「良かった、ご無事だったんですね、お師匠様! 城に連れて行かれてから全然お戻りにならないので、心配していたんですよ」

「心配かけてごめんなさぁい。ちょおっと手間取ってしまっただけで、何も危害は加えられていませんから。安心してくださいねぇ」

 ちなみに少女のほうがミリアナより背が高い。今にも抱き着きそうな勢いで纏わりついている。

 イドットがおそるおそる訊ねた。

「あ、あの、ミリアナ様。そちらの方はもしかして……」

「はいぃ。魔導研究者のリズ・トワイライトですぅ」

 フルーレ王国が誇る天才魔導研究者と名高い、リズ・トワイライト。知らないはずはない。ギルバートとイドットは、そもそも彼女に古代魔導遺物アーティファクトの解析を依頼するため、ブロウ村を訪れたのだから。

 その彼女が、ミリアナを「師匠」と呼んでいる。

「黙っていてすみませぇん。誤解されていたようですが、わたしはリズちゃんの同僚じゃなくて、『先生』なんですぅ。そこを明かすと身分のほうも明かさなければいけなくなりそうだったので、黙っていましたぁ」

 ミリアナは、基本的にできるだけ話を大きくしたくない。愛称で生活し、リズとの師弟関係を公言していないのもそのためだ。

「……失礼ながら、ミリアナ様のお年は……」

 どうしても気になってしまったというように、オリビアが遠慮がちに訊ねた。

 リズ・トワイライトは見るからに若いが、ミリアナはそれ以上に幼く見える。

「……ん~」

 ちょっと迷ってから、天才魔導研究者の〝師匠〟は、にぱっと笑って答えた。

「オリビアさんよりずっと年上だと思いますぅ」

「えええっ!?」

 声に出して驚いたのはイドットだけだったが、ギルバートもオリビアも同じくらい驚いていた。ずっと? ちょっとじゃなくて、「ずっと」?

「もうここでの用事は済んだんですよね? では、すぐ研究所に帰りましょう! お師匠様に見てもらいたい研究成果がたくさんあるんです!」

「そんなに急がなくても、ちゃんと読みますよぉ?」

「ですが、いつまた出立するかわからないじゃありませんか! 出たら半年は戻られないんですから……待っているのに……」

 寂しそうに眉尻を下げられると、罪悪感がわく。

「仕方ありませんねぇ……」

 ミリアナはよしよしとリズの頭を撫でた。

「というわけで、申し訳ありませんが、わたしはこれでおいとますることにしますぅ」

「えっ……」

 急な話に、イドットとオリビアは困惑顔になった。

「国王陛下やアロイス殿下にはお暇のご挨拶もしてありますし、少し早いですが、荷物をまとめてリズちゃんと帰りますねぇ」

「お師匠様……!」

 感極まるリズの前で。

 不意に、ミリアナとギルバートの視線が交錯した。

 引き止める術を持たないギルバートは、見送るしかない。

 しかし、その瞳は明瞭に別離を惜しんでいた。

 だから、ミリアナは微笑んだ。

「ですが……そうですねぇ。今回の進捗をお聞きするために、また登城してもよろしいでしょうかぁ。また皆さんでお茶もしたいですしぃ」

 二人の騎士は顔に喜色を浮かべると、肩に拳を当てて敬礼した。

「もちろんです。お待ちしております」

 リズは、ミリアナとギルバートの間に漂っている特別な空気に気づいて、二人を交互に見つめた。

 その目がすぅっと据わる。そして、ブツブツと何事かを呟きはじめた。

「……お師匠様を独り占めしようとするやから……でもお師匠様にとっては特別な相手を排除すべきか、否か……。難しいわ……、どんな魔導研究よりもずっと……」



「本当にいいお天気ですねぇ」

 ブロウ村へ向かう馬車の荷台の上から、ミリアナは空を見上げていた。

 どこまでも続く青い空。その蒼穹の先に、数多あまたの人々の未来が広がって見える。

 そこで生まれる〝願い〟を糧に、きっと自分たちは進んでいく。

 願わくば自分に与えられた宿命が、人々の願いを助ける力となるように。

【天上の魔導研究者】は、笑顔で晴れ渡った青空を見上げた。


                              END





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天上の魔導研究者~古代魔導遺物と乙女の願い~ やよ @futsukaduki

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