第52話 お仕事、終了(後編)

 レオナが座っているのは荷台の右側先頭、カーラの正面である。御者台に座るクレアに一番近い位置だ。

 馬車の走る音がうるさいとはいえ、今の速度で走る程度なら会話が耳に届いていないはずはない。


「隊長?」


 クレアが再度声をかけると、ようやくレオナに反応があった。


「ん? ……あ、なに?」

「クレアが、奴隷商を殺さず捕らえた理由を尋ねています」


 隣に座る副官サイカが、フォローしてくれる。

 ついでにクレアを鋭く睨みつけているが、背中に目がないクレアは気づいていない。


「あ……ああ。前々から彼の背後がちょっと怪しかったから。ちょうど捕縛する理由もできたし、ティア太守様としても、この機会にうちアザリア州の上級官僚とか隣州ゾートとかとの関係を、色々聞き出したいんじゃないかな」

「色々黒い噂のあるやつだぜ? 尋問する前に、その上級官僚に裏から手を回されて堂々と街を出ていくんじゃないか?」


 ちょっと権力を持った者が、賄賂と引き換えに「さらった証拠はない」とでも言って関係各所に圧力をかければあっさり解放されてしまうのが、この国の実情だ。

 それどころか、逆にレオナたちがな商人を襲撃して、を略奪した罪で訴えられる可能性すらあった。


 実際、正規の取引を偽装する準備は、奴隷商の下で抜かりなく行われていたのだ。

 レオナは奴隷商の館で犯罪の証拠だけでなく、今回助け出した子供たちを取引する『売買契約書』を見つけている。


 それには親や当人のサインまで揃っていた。

 契約書に名を記してある親も子も誰一人、文字の読み書きの教育など受けていないはずなのだが。

 そして、どのサインも同じ筆跡だったりするのだが。

 なによりレオナたちに、「子供たちを助けてくれ」と涙ながらに訴えてきたのは、親たちなのだが。


 それでも通用するのが、大陸全土を支配する今の人間の国であった。


「裏から手を回されないために、わざわざシェラが太守様と連絡を取るのに使い魔を飛ばしてたんじゃないか」


 カーラの隣、サイカの正面に座るマリアが会話に入ってくる。


「そだっけ?」


 クレアは、本当に心当たりがなさそうだった。

 マリアは額に手を当てて溜息をいた。


「村での作戦会議、お前は目を開けて寝てたのか?」


 作戦会議中、「司法長官との裏のつながりの証拠をついでに押さえろ」という太守からの命令がシェラの使い魔経由で届き、作戦の修正に大騒ぎだったとき、クレアもちゃんとその場にいたはずなのだが。


「やー、いきなりの作戦だったからさー。自分の担当パートしか覚える余裕なかったんだよねー。あはは」

「……(ハァ)。奴隷商が司法長官と裏でつながっている証拠を手に入れたら、向こう州都でも司法長官を押さえるということになっていたんだ。こちらからの報告を受けて、今頃は向こうも片がついているはずだ」


 奴隷商を捕縛した後、レオナは奴隷商の私室を捜索し、(使い魔経由で)太守に証拠を送っている。

 今頃はもう、司法長官も牢の中だろう。


「んじゃ、もう連行していってもアイツ奴隷商は逃げられないってことか」

「そういうことだ」

「かわいそーに。あのおっさん、着いたらすぐに司法長官からの圧力で無罪放免にしてもらえるって思ってるぜ、きっと」

「まあ、そのためにこれまで薄汚い賄賂をかなり贈ってたのだろうし、今まではそれでなんとかしてきたのだろうからな」

「今回の子供をさらって奴隷にしようって件だけで、何年牢獄入りか、はたまた死罪かは知らないけど、少なくとも全財産没収は確定だよな――これは報奨ボーナス期待してもいいよな、隊長?」

「……」


 目にかねのマークを浮かべているクレアの脇腹を、隣のルックアが黙って肘でつついた。

 手綱を握っていて背後の気配にさほど注意を払っていなかったクレアも、そこでようやくに気付く。


「ああ……もう夜が明けそうな時間だもんな」

「そうですよ。お疲れの隊長を、静かに寝かせてあげてください」


 サイカの言葉で、その肩に頭を預けてウトウトしていたレオナが、ハッと頭を起こした。


「あ、ゴメンナサイ……作戦終了までは起きてなきゃ、ね……」

「いいから寝ててください。ちゃんと睡眠とらないと、大きくなれませんよ」

「子ども扱いしないで……もう大人……うぎゅ」


 眠気に半ば支配されて朦朧もうろうとしたまま抗議の声を上げようとするレオナの頭を、サイカは自分の膝へ押し付けた。


「い・い・か・ら、寝てください。子守歌を歌ってさしあげましょうか?」

「だから……子供じゃ…………」


 レオナの抗議が途中で消えたのを確認し、サイカはうっとりとレオナの頭を撫で始める。


「あー……幸せ」

「いーなー。サイカ、場所変わってよ」


 レオナに代わって、クレアが背中越しに抗議の声を上げた。(抗議の内容は、レオナにとっては不本意極まりないだろうが)


「ダメです。これは、副官の大事な役目です」

「んな役目あるかよ」


 カーラからもツッコミが入るが、サイカは知らん顔でレオナを愛で続ける。

 そこにマリアからも声が上がる。


「サイカ、そろそろこっちにもを回せ」

「お断りします。また今度にしてください」


 にべもない。

 周りが何と言おうと、サイカはこの役割役得を譲る気などないのだ。


「うちの隊長、みんなに大人気過ぎ。おかしい」

「いくら羨ましがっても、この場所は譲りませんよ」

「羨ましいなんて言ってない」

「心の中で思ってるだけだよな」

「うるさい」


 レオナの耳に聞こえていたのは、ここまでだった。

 サイカに膝枕され頭を撫でられている内に、意識がどんどん遠のいていく。


(ホント、転生のステータス見た時から、こんなことする人生設計は一度も描いてなかったんだけどなぁ…………)


 そんなことを思いながらもレオナは睡魔に打ち勝つことができず、幸せな気持ちで夢の中へと沈んでいった――。






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【途中のご挨拶】


 第三章は、ここで終わりです。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 次話より、第二巻の続きで、新章が始まります。

 次章の冒頭はバトルではなく、店のホールスタッフとしてトレー片手に右往左往するメイドな隊長と、街のお祭りにはしゃいだりドキドキしたりするメイドな隊長です。(その後、バトル)




   ■■■




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メイドな隊長戦記 ~異世界に転生してメイドしてたら、隊長と呼ばれて戦うことにもなりました~ 桜梅桃李 @Oubaitouri

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