第51話 お仕事、終了(前編)

「んーーーーーっ疲れたーーーーーー!」


 夜の街道を進む幌馬車の中。

 荷台の先頭左側、幌に背を預けて座るカーラが伸びをする。

 伸ばした腕を下す途中、左の拳が御者台に座るルックアの背中に当たった。


「おっと、悪い」

「……痛い」


 御者台の左側に座るルックアから、不機嫌そうな声。


 荷台を前後も隙間なく覆うことができる幌だが、今は前の、御者台と荷台の間の部分は開けてあった。


 閉めておくべきだったとの趣旨の文句を、ルックアはブツブツとこぼす。

 隣に座って馬を操っているクレアが、まーまーとなだめるが、ルックアは収まらない。


「悪かったって。狭い馬車だし勘弁してくれ」

「気を抜くの早すぎ。まだ終わってない」


 彼女たちは、奴隷商の館からさらわれた村の少女たちを救助して村まで送り届け、そこから州都レージュへの帰途にあった。


 月明りしかない深夜の道だ。

 盗賊や魔獣が跋扈ばっこする時間帯でもある。


「今ので、探知魔法が途切れた。このタイミングで襲われたらカーラのせい」

「おーい、そう怒るなよー」

「怒ってない。探知できない間の襲撃を心配してるだけ」

「襲われるなら襲われるでいいんじゃね? 賊でも魔獣でも、いるんならさっさと出てきてくれた方がありがたいよねー」


 手綱を握るクレアが、何でもないことのように口にした。

 続けて「ふわぁぁ」と、欠伸が続く。


「この辺に湧いたら、どうせ退治はウチらの仕事になるんだしさ」

「だな。そのために後日改めて出張ってくるより、今出てきてくれて、ついでに片づけた方が手間が省けるってもんだ」

「はあ……脳筋組」


 クレアとカーラの会話に、ルックアが深く溜息をく。


 これ以上言っても無駄だと悟ったルックアは、静かに目を閉じると、口の中でなにやら小さく呟き始めた。

 その呟きが終わった瞬間、不可視の波動がルックアを中心に広がり、消えた。


 揺れる馬車の上で、これほど素早く探知の魔法を展開できるのは、隊の皆が知る限り、ルックア以外にはいない。

 精霊魔法のみならず、魔術師ソーサラーの魔法にも精通するには、いったいどれだけの年(以下略)。


「そういや手間って言ったらさー、なんで奴隷商のやつを、生かしたまま連れて帰るんだ?」


 クレアは、前を進む荷馬車に目をやった。

 捕縛した奴隷商は、荷馬車の荷台に縛って転がしてある。


 村へ向かう途中で一度目を覚ました奴隷商は初め大騒ぎしていたものの、芋虫のように縛り上げられた上に猿轡さるぐつわをかまされている状態では無駄だと悟ったのか、いつの間にか大人しく荷台に転がっていた。

 もしかすると、カタゴト揺れる荷台のどこかで頭でも打って再度気を失っているだけかもしれないが。(誰も気にも留めてないので、真相は闇の中)


「そーだよな。『殺すな』っつーことだったからそうしたけど、オレもそう思うぜ。雇われの用心棒どもと同じようにしとけば、後腐れもなかったんじゃねーか?」

「隊長。その辺どーなの?」


 クレアの問いに、隊長であるレオナからの返答はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る