第106話

「総理、どうされますか?」


外務省からの連絡を受けた秘書官が、総理の判断を仰いでいた。


「外交ルートを使わず、個人的にと言うことだろう?一個人に対して日本政府が便宜を計る必要無い。と言いたいのだが・・・相手が皇子だからな・・・」

「ですね。皇室や王室の関係は難しいですから」


国からの外交ルートを使った正式な要望では無いにしても、相手は王室の一員である。

ましてや、それなりの権力を持った存在となれば無視して良い相手では無いのだ。


特に現在は脱化石燃料に向けて動いているとはいえ、まだまだ魔石の供給量が不足している。

完全に脱化石燃料化ができていない状況で、産油国でも大きな割合を占める皇子の国を敵に回すのは得策では無い。


と言って、では「良いですよ。賢者に面会できるようにしましょう」とは簡単には言え無い。

そんなことをすれば他の諸外国が黙ってはいないだろう。


「何だってこの忙しい時に面倒な問題を持ち込むんだ!」


ついつい総理の口から心の声が漏れ出した。

秘書官は、それを聞かなかったことにしたようで、そのまま何事も無かったかのようにスケジュールの管理をしていた。

その姿を見た総理は、気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。

そして状況を再度確認するように、考えをまとめ始めた。


「・・・すまないが分室に連絡を、室長に官邸に来て欲しいと伝えてくれ」

「畏まりました。それでは・・・本日、午後八時でよろしいでしょうか?」


「それ以外の時間は予定が詰まっているのだろう?」

「そうなります。それと、時間的な余裕を持たせるように考えますと、どうしてもその時間に」


「それで良いよ。頼む」

「はい。では、連絡をしてまいります。その後は第三会議室で会議ですので御準備を」


「ああ、分かっているよ」



*** *** *** *** *** ***



「アテンション、プリーズ・・・」


頭上のスピーカーからアナウンス声が響く。

ここは米国のとある国際空港の出発ロビーである。

年間に1800万人以上が利用する空港のロビーは人で溢れていた。


そんな中、とある人物を中心に人波が分かれていく。

身長は160cm程度の長い金髪で胸があることから女性だと思われる。

何故思われるのか?

前髪が完全に目を覆い隠していて、更にマスクをしているために人相が判断できないからである。

そんな見た目のため、人々が避けて通る状況が生まれているのであった。


「何年振りの旅行かなぁ」


マスク越しに呟いた声は余りに小さくて誰の耳にも届かなかった。

だが呟いた本人だけは、その楽しげな様子を理解していた。


ただマスクと長い前髪のせいで、周囲で遠巻きにしている人々には全く伝わらないのだが・・・


「えーっと、日本行き、日本行きっと・・・二十四番ゲートだね。さっさとイミグレーションを通って向かわないと」


どうやらこの怪しげな人物は日本に向かうようである。

パスポートと航空チケットを手に出国ゲートに向かって歩き出していた。


・・・だが、あの見た目で出国ってできるのだろうか?

いや、まあ、マスクを外して髪を上げればパスポートの写真と判別はできるか?


ただ、何となく一悶着起きそうな予感はするが・・・



*** *** *** *** *** ***



ブーブーブー

バイブ設定にしていたスマホが着信を告げている。


「はい、御戸部です」

「分室の室長から連絡です。とある産油国の皇子が個人的に賢者に会いたいそうです。それに関して、賢者の意向を確認して欲しいと・・・」


御戸部は、あまりなその内容に声も出せなかった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!何がどうなって、どうしたらそんな話になるのですかっ!」


御戸部に連絡してきた担当者も話を聞いた時に同じことを思っていたが、それを分室の室長に問い質すことができなかった。

故に、内心は御戸部の反応に凄~く親近感を感じていたのだが・・・


「・・・私に言われましても、その答えを持ち合わせてはおりません」としか答えられなかった。


まあ実際問題、室長に問い質すことなどできなかった担当者では、本当に何も知らないのだから答えようも無いのである。


「そんなぁ~」

「本題ですが、賢者に意向を確認していただいて、その結果を報告していただきたいのです、早急に」


「早急って、何時まで待てるのですか?」

「待てて一両日中でしょうか?」


「何でそんなに急ぐんですか!」

「皇子が既に日本に来日されて結果を待っているからですね」


それを聞いた御戸部の心の声は「バカヤロウ!皇子がそんなにホイホイと動き回るんじゃないっ!」だった。


「・・・賢者に連絡は取ってみますが、期待通りに短時間で返事が返ってくるとは保証できませんよ」

「そこを何とかして欲しいのですが?」


「無理を言わないで下さい!私はただの公安の一職員ですよ」

「一職員ですか?近々昇進されると伺っていますが?」


「それは・・・無理矢理役付きにされそうなだけです」

「あぁ~、立場上ですか・・・」


そう、総理がここに来た時にポロッと漏らした台詞が、そのまま実行に移されていたのだ。

御戸部自身に知らされたのは十日ほど前のことである。


「そんな適当な昇進で厄介事を押し付けられるのは割りに合わないので辞退します」


そう上司に告げたところ「拒否権は無い」と一刀両断されて項垂れた記憶が甦る。

思い出したことで思わず眉間に皺が寄るが通話のみなので相手に表情を見られることは無いのが救いだった。


「兎に角、賢者に確認をお願いしますね」


担当者は最後にそれだけを告げて通話を強制的に終了。

それはつまり、御戸部に丸投げして逃げたのである。


「・・・だから厄介事のための昇進なんて嫌だって言っただろうに・・・」


ガクッと項垂れた御戸部は、それでも涼木さんに会うためにトボトボと歩き出したのだった。



*** *** *** *** *** ***



「・・・で、どんな感じだ?」

「詳しい事は、まだ・・・」


「そうか。どのくらい掛かりそうだ?」

「元々余り目立つ活動をされる方では無かったので情報収集対象としての順位が低くて、新規で情報を収集し始めたような状況なのです」


「・・・そんな人物が急に目立つ動きをする時点で異常事態ではあるな」

「確かに」


「余り時間は無いが、できる限り情報を集めて逐次報告を頼む」

「分かりました。現地の者にも指示します」


外務省の中東地域担当者を呼び出していた室長は、芳しくない報告に調査を続行する決定をしたようだった。


その後、担当者が退出した室内でブツブツと独り言が聞こえる。


「何か理由があるはずだ。私の勘が「とんでもない大事件になりそうだ」と、そう言っているんだ。こういう時は自分の勘を信じなければ・・・」


過去の経験から自身の勘に一定以上の信頼を置いている室長は諦めると言うことが無かった。

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賢者の塔と後継者 -師匠が、引越しついでに異世界から賢者の塔(ダンジョン)を持って来ました!ー 煙管 @sho6729

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