第105話
「で、どうして突然極秘来日なんてことになっているんだ?」
「詳細は分かりませんが・・・脱石油エネルギー関係の可能性が高いかと・・・」
・・・それしかないか。
「何となく言いたいことは分かるが、地球滅亡と天秤に掛ければ脱石油になるのは自明の理だろう?」
「それでも国民の生活を預かる立場となれば、色々とあるのでは?」
分かっていても言わざるを得ない立場と言うことか。
王族と言えど政治家と同じ部分もあるってことだな。
ただ、それと極秘来日に関係性が見えない。
こういうことこそパフォーマンス的に大々的に国民に知らせるべきじゃないのか?
王家は国民のために動いているぞ!って見せないとダメだろう?
隠してたら意味が無いんじゃないのか?
どうにも矛盾している感じがして納得できない。
「それで、そのアブドゥーラ皇子はどうしているんだ?」
「今羽田からこちらに向かっているところです」
「こちら?大臣の誰かに会うためじゃないのか?」
「どうしても先に外務省に来たいと言われまして・・・」
・・・益々意味が分からんぞ。
そりゃあ確かに、ここ外務省には王子の国との部署があるが・・・今更外交的な手順を踏むのは無駄だろう?
他に何か理由があるってことか?
・・・何だか嫌ぁな予感がするんだが・・・
*** *** *** *** *** ***
極秘来日した私に直ぐに人員を差し向けて来る辺り、まだ我が国の影響力は残ってるようだね。
「ところでアブドゥーラ皇子、本当に外務省に向かうのですか?外務大臣か総理大臣に面会すると言う・・・」
「大丈夫です。外務省に向かって下さい。今日の来日目的は個人的なことですので」
いぶかしむ担当者の言葉を遮って、自分の来日目的を告げたアブドゥーラ皇子は車の窓から東京の町並みを見ていた。
その横顔を観察する担当者は『個人的な要件って何なんだ?』と更に頭を悩ましていた。
流石に一担当者に「賢者に会いたい」って伝えるのは不味いだろうし、やはり外務省の担当部署を挟むしか無いだろう。
ただ、それで簡単に「分かりました、面会の段取りをします」とはならないことは分かっている。
その辺りを、どう上手く誘導するか?と言うのが今回の肝だな。
最低でも直接会話ができなければ失敗。
最高の結果なら直接会って話をして協力を取り付ける。
さて日本の外務省が、どれほど力があるか見せてもらおうかな。
*** *** *** *** *** ***
「室長、アブドゥーラ皇子が到着されました」
「ここへ御通ししてくれ」
そんなやり取りから数分でアブドゥーラ皇子が会議室に入って来た。
「アブドゥーラ皇子、ようこそ日本へ。二年前のレセプションで御会いして以来ですな」
「室長も御変わり無いようで」
「それで、単刀直入に御伺いしたいのですが、今回の極秘来日の目的は?」
「個人的な事なので、外交ルートを使わなかっただけですよ」
「個人的?ですか?」
「ええ、個人的です。私個人として、賢者に会ってみたいのですよ」
「はぁあっ!賢者ですかっ!」
「ええ、賢者です。あっ!別に脱石油に対して文句を言いたいとか、そう言うことではありませんよ。異世界の住人で魔法を使う賢者、会ってみたいと思うのも不思議では無いのでは?」
私は嘘は言っていない。
ただ本当の目的を伝えていないだけだ。
「そ、それは・・・大変に申し訳無いのですが、外務省に賢者との取り次ぎをする権限は無いのです」
「でしょうね。それぐらいは分かっています。ですが、権限を持っている部署や人物に私の要望を伝えることはできますよね?」
私の言葉に室長は一瞬だけ苦い表情をした。
どうやら外務省が賢者に対して持つ影響力はかなり低いようだ。
私の言葉に対して見せた表情が物語っている。
となると、何処が一番影響力を持っているか?
まあ、総理大臣が一番なのは確かだろうが・・・その辺の情報が全く無いのが・・・今までの日本とは違う所か。
情報封鎖が完璧に近いな。
まさかっ!魔法が使われているのか?
そこまで日本と賢者の関係が親密だとすると・・・かなり交渉が難しくなるぞ。
「で、どうでしょう?賢者に会わせてはもらえませんか?」
「言われたように、権限のある者に確認はしてみますが、余り期待されない方がよろしいかと思います」
「それは日本が賢者を他国の者に会わせたくない。と言うことではありませんよね?」
「まさかっ!そんなことはありませんよ。ただ、賢者は気難しい方なので、良い返事がいただけるか保証できないのです」
・・・思ったより日本と賢者の関係は良好ではないのか?
それとも賢者が気難しいと言うことにして、日本政府が外国人との接触を制限しているのか?
う~ん、判断材料が足りないな。
「では、できれば返事は早目にお願いしたい。私は、いつものホテルでお待ちしていましょう」
「分かりました。早急に連絡をしてみます。ですが先ほども言った通り、余り期待し過ぎないで下さい」
外務省を後にしてホテルに向かいながら、先ほどまでの会話の流れを思い返してみる。
情報は足りないが、日本政府か賢者のどちらかが他国との接触を避けている事だけは確かなようだ。
それがどちらの意思かによって今後の交渉方法が変わる。
「これは少し
私はスマホを操作して目当ての電話番号に電話を掛けたのだった。
*** *** *** *** *** ***
部屋を出て行くアブドゥーラ皇子を見送って、深く溜息を吐く。
まさか皇子の目的が賢者との面会だとは思わなかった。
日本中の政府関係者が一目見たいと思っても見ることすらできない賢者に会わせろとは、何とも難しい注文をするものだ。
とても外務省の一室長程度ではどうにもならない内容に頭を抱えながら、首相官邸へ連絡をするしかないと諦めた。
それにしても、何故アブドゥーラ皇子は賢者に会いたいのだろうか?
今日のアブドゥーラ皇子の纏う雰囲気は、賢者に何か思うところがあるようには見えなかった。
つまり石油関係の苦情などでは無いと言うことだろう。
興味があると言っていたが、それが全てと言う感じでも無かった。
間違い無く、他に目的があるのだろうが、それが何かまでは判断がつかない。
「・・・担当者に皇子の周辺情報を集めさせるか」
室長は首相官邸への連絡の前に、担当者に指示を出すために内線用の受話器に手を伸ばしたのだった。
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