labyrinth of memories

yoshioru

未完。

散々ほったらかしたセーブデータには、既に私は存在していないのかも知れない。



認識なんてものは、危うく、移ろいやすいものだ。




それでも必死に探し続けてくれている。




例の一件以来、


母と共有する時間には、常に孤独がつきまとう。


そう思わずにはいられない。







ほら。










ーまた誰かが勝手にー

ーリセットボタンを押したみたいだー

















ふと我にかえる。

今、何を考えていたか。


私にしか分からないのだが、私にも分からない。 






誰かに呼ばれて目を開けると、ガラス越しに冬の景色がまぶしく見えた。


以前より視野が狭くなったように感じる。

はて。

以前とはいつの事だろう?


立ち上がろうと思ったのだが、上手く行かない。

腰から下に違和感を感じる。


どうやら私は歩けないらしい。

いつの間にか車椅子に乗せられていた。










ここは何かの施設らしい。

察するに、私はここでお世話になっているのだろう。


「○○さん」

背後から呼びかけてくるこの女性が誰なのか、見当がつかない。


面識がないと思うのだが。


しかし彼女は、だいぶ前から私の事を知っているようだった。


「今日は顔色良いね。もう少ししたら、息子さんが通院の迎えに来るからね。」


通院?

私はどこか悪いのだろうか?


息子?

言われてみれば、確かに私には息子がいた気がする。


息子と最後に会ったのはいつだったか?

確信はないが、昨年末辺りだろうか?


結婚式に出席した気もするし、子供が産まれたと聞いたような気もする。


孫には、会った事があっただろうか?

思い出そうとするが、良く分からない。


いや、子供はまだいなかったか?



施設の玄関に至るまでに、色々と反芻してみた。


途中、大きな鏡の前を通った。

白髪の目立つ、無造作に伸びた髪の女。


そう映ったのが、多分私なのだろう。


ーそういえば、私は今いくつだったか。
















玄関前には、姿勢が悪く、覇気のない男が不機嫌そうに立っていた。


40代くらいだろうか?


こちらに気付き、背後の女性にぎこちない笑顔を向けてくる。


「行ってらっしゃい。宜しくお願いしますね!」


「はい。では、行ってきます。今日は内科だけなので…お昼までには戻れると思います。」


そんな会話をしている男を見て、思い出した。


あぁ、この男は息子に違いない。


横顔に、さっき鏡で見た私の面影を感じる。


それに、緊張して早口になるのは、確か息子の癖だった気がする。




無言のまま、車椅子を押される。












車の隣まで来た。

助手席に乗らねばならないらしいのだが、

下半身に力が入らない。


ドアの端に掴まり、やっとの思いで尻部を滑り込ませる。 


だいぶ遠慮がちに、息子が支えてくれた。


身体に取り付けられている管が、まとわりついて邪魔だった。




車椅子はトランクルームに積んだらしい。













そして走り出した。

どこへ向かって?


あぁ、理由は分からないが、病院へ向かっているのだった。


常に意識していないと、「今」が分からなくなる。


分からなくなる事が、分かる。

「今」は。




そういえば、母はどうしているだろう?

気になり、息子に尋ねてみた。


「20年前に亡くなったぞ。」


ボソボソと聞き取りづらかったが、確かにそう言ったらしい。


…20年!?

母は健在ではなかったか?

葬儀を行った記憶など、全くない。


「えっ…じゃあ私は一体何年入院してたの!?全然覚えてないんだけど…」


言ってから思い出した。

私はしばらく入院していたのだった。


どうやらこの質問は何度目かであったらしく、息子は少々面倒くさそうに、


「一番最近の入院は…3ヶ月くらいだったかな。今は施設のお世話になってる。

まぁ、その二年前にも手術と入院してたけどな。」


驚いた。

私の与り知らない所で、私の時間はとっくに過ぎ去っていたのだった。



その後も息子から話を聞いた。


弟は別の施設に移った事。

妹の所在が相変わらず不明な事。

あの家には現在、誰も住んでいない事。


あまりにも出来事が多過ぎて、内容が途中から頭に入って来なかった。


考えて過ぎて、疲れて来た。


タバコが吸いたくなった。  


車内で喫煙しても良いか息子に尋ねてみたのだが、どうやら私はしばらく前に禁煙したらしかった。


もとより、何も持たずに車に乗り込んだため、タバコも何も持っていない。


急に不安になる。


私の鞄は何処に置いてあるか。

財布…通帳…印鑑…免許証…。


息子が察したらしく、


「大事な物は全部俺が持ってる。」


と言った。


少し安心した。

何故かは分からないが、全て息子に託したらしい。















私は今、息子の運転で何処かに向かっている。


今目が覚めたばかりで、事情が良く分からない。


タバコが吸いたくなったが、息子が不機嫌そうだったので、尋ねるのをやめた。


しばらくの後で、小綺麗な病院が見えてきた。


恐らく、そこへ向かっているのだろう。




私はどこか悪いのだろうか?


以前より、身体が動き辛いような気がする。


はて。

以前とはいつの事だろう?


考えようと思ったのだが、上手くいかない。


頭の中に、違和感を感じる。


どうやら全ては思い出せないらしい。

思い出には蓋がされていた。



ふと我にかえる。


今、何を考えていたか。

私にしか分からないのだが、私にも分からない。 

















理由は分からないが、何故かこう思っていた。














ー思い出したくない事がー

ー多かったのかも知れないー




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