第15話 体育倉庫
というわけで俺は、黒木屋さんと話す機会を窺うことにしたのだが――もちろん、そんなこと、簡単にできるわけがない。最強ストーカー京子の目があるからだ。奴のメインキャラに対するセンサーには尋常じゃないものがある。原作を読み込んで、ストーリーとキャラクターへの理解度が半端じゃない。
そんな京子の目を盗んで黒木屋さんに話しかけることなどとても出来ぬまま時は進み――ついに放課後になってしまった。
その間にも、黒木屋さんは何度かこっちにニィッと意地悪げな微笑みを向けてきやがった。京子の視線が逸れた一瞬のタイミングを狙ってきやがった。くそぉ、陰キャオタクをからかうことに長けていやがる、このメインヒロイン……!
だが、俺が自席で頭を抱えていることなどには当然お構いもなく、メインストーリーは進んでいってしまう。
「服飾班を希望する人は友利さんの方へ、喫茶運営班の希望者は姫歌のところに来てくださーい。あ、もちろん今はまだ部活優先で構いませんよー」
例えば今は、文化祭クラス企画の責任者、姫歌さんがクラスメイトに呼びかけている。数週間後(原作漫画的には7話後)の文化祭に向けて、さっそく準備が始まるようだ。
「お、お兄……っ、私、参加していいのかな……いいんだよね……っ、だって帰宅部でバイトもしてないクラスメイトが文化祭準備にも非協力的とか却って浮くじゃん。大丈夫、モブ女子からの嫌がらせによる作業遅滞や、それに端を発する姫歌ちゃんと一軍女子グループのイザコザに関しては絶対干渉しないから。友利君が誰にも気付かれずに助けて切り抜ける案件だから。私はその他モブキャラの一員として、ちゃんと周りでオロオロしてるだけの役割を全うするから」
「うんうん、行ってこい。楽しんでこい。ちなみに、黒木屋さんが入らない方の班が絶対おススメだな。彼女とはアパートの方でもこれから関わっちゃうわけだからな。世界観への影響面でもお前のストーキング欲求面でも、バランスは取った方がいいだろ?」
「なるほど……お兄にしては良いアドバイス! じゃあ姫歌ちゃんのとこ入れてもらってくるーっ」
よっしゃ、絶好のチャンス来た! つーことは、黒木屋さんは服飾班ってことだな。俺もそっちに入って、さり気なく彼女に接触しよう。
と言っても、そう甘い話ではない。どちらの班も教室が主な活動場所になる以上、あのストーカーの目は常にあると考えていい。飛び跳ねながら姫歌さんの方に駆け出した今のような、あいつが浮かれ切っている僅かなタイミングで、勝負を仕掛けるしかない。
というわけで俺は、ガヤガヤと騒がしいクラスメイトを一人佇んで眺める黒木屋さんをロックオンし、この機を逃すまいと勇気を振り絞って、一歩踏み出し――
「ね、清くんさ、何か今日あーしのことめっちゃ見てない?」
――一歩踏み出しただけでやっぱビビッて固まってしまった俺に、何故か黒木屋さんの方から近づいてきた。何故か耳元で囁かれた。
ええー……。くすぐったい、いい匂いする……じゃねーよ、そんなこと考えてる場合じゃなかった!
「い、いや黒木屋さん、近いです。妹に見られたら面倒なことになるって言ったじゃないですか。これ以上話しかけたりアイコンタクト送ってきたりしないでください」
「何で敬語? てかそっちから見てきてたくせに酷くない? あーあ、話したいことあるのになー。まぁ、いっか。お隣同士だし。別にいいよ、学校では他人のフリでも。その代わり、またあーしの部屋で、ね?」
「それだけは困る。いやマジで」
てか話って何だよ。そっちからモブキャラの俺に対して話すことなんてないだろ。
そーっと京子の様子を確認する。教室後方で姫歌さんの周りに十数人で集まって、彼女からの指示に目を輝かせながら、うんうんと頷いている。とりあえずまだ、こちらに意識は向けられずに済んでいるようだが……それも時間の問題だろう。
「黒木屋さん、わかった。まず俺から教室を出るから、一分ほど置いたのち、部室にでも行くフリしてあんたも来てくれ」
「そこまでしてバレたくないの? 実は妹さんが~~というより、君がシスコンなんじゃないの、それって」
うーん、言い返せない。どうせシスコンだよ、俺は。
「お待たせー。京子ちゃんには気付かれずに来られたと思うよ」
「おっけ、ナイス黒木屋さん」
教室から充分距離を取った廊下で、黒木屋さんと合流。「なんかスパイアニメみたい」と、彼女は楽しそうに笑っている。あれだな、拓斗におススメされて見たやつだな。
「で、話って何だ? もしかして昨日のあのチャラ男がまた何か……?」
「ううん、あいつからは『もう二度と関わらない』って短い謝罪メッセージが来て終わり。ずいぶん派手に脅してくれたみたいだねー。あははっ、あーしもあいつらにはムカついてたからスッキリしたよー! あ、で、話なんだけどさ……ちょっとデリケートなやつだから……どうしよ、部室は誰かいるかもだし……やっぱうち来る?」
「いや、部室もアパートもダメだ」
てかデリケートな話自体してほしくないんだが、この件はここで下手に拒むよりも、この機会にさっさと消化してしまった方が早いだろう。
と、なると、その場所は……、
「そうだな……黒木屋さんって、拓斗君か姫歌さんか友利君と、屋上行ったことある?」
「あっ、屋上か、いいね。あそこなら二人ゆっくり話せるかも。そういや、部活で夜中まで残ったときに、四人で屋上出て星眺めながら語り合っちゃったりしたなー。ホントはダメなんだけどねー。でも逆に言えば、そこまでしても誰にもバレたりしないってことでもあるし、うん、いいとこだよ!」
「じゃあダメだ、屋上は。確かに言われてみりゃ、そんなシーンあったもんな」
「何で!? 絶対屋上の流れだったじゃん、今!? シーンって何!?」
「体育館裏はどうだ? あの三人と訪れたことは?」
「あー、あそこも確かに人来ないね。うふふ、何か思い出しちゃった。新クラスになったばかりの頃さ、姫歌が女子にハブられて、ちょっと浮いちゃってた時期あったじゃん? あん時さすがのあの子も内心傷ついてんだろうねー、体育館裏で一人でお弁当食べたりしてんのに友利君が気付いてさ、さり気なくあーしに教えてくれたの。だから冷やかしがてら、あーしもあそこで食べてたんだよねー。知らないかもだけど、姫歌ってあーしのことめっちゃ嫌ってるからさー、表の顔も忘れて、『ウザい』とか悪態つきながら、あーしの隣でサンドイッチ齧ってるのめっちゃ可愛くてさー。良くも悪くも姫歌との距離が縮んだきっかけの場所だし、うん、あそこならあーしもいろいろ話しやすいかも」
「じゃあ絶対ダメだ。俺は一生、体育館裏には足を踏み入れない」
「だから何で!?」
くそぉ、確かに姫歌さん登場初期にそんなエピソードあったな。こいつら学校中、思い出の場所ばかりじゃねーか。
それじゃ、困るんだ。何故なら、京子のセンサーが反応しやすくなってしまうからだ。黒オタの舞台になっているような場所に対しては、あいつなら隈なく神経を尖らせていることだろう。
逆に考えれば、それを逆手に取ることも出来る。原作で決してメインキャラが足を運んでいない場所であるならば、京子の警戒も弱まるはずなのだ。
しかし、黒オタで未だに出ていない場所、か……ってことは、メインキャラが集まることのない、モブキャラ向けの、ジメジメとした暗い場所とか……あ。
「体育倉庫はどうだ? 確か校庭の隅にあったよな」
大好きな漫画に転生できたと思い込んでる妹にこの世界が実はNTR同人誌だとバレたらたぶん殺される アーブ・ナイガン(訳 能見杉太) @naigan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大好きな漫画に転生できたと思い込んでる妹にこの世界が実はNTR同人誌だとバレたらたぶん殺されるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます