青PCちゃん。

猫田パナ

青PCちゃん。

 僕と彼女が出会ったのは九年前のことだった。

 彼女はまだ大して使ってないノートパソコンの上に間違って座って画面を真っ二つに割り、泣く泣く新しいのを買いに来ていた。

 片田舎のヤマダ電機で型落ち品として安く売られていた僕を見て、彼女は瞳を輝かせた。


「CORE i7のわりに安いし青くてかわいい!」


 明らかに何もわかってない口ぶりだ。ねえねえ、本当にCORE i7が必要? ネット見る程度ならそんなにスペック必要ないんだよ……。と僕は言いたかったけど、パソコンだから喋れなかった。


 僕の予想通り、彼女はCORE i7のスペックを特に有効活用することもなく、ただただWordで文章を書き続けた。小説の賞に応募するんだって。ご苦労なこって。


「わあ、間違いとかないよね、大丈夫だよね」


 二・三か月もかけて書いた小説をWebから応募する時、彼女はいつも手先を冷たくして、緊張しながら何度も何度も内容を確認した。大丈夫だから早く応募ボタンを押しなよ、とその度僕は苦笑いした。

 そして結果が発表になると、彼女はちょっとずつちょっとずつスクロールしながら、自分の名前があるのかどうか確かめていた。ページ内をペンネームで検索すれば数秒で確認できるのにな、と思いつつも、僕には彼女の気持ちがわかりはじめていた。


 そうした年月を七年以上過ごした。

 彼女は音楽を作り始めることもあったし、よく動画サイトも見てた。旅の写真を振り返りながらスライドショーを作ったり、ebayとにらめっこしてたり。だけど小説を書くことも、ずっとやめなかった。

 

 ある時、彼女は小説の賞を受賞した。毎日深夜に書いてたやつだ。「どこにも行けない世の中でも、書いている間は物語の世界に旅できる」って彼女が喜んで書いてたやつ。


「よかったね」


 僕はそう言いたかったけど、パソコンだから喋れなかった。そして今度は彼女が人生ではじめて出版する小説の改稿作業が始まった。


 それからも、僕と彼女の旅は続いた。僕は思う。小説を書く旅には終わりがないんだ。

 そしてこれからも、彼女とずっと旅していける。そんな気がしてた。


 ある日、彼女がいつも通りに僕を起動しWordを立ち上げた。そして文章を書き始めると、途端にフリーズした。

 その症状が三日続いた頃、彼女はネットで「ノートパソコン 価格コム」と検索した。


――ああ、終わりの時が近づいているのか。

 その事実が静かに僕のCPUに沁み込んでいく。

 考えてみれば当たり前のことだった。彼女が僕を買ってから、もう九年か。むしろよく九年も持ったもんだ。


 彼女はだいぶ迷いながらも、新しいノートパソコンを注文した。

 僕みたいな青いパソコンを買うのかと思ったら、今度は赤だって。なんだ、僕に似てるのじゃなくてよかったの? 青いから集中できるとか言ってたじゃない。


「探してみたんだけど、あなたと同じような鮮やかな青い色をしたパソコンなんて、なかったよ。本当はずっとあなたで書けたらよかったんだけど」

「なに言ってんの。どんなパソコンでも書けなきゃだめだよ」


 僕はそう答えたけど、本当は彼女が僕に似たパソコンを探してたことが嬉しかった。


 注文した赤いパソコンが届くと、さっそく彼女はセットアップを始めた。あれこれインストールしたり設定しなきゃで面倒だ、なんて言いながらも楽しそうな顔してる。

 僕はちらりと隣に置かれたパソコンを見る。落ち着いた赤いボディと真っ黒いキーボード。なんだか、まるでお味噌汁のお椀みたいな色合い。

 だけど僕より薄くて軽くて性能もよくて、なによりスタイリッシュだ。こうして並ぶと、僕って旧式なんだなーって痛感する。


「兄貴、お疲れっす」


 赤いやつにそう声をかけられ「ども……」と返事をする。僕って人見知りなんだ。

 彼女は赤いやつの様々な設定を終え、Wordを立ち上げる。

 

 その時、僕はイメージした。

 隣の赤いやつに手を伸ばし、バトンタッチする。

――彼女のこと、よろしく。手のひらと手のひらを、パン、と打ち鳴らす。

 僕、パソコンだからそんなこと、できないけど。


 そんな僕の気も知らず、彼女は隣で景気よく赤いやつをカタカタ言わせている。

――大丈夫そうだな。

 チリチリ、と身体の中で音がする。調子の悪い時はいつもそうだ。

 だけど僕、できることなら最後まで、彼女が小説書くとこ見てたいんだ。

 だってそれが、僕の人生だったから。


 次第に視界がかすんでいく。ボディが熱を持っている。

 最後の時が近いからか、思い出がスライドショーみたいに流れ始めて、泣けてきた。

 パソコンだから、涙は出ないけどね。

 そうして一人で泣き笑いする。次第に意識が分散していくのを感じる。


 たぶんこの世のすべてのものは、最後にはバラバラに、散り散りになるんだ。

 目に見えないような細かい粒になって、宇宙の中に溶け込んでいく。

 僕はただ、その感覚に身をゆだねる。


 彼女の「ありがとう」という声が、聞こえたような気がした。



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