第百八十三話 教会の調べ


「この兄ちゃんこわーい!」

「こ、こら! セドリック! 失礼なこと言わないの!」

「だってぇ、目つきがすっごくこわいんだもん」

「ああ、もうっ、ラルフのお友だちの方なのに大変失礼なことを。……ごめんなさいね」

「い、いや言われ慣れてるんで……別に」

「ご、ごめん、ボニーくん、セドリックが……」

「別に……子供の言うことだし。ラルフが謝る必要ねぇよ」

「もうボニー君ったら素直じゃないのね。ほら拗ねないで、ね」

「す、拗ねてなんてねぇって!」

「わぁ〜い! こわい兄ちゃんが怒ったぁ!」

「っ! こんのっ、ガキンチョの癖に!」


 広場を走り回るセドリックいたいけな子供を追い掛ける強面の少年ボニー


 うん、あまり絵面えづらは良くないな。


 ラルフの家族にボニーやウルスラたち、多数の人々が詰めかけるここは教会前広場。

 収穫祭も最終日を迎えた今日ここでは、小規模な催しが開催されていた。


 とはいえ、催しといっても所謂いわゆる地域の交流会のようなものだ。

 帝都の住民たちが思い思いの贈り物を持ち込んで交換し合ったり、合同で料理を作り振る舞ったりする会。


「随分楽しんでいるようだな」

「あ、太っ腹なヴァニタス兄ちゃんだぁ!」

「セ、セドリック! 何をしているの! も、申し訳ありません」


 腰に勢い良く抱きついてくるラルフの弟セドリック

 貴族相手に失礼な態度をと、何度も必死で頭を下げるラルフの母親。


 これぐらいなんてことはないのだが、身分差を考えれば萎縮いしゅくするのも当然か。


「構わない。子供のすることだしな。それより……僕を除け者にするとはどういう了見りょうけんだ?」


 視線をボニーたちへと向ける。


「いやいや、べ、別に除け者ハブった訳じゃないんすよ!? その……ヴァニタスさんはこういう地味なイベントは好きじゃないかなぁって」


 テンペストロックバードに傷つけられた怪我もすっかり治った様子のボニーは、僕の質問に気まずそうに両手を顔の前で振る。


「ヴァニタス君も誘おうかなとは思っていたのだけど、色々と忙しいかなって。……気を使い過ぎちゃったかしら?」


 忙しかったのは事実だがそれも一段落したからな。

 

「……別に声を掛けるぐらいはいいだろうに」 

「そうだね。ちょっと遠慮し過ぎたかな」


 苦笑いのラルフに頷く。


「まったく……」

「そ、そうだ。一つヴァニタスさんに質問があったんですけど……」

「? 何だ?」

「こんなところで話すのもアレなんすけど……なんかオータムリーフ公爵家からめちゃくちゃ金が貰えるって連絡が」


 うむ、学園は休みだが話は前に進んでいたようだな。


「お袋、いや母親はめちゃくちゃ喜んでたんですけど、本当にコレって貰ってもいいもんなんですかね? なんか踏破授業での迷惑料? らしいんすけど」

「受け取って問題はない。寧ろこうむった被害から考えれば少ないぐらいだろうがな」

「……でもなんか周りに聞くと他の奴らより額が大きいみたいで……」


 ボニーの後ろに立つウルスラがコクリと頷く。

 ボニーに親しい友人はラルフぐらいしかいなさそうだし、ウルスラが違いを教えたのか。


「僕たちを襲ったディグラシオも言っていたが、あれは僕個人を狙った襲撃だった」

「それ、は……」

「でも……ヴァニタス君が悪い訳ではないでしょう? 襲ってきた人たちが一番悪いのだから」

「そうだな。だが襲撃を予見しながら黙っていたのは僕だ」

「でもそれはあくまで予想であって、本当に起きるかは確信はなかった。だから私たちには黙っていたのでしょう?」

「だとしてもだ。……あの時、僕は一人で戦うつもりだった。僕自身を囮にして敵を誘い込むつもりだった」

「…………」

「ボニー、お前はあの時、テンペストロックバードに襲われた時、逃げなかったな。何故だ?」

「何故って……よくわからないっす。でもなんとなく……羨ましたかった。友だちのためにあそこまで覚悟を決めて戦おうとしているラルフが羨ましくて。おれなんかの力でも貸してやりたいって。おれもあんな風になりたいって。っ!? な、なんか恥ずかしいこと口走っちまいました。忘れて下さい」

「ボニーくん……」

「で、でもおれ、結局大したことはしてないっていうか……最後は気絶しちまったし」

「……自分を蔑む必要はない。ボニー、お前には勇気があった。あの迷惑料には僕からの分も入っていると思っていい」

「!? でも……」

「クドいぞ。ボニー、お前はそれだけの働きをしたということだ。誰に遠慮することもない。……それでも気になるなら活躍の報酬だとでも思えばいい」

「は、はい! へへ……活躍、か」


 あの場面でボニーは逃げ出しても良かった。

 寧ろ僕からの指示もあった中立ち向かうという選択肢はなかったはずだ。


 なのに、命を懸けてまで戦った。

 敵わないかもしれない相手に全力で、友のために。


 ……なら少しぐらい報酬を多く受け取ってもいいだろう。


「何か困ったことがあれば言え。出来る範囲にはなるが、僕がなんとかしてやる」

「え、それって……」

「そういえばお前の父親は飲んだくれだったか。……叩き直してやろうか?」

「ヴァニタスさんに叩かれたら親父潰れちまいますよ……」


 ふと微笑ましいものを見るような目のウルスラと目が合う。

 ……なんだ、何か問題でもあったか?


 ザワザワとした騒がしさの中に轟く声。


「ハハハ! さあ真打ちの登場だぞ!」


 団欒だんらんを切り裂くように現れたのはラゼリアだった。

 彼女は背後に近衛騎士たちを侍らせると皆の注目を集める。


「……何故わたくしはまた巻き込まれて……」

「そう嘆くなマユレリカ」

「嘆きたくもなりますわ! 確かに仲間外れは嫌ですけど連日駆り出されるのは何か違いますよね!? わたくし雑用係ではありませんのよ!」

「雑用係など哀しいことを言うな。お前がいなければ中々用意は進まなかっただろう。こう見えて感謝しているんだぞ。それに、私とお前の仲だろう?」

「うっ……それはまあそうですけど……」

「さあ、マユレリカも納得してくれたことだし、収穫祭も最終日。となれば多少は豪勢にしないとな! さあ、我が騎士たちよ! 取り掛かれ!」


 ラゼリアの号令で騎士たちが動く。


 取り出したのは簡易の日除け、椅子、四脚の焜炉コンロ、金属の串に網、さらには炭と見るからに大量の肉と野菜食材

 これは……。


「さあ肉だ肉! この日のために帝都周辺の魔物共をしこたま狩ってきたぞ! 皆遠慮するな、食え食え!」


 串に刺さった肉を掲げるラゼリア。

 突然の大盤振る舞いににわかに沸き立つ帝都の住民たち。


 小規模だった催しがあっという間にバーベキュー会場へと変貌へんぼうしていた。


「おお! 流石皇女殿下様だ!」

「肉〜〜!!」

「食材以外はここにいるマユレリカ・ランカフィールの商会、プリティマユレリカからの提供だ! 皆ありがたく使用するように!」

「まゆゆ〜〜、ありがと〜〜」

「うぅ……宣伝は嬉しいのですけど、まゆゆではありませんわ……」


 騒ぎから逃げるようにそっとウルスラが近づいてくる。


「まさかラゼリア皇女殿下まで顔を見せて下さるなんて……もしかしてヴァニタス君が呼んだの?」

「いや……一応軽く声は掛けはしたが、ラゼリアの行動は誰にも縛れないからな」


 実際ラゼリアの行動は読めない。

 恐らく近衛騎士たちが協力した結果なのだろうが、いつの間にこんなに大量の食材を用意したんだ?


 よく見れば騎士たちの中には明らかに疲労困憊ひろうこんぱいで地面に横たわっている者たちもいる。

 ……大変だったな。


「ですが、随分と親密そうに見えますよ。いまだって貴方だけを見て、貴方だけのためにあんなに熱心に手を振っている。流石封印の森まで同行し、先の踏破授業の襲撃事件でもご一緒だっただけはありますね」

「……イルザ」「イルザさん」


 ウルスラと共に振り返った先にいたのは親友であるユーディを背後に引き連れたイルザだった。

 しかし、常ならば余裕そうな態度を崩さないはずの彼女は、今日に限っては不機嫌さを隠していなかった。


「委員長も踏破授業では彼に振り回されて大変だったでしょう?」

「そう、ね。でもヴァニタス君がいなかったらもっと大変なことになっていたわ」

「そうですか? 案外いなくてもなんとかなったかもしれませんよ」


 何故かイライラとしたままのイルザにウルスラも困惑しているようだった。 


「……どうしたのでしょうか? 普段のイルザ様ならあのようにあからさまな態度は取らないはずですが……」


 そっと僕へと耳打ちするクリスティナ。

 ……まあ理由はわからないでもない。


「怒っているのか?」

「っ!? 別に……」

「別にということはないだろう。踏破授業のことだな?」

「ん…………それは……そう、ですね」

「ごめんなさいイルザさん。班決めの時は強引に割り込んでしまったから」

「委員長が謝る必要はありません。……すみません、少し八つ当たりをしてしまいました。ですが、悪いのは……襲撃があると予想していながら私に一言も伝えてくれなかったそこでいつも通り憮然とした態度でいる人物ですから」


 いかにも不満だとばかりにジト目でこちらを見てくるイルザ。

 どうやら彼女が不機嫌さを隠していないのは、踏破授業での襲撃事件を予想とはいえ黙っていたことらしい。


 ボニーたちと同じように彼女に一言伝えることは出来た。

 しかし、それでもあえて伝えなかったのは決して彼女を信頼していないからではないのだが……そうは捉えてはくれないようだな。


 そうでなくともイルザは自身が強くなるために封印の森へと同行したがっていたし、最近少しないがしろにし過ぎたのかもしれない。


「まあ待て。少なからず埋め合わせはするつもりだ」

「埋め合わせ、ですか。……なら少し頼み事を聞いて貰えますか?」

「頼み事?」

「そう警戒しないで下さい。何も無理難題を頼もうというのではありません。……貴方の事情もわからないでもありません。黙っていた方がことが上手く進むと考えたのでしょう?」

「…………」

「それはそれでイラッとはきますが仕方なかったと飲み込みましょう。そうですね、頼み事と言っても少し、ほんの少し協力して欲しいことがあるだけです。……駄目でしょうか?」


 協力か。


 うむ、流石のイルザもここで無茶なことは言わないか。

 ……言わないよな。


「……わかった。いいだろう」

「フフ、では後で詳細を連絡します」


 先程までの不機嫌さは打って変わって上機嫌でラルフたちの元へと歩いていくイルザ。

 その背中をユーディが追い掛けていく。


 はあ……厄介な約束をしてしまったかもな。


「え〜と、ラ、ラゼリア皇女殿下につきましてはご機嫌麗しゅう?」

「ハハハ、変な言葉遣いは要らないぞ! このような場だ。無礼講というやつだな。それより、ボニーとか言ったな。ヴァニタスから聞いているぞ。テンペストロックバードほどの魔物に臆することなく立ち向かうとはやるじゃないか!」

「え、あ、そうなんす、かね? 無我夢中だったんすけど……」

「帝国の騎士でも単騎で挑むとなれば二の足を踏む相手だ! 謙遜することはないぞ。胸を張れ! それと、ウルスラとやらも随分便利な回復魔法を習得しているようだな。どうだ? 二人共将来は帝国を守る騎士を目指して見るというのは」

「おれが……騎士?」

「……いえ、その……お誘いは嬉しいのですけどまだ進路については……」

「ハハ、何強制するつもりはないぞ! 何時でも歓迎すると言うだけだ! 何だったら私の近衛騎士だっていいんだぞ!」

「それは……流石に恐れ多いかと」


 困惑するボニーとウルスラに積極的に絡みに行くラゼリア。


「……そういえば怪我の具合はどうなのですか? 何やら大怪我を負ったとか?」

「……うん、ちょっと息切れはしやすくなったけど、でも普段の生活を送る分には問題ないから」

「主様からも何か不調があれば何時でも申し付けて欲しいと聞いています。何かあれば言付けていただければ……」

「うん、ありがとうクリスティナさん。でも大丈夫だから」

「……ラルフ、貴方なんだか前とは別人のように前向きになりましたね。迷いが晴れたというか。前を向こうとしているというか」

「そうかな? 自分ではよくわからないけど」

「……私も、もっと……」


 ラルフの変化に目敏めざとくも気づくイルザ。


「「「まゆゆーー!」」」

「まゆゆー! 一緒にお肉食べよー!」

「ですから! まゆゆではありませんと何度も! ああ、もうヒルデガルドさんも皆さんに混じって叫ぶのはやめて下さい」

「まゆゆ、違う?」

「違います! ああん、ラパーナさんもユーディさんも見ていないで助けて下さいまし〜〜!」

「……駄目」「……マユレリカ、面白い」


 みな各々交流を深めているようだな。


「……ねぇ、ヴァニ兄、この人たちみんなヴァニ兄の友だちなの?」

「ん、ああ、そうだな。ユーディのことはまだ知らないことの方が多いが大体そうだ」

「そう……うん。そうなんだ……」


 ぼうっと目の前の景色を眺めるアラケル。


「アーちゃん、こっちこっち〜」

「あ、タル」

「あっちでお肉焼いてくれるんだって〜。ハベルメシアさんも待ってるよ〜。いこ〜」

「う、うん」


 双子の妹タルドゥスに強引に手を引かれ去っていく彼女は、最後まで名残なごり惜しそうにこちらを向いていた。






 広場の喧騒を離れ、一人教会内へと足を踏み入れる。


 礼拝者のための椅子が等間隔に並び、光差すステンドグラスは荘厳そうごんかつ美麗びれい

 中央には教会を訪れた人々を見下ろすように彫像が安置されている。


 微かな音もない空間。


 そんな建物の外とは異なる静謐せいひつな空間に、ポツンと一人ひざまずき祈りを捧げる人物がいた。

 両手を組み合わせて祈る姿は儚く、背中からは悲痛ささえ伝わるよう。


 あれは――――。


 僕の足音に反応したのだろう。

 彼女はピクリと肩を震わせるが、祈りを止めることはなかった。


 痛いほどの静寂せいじゃく

 一拍開けて彼女は立ち上がり、そしてゆっくりと振り返る。


「ヴァニタスくん……奇遇きぐうですね。こんなところで出会うなんて……」

「……フロロ先生」










すみません、更新遅れてしまいました。


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