第百八十一話 追いかけっこは突然に


「ウム、ヴァニタスの妹タルドゥス・リンドブルム。中々にもちもちとしたほほだ。悪くない感触だぞ」

「んん〜〜、やめて〜〜」


 横抱きに抱えたタルドゥスの頬を軽くつまむ不審者。


 屈強くっきょうかつ割れた腹筋、隆起した二の腕、肩からは魔物の毛皮だろう風にたなびくマントを羽織はおり、正体を悟られないようにか両端に角のある魔物の骨を仮面代わりにかぶっている。

 野性味やせいみ溢れた格好は、どこぞの蛮族かと見紛みまがうほどの荒々しい姿。


 うん、あれはもうどう見ても……。


「っ、なんで急にタルをっ! アナタは誰! 誰なの!」

「フハハハ! 誰と聞かれて素直に教えるやつはいないぞ! ヴァニタスのもう一人の妹アラケル・リンドブルムよ!」


 アラケルの問いを真正面から受け止め、屋根から見下ろす不審者。


 誰……というかラゼリアだろ?


 格好といい、口上の仕草しぐさといい。

 民家の屋根の天辺てっぺん威風堂々いふうどうどうと立つ姿は、明らかに先程まで僕らと一緒に収穫祭を楽しんでいたラゼリアで間違いない。


 ……というか、アラケルは何故あれがラゼリアだとわからないんだ?

 さっきまで一緒にパレードを見学していたし、何だったらここに来るまで仲良く会話していたじゃないか。


 ラゼリアは顔の上半分ぐらいしか隠れていない。

 正体を推察するにしてもすぐにわかるはずだ。


 ……もしかしてプリティマユレリカで見た悪逆皇帝や悪の女幹部であるくりすたちに対しても、僕たちをモデルにしているのに気づいていなかった、のか?

 相当熱中しているなとは思っていたが、まさかまゆゆがマユレリカ本人だということもわかっていなかった?


「いや、普通にわかるだろ……」

「え、あの女の人ヴァニ兄の知り合いなの!?」

「あー、それはだな……」

「ヴァニタス・リンドブルム! 余計な口出しは無用だぞ! いいな! 私の正体については秘密だ!」


 ネタばらしが厳禁なのはこの状況からも何となく察せられるんだが、そこまでするのか?


 はいはい……目配せウインクをするな。


「……知り合いだ。取り敢えずタルドゥスが無闇むやみに傷つけられることはない」

「ホント?」

「無論だ! この私がヴァニタスの妹、ましてや帝国の民を傷つけることなどない! いまは諸事情により名乗れないが、タルドゥス・リンドブルムの身の安全は我が名において保証しよう!」

「…………わかった」


 ……矢鱈やたらと物分かりのいいアラケルに少し心配になる。


「とはいえ、簡単に返すつもりはないぞ!」

「っ……だとしてもすぐに取り返してみせる! 待っててタル、いま助けるから! ――――躍動軌道ジャンプシフト!」

「ほう」

「一気に行くよ!」


 前傾姿勢を取るアラケル。

 彼女は二つの先天属性を有している。


 一つは『活発』。

 アラケルのお転婆てんばさを象徴しょうちょうするような魔法であり、主人公面ほどではないが身体能力を微強化、さらには自身の体を活性化することで自然治癒力を高め、僅かな負傷すら治してしまう魔法。


 そしてもう一つは『躍動やくどう』。

 高く高く飛び跳ね、駆けるための魔法。


 地を踏みつけ、建物の看板を足場に、ラゼリアの立つ建物の頂上へと一気に飛び上がるアラケル。


「ここまでいとも簡単に飛び上がってくるか……流石ヴァニタスの妹だな」

「やあああっ!!」

「だがまだまだ甘い。――――穿つ竜骨の突撃槍ドラゴンボーン・ランス

「ぐっ!? ナニコレ、った!?」

「ハハハ! 中々の威力の蹴りだが、その程度では私の竜骨魔法は砕けはしないぞ! そらっ」

「キャアっ!?」


 竜骨の槍を盾にアラケルの飛び蹴りをいとも容易く防ぐラゼリア。


「おっと……大丈夫か?」

「う、うん、ありがとヴァニ兄」


 不安定な姿勢で落ちたアラケルを横抱きに受け止める。

 ラゼリアめ、僕が受け止めるとわかっていてわざと手荒く落としたな。


 ……だからあからさまな目配せウインクをするな。


「ウム、元気がいいのは良いことだぞ! ……それにしてもこのマント、邪魔だな」


 ならなんで着てきたんだ。


 羽織はおっていた毛皮のマントを豪快に脱ぎ捨てるラゼリア。

 ひらひらと宙を舞うマントの行く先を観察していると、そそくさと近衛騎士らしき影が回収していった。


 視線が合うとペコリと頭を下げられる。

 ……お前たちも苦労しているんだな。


「ふう、これですっきりした。では出てこいオマエたち!」


 オマエ……たち?


 一瞬脳裏によぎった悪い予感。


 不安は的中した。

 ラゼリアの背後に次々と現れるの三つの影。


「か、怪人A参上ですわ!」

「怪人B、戦う!」

「あー、もうっ、なんでわたしまで巻き込まれるのぉ!? か、怪人Cィ! これでいいんですよね!」


 ……ア、アイツら。


「……ハベルはともかくヒルデまで……」

「それを言うならマユレリカまでいるとはな」


 ヒルデガルドたちが協力している理由は何となくわかる。


 大方楽しそうとか、ラゼリアに半ば脅されたとか。

 しかし、マユレリカは収穫祭の間まゆゆで忙しいはずだったんだがな。


 ……この間も漏らしていたが、やはり一人仲間外れにされるのが嫌だったのか?


 というか、三人の格好からして怪人というよりもはや変人だった。


 視界だけ確保するように穴を開けた紙袋を被った雑な姿。

 わざわざツッコみこそしないが、ラゼリアを中心として不揃いな決めポーズまで。


 一連の騒動を見守っていた通行人たちからは『まゆゆー!』と正体が一発でバレそうような危なげな歓声もちらほら聞こえている。

 ……本当に大丈夫か?


「な、仲間……!」

「何だ怖気おじけづいたのか?」 

「こ、怖いわけない! タルは絶対に返して貰うから!」

「ウム、その意気やよし! さて、ここからは追いかけっこの始まりだ! 見事私に追いつくことが出来たなら最愛の妹は返してやろう! フハハ! フハハハハハ!!」


 はぁ……面倒なことになったな。






 屋根から屋根へと飛び移り逃げ回るラゼリアたちを追い掛ける。

 広大な帝都を舞台にした豪快な追走劇。


 どうやらやはりと言うかなんというか、ラゼリアの近衛騎士たちも巻き込まれた口なのか、僕たちの後ろから付かず離れずの距離を保ち追従しているようだ。


 万が一のための安全確保と騒動に騒ぐ民衆を宥めたりするためのサポートだろう。

 ラゼリアの願いを叶えるため彼らは彼らで万全を期している。


 ……それにしてもラゼリアのやつ、本当に好き放題やっているな。


「タルーー!!」

「ハハハ、さあ来い! アラケル・リンドブルム! 妹を返して欲しくばな!」

「このっ!」


 アラケルの突撃をものともせず弾くラゼリア。

 片手にタルドゥスを抱え、さらには不安定な足場というのに、体幹には一切のブレもない。


「――――泥螺弾でいらだん!」

「させません! ――――水麗鷲プルクラアクアイーグル!」

「クリスティナ、防ぐ、流石!」

「ヒル……怪人Bこそ、負けませんよ!」


 クリスティナとヒルデガルドの二人が屋根を飛び交い激突する。

 かと思えば……。


「み、みなさん、早すぎますわよ。少し落ち着いて下さいまし……」


 うむ、見事にマユレリカ怪人Aだけ出遅れてるな。

 やはり身体強化がまだ上手く出来ない彼女では僕たちについてくるのもやっとか。


 ……なんで来たんだ?


「……あー、ハベルメシア怪人C、僕の前に立ちはだかるとはいい度胸だな」

「ち、違うよ。わたし巻き込まれただけだから」

「本当か? 自分から協力しているんじゃないのか?」

「そ、そんな訳ないじゃん! ……それはさ。もしヴァニタスくんを足止め出来たらご褒美が出るって聞いたけど……ほら、無理矢理だから! わたしの意思じゃないから!」

「…………後でお仕置きだ」

「ああ〜〜、もうなんでこうなるのぉ! だから嫌だったのに〜〜!!」


 頭を抱えて動きを止めるハベルメシア。

 よし、これで一人はある程度無力化出来たな。


「主様、ここは私たちにお任せを!」

「ご主人様、先に……」


 ヒルデガルドと争うクリスティナ。

 二人の戦いは一見互角に見えるが、クリスティナが上手く距離を詰め、ヒルデガルドの掌握魔法を発動させたいと立ち回っているのは見て取れた。


「……タルドゥス様とアラケル様をお願いします」


 弓を構え前を見据えるラパーナ。

 彼女の声にはクリスティナと同じく、いやそれ以上に二人を想う強い意志を感じられた。


「そうか……ああ、頼んだぞ二人共」







 クリスティナとラパーナに後を任せ、先行するアラケルと共にひたすらラゼリアを追う。


 何度かの衝突の後、舞台は屋根の上から地上に。


 狭い裏路地へと走っていったかと思えば、僅かに広くなった場所で急に立ち止まるラゼリア。


「はぁ、はぁ……やっと追いついた! さあ、タルを返して!」

「ウム、なら返そう」

「え?」


 あっさりと。


 それこそなんの未練もないとばかりに、振り返ったラゼリアは抱えていたタルドゥスを無造作に放り投げる。

 無防備に地面へと落ちていく妹に、咄嗟に手を伸ばすアラケル。


 いや、これは――――。


「アラケル、待て」

「ヴァニ兄……?」

「ああん、痛い〜〜。なんで受け止めてくれなかったの〜〜、アラケルちゃん〜〜」

「ご、ごめん、タル」

「ううん、いいよ〜〜。でもアラケルちゃんなら受け止めてくれるって信じてたのに〜〜」


 この違和感。


 ……いや、僕と出会う前から二人が知り合いだとはわかっていた。

 そもそも主人公面との決闘騒動でラゼリアにアレコレ吹き込んで彼女を呼び寄せたのはこの人だと僕は知っていた。


 だとしても二人を本格的に会わせるのは躊躇ちゅうちょしていたんだ。

 この二人を混ぜるのは危険だとなんとなく察していた。


「ハハハ、すまんなヴァニタス! は取っておいたんだ!」

「やはり、初めから協力して――――」

「ふふふ〜〜、わかってしまいましたか〜〜?」

「な……に? ……タルじゃないの?」

「ごめんね〜〜、アラケルちゃん。――――複写変身メタモルフォーゼ・デプリケート


 変わる。


 揺らめく陽炎かげろうのように。

 ゆっくりと立ち上がったタルドゥス銀髪のいたいけな少女が艷やかな茶色髪の若い女へと。


 この見覚えのある魔法は――――


「女の人……?」

「ホホ、よく儂が関わっているとわかったのう」

「……わかりますよ。ラゼ……ゴホン、彼女ならタルドゥスが傷つくと知っていてあんな風に乱暴に放り投げるはずがないですから」

「信頼しているのじゃな。ウンウン、儂は嬉しいぞ。古くからの知り合いの愛娘が、儂の愛弟子と固い信頼関係で結ばれている姿を見られるとはの。長く生きてきたかいがあったのう」

「それに、わざとアラケルの呼び方まで変えてヒントを出すなんて先生にしては優しいじゃないですか。……というか、その姿でジジイ言葉なのは違和感ありますね」

「そうかのう? んッ……まあいいではありませんか。ジジイ言葉――――御高齢の方の言葉遣いでお話する女性も世界にはたくさんいますよ。多分」

「中にはいるでしょうが……学園長に怒られますよ、アシュバーン先生」


 いつかの決闘でも見たな。

 いまのアシュバーン先生はオリビア学園長の若かりし頃の姿だった。


 それにしても、こうして相対していても表情にも声音にもまったく違和感はない。

 わざとヒントを出されていなければ偽物とは気づけなかったかもしれない。


 変身魔法、相変わらず恐ろしい魔法だ。

 ……厄介な二人が手を組んだものだな。


「学園長? 先生? ヴァニ兄、この人もヴァニ兄の知り合いなの?」

「チョコミントです。お初にお目に掛かりますね。ヴァニタス・リンドブルムの妹君、アラケル・リンドブルムさん」


 しれっと偽名で自己紹介するアシュバーン先生。


 本当に変わり身が早いな。

 というか、チョコミントのまま通すつもりなのか?


 はぁ……何度もこういうことを行ってきたんだろうな。

 無断で変身して姿を借りているのだろうから、先生はいい加減学園長に怒られた方がいいだろ。


「という訳だ、ヴァニタス。ではアシュバーン老、いやチョコミントよ。後は頼んだぞ」

「ふふ、任されました」

「ヴァニタス! アラケル! タルドゥス愛しい妹を取り返したくばこの御人を攻略することだ! ではこの先で待っているぞ!」


 僕たちを置いて立ち去っていくラゼリア。

 二人同時に相手しなくて良かったといえば良かったのだが……攻略しろとは簡単に言ってくれるな。


「さて、任されてしまいましたし、私がいる以上この先に通す訳には参りませんね」


 会話の途中、極自然に行われる右手を振り下ろすような動作。


 マズい。

 確か学園長であるオリビア・シュトローエンの先天属性は――――。


「――――眩耀げんよう降槍こうそう


 一歩前に踏み出していたアラケルを急いで引き寄せる。

 空から降り注いだ複数の光の槍が、アラケルが立っていた場所を貫き壁の如く立ち並ぶ。


「っ!? ……まったくいつ見ても反則ですね」


 ゼンフッド帝立魔法学園学園長オリビア・シュトローエンの先天属性は『眩耀げんよう』、『烈槍れっそう』、『癒光ゆこう』の三つ。


 『癒光ゆこう』は回復系統の属性だからいいとして、他二つは攻撃に使える有用な属性。

 そして、オリビア学園長の若かりし頃の姿へと変身したアシュバーン先生は、本人には及ばないもののそれら三つを自在に扱える。


 これも古くからの付き合いかららしいが、他人の先天属性の魔法すら使用出来てしまうとは本当に変身魔法は反則だな。


「反則はお互い様でしょう? それに、私の魔法程度では貴方の掌握魔法を抑えるなんてとてもとても……」

謙遜けんそんにしても嫌味ですよ」


 言葉とは異なり余裕ある笑みで微笑み掛けてくるチョコミント、もといアシュバーン先生。

 ラゼリアといい、こっちも随分楽しんでるな。


「……ヴァニ兄、あの人強い、よね?」

「ああ、強敵だ。このうえなくな」

「……勝てるかな?」

「…………」


 裏路地という立地を考えれば大規模攻撃が出来ない分こちらが不利。


 とはいえそれは向こうも同じ。

 下手な魔法は街への被害を考えれば使えないはず。


 となれば鍵となるのは――――。


「アラケル、ここはお前が頼りだ。

「アタシ……?」


 僕の言葉に驚きに目を見開くアラケル。


 だが、いまこの時に置いては不安そうにたたずむ彼女の力が必要だった。

 狭い空間でも縦横無尽じゅうおうむじんに駆け巡れるアラケルなら、アシュバーン先生相手にも対抗出来る。


「タルドゥスを取り返すぞ。……一緒に戦ってくれるな?」

「……うん!」

「ふふふ、どうやら覚悟は出来たようですね。ですが、私の光の槍魔法を前に生半可な攻撃は通用しないと予めお伝えしておきましょう。――――さあ、貴方たちの内先に進むのに犠牲になるのはどちらでしょう? 私はどちらでも構いませんよ?」


 この威圧感……魔王かなにかか、まったく。











前のお話のラゼリアの台詞、私の婿は私の夫の間違いです。


皇女殿下はヴァニタスくんに無理強いしたりしないのですが……彼女のテンションが半ズボンで爆上がりした衝撃に私も巻き込まれてしまったようです。

申し訳ありません。


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