第百八十話 仮装とパレード


 収穫祭も中盤となると街中には仮装をほどこした者が増えてくる。

 これは帝都のメインストリートで行われるパレードの影響が大きい。


 毎年大祝焔祭だいしゅくえんさいでは、各々個性豊かな仮装に身を包んだ者たちが、飾り付けられた馬車を見物するため沿道に集まるのが恒例行事。

 大々的なパレードは帝国の豊かな文化の国内外にアピールすると同時に、帝都の住民たちが己の意志と趣味を全開にして披露出来る場所でもある。


 さて、という訳で見物する僕たちも場に馴染むためには仮装する必要があるのだが……。


「コ、コレなんでわたしだけ……!」


 みなが各々の仮装に身を包む中、突如部屋に飛び込んできたのは、うつむきつつも肩を震わせたハベルメシア。


「何だせっかく衣装を用意してやったのにお気に召さなかったのか?」

「お気に召さないって……き、気に入る訳ないでしょ! 何なのコレ!」


 怒りに震えるハベルメシアは、片手でしっかりと握り締めたを僕へと突き出す。


「はぁ……色といい素材といい、それを探すのは苦労したんだぞ。……主にマユレリカが」

「苦労とか関係ないから! こ、こんなの……こんなのもう丸見えじゃん!」

「そうか?」

「だ、だ、だって……こんなの……ただのひもだよ、ひもぉ!!」


 ハベルメシアが突き出したそれはまさしくひもにしか見えない品物だった。


 それもそのはず、彼女には丁度誕生日プレゼントの包装に使うような、キラキラと光を乱反射するショッキングピンクの鮮やかな色合いの布を用意しておいた。

 ご丁寧に着用の仕方までメモ書きにしたためて。


 何故かって?

 その方が面白い反応が見られるだろうからな。

 ハベルメシアの分だけは僕が直々に手配しておいた。


「大体さぁ! 何でわたしだけこんな扱いな訳ぇ? しかもこのひも以外何も着ちゃいけないなんて……ヘンタイじゃん!」

「変態だろ?」

「そ、そんな訳ないでしょ! こんな……こんなの肌にすっごく食い込むし、全然隠せてないし、人前で着られる訳ないじゃん!」

「肌に食い込むって……お前、まさか実際に身につけたのか」

「っ!?」 

「やはり変態じゃないか」

「違うから! 違うったら違う! し、仕方ないでしょ。せっかく旦那様が用意してくれたんだし……ああ、もうっ! それはどうでもいいから!」

「……まったく衣装の用意の手伝いもしない癖に我が儘だな。なら何がいいんだ」

「ぐぬぬ……まあ手伝わなかったのは悪かったけど……というか、仮装するならするで鉄板のやつがあるでしょ。……お、お姫様の格好とか?」

「?」

とぼけた顔しないでよ! ヴァニタスくんだって前はお姫様扱いしてくれたじゃん!」


 ギャーギャーと文句ばかり叫ぶハベルメシア

 口出しだけは一人前だな。


「ハベル」

「? どうしたのクリスティナちゃん?」


 そんな怒りからなのか動揺からなのか騒ぐハベルメシアの背後から近づいたのは、紺色のシスター服姿のクリスティナ。


 彼女はハベルメシアの肩へとそっと手を置く。

 清楚な中にも慈愛に満ちた格好は、クリスティナの落ち着いた空気にも合っていたのだが……いまの彼女は少し違っていた。


「え、え、もしかして……怒ってる?」

「いいえ、怒ってはいないですよ。ただ最近調子に乗ってるようなので……少し向こうでお話しましょうか?」

「ねぇ、待って! 怒ってるよね! 絶対怒ってるよね!? なんで!?」

「断じて怒ってはいません 怒ってはいませんが……二回目はないかな、と。…………私でもまだなのに……さ、行きますよ」


 そのまま首根っこを押さえられ引きづられていくハベルメシア。


 ……笑顔のままだったとはいえ、クリスティナがあんなに不機嫌さをあらわにするなんて珍しいな。

 宮廷魔法師を辞めたハベルメシアは、最近食っちゃ寝ばかりで碌に動こうとすらしなかったからな。

 怠惰な生活態度が気に食わなかったのもあるのか?

 ……それとももしかして嫉妬してくれたのか?


「さ〜、アーちゃん」

「もう、押さないでよ。タル」


 クリスティナたちと入れ替わるように現れたのは、仮装に身を包んだアラケルとタルドゥスの二人。

 タルドゥスに強引に背中を押されながら、アラケルが僕の前へととどり出る。


「ヴァ、ヴァニ兄。どう? 似合うかな」


 アラケルが身につけていたのは猫の仮装だった。

 丸い肉球のついたふさふさの手袋と頭上にはピンと立った猫耳、腰には自在とまでいかなものの、ふらふらと揺れる尻尾の装飾と中々に凝った衣装。


 恥じらいに頬を染めた姿は、妹ながら慎ましくも可愛らしいものだった。


「ああ、すごく似合っているぞ。可愛いじゃないか」

「ほ、ほんと? ほんとに? ……あ、ありがと」

「アーちゃん〜、ほらいまは猫ちゃんなんだから、お礼も猫語じゃないとだめだよ〜」

「え、そうなの!? ……あ、ありがとにゃ」

「うん、可愛い〜」

「もう、からかわないでよ! タルだってわんちゃんなくせにぃ!」

「ふふふ、ワオ〜ン」


 アラケル同様、垂れ下がった犬耳と尻尾を身につけ仮装したタルドゥス。

 うむ、どちらかというと僕のイメージではアラケルが犬で、タルドゥスが猫だったんだがな。

 どちらも似合っているからいいか。


 それにしても、つくづく思うが昼のタルドゥスは夜とは別人のように間延びした喋り方だな。

 あれもタルドゥスなりの周りを和ませる気遣いの一つなのだろうが……。


 チラッと舌を出したタルドゥスと目が合う。

 フ、随分楽しんでいるようだ。


「主、似合う?」

「ヒルデガルド、ああ、似合っているぞ」


 額に札を貼り付けたヒルデガルドは、体の曲線が強調されたスリットの入った中華風の衣装に身を包んでいた。


 所謂いわゆるキョンシーというやつだな。

 聞きかじった知識なのか、ヒルデガルドは両手を前へと揃えて突き出すと、ピョンピョンと僕の周りを飛び跳ねる。


「ほら! ラパーナも! こっち、くる!」

「う、うん、ヒルデ姉」

「ラパーナは包帯人間マミーの仮装か」

「……その……わたし、こういう衣装はあんまり……下に着てる服もいつものですから……似合わない、ですよね?」

「そんなことはないさ。だが、少し顔が隠れ過ぎだな」

「あっ……」


 ラパーナの俯いていた顔を手で上げてやる。

 うむ、やはりいくら包帯を巻き付けるのが前提の仮装とはいえ、表情が見えないのは勿体ないな。


 顔が隠れるぐらいに巻かれていた包帯を少しズラして瞳を覗き込む。


「ほら、この方がずっといい」

「はい……ありがとうございます、ご主人様」


 何処かで同じ紐みたいなものなのに扱いが違う! と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。


「ヴァニタス、さあ、私が遊びに来たぞ!!」


 盛大に扉を開けて現れたのはラゼリアだった。

 彼女は一目散に僕へと駆け寄ってくると急に抱き締める。


「むぐっ」


 豊満な胸が顔に……。

 というか力が強い。

 い、息が……。


「何だ何だその格好は! 顔の下半分を隠す仮面に、この尖った八重歯は……牙か? それに、黒と赤の血に濡れたようなコートとは。なるほど、吸血鬼をモチーフにした仮装か。ウム、中々似合って…………いや待て……そんなことより、ヴァ、ヴァニタス? ま、まさかそのコートの下に履いているのは――――」

「?」

「は、半ジュボン……だと?」 


 ん??

 なんか語彙ごいが崩壊してないか?


「は、半ズボンだと……? まさかそんな伝説の……? わ、わざわざ私のために用意してくれたのか?」


 いや別にラゼリアのためじゃないぞ。


 というか伝説ってなんだ、伝説って。

 半ズボンぐらい僕だって履くんだが……。


 だが、彼女の視線は困惑する僕とは違い、短いズボン一点へと注がれていた。


 ……そんなに穴が開くほど見られてもな。


「ああ、なんてことだ。膝小僧が丸出しじゃないか。セ、セクシー過ぎる。駄目だ駄目だ。そんな不埒ふらちな格好ではすぐにさらわれてしまうぞ!」


 さらわれる?

 誰が誰に?


「くっ……このうえ小首を傾げるなんて高等テクニックを……こんな誘惑……駄目だ、耐えられない。鼻血が……」


 ……息苦しかったから離してくれたのはありがたいんだが、『これ以上は刺激が強すぎる』と後退りされるとそれはそれで逆に困るんだが……。


「ヴァ、ヴァニ兄? そのものスッゴイたくましい女の人は一体……?」

「あー、後で説明する」


 アラケルもこれがルアンドール帝国でも有名な“暴竜皇女”だとは思わないだろうな。


 暫く呼吸を整えていたラゼリアに、ついでだからとアラケルとタルドゥスの二人を紹介する。

 アラケルたちは予想外の人物の登場に目を丸くして驚いていたが、急いで礼をしようとする彼女たちをようやく鼻血と動揺から落ち着きつつあったラゼリアは止める。


「ヴァニタスの妹たちなら私にとっては家族も同然! 何せヴァニタスは私の夫だからな!」

「え? そうだったの、ヴァニ兄!? ……あれ? でもマユレリカさんは?」

「いや……まあ、なんというか……成り行きというか……」

「ハハハ! さあ、今日はパレードの日だぞ! 私とヴァニタスの馴れ初めは道中に語るとしよう。行くぞ!!」


 ……なんかこの強引な感じも久々だな。

 それにしても……多分仮装なんだろうが、何でラゼリアはへそ出し蛮族スタイルなんだ?






「おお、やはり盛り上がってるな!」

「初日より大分人が集まっているようですね」

「みんな! 面白い! 格好!」


 帝都のメインストリートを埋め尽くすように人集りが出来ていた。

 思い思いの仮装はそれだけで華やかであり、活気に満ちている。

 通りの沿道には警備のための騎士たちが控えていて、見物客たちが道の中心へと行かないよう規制していた。


「うぅ……なんで結局わたしだけこんなんなのぉ?」


 元々用意しておいた仮装を拒絶したハベルメシアだったが、結局身につけることになった仮装は、黒と白の横縞模様よこしまもようが目立つ囚人服だった。


 囚人服……こんな衣装まであるとはな。

 そもそもこの世界での実際の囚人はこんな一目でわかりやすい服は着ないだろうに……これも小説世界故の恩恵? か。


「うふふ、でもでも、その仮装も似合ってますよ〜〜」

「えー、タルドゥスちゃんの方が可愛いし……わたしなんて……」

「ふふ、でもヴァニタスお兄ちゃんが選んでくれたんだから似合うに決まってるじゃないですか〜。サイズもピッタリだし、周りからもすご〜く目立ってますよ。みんなきっとスラーっとして綺麗な立ち姿のハベルメシアさんに見惚れちゃってるんですよ〜。ふふふ、きっとヴァニタスお兄ちゃんだって……」

「え! ホ、ホントに?」


 ……何かを期待するような眼差しでこっちを見るな。


 別にそんな意図で着せてないぞ。

 残り物がそれだったからたまたまだ。


 というか周りの視線を集めているのは元宮廷魔法師が囚人の格好で彷徨うろいてるからだってすぐにわかるだろ。

 はぁ……これはハベルメシアが騙されやすいというべきか、タルドゥスが手玉に取るのが上手いというべきか悩むところだな。


「「「おおおお――――!!!!」」」


 パレードの先頭、六頭立ての馬車に率いられるのは豪華絢爛に飾り付けられた馬車。

 本格的なパレードの始まりに、通りには人々の歓声が響き渡る。


「おお、まるで小さなお城のようですね」

「ガラスのお城がテーマなのかな〜。光が反射して綺麗〜〜」

「わあ、乗ってみたい!」

「ん? アラケルちゃん〜」

「ア、アタシも乗ってみたい……にゃ」


 パレードは進む。

 かぼちゃや骸骨、幽霊やドラゴン、変わり種では神輿みこしのようなものまで。

 様々なテーマの馬車が通りを進み、さらには、音楽隊なのか並走して歩く楽団が見る者の心を踊らせる音楽を奏でる。


 途中、何やら一部で騒がしい気配がしたが、どうやら半裸の男と狐獣人らしき二人組が原因らしい。

 遠目だが、狐獣人が半裸男を連行したことで事態は収まったようだが、一時場は騒然としていた。


 しかし、警備の騎士たちが特に反応していなかったところを見るにあれも予定通りなのか?


「んん? ……ゲェ!?」

「ハベルメシア、どうした?」

「な、なんでもない! なんでもないから! ……ちょっとだけ隠れさせて」


 ……怪しいな。

 だが、この感じ憶えているぞ。

 またいつぞやのように知り合いでもいたのか?

 ……となるとあの二人組……。


「ウム、ヴァニタス、すまないが私は少し席を外すぞ」

「ラゼリア?」

「少々用事を思い出してな。なに、すぐ戻って来る。すぐにな。と、そうだ。ヒルデガルドとハベルメシアも借りるぞ」

「え!? わたしも!?」

「ラゼリア様! どこ、行く?」


 返事をする間もなく二人を連れて立ち去っていくラゼリア。


 まだパレードの途中なのに一体何の用事だ?

 クリスティナに聞いても理由は聞いてわからないらしい。


 ……まあ、ラゼリアのことだ、心配はいらないか。


「む、すごい人の流れ、ラパーナ逸れちゃうから手を」

「でも……」

「遠慮しちゃダメだよ〜。ほら〜」

「あっ……」


 ラパーナの及び腰な手をタルドゥスが支え、アラケルも含め三人で仲睦まじく手を繋ぐ。

 互いを見失わないように、離さないように、強く。


「……良かったですね」

「ああ、ラパーナにとっても、二人にとってもな」


 三人がそれぞれを支え合う姿は、それだけでパレードを見学しに来て良かったと思わせてくれた。











「……それにしてもラゼリア様たち、中々帰ってこないですね」

「そうだな。少し遅いか?」


 ラゼリアたちが去ってからもパレードは変わらず進んでいた。

 しかし……特に合流地点も決めていなかったし、どうするか。


 そう、それは本当に突然だった。


 人混みの中でこの後の動きについて悩んでいた僕たち。


 ――――頭上に影が映る。


「ッ!? …………ん?」

「きゃあ!?」

「タル!?」「!?」「ッ!? ……タルドゥス様?」


 突然の奇襲。

 あっという間にタルドゥスが空中から飛来した人物の手でさらわれていた。


「あ〜れ〜」


 辺りに響く間延びした悲鳴。

 タルドゥスを脇に抱え奪うようにさらっていった人物は、民家の屋根の天辺で毛皮のマントをたなびかせる。

 魔物の骨らしき仮面の奥の瞳が、眼下の僕たちを見下ろし不敵に笑う。


「フハハハ! ヴァニタス・リンドブルムよ! 貴様の妹はこの私が貰って行くぞ! 悔しかったら取り返して見ることだ! フハハ、フハハハ!!」











ごめんなさい! ラゼリアの台詞の私の婿は私の夫の間違いです。誤解させてしまい申し訳ないです。



★評価、フォロー、ご感想をいただけると幸いです。


貴方様の応援が執筆の励みになります!


また、GA文庫様より書籍発売中です!


WEB版とは少し異なる展開や登場人物となるこちらもどうかよろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る