第百六十七話 ラルフと家族と後悔と


 ここに来てすでに一週間以上が経過していた。


「わぁ~~、見てみてロニー兄ちゃん! これすごい景色! すごいよ!」

「……セドリック、もういい加減にしてよね。一体何回同じことを繰り返したら気がすむの?」

「はは、よく飽きないよね」

「だってすごいんだもん! ねぇ、ねぇ、ねぇったらぁ! こっち来て一緒に見よーよぉ!」 


 巨大な窓から一望出来る壮大な帝都の景色に、まるで誕生日のお祝いでもするかのようにはしゃぐ末の弟セドリック。

 そのセドリックを辟易へきえきした様子で相手する下の弟ロニー。

 弟二人のやり取りがいつも通りで嬉しいのか、ニコニコと隣で微笑む上の弟ハーヴィン。


 ここに泊まるようになってから毎度のように行われている定番の光景。


 ここは帝都でも有数な高級ホテルの一室。

 スイートルームと呼ばれる最高級の部屋に、ぼくたちは家族全員でもう一週間以上も宿泊していた。


「ねぇ、ラルフ……本当にご厚意とはいえこんなところに泊まっていていいのかしら。わたしたち後でトンデモない額のお金を請求されるんじゃ……」


 弟たちの微笑ましいやり取りを見守りながらも、胸の前で手を組み不安そうにぼくへと尋ねてくる母さん。

 どうやら母さんとしては何処にでもいる普通の農家に過ぎない自分たちが、こんな雲の上の生活を続けていていいのか気が気でないらしい。


「う、うん。ヴァニタスくんからは『オータムリーフから踏んだくるから金の心配しなくていい。精々搾り取るつもりで使ってやれ』って言われてるから、多分……大丈夫、かな」

「そう……でもお母さん不安だわ。だってはじめてここに泊まった時だってエステ? とかいうのとマッサージ? とかいうのを受けさせていただいてしまって。あんな贅沢なこと本当にしていいのかどうか……。それに、わたし『奥様』なんて呼ばれたのだってはじめてだわ。もうどうしたらいいの!?」

「お、落ち着いて、母さん」


 取り乱す母さんを慌てて落ち着かせる。


 とはいえ気持ちはよくわかる。

 はじめてこのホテルを訪れた時は、こんなお城のような荘厳な建物に本当にぼくたちが泊まるのかと頬をつねって確かめたほどだった。


 大理石なのか白い石材を中心に建てられた宮殿のような造り。

 ホテル内に併設されたレストランでは、本来保存の難しい魚介類もふんだんに振る舞われ、ぼくはお酒は飲めないけど、ワインだけでも銘柄も年代も数多く取り揃えられていた。

 また、部屋には個別のお風呂場まで設置されていて、母さんの受けたエステやマッサージなどのサービスも豊富。


 目も眩むような知らない世界。


 でも……ヴァニタスくんが手配してくれたのは高級ホテルへの宿泊だけじゃなかった。


 ヴァニタスくんは僕たちの住むロンドミア故郷をオータムリーフ公爵領から皇帝直轄地へと変えてくれた。

 まだ公式に帝国から声明が発表された訳じゃないけど、どうやらオータムリーフ公爵家との直接の交渉を経て決まったことらしい。


『なに、これもオータムリーフの力を削ぐための一環だ。ロンドミアは奴らの領地の中でも穀倉地帯の中核をなす場所だったからな。丁度良かったのもある。フ、これで奴らも来年からは収穫量に気を遣わざるを得なくなる』


 ……ヴァニタスくんはついでだなんていってたけど、本当の理由が違うのはぼくにもわかる。


 ぼくが今後故郷に残した家族の心配をしなくていいように取り計らってくれたって。

 本当に……ヴァニタスくんはもう……。


「でもすごいよねぇ! いつまでも泊まってていいなんてヴァニタス兄ちゃんは太っ腹ぁ!」

「……まあ確かにね。貴族って聞いてたから碌でもない人なんだと勝手に思ってたけど……。うん、父さんやセドリックも助けてくれたわけだし、ちょっとは認めてあげても……」

「ロニー、またそんなことを言って。本当はヴァニタスさんに感謝してるんでしょ? 素直じゃないなぁ。父さんとセドリックが無事だって聞いて泣いて喜んでたくせにぃ」

「う、うるさいな。あ、あれはたまたま目にゴミが入っただけだから! な、泣いてなんかない!」

「太っ腹、太っ腹! あはははっ! ヴァニタス兄ちゃんは太っ腹!」

「こら、セドリックだめよ。貴族様にそんな失礼な呼び方……」

「だってぇ、ヴァニタス兄ちゃんがいいっていったんだもん!」

「だからってそんな……」

「だって、だって、だってぇ! いいっていったんだも〜ん!」

「ああ駄目よ、部屋を走り回らないで」


 楽しい家族の光景。

 だけど……僕には胸の苦しくなる光景でもあった。


 どうしても居たたまれなくなって外に飛び出していた。






「なあ、いい加減頭上げろって……」

「でも……」

「ボニー君の言う通りよ。ね、そんなに謝らないで」

「ボニーくん、ウルスラさん……」


 魔法学園の踏破授業を狙った襲撃事件。

 あの後、ぼくは二人に無理をいって時間を作って貰っていた。


 ヴァニタスくんを狙った襲撃があることを事前に知っていたのに黙っていたことを、彼らを欺いていたことをどうしても謝りたかったから。


「……確かによぉ。騙してたっていわれたらそうなんだけどよ。……家族を人質に脅されてたんだろ? なら仕方ねぇよ」

「そうよ。悪いのはみんなラルフ君のご家族をさらって人質にしていた人たちのせいだわ。ラルフ君、貴方は悪くない」


 それなのに、二人には謝罪を受け入れては貰えなかった。

 それどころか逆に……。


「ああ、それに相手はあの大男、秘密結社とやらだけじゃなくて、公爵家も関わってきてたんだろ? ならなおさら逆らえる訳ねぇよ。……おれだって多分無理だ」

「でもぼくはずっと二人を騙して……!」

「ああ、そうだな。なら、もし何か今回のことで気にしてんなら。そうだな、今度なんか飯でも奢ってくれればそれでいい。だっておれら、一緒に戦った……と、友だちだろ?」

「もう、いまさら照れ隠しなんて……。でもボニー君の言う通りよ。私たちに後ろめたい気持ちを抱く必要はないわ。私たちみんな同じ班の仲間じゃない」

「……うん、ありがとう、二人とも」

「せっかく無事に取り返せたのだから家族との時間を大切にして、ね」


 謝罪のつもりが逆に励まされていた。


 家族との時間を大切にとウルスラさんはいう。


 でも……ぼくにそんな資格が本当にあるのか。

 ずっとずっと胸にやり切れない気持ちがくすぶり続けていた。






 考えごとをしながら帝都を彷徨さまよっていたら、いつの間にか夕方になってしまっていたらしい。


 気づけば水路を跨る橋の上で、ぼうっと夕日を眺めながら立ち尽くしていた。

 眼下に流れる水の音を聞いていると、ふと背後から聞き馴染みのある声がする。


「ラルフ、こんなところにいたのか」

「父さん……うん」


 ぼくを見つけた途端ホッとしたような表情を浮かべる父さんに、気まずさから視線を逸らす。


「母さんも心配していたぞ。ラルフの様子がおかしいって」

「……うん。ごめん」

「…………」


 無言でぼくの隣に立つ父さん。


「……わかってる。気にしてるんだな」

「…………」

「父さんたちを……見捨てたんじゃないかって」

「…………」

「違ったか?」

「…………ぼくはみんなを天秤にかけた」


 家族の命とヴァニタスくん友だちの命、どちらも大切だった。


 友人を裏切らなかったというば聞こえはいいかもしれない。

 だけど結局ぼくは家族を裏切った。


 人質として家族が囚えられているとわかっていながら、与えられた仕事をしなかった。


「ぼくは家族みんなを諦めた」

「……だが助けに来てくれたじゃないか」

「それだって……! 結果的にそうなっただけだよ! ぼくがみんなを見捨てたのには変わりない!」

「ラルフ……」


 人目もはばからず叫ぶ。

 胸の内で渦巻く感情を吐き出してしまっていた。


「……でも、どうしても守りたい友人だったのだろう?」

「それは…………うん……」

「ならラルフが得難い友を得たことを父さんは嬉しく思う。誇らしいとも」

「父さん……」

「……実はな、役人が家を取り囲んだ時、父さんたちはすでに死を覚悟していたんだ」


 父さんが語ったのはみんなが人質に取られた時のこと。


 突然ロンドミアの役人が家を訪れ、何の容疑かもわからないまま罪人のように囚えられた。

 抵抗もさせて貰えず、まるで荷物のような扱いを受け、そうして、貴族の屋敷の地下室らしき場所に閉じ込められ、これからお前たちは人質になるのだと嗤いながら告げられた。


 セドリックは泣き叫び、ロニーは顔を青褪めさせ、ハーヴィンは二人を抱き締めるのに必死だった。

 母さんはそんな三人をただただ励ますことしか出来なかった。


「……あの時、父さんも母さんもハーヴィンもロニーもセドリックも、ラルフ、お前の無事を祈っていた。同時に自分たちはもう助からないと悟っていたんだ」

「…………」

「だから、お前が私たちの身柄を盾に脅される場面を目撃した時、お前が自分の考えを貫いてくれればと、そう願っていた」

「ぼくは……」

「だが、みんな無事だった。ラルフ、お前と友人が命懸けで助けに来てくれたお陰でな。だからもうそれでいいじゃないか」

「でも……!」

「気になるなら一緒に謝ろう。なに、母さんたちもきっと許してくれる」

「…………」

「……ラルフ、お前は天秤にかけたといったな。違う。天秤にはかけたかもしれない。でも、どちらも同じ重さだったんだ」

「!?」

「だから選べなかった。同じくらい大切だから。ラルフ、お前は自慢の息子だ。お前が目の前で困っている友人を助けられる優しい子でいてくれて父さんは誇らしい。それが、家族みんなを諦めた結果ではないことを、私たち家族は他の誰よりも知っているのだから。……だからもうこれ以上自分を責めるな。いい加減許してやれ」

「…………うん、ありがとう父さん」


 夕日の中、父さんと二人並んで歩く。

 進む足取りは重いけど……少しだけ自分を許せそうな、そんな気がしていた。












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