第百六十六話 エリザベータ・フォンティーヌと秘密会話

お待たせしてすみません!!

近況ノートでもご報告させていただいておりましたが、書籍化作業が佳境に入っていたため暫く更新が滞っておりました!


いまは少し落ち着きましたので、更新を再開したいと思います。

急遽お仕事が入った場合はまた滞る場合もあるかもしれませんが、取り敢えず一週間に一回の更新を目指し頑張りたいと思います。


それと、今回のお話では前からちょっとしっくりきていなかったこともあり、宰相アウグストの姪の名前をアンヌマリーからエリザベータに変更させていただきます。

急な変更ですがよろしくお願いします。






 思い出すのはつい先日リンドブルム侯爵家にて行われた会合。


 私、エリザベータ・フォンティーヌは、叔父様に連れられてとある交渉の席に同席させていただいた。

 そこは、ルアンドール帝国四大公爵家の一つ、オータムリーフ公爵家の行く末を決める大事な場。


「……彼が皇帝陛下の賭けた少年ですか」

「そうです。ヴァニタス・リンドブルム、皇帝陛下が帝国の未来を賭けた少年」


 独り言のようにこぼれた一言に、表情一つ変わらない叔父様が答える。


 我が叔父にして帝国宰相アウグスト・ファウエル様。

 常に冷静沈着れいせいちんちゃく、非情な策だろうと感情の起伏すら見せずに提案し実行する姿から、“冷石宰相”とも陰で囁かれる叔父様は、紅茶を片手に感心したように頷く。


 とはいっても、眉一つ動かさない相変わらずの無表情。


 しかし、姪である私にはわかる。

 


「……あの貴族派筆頭であらせられるオータムリーフ公爵家当主を相手に、彼は終始しゅうし翻弄ほんろうしていました。一切怯むことなく、そればかりか自らの要求をことごとく飲ませた。……本当に彼は十五歳の少年なのでしょうか?」

「ええ、間違いなく。改めて経歴を洗いましたが、そこに偽りはありませんでした。誰かが入れ替わっている訳でもない。正真正銘しょうしんしょうめい彼はヴァニタス・リンドブルムで間違いないでしょう。そう、数ヶ月前まで“悪童”と呼ばれていたただの学生で間違いない」


 叔父様は帝国内外を問わず独自の情報網を構築している。


 大陸全土に伸びる密偵たちによる網は、宰相の“耳”とも呼ばれる存在すら不確かな秘密組織。

 宮廷にてまことしやかにささやかれる噂では、場末の冒険者が酒場で漏らした与太話ですら、彼らは収集し叔父様のお耳へと届けるという。


 その叔父様が断言する。

 彼はヴァニタス・リンドブルム本人で間違いないと。


 ……ただ珍しく叔父様は最後に付け加えた。

 そこに見え隠れするのは不確定なものに対する興味。


「……ですが、中身は違う」

「中身……?」

「ええ、転生……彼の内側にいるのが一体何者なのか。そこについてはいくら調査してもついぞわかりませんでした。底なし沼に落ちた彼が何故あれほど劇的に変化したのか。何故以前まで奴隷たちや領民、使用人たちにすら暴言を吐いていたのがパタリと止んだのか。何より……何故彼は掌握魔法を使えるのか。何にせよ情報不足ですね」


 ある日突然人格のみが別人へと変わってしまう。

 果たしてそんなことが起こり得るのか。


 ……何かの魔法の効果?

 だとしても疑問は尽きない。


 ただ……私が見た彼は、普通の十五歳の少年などとは次元の違う場所にいるのは確かだった。


「……それにしても、へロミア・オータムリーフ様がオータムリーフ公爵家をあのように裏で取り仕切っていたとは……叔父様はご存知だったのですよね?」


 私の認識では一歩引いて夫を支える貞淑ていしゅくな妻だったヘロミア夫人。

 ですが、あの交渉の席で見たかの女性は、これから実の息子を切り捨てようというのに至って冷静だった。


 冷酷無比な決断には何としてもオータムリーフ公爵家を存続させるという決してブレない芯を感じさせた。


「ええ、勿論。ですが、ヴァニタス殿が彼女まで引っ張り出すとは正直驚きましたよ。普段は当主であるバーゲン殿の影に隠れていますが、へロミア夫人こそオータムリーフ公爵家を束ねる裏の支配者。貴族派の夫人たちを纏め上げ、独自の交流を持ち、時に夫婦間の秘め事すら使って夫たちを裏から操っている。女性とはかくも怖いものです」


 そのヘロミア夫人をヴァニタス様は表に出さざるを得なくした。

 事前情報などないに等しいはずなのに、恐らくバーゲン公爵の側に控える彼女の違和感を感じ取り自分から追求した。


「そうそう、バーゲン殿の愛人の管理もヘロミア夫人の管轄でしてね。それもあって彼は夫人に頭が上がらないのです」

「それはまた……なんとも……」

「遊びなら許すにしても本気になることは許さない。そうでなくともバーゲン殿の側室はすべてヘロミア夫人の息が掛かった者たちです。バーゲン殿は彼女たちを通じてヘロミア夫人に調教……おっと、失礼。もとい教育されていますから」


 調教……一体裏でどんなことが行われているのか……想像したくもありませんね。

 それにしても、貴族は複数の妻を娶ることもあるとはいえ、一切合切を管理されているとは、情けないというかなんというか。


「ところでオータムリーフ公爵家の処遇ですが、本当にあれで終わりなのでしょうか?」

「そんな訳がないでしょう」


 叔父様は語る。

 アレはいわば儀式のようなものだったと。


「アレはヴァニタス殿の要請による非公式な裁定の場です。あそこで決定したことはあくまで仮のもの。とはいえ宰相たる私が出席し取り仕切った以上、あの場で決まった事柄は帝国皇帝の名において履行りこうされますがね」


 本来一貴族が他方の貴族を一方的に裁く権限などない。

 しかし、あの場においてオータムリーフ公爵家の行く末をヴァニタス様が決定する裁量を与えられたのは、やはり彼のもたらした数々の証拠と情報が大きいと叔父様は続ける。


 そして何より、帝国の未来にも関わる功績の部分が彼にあの裁定の場を許した最たる理由だと。


「リヒャルト・オータムリーフの悪事は我々としても認識していました。ですが、貴族派が大きく力を増している現状、迂闊には手を出せなかったこともあり、泳がせていた。他国との内通も同じ。彼が他国に流せる情報などたかが知れていますからね」


 ……恐ろしいことを簡単に。

 それは裏を返せば多少の被害が出ることすら黙認していたということ。


「……ですが、それによってヴァニタス殿には我々の尻拭いをさせてしまった。魔法学園の生徒たちに被害がなかったのは彼のお陰なのは間違いないでしょう。我々も無為混沌の結社アサンスクリタの存在は多少ですが認識していました。しかし、まさか彼らとリヒャルト・オータムリーフが繋がっていようとは。それに、裏でコソコソと動くことしかしていなかったあの組織が、あのような大規模な作戦に出るとは予想していませんでした。これまで水面下で蠢くだけで活発に動いていなかったものが急に躍動し始めた。……ヴァニタス殿の存在が余程目障りだったのかもしれませんね」

「…………」

「と、話が逸れました。勿論帝国としてもオータムリーフ公爵家には何かしらのペナルティを与えるつもりです。ヴァニタス殿が決めたことに追加する形ですね。……とはいえ、それもヴァニタス殿が殆ど毟り取れるだけ毟り取ってしまいましたから、ないに等しいのですが」


 現当主は退しりぞき、得られる利益の半分を国庫に収め、長期間に及ぶ監視まで。

 確かに……罰を負わせるにしてもぱっと思いつくものはありませんね。


「ふふ、ですが私の出番が一切ないとは思いませんでしたよ。もう少し苦戦するかとも予想していましたが……思いの外――――容赦がない。あれではへロミア夫人もしてやられたと感じたことでしょう。特に監視については意表をつかれたことでしょうね。今後帝国に利することを行えば多少は期間が短くなるとはいえ、私でも何十年と側で見張られるなんて想像するだけでも嫌ですよ」


 ヘロミア夫人も“耳”によって情報を秘密裏に収集している叔父様には言われたくないでしょうに……皮肉ですね。


「しかし、随分と久しぶりにお会いしましたが、エルンスト殿も見ない間に随分と様変わりしたようです」

「そう、なのでしょうか。大して面識もない私にはなんとも。しかし、あの後の交渉ではヴァニタス様から見事に引き継いでおられたかと」


 リンドブルム侯爵家の当主たるエルンスト・リンドブルム様。

 リンドブルム侯爵家自体は皇帝派、貴族派どちらからも距離を置いており立場は中立。

 とはいえ、エルンスト様についてはあまり良い噂は聞かなかった。

 いえ、悪い噂という訳ではなく、単に侯爵家七家で最も古い歴史を持つ家柄ながら……軟弱で気弱な頼りない当主だと。


 それなのにあの日は違った。


「彼も以前まではあのように毅然とした態度など取れる性格ではなかった。どちらかといえばその場の雰囲気に流されがちで積極的な討論などは行わない人物。以前はそう、ただ一人の息子すら御せない当主として、爵位が下の者にすら陰口を叩かれていた。身分の差を考えれば本来あり得ないことですがね。侯爵家には相応しくないのではないかとまで言われていたものです」

「……しかし、違いました。エルンスト様は決して軟弱でも、気弱でもなかった。寧ろ……」

「そうそう、あくまで爵位を振りかざそうとわめくバーゲン殿を無視して、ヘロミア夫人だけを見据えていた。ふふ、憤慨ふんがいするバーゲン殿を見る目はまるでゴミを見るような目でしたね。……中々どうして悪くない。アレもまたヴァニタス殿のもたらした影響でしょうか」


 交渉を受け継いだエルンスト様は、ヴァニタス様の要望を手抜かりなく履行りこうすることを求めた。


 そればかりか追加の要望まで。

 オータムリーフ公爵家の所有する宝物の譲渡を要求された時には、バーゲン公爵も『我々からまだ毟り取ろうというのか!?』と頭を抱えて嘆いていました。


「ですが、まさかヘロミア夫人がヴァニタス様と一族の娘との婚約を申し出るとは……」


 へロミア夫人が提案したのは公爵家に連なる縁者とヴァニタス様の婚約でした。

 ヴァニタス様にはすでに婚約者がいるそうですが、それはそれとして側室にどうかと。


「適齢期の女性がいないとはいえ、八歳の遠縁の娘と十五歳の少年を婚約させようとは……」

「エリザベータ、貴女も十分理解していることでしょうが貴族の婚姻などそのようなものです。多少の年齢差があったとしても、血を残し家を存続させるためなら、たとえ自らを陥れようとする仇にも取り入るもの。政略結婚など貴族社会ではごく有り触れたものなのです。へロミア夫人としてはヴァニタス殿との繋がりを少しでも残して置きたかったのでしょう。そうして復権する時を虎視眈々こしたんたんと待つつもりだった。ついでにいえばヴァニタス殿の力を認め、縋り付けばいつかは失態を返上する転機チャンスが訪れると信じていた。その点やはりヘロミア夫人はしたたかだ。ですが、それもエルンスト殿に一刀両断いっとうりょうだんされていましたがね」


 たった一言、『余計な真似はしなくていい』とエルンスト様は一蹴した。

 ほんの僅かな迷いもない即断に、さしものヘロミア夫人も内心では苦い顔をしていたように思う。


「それで、話は変わりますがリヒャルト・オータムリーフの処遇はどうなります? やはりヴァニタス様のおっしゃっていたように彼は奴隷として鉱山へと?」

「ええ、彼には今回の襲撃事件のすべての責任を負って貰うことになるでしょう。襲撃を主導した犯人側に与し、情報を流していた極悪人として。ヴァニタス殿は拷問などしないと言っていましたが……まあ自分はしないという意味ですね。勿論帝国としてはしっかり尋問させていただきますよ」


 リヒャルト・オータムリーフ帝国の敵の末路に、明るい未来などないと、叔父様の態度は如実に表していた。


「……哀れなものです。ラゼリア様への……など所詮叶うはずもないというのに」


 それにしても……改めて思い出す。

 動揺するバーゲン公爵を前にリヒャルト・オータムリーフ息子の死を告げる彼の姿を。


「……恐ろしい、本当に恐ろしい少年でした。彼は……」

「恐ろしい? 違いますね。気に入ったのでしょう? ヴァニタス殿を、彼の苛烈かれつさを」

「……確かに気にはなりました。ですがそれは単に――――」

「ふふ、私に嘘は結構。彼がリヒャルト・オータムリーフの死をバーゲン殿に宣告した時の貴女は、とても淑女のしていい表情ではなかったですよ。我が姪ながら、ふふ、性格の悪い」


 ……そういう叔父様こそ楽しんでおられたというのに酷い方。


 ヴァニタス・リンドブルム、私の見た彼は冷酷で無情、他人の死を宣告する言葉ですら一切の躊躇はなかった。


 ……何より、彼の怒気。


 怒り狂う竜のように。

 かといって狂気には染まらず。

 冷静に、冷酷に、淡々とことを進めた。


 自らに敵対するものには希望すら与えず、足掻く余地すら許さない。

 そこに一切の慈悲はなかった。


 残忍にも死を告げる姿は、実の息子をあっさりと切り捨てたヘロミア夫人より遥かに――――。


「――――あはっ」


 あら……?

 つい淑女にあるまじい声をあげてしまいました。

 反省、ですね。

 

「……ヴァニタス殿は見事に役割を演じてくれました。彼も薄々は気づいていたはずです。自らが貴族派の力を削ぐことに利用されていることを。ですが、黙認した。己の望みを叶えるために、功績すら投げ捨てて。……食わせ物ですよ、彼は」


 そう上機嫌そうに語る叔父様の視線はここではない何処かを見ていた。


「帝国は戦乱期を終え貴族たちに力を与えすぎた。あの時はそうせざるを得ない背景があったとは言え、そろそろ面倒になってきた頃合いです。要らない貴族を粛清するのに彼は非常に都合が良い。ですが、彼を操ろうなどとは難しいでしょう。彼に余計な真似をすれば手痛い反撃を受けることは今回の件が証明している」


 事実、彼に敵対したオータムリーフ公爵家は大きく力を落とした。


 貴族派筆頭の地位を終われ、蓄えた財貨や資源を失い、名声は地に落ちた。

 いまやちまたではあの公爵家襲撃事件は、オータムリーフ公爵家の凋落ちょうらくのはじまりとして嘲笑の的となっている。


「ここはヘロミア夫人に習ってラゼリア様との婚約話を進めても良いかもしれません。ラゼリア様も明確に彼のことを気に入っていますし、彼には一度懐に入った者を無碍むげには出来ない性質がある。……ただ陛下が何と言うか。ラゼリア様は陛下の大のお気に入りですからね」


 ラゼリア様が皇帝陛下のお気に入りなのは周知の事実。

 果たして許可して下さる余地があるのか……。


 思案にふける私を、叔父様はその無機質で一切の感情すら窺えない瞳で捉える。


「エリザベータ、良く見ておきなさい。彼こそが、ヴァニタス・リンドブルムこそが帝国の未来を左右するかもしれない。……いえ、左右するのですから」

「……はい、叔父様」






 ここで一つの顛末てんまつを語ろう。


 宰相アウグストにすらあわれまれたリヒャルト・オータムリーフの最期は実に呆気なかった。


 彼はヴァニタスの預かり知らぬところで情報を吐かせるため拷問を受け、重犯罪者の行き着く先、エルミライト鉱山へと送られた末、過酷な労働の中でただの犯罪者の一人として死亡することとなる。


 何故リヒャルトがあのような行動に出たのか。

 何故自らの破滅が待っていると知ってなお彼は止まれなかったのか。


 そこには当然自らがオータムリーフ公爵家の当主に相応しいという野心もあった訳だが、それ以上に彼を動かした動機は至って単純だった。


 リヒャルト・オータムリーフを突き動かしていたのはラゼリア・ルアンドールへの恋慕れんぼ


 彼はただただラゼリアに恋い焦がれていただけだった。


 魔法学園に後輩として入学してきた彼女の勇姿を一目見て惚れこんだ。

 己のモノにしたいと分不相応な夢を見た。


 だからこそ公爵家の当主となり、彼女を自らの手中にせんと望んだ。


 だが、そんな想いなど露知らず。

 ラゼリアはぽっと出の男のコヴァニタスに夢中だった。


 ヴァニタスを自らの夫だと公言し、彼の功績を称える言葉を嬉々として吹聴ふいちょうする姿は、リヒャルトにとって到底我慢出来るものではなかった。

 だからこそ余計に我を失ってしまった。

 普段なら決して行わないだろう愚行も行ってしまった。

 

 だが、その感情が理解されることは永遠にない。


 永遠に。

 己の持つ唯一の魔法誇りすら失い、呆気ない死を迎えるとしても、彼の理解者は永遠に現れない。











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