第百六十三話 ハベルメシアの慟哭


「ハハハハ! これだ! これがヴァニタス・リンドブルムだ! すべてを破壊し支配する覇者!! 私の認めた男のコだ!!」


 何処からかラゼリア様の歓喜にも似た雄叫びが聞こえる。

 わたしはそれを何処か遠い世界の出来事のように感じていた。


 というよりすでにそれに耳を傾ける余裕なんてなかった。


 足元を支えるはずの地面は不安定に揺れ、荒野に地鳴りが鳴り響く。

 この揺れ動く大地すべてがヴァニタスくんの領域テリトリー


「――――さあこれでどうだ」


 ヴァニタスくんの不敵な笑みと共に、目の前の地面がわたしの進路を阻むように隆起して襲いかかってくる。

 しかも振り返れば後ろからも。


 挟み撃ちっ!?


「も〜〜、ナニコレ! こんな隠し玉っ!」

「わかっていたことだろう? お互いに切り札があるということは」

「でも、でも! こんなのってないよ!」

「文句を言っている暇はないぞ」


 隆起した土の壁はまるで小高い丘そのものが襲いかかってくるようにうねりながら迫ってくる。

 逃げ道すら先回りするような動き。


 これも地面そのものを掌握しているからなの?

 普通なら魔法だって届かないような位置なのにこんなに自在に操れるなんて……!


「ああ、もうっ! ――――炉心臨界コア・クリティカリティ!」

「うむ、爆発でしのぐか。やはりその炉心の暴走は大した威力だな。だが、もう片方はどう防ぐ?」

「ぐう……だったら! 水滴結束ウォータードロップ・ユナイト! ――――集水の繊月刃アセンブルウォーター・クレセントエッジ!!」


 水滴を一つに集めることで形作られた三日月の刃が、うねる土壁を縦に両断する。


 それでも勢いはおとろえない。

 真っ二つに別れたはずの土壁が、変わらずわたしにすがる。


 ッ!?

 コレどこまで操れるの!?


「あ、あり得ないから! なんでこんな……」

「そうか? だが、対抗出来ているじゃないか?」

「そういう問題じゃない! ぐぅ~、絶対負けないからぁ!」

「ああ! そうでなくてはな!」


 大地のうねりは止まらない。


 時に隆起し怒涛どとうの勢いで迫り、時に行く先を陥没させることで移動すら困難にする。


 本人に攻撃しようとしても無駄。

 どの魔法も厚い土の壁が山のように迫り上がってきて届かない。


 しかも、元が土だからか素材はいくらでもある。

 何度壊しても砕いてもその度に補充され再生する。


 こんなの、キリがない……。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「ああ、楽しい。楽しいな。なあ、ハベルメシア!」

「……楽しい? これが?」

「そうだ! お前も楽しいだろう? 僕たちはいま自分の持てるすべての力をぶつけ合っている。この戦いを通じて高め合っている。知らなかったことに触れているんだ。……どうした、楽しくないか?」


 楽しい……そう問われてわたしは思わず立ち止まっていた。


「楽しい訳……ないよ……」

「ハベルメシア?」

「苦しい。わたしはずっと苦しかった」






 あれほど慌ただしく動いていたのに、いまわたしは足を止めてしまっていた。

 戦いの最中だというのに無防備な姿を晒してしまっている。


 でも仕方なかった。


 わたしにはどうしてもこの戦いが楽しいものに思えなかったから……。


 苦しい。


 たった一週間。

 だけどわたしにとってみんなと別れて一人でいた時間は、とてつもなく長くて辛いものだった。


 だから叫んでいた。

 思いの丈をすべてぶち撒けるように。


 もう止められなかった。


「ズルいよ!」

「ハベルメシア……?」

「ズルい! ヴァニタスくんはズルい! ……なんでこんなにわたしの気持ちをき乱すの? 何でこんなに辛くさせるの? それなのにヴァニタスくんだけ普段と同じ。なんで……平然としてられるの? 楽しいなんて言えるの? わたしは……苦しかったのに! みんなと別れて苦しかったのに!!」


 ヴァニタスくんは変わらない。


 わたしの真紅の首輪があっさりと外れてしまったあの時も。

 戦いが始まる前だって。

 いまですらただ目の前のわたしを倒すために何の迷いもうかがえない。


 あなたはずっと変わらない。

 平然とあるがままにたたずんでいる。


 それが当然のように確固とした自分を持って。


「何でわたしだけ……わたしだけ……」

「ハベルメシア……お前……」

「別れがこんなに辛いなんて知らなかった! こんな気持ちになるなんて知らなかった!」


 ヴァニタスくんと出会ってわたしは知った。

 知ってしまった。


 信頼出来る仲間がいることの幸せを。

 返事をしてくれる人の存在の嬉しさを。

 隣り合う何気ない安らぎを。

 何でもないことに楽しさを見出す心地よさを。


 知るべきでは、なかったのに。


「だって――――寿!!」

「!?」


 わたしは人とエルフの混血、ハーフエルフ。

 純粋なエルフよりは短いけど、ヴァニタスくんやクリスティナちゃんたちとは生きていられる時間が違う。


 誰もわたしの側にはいられない。

 遠くない未来にみんな死んでしまう。


 そして、わたしは一人ぼっち。

 この想いを抱えたまま生きていく。


 ……そんなのってないよ。


「何でこんな気持ちにさせるの! 何でわたしに幸せを教えたの! 何で大切にしてくれるの!」

「…………」

「みんなわたしを一人にする。みんな最後にはわたし一人を残して死んでしまう。こんな気持ちになるなら……――――最初からわたしたちは出会うべきじゃなかった!!」


 本音だった。

 心の奥底に隠していた本当の気持ち。


 お母さんが言っていたことがいまなら分かる。


 寿命の違う者同士でかれ合ってはいけないんだって。

 愛し合っては駄目だって。


 いつか必ず別れが来る。

 貴女はそれに耐えられないって。


 わたしはお父さんの顔を知らない。

 物心ついた時、お父さんはもういなかった。


 でもお父さんのことを聞く時、いつもお母さんは寂しそうで悲しそうだった。

 ……きっと辛くて耐え難い別れだったっていまならわかる。


「……ハベルメシア、お前は置いていかれるのが嫌なんだな」

「…………」

「寿命の違いか……。そうだな、僕たちが老いて命を終える時もお前はまだ若々しい姿で生きているのだろうな。まあ、僕もお前の本当の年齢とやらは知らないが」

茶化ちゃかさないで!」


 ヴァニタスくんたちは若い。

 でもいつかはわたしの姿を見て必ず後悔する時が来る。


 だって彼らがお爺ちゃんやお婆ちゃんになった時もわたしはきっといまのままだから。

 そんなの……残酷過ぎるよ。


「しかし、寿命を気にしていたとはな。意外……でもないか」

「…………」

「うむ……なら僕も不老にでもなるか」

「そ、そんな簡単に……! 不可能だよ!」

「何をいう。実際若返りの薬はあるんだ。それがないという証拠は何処にもない。それに世界には様々な種族がいる。長命な種族といえばエルフ、それと吸血鬼が有名か。実例が存在している以上延命の手段も必ず何処かに存在しているはずだ。この広い世界、探し出せばいい」

「そんなの見つかる訳……」

「なあに、魔法は万能だ。なんとかなるさ」

「万能? ……万能なんかじゃない。みんな知ってるよ。本当は魔法は万能なんかじゃないって。すべてを叶えられる力なんてないって誰だって知ってる」


 学園でも魔法は万能だなんて教えてるけど、それが真っ赤なウソだってことはわたしでも知っている。

 ううん、きっと誰だって一度は考えたはず。


 だって……。


「いいや、違うさ。魔法は……」

「違わない! だってって知ってるもん! 死んだ人を生き返らせられない魔法なんて万能なんかじゃない!!」


 物語の中で時々語られる死者蘇生のお話。

 でもそれが偽りだなんてことはみんな言葉に出さないだけで誰だって知っている事実。


「ハベルメシア、だが僕はこの世界に……」

「……もしかして転生したって話? でもそれだってヴァニタスくんの主観だけの話でしょ? ……本当は何かを勘違いしているだけじゃないの?」

「…………」

「それでも探すつもりなの? ……不可能だよ。延命の手段なんてある訳ない。それに、もし誰かがもう見つけていたのならもっと有名なはずだもん。だから、それも全部御伽噺おとぎばなしの中だけ。それを――――」

「あるさ」

「なんで……なんでそんな簡単に……。なんで根拠もなく言い切れるの? なんでヴァニタスくんは――――」

「僕は信じているから」


 ヴァニタスくんは真っ直ぐわたしを見ていた。

 曇りのない漆黒の瞳の奥に、僅かな燐光りんこうが煌めく。


 信じている。

 それが本心からの言葉なのはわかる。


 でも、それでも……。


「わたしには信じられないよ……」

「なら言い換えよう。――――なければ作ってやる。僕が習得すら不可能だと言われた掌握魔法を手にしたように。この手に必要なものを揃えて見せる。ハベルメシア、お前が満足するまでお前の側にいてやるさ。だから――――」


 ヴァニタスくんは断言する。

 決して後ろを振り返らず前だけを見て。


 でもわたしは知っている。


 あなたがそれを選択するってわたしは初めから知っていた。

 だって……あなたのことをわたしはずっとすぐ側で見てきたんだもん。


「…………知ってるよ」

「なに……?」

「知ってるよ! そんなこと知ってる! ヴァニタスくんなら絶対にわたしの望みを叶えようとしてくれるって! でも! でも! それじゃあ――――使!」

「…………」


 初めからわかっていたことだった。

 寿命という壁を前にヴァニタスくんが怯むはずがないって。


 人が不可能だと諦めてしまうことですらあなたは飛び越えていってしまおうとするから。


 でもそれはとても卑怯で残酷な願い。


 ハーフエルフのわたしと違ってヴァニタスくんたちには時間に限りがある。


 時の流れが違うんだもん。

 それなのにわたしのためだけにすべてを捨てさせるなんて……そんなの出来ない。


「もし見つからなかったらどうするの? すべてが無駄だった時わたしはどうしたらいいの? わたし……嫌だよ。みんながわたしのために時間大切なものを失ってしまうなんて耐えられないよ……」


 見つからないかもしれないものに人生を捧げさせてしまう。

 すべてを投げ出させてしまう


 大切な人たちが不幸になると知っていてわたしはその選択を選べない。

 ……選んではいけない。


「……わたしみんなに不幸になって欲しくない……」


 だからきっとわたしたちはここで別れるべきなんだ。


 この戦いに勝った時、わたしは告げるつもりだった。


 もう二度と会わない。


 ……だからお願い、わたしに勝たせて。

 きっとそれがわたしたちにとって最善の選択だから。











★評価、フォロー、ご感想をいただけると幸いです。


貴方様の応援が執筆の励みになります!


どうかよろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る