第百六十二話 戦場の支配者
無限の魔力。
それは宮廷魔法師第二席たるハベルメシアの代名詞にして独自魔法の
体内魔力の総量という限界を取り払い、魔力で魔力を作り出す頭のおかしい魔法は、使い手たるハベルメシアの“
しかし、その強力無比な力を得るまでの過程は、お世辞にも完璧なものとはいえない。
発動までに絶大な集中を有するこの魔法は、戦闘中にも関わらずどうしても無防備な状態を晒してしまう。
それは例え無限の魔法による飽和攻撃が可能になるとはいえ致命的な隙だ。
固定砲台といえば聞こえはいいが、騎士団などの警護戦力に守ってもらわねば禄に力を発揮出来ないのであれば活躍出来る場は自ずと限定される。
利点は相応にあるが欠点も多い魔法を前に、ハベルメシアはヴァニタスとの再戦を見越し思考を巡らせる。
無限の魔力。
果たしてそのすべてを自分は扱い切れているのか。
否。
供給は無限でも出力は必然と限られる。
一度に発動出来る魔法には限界が存在し、攻撃の
特にヴァニタスのような規格外な相手と戦うなら、上級の汎用魔法だとしても
それにヴァニタスが大人しく無限の魔法を使わせてくれるはずもない。
必ず魔法の発動自体を妨害してくるはずだ。
ならどうすればいいのか。
対個人より対集団のための魔法。
守って貰わねば致命的な隙を晒す魔法では強力なる一には勝てない。
やがて、彼女が出した決論は一つ。
――――使い分ければいい。
非物質だった炉心を物体として生成し、作り出せる魔力に限界を設ける。
結果的に魔力生成量は遥かに縮小し、拳大の炉は華奢なハベルメシアにとっては重荷にもなる。
だが、敢えて彼女はそれを選択した。
彼女は持てるすべての力を振るう。
「ぐっ……馬鹿げた威力、だな」
戦闘開始直後には確かにあった余裕が、いまのヴァニタスからは失われていた。
(密度も威力もいままでとは桁違いだ。これでは単に躱すだけでは簡単に近づけない。……いや、躱すのさえ精一杯だ。こちらから攻撃に転じる隙すらない。……ハベルメシアはこんな魔法を……)
大地を穿つ無数の風があった。
薙ぎ払い焼き尽くす火があった。
天から降り注ぐ刃の如き水があった。
巨躯なる影を生む岩があった。
力の象徴たる魔法の数々。
元々荒れ果てた荒野、さらにはこれまでの戦闘の余波でこれ以上ないほど傷ついていた場所が、さらなる責め苦を与えられ崩壊しつつあった。
それはさながら災害の如き破壊。
そして、これらすべてをハベルメシアは引き起こしていた。
「――――
荒野に立つハベルメシアを中心に渦巻く微風。
一つ一つの力は確かに小さく弱い。
だが、密集し結束しつつある力は、徐々に、少しずつ大きな力へと変わっていく。
「……
「無駄だよ! ――――
破壊の奔流を風を紡いだ大槍が貫通する。
それだけでは終わらない。
地面へと着弾した途端、一纏りに紡がれた風が何者をも吹き飛ばす勢いで拡散する。
「ぐう……」
ヴァニタスは必死に堪えるがそれでも吹き飛ばさないようにすることで精一杯だった。
(わたしはずっと『無限』に固執していた。『無限』だけがあればいいなんて安直に考えてた。……でも違う。本当に必要なものは手の届く範囲にすでにあったんだ)
無限など必要なかった。
ハベルメシアは自らの力を高め積み重ねる。
それだけで目の前の
「……これほど、とはな」
「すごいでしょ? でもまだまだ。――――
走り、ヴァニタスからの射線を
瞬時に手のひらに出現する拳大の炉心を、彼女は腰の黒ベルトへと取り付ける。
(あの不釣り合いなベルトは炉心を納めておくためのものだったのか。……恐らくあの簡易炉心ともいうべき魔法は、
一つの炉心が生成出来る魔力には制限はある。
しかし、それをマユレリカから渡された腰ベルトにより複数携帯することでハベルメシアは補っていた。
これで魔力は途切れない。
いや、途切れさせない。
「
ハベルメシアの周囲に展開される無数の弱々しい灯火に、咄嗟に嫌な予感に覚え後退の準備をするヴァニタス。
だが一歩遅い。
「――――
逃げ場のない広範囲を包む逆巻く火炎が、地面をそこにある大気ごと薙ぎ払うかのように突き進む。
「ッ!?
間一髪、広範囲に放った衝撃波との衝突により難を逃れるが、ヴァニタスが辺りを見渡した時、周囲一帯は一面火の海へと変貌していた。
ここで攻めなければ不味い。
いまだ燃え盛る大地にヴァニタスは身体強化に任せて突っ込む。
「む、近づけなんてさせないから! ――――
猛る炎の揺らめく先、接近するヴァニタスを即座に予測したハベルメシアは、黒ベルトから一つの炉心を取り出し魔法を発動する。
「
渦巻く風に乗せて放たれるは赤熱し、いまにも内側から弾けそうな炉心。
「ッ!?」
ヴァニタスは咄嗟に身構えるが、次いで巨大な爆発が起きる。
(炉心に内蔵された魔力を暴走させたのか!?)
言うなればこれも月食竜エクリプスドラゴンに痛手を与えた
だが、あの魔法とは違い爆発を起こすのに準備する時間も集中する時間も必要ない。
これでヴァニタスの接近はある程度牽制出来た。
後は距離を保ち炉心の
だが、一見有利に見えるハベルメシアも、内心では慎重にことを運んでいた。
何故ならヴァニタスにはまだ見えている切り札があったからだ。
(『
ヴァニタスの掌握魔法の中でもまた異質。
魔法を無効化しつつ魔力として取り込み威力と範囲を増大させる魔法の
それは天空を覆う厚い雲すら一時的に引き裂く力を有する。
(……あの時、ヴァニタスくんは雨の中で掌握魔法を発動させた。
ハベルメシアの推察通り『
短剣に纏わせる必要があり、さらには一撃放てば剣の方が崩壊するとはいえ、その威力は魔法を主体に戦う者にとっては絶大。
しかも掌握魔法特有の魔力集束動作がないならいつどのタイミングで魔法を放つか読むことは至難の業だ。
(だから、絶対に動きを見逃さない。ここで終わらせる。速攻で終わらせて見せる)
たった一つの反撃の芽だとしても見逃さない。
ヴァニタスの力と意思の強さを知るが故に、ハベルメシアは油断などしない。
「……ハベルメシア、スゴイ、いつの間に、あんな魔法」
ぼうっとしたように目の前の光景を見つめるヒルデガルド。
火、水、土、風。
味気ない荒野に飛び交う色とりどりの力に、あれは自分と同等、いやそれ以上の力だと本能的に察していた。
「……まったくアイツらときたら致命傷を負わせる攻撃は禁止といっただろうに」
大規模魔法の嵐に堪らず避難してきたラゼリアが口を尖らせ文句を言う。
だが、その表情は面白いものを見たと言わんばかりにニヤついていた。
「互いを信じていらっしゃるのでしょうね。あの程度凌いで当たり前だと。乗り越えるはずだと信じている」
「ああ、羨ましいよ。全力を出してなお競い合える相手がいるというのは。……だが、まさかハベルメシアがあれほどの力を発揮するとはな。アイツめ、いまなら
ラゼリアの瞳には荒野の只中でヴァニタスを圧倒するハベルメシアの姿が写っていた。
宮廷魔法師第二席、その立ち位置に収まらないのではないかと思うほど彼女は飛躍的に成長していた。
「……ウム、さしものヴァニタスも少し苦しいか?」
「いいえ、主様はこれでは終わりません。ラゼリア様も本当はわかっていますよね。主様がここで終わる訳がないと」
「フフン、まあ、な。ハベルメシアがあれだけの
「主様は勝ちます。きっと勝ってくれる。そしてハベルメシアを……」
「……うん、ハベルメシア、帰ってくる」
仲間たちの見守る中、戦いはますます激化していく。
二人を止める術はすでに存在してなかった。
暴威に振り回されるヴァニタス。
防戦一方ですでに体には無数の傷があった。
だが、それでもヴァニタスの瞳は変わらない。
ハベルメシアが勝利をひたむきに目指すように、圧倒的な力を前に彼もまた諦めていなかった。
いや、寧ろ……。
「
ハベルメシアの逆巻く火炎を拡散された水が押し留める。
だが、力の規模が違う。
ヴァニタスの放った水は瞬く間に蒸発し、大地は再び燃え盛る。
「……これでも自分の周りを守るのが精一杯か」
「クリスティナちゃんの水魔法……」
「ああ、だがいまの僕では少し威力が足りなかったな。……まったく前髪が焦げたぞ」
「そう? あんまり変わってないようだけど。……それにしてもその魔法もズルいよね。なんで先天属性もないはずなのに他の属性の独自魔法が使えるの?」
「これは選別しているだけだ。大気から『水』の魔力だけを選んで集束している」
「ふ〜ん、でもいくらクリスティナちゃんの水魔法でもいまのわたしの魔法には敵わないみたいだね」
「まあな。流石にここまでの威力の魔法を『無限』なしに連発出来るとは思わなかった。いまの状況では焼け石に水らしい。……このままでは勝てないな」
このままでは勝てない。
だが、ヴァニタスの言葉を素直に信じるハベルメシアではない。
用意周到なヴァニタスが再戦にあたって何の手立ても用意していない訳がない。
だが、だとしても押し切る。
強い意思を込めてハベルメシアは満身創痍にも見えるヴァニタスを見据える。
それに呼応するかのようにヴァニタスもまた強い意思を込めて彼女を見た。
「さて、ハベルメシア、お前は僕の期待以上のものを見せてくれた。……であるならば次は僕の番だな。
「いまさら何を……」
度重なる攻防の末に両者の距離は開いていた。
魔法の有効射程から圏外。
これではいくらヴァニタスといえどハベルメシアに痛打を与えることは出来ない。
そうとわかっていてもハベルメシアは警戒し目を凝らす。
何が起きてもいいように腰ベルトに据えられた炉心へと手を伸ばし準備する。
しかし、結果として警戒は意味がなかった。
驚愕はすぐ
両手で魔力を集束したヴァニタスは大地へとその手を下ろす。
「――――
「え……?」
それは誰の呟きだったのか。
少なくともこの場を見守っていたヴァニタス以外の全員が驚愕に目を見開いていた。
「――――
突如足元の地面が
「ッ!? な、なんで!?」
(ヴァニタスくんとは十分に距離を取っていたはず! あそこから攻撃なんて届くはずなかった! なのに……いま何が起こったの?)
「不思議そうな顔だな。――――簡単だ。今後大地は僕に味方する」
隆起する。
荒れ果て平坦な荒野に起伏が生まれ、まるで意思を持つかのように
それは押し寄せる波のように、這い寄る蛇のように、あるいは雄々しい竜のように。
目まぐるしく変化する脅威。
「ウソ、でしょ? こんな規模の魔法……」
「規模で言えばお互い様だろ」
それは世界の土台を揺るがす魔法。
見える範囲すべての大地がヴァニタスの武器だった。
「フ、これで勝負はわからなくなったな。さあ、ハベルメシア、名残惜しいがそろそろ決着をつけよう」
ちょっと遅くなってしまいました。すみません。
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