第百六十一話 速攻


 踏破授業襲撃事件とオータムリーフ公爵邸襲撃事件、帝都を騒がせた二大事件の発生から一週間。


 ゼンフッド帝立魔法学園はというと臨時休校となっていた。


 無為混沌の結社アサンスクリタの残した爪痕つめあとは思いの外大きかった。


 無理もない。

 生徒のほとんどは本物の殺意を浴びることなど経験していない。


 襲撃による死者こそ出なかったものの、生徒の中には明確な殺意をもって自分たちを殺しにきた襲撃者に対し、過剰なストレスを感じている者たちもいる。

 当然学園としてもケアをする訳だが、保護者たちからの懸念けねんの声もあり、学園自体はいま現在も休校となっていた。


 元通りになるまでどれくらいかかるか。

 一部の貴族からは案の定というか必然というか学園の責任を問う声もある。


 まあ、それは僕も同じか。


 襲撃事件の動機となったと噂され、表はともかく裏では随分と酷いことも言われているようだ。


 一方、別名『晩秋ばんしゅう事件』とも影でささやかれるオータムリーフ公爵邸襲撃事件もまた、帝都では大いに噂される事態となっていた。


 侯爵家嫡男による公爵家襲撃事件。


 この本来くつがえることのないはずの爵位の差を無視した蛮行は、瞬く間に帝都中を席巻せっけんした。


 何せ結果から見ればオータムリーフの醜聞しゅうぶんが明らかになった事件ではあるが、爵位という絶対的な身分差を揺るがすかもしれない大事件だ。

 必然的に関係者の是非を問う様々な意見が帝都では飛び交っていた。


 帝国に仇なす者の悪事を暴き鉄槌を下したと賞賛されることもあれば、身分差を無視して暴力に訴えた僕を糾弾する声もある。


 貴族家同士の争いであり、リヒャルト当事者への処罰もあらかた決まっているいま、すでに一定の解決こそ迎えつつあるが部外者には関係がないからな。

 みなそれぞれの立場で好き放題言っているらしい。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。


 僕たちにとってそれらはさほど重要な事柄ではなかった。


 戦いの時が来ていた。

 再戦、再び果たすべき戦いに僕とハベルメシアは向かい合う。






 雲一つない晴天の下、草木もまだらにしか生えていない不毛な荒野に僕たちは集う。


 ここは帝都郊外、クエルム荒野と呼ばれる何もない平坦かつ見晴らしのいい土地。


 帝都から馬車で半日程度の距離にあるこの場所は、生息する魔物は元より、資源にもとぼしいからか、冒険者もあまり寄り付かない。

 精々が騎士団の大規模な演習に使われるぐらいか。


 ハベルメシアはこの場所を宮廷魔法師としての立場により隔離した。

 大方おおかた宮廷の役人を通じて各所に通達を出す形で人払いを行ったのだろうが、どうやらラゼリアも協力してくれたようだな。


 戦いに邪魔が入らないよう見慣れた近衛騎士の面々が、周囲一帯の警備と魔物の討伐を担ってくれている。


 そんなクリスティナ仲間たち以外は観客もいない舞台で僕たちは対面していた。


「……傷治したんだね」

「ん、ああ。色々一段落ついたしな」


 つい一週間前まで血の滴る傷として残っていた左頬の傷跡。


 ラルフに致命傷を負わせたあの銀の粘体生物スライムの施した回復阻害による傷だが、もうすっかり影も形もない状態へと落ち着いていた。


 元々リヒャルトとの一件が終わるまで治すつもりはなかったが、それも父上に任せた以上一定の終わりは迎えたしな。


 だが……残留する魔力を考えても改めてラルフの傷はかなり際どかったと痛感していた。

 賭けが成功したから良かったものの、一步間違えれば取り返しのつかない事態になっていただろう。


 ……次にあの『銀』に遭遇することがあれば相応の警戒が必要だな。


 前までなら気兼ねなく尋ねていただろう傷の有無を、何処か余所余所しく僕へと質問するハベルメシアだったが、それはそうと気になる点があった。


「杖は使わないんだな」

「……うん、慣れない物を無理に使ってもヴァニタスくんには勝てないからね」

「そうか。ところでその革の黒帯ベルトはどうしたんだ?」


 華奢なハベルメシアには明らかに不釣り合いななめした皮で作られたであろう頑丈そうなベルト。

 腰に備え付けられたそれはよく観察すればいくつかポケットのようなくぼみがついていた。


「わたくしがご用意したものですわ」

「うん、マユレリカちゃんに頼んでおいたんだ」


 わざわざマユレリカに頼んでまで、か。


 気にはなるがここで問いただすのは違うな。

 それにどうせ戦いの中で明らかになる。

 そんな気がする。


「それより……そろそろはじめるか」

「……うん」


 ラゼリアに目配せすると彼女はコクリと頷き審判役として僕たちの間へと進む。


「では両者準備はいいな。ルールは事前に決めてある通りだ。互いに相手を死に至らしめるような攻撃は禁止。また、回復薬ポーションのような負傷を治す道具は使用した時点で敗北とする。先に相手を戦闘不能、あるいは降参を宣言させた方が勝者だ。そして、この戦いに勝った者は敗者に言うことを一つ聞かせられる。いいな」

「ああ」「……うん」


 遮るもののない荒野に吹き荒ぶ風が肌を冷たく冷やす。


 クリスティナたちが心配そうに見守る中、ラゼリアの高く上げた手が開始の合図と共に振り下ろされる。


「では――――はじめ!!」


 初手だ。

 初手で崩す。


 互いの初期位置の差は二十メートル。

 これは、無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースの効果範囲外。


 それでも手痛い一撃なら加えられるぞ。


レイヤー――――」


 両手を重ね合わせるように動かし、掌握魔法独特の魔力集束動作へと入る。

 大魔法へと繫げる予備動作。


 しかし……。


「ウィンドバレット」

「っ!?」


 あらかじめ予測していたのだろう、僕が両手を重ねるよりよりも遥かに早く魔法が放たれる。


「……させないよ。ヴァニタスくんに重握掌握魔法は発動させない」


 鋭く戦意に満ちた発言は帝国の誇る宮廷魔法師第二席に相応しい威厳ある態度だった。






 ヴァニタスの初手からの大魔法レイヤーグラップに対し、機先を制したのはハベルメシアだったが、両者の考えは偶然にも合致していた。


 すなわち、速攻。


 互いは思う。


(ハベルメシアに『無限の魔法』を使わせる訳にはいかない。そうなれば如何に掌握魔法で大規模な魔法を連発出来るといっても物量で押し切られる。……速攻だ。速攻でケリをつける)

(ヴァニタスくんに自由に動かれたらわたしに勝ち目はない。離れても近づいても高威力の魔法が飛んでくるんだからヴァニタスくんはほんっとズルい。……それにあんまり近づきすぎたらまたあの時みたいに魔法を発動できなくなる。あれだけは絶対に防がないと。……決めるなら速攻で決めるしかない)


 分析としては合っている。


 ハベルメシアは無限の魔力による飽和攻撃が最大の攻撃手段だ。

 これはヴァニタスが如何に掌握魔法により無限に近い魔法行使が可能でも、防ぎ切るとなると相応の負傷が必要となるだろう。

 絶え間ない連続した魔法は汎用魔法が主とはいえ、それだけで削り切られる可能性を有している。


 対してヴァニタスは掌握魔法による一拍の魔力集束動作こそ必要なものの、高威力、広範囲における大魔法を得意とし、接近戦においても接触と同時に大規模な破壊をもたらす魔法を多用する。


 離れていても近づいていても勝負を一瞬で決められる力。


 自己掌握セルフ・マニュピレイトによるある程度のダメージを無視出来ることも加味すれば継戦能力も高い。

 また、虚無魔法による無価値化の力は未知数な部分も多く、虚実を織り交ぜたからめ手も厄介な点だ。


 となるとハベルメシアの選択もおのずと絞られる。


 両者ともに考えは同じ。

 彼らは互いに対面しながら似通った思考を巡らせていた。


「む、させないって言ったでしょ! ウィンドバレット!」

(速いな。それに僕の動きをまるで知っていたかのように正確無比な射撃を繰り出してくる。威力は汎用魔法だから大したことはないが、それでも動きは制限される。……狙撃の経験がここで生きてきた、か)


 独自魔法に比べてあらゆる点で劣る汎用魔法だが、数少ない利点としてその魔法の発動速度の速さがあった。


 イメージが固定化され応用方法もほとんどない簡易な魔法だからこそのタイムラグのない魔法発動。

 さらには何千、何万と汎用魔法を放ってきたハベルメシアのイメージ構築力は、異世界の知識に補強されたイメージ構築力を持つヴァニタスすら上回る。


 そして、ハベルメシアはヴァニタスの行動を先読みしていた。


 ずっと間近で見てきた人物。

 それも自分の人生に鮮烈に印象づいた少年の動きを彼女は見逃さない。


 呼吸の一つ、目線の運び、体を動かす筋肉の躍動すらハベルメシアは観察し、次の一手を思考していた。


 重握隙の大きい動作はハベルメシアの前では簡単には行使出来ない。


 だが、当然ヴァニタスにもやりようがない訳ではなかった。

 阻害されるのは動きを止めて集中する必要がある魔法のみ。


 なら。


双握ダブルグラップ

「っ!?」


 姿勢を低く、さらに横に飛ぶ。

 ヴァニタスは腕の動きを読み正確に射抜いてくる魔法を紙一重で避け魔力を集束する。


「――――極握砲撃波フルインパクト・バスター


 常ならば放たないような不自然な姿勢から繰り出される破壊の奔流。

 だが、それすらもハベルメシアは予測していた。


「――――緑輝岩の断崖壁ドレライト・クリフ!」


 まるで来ることがあらかじめわかっていたかのように即座に展開されたところどころに緑色の混じる岩壁。

 破壊の奔流は輝岩壁に亀裂をうながし、やがて粉砕するに至るが、その延長線上にいたはずのハベルメシアの姿はすでにそこにはなかった。


(……壁で視界を遮り後退した? だが、後ろに下がればジリ貧になるだけだぞ。ハベルメシアが理解していないはずがないが……罠か?)


 不可解な行動にヴァニタスは疑問を浮かべるも、すぐに気を取り直し追撃を再開する。


 ハベルメシアがどんな手に出たとしても諸共もろとも打ち砕く。

 自己掌握セルフマニュピレイトにより自身を掌握し制御することで得た精密なる身体強化により、ヴァニタスは荒野を踏み締めハベルメシアへと肉薄すべく走る。


「ファイアバレット! ウィンドバレット!」


 速度に優れる汎用魔法の牽制も勢いに乗りつつあるヴァニタスには通じない。

 位置を予測した偏差射撃へんさしゃげきを掻い潜り、確実に距離を詰めてくる相手にハベルメシアの顔に一瞬焦りが生まれる。


「むむ……なら――――アースブラスト!」


 着弾と同時に土塊が破裂する土魔法の中級汎用魔法。

 いくらヴァニタスが身体能力を強化しているといえど、中規模な破裂を引き起こす榴弾には進路を変えざる得ない。


「そこ! ウォータースフィア!!」


 土煙の中から飛び出したヴァニタス目掛けて放つ狙い澄ました反撃。

 両手を前方にかざすハベルメシアが放ったのは上級汎用魔法。


 真円にかたどられた魔法は内部で渦を巻き、触れるものを削り取る威力を秘めていた。


グラップ――――握砲撃インパクト・キャノン


 対してヴァニタスの放ったのは大気中の魔力を集め固めた魔力砲弾。


 拮抗は一瞬。

 砲弾は水円球を破裂させ破壊する。


「まだまだ! ファイアブラスト! ウィンドブラスト!」


 連続する榴弾が横殴りの雨のように大地に降り注ぐ。

 接近しようと試みるヴァニタスだが、あまりの弾幕に迂闊うかつに攻め入ることが出来ない。


 さらには後退するハベルメシアの設置した土壁アースウォールによる進路と視界の妨害が行く手を阻む。


「――――ファイアスフィア!!」

「――――握砲投擲インパクト・スロー散弾スプレッド


 元々荒れ果てた荒野ではあったが、ますます激化する魔法の応酬に大地が悲鳴をあげるかの如く傷ついていく。


 だが、激しい魔法戦の最中、一歩先んじたのはヴァニタスだった。

 ハベルメシアの攻撃の合間を縫い、ダメージ覚悟で突っ切る。


双握ダブルグラップ――――極握砲撃波フルインパクト・バスター

「ッ!?」


 穴だらけの凸凹でこぼことした地面を越え、一足飛びに射程へと踏み込んだヴァニタスによる破壊の奔流。

 

「ま、不味っ!? ――――緑輝岩の断崖壁ドレライト・クリフ! ぐっ……でも、まだ負けてない!」


 辛うじて輝岩壁にて防ぐもすでにヴァニタスはハベルメシアへと最接近していた。


「いや、チェックメイトだ。そこはだぞ。レイヤー――――」

「させない! ウィンドバレット!」

「ン…………」

「ウソ!? フェイント!?」

重握レイヤーグラップ――――無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペース


 一瞬の隙をついた攻防を制したのはヴァニタスだった。


 ヴァニタスを中心に展開される不可視の空間。

 ここでは魔力が無価値化され魔法の発動が不可能となる。


「予備動作が致命的な弱点だなんて使う本人である僕が一番理解しているさ。……それに、来るとわかっていればこちらも対策出来る。さて、これで魔法は封じた。……勝負あり、だな」


 ゆっくりと歩き近づいてくるヴァニタスをハベルメシアは見据えていた。


 魔法は封じられ打つ手はないはずの彼女。


 焦っているはずだ。

 追い詰められているはずだ。


 それでも彼女は土埃に汚れた顔を拭うことなくクスリと笑う。


 違和感がヴァニタスの足を止める。


「フフ」

「……どうした? 何かおかしかったか?」

「……ううん、前はこの魔法で負けちゃったんだなって」

「そうだな。だが、今度も同じだ。もう諦めろ。ハベルメシア、ここからお前が反撃するすべはない」

「終わってない」

「……終わりだ」

「違うよ。終わってない。戦いはここからだから。……無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペース、スゴイ魔法だよね。初めてこの魔法を使われた時、わたしは何もわからないまま負けちゃった。でも、いまならわかる。この魔法は大気中の魔力に干渉している。魔力を……虚無魔法で意味のないものにしている」

「…………」

「でも、すでに発動している魔法を無効に出来る訳じゃない。そんなことが出来るなら最初からこの魔法を発動していればいいんだもん。そうすればわたしの魔法なんて躱す必要すらない。そうでしょ?」

「む…………」


 ハベルメシアの指摘は正しい。

 無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペース、範囲内の魔力を無価値化する魔法だが、それは大気中の魔力だけだ。

 すでに発動し結実した魔法を消してしまう訳ではない。


 ましてや大気中の魔力に干渉するのみであり、


「そろそろ、かな」

「なにを……」

「賭けの結果。ぐうっ……」

「なん……だと!?」


 ハベルメシアの足元から大地を突き破り現れたのは『輝岩』魔法により生成された台だった。


無魔虚無空間この空間の中で魔法を発動した……? いや、これは……」


 魔力を無価値化する空間で何故魔法が発動したのか。

 これこそハベルメシアの用意していた対策。


 魔法の遅延発動。

 特定のタイミングで発動するようあらかじめ魔法を仕込んでおく魔法技術の一つ。


 ハベルメシアはヴァニタスに追い詰められた時からこっそりと魔法をにて展開していた。


 魔法の名は緑輝岩の射出台ドレライト・カタパルト


 自身を空中に打ち出すことで無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースの効果範囲から抜け出すためだけの魔法。


 会話は時間稼ぎだ。

 彼女は土中で魔法が結実するタイミングをひたすら待っていた。


「ぐあっ……っ、微風の平衡制御ブリーズウィンド・バランスコントロール!」


 痛みと共に空中に放り出されたハベルメシアは、『微風』の魔法により体を支え姿勢を制御する。

 クリスティナのように一方向への加速とまではいかないが、空中へと打ち出された勢いは急激に減速し体勢を立て直す。


「逃がすか! ……ッ!?」


 空中でふわふわと停滞しながら降りてくるハベルメシアにヴァニタスが追撃を行う寸前、大地から突き出る先端の鋭利に尖った緑色の輝岩。


(囲い込むように『輝岩』の柱が……!?)


 これも遅延発動にてハベルメシアが仕掛けていた罠だった。

 複数の輝岩の柱がヴァニタスの動きを封じる。


「やっと隙を見せてくれた。――――緑輝岩の四方尖塔ドレライト・オベリスク!!」






 緑色に輝く鋭利なる巨塔が大地へと落ちた。

 轟く破砕音に大地が激しく揺れ動き土煙が舞う。


 やがて荒野に吹く風によって土煙の晴れた先から人影が現れる。


「躱されちゃった、か」

「……肝は冷やしたがな」


 土煙から現れたヴァニタスはいくつか傷は負ってはいたものの、戦闘には支障のない範囲に収まっていた。


 あの暴威をどう回避したのか。


 簡単だ。

 違和感から足を止めたヴァニタスは一歩後ろに後退していた。

 万が一のためにいつでも回避出来る体勢を整えていた。


 その僅かな差が明暗を分けた。


 巨なる尖塔オベリスクが直撃する寸前、さしものヴァニタスにも焦りがあったが、一歩の差が包囲を完璧足らしめず強引になら抜け出せる余地を生んだ。


 だが、戦闘に支障はないといってもそれでも傷は傷。

 それに、いくつかの傷は強引に抜け出た故についた出血を伴う裂傷であり、時間経過と共に体力が奪われていくだろうことは明白だった。


「……あんな方法で僕の魔法を攻略するとはな。遅延発動、か。一体いつ覚えたんだ?」

「う〜ん、最近、かな。まあ、わたしだってやられっぱなしって訳にはいかないからね。……でも躱されちゃうとは思わなかったな」

「……ギリギリだった」

「もっと数を用意出来れば良かったんだけど。包囲が甘かったかぁ」


 事実、ハベルメシアは後一歩のところにまでヴァニタスを追い詰めていた。

 遅延発動による包囲が完璧ならヴァニタスはここに立っていられなかったかもしれない。


「ねぇ、聞いていい?」

「何だ?」

「ずっと疑問だったんだけど、もしかしてあの空間ってヴァニタスくんも魔法を発動出来ないんじゃないの?」

「…………」

「やっぱり」


 痛いところを突かれたとヴァニタスは珍しく顔を歪める。


 図星だった。

 いまのヴァニタスの放つ無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースは空間内の魔力を無差別に無価値化する。


 それはヴァニタスの魔力も例外ではなく、空間内で後から魔法を発動することは出来ない。

 つまり先に脱出された時点で無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースはヴァニタスを封じ込める檻でもあった。


「あの魔法はわたしにとって一番嫌な魔法だった。だって魔法が発動出来ないなんてあり得ないんだもん。……でも、どうしたらいいかずっと考えている内に気づいた。掌握魔法は大気中の魔力を操る、なら土の中は関係ないんじゃないかって」

「それで僕を罠に嵌めようと……」

「実際賭けだったけどね。あそこでわたしの魔法が発動しなかったら多分普通に負けてた」

「僕が必ず無魔虚無空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースを仕掛けるとはわからないだろうに。よくやる」

「でも、ヴァニタスくんなら絶対にあの魔法を決め手に使ってくると思ってた。……わたしがどれだけあの頃から変わったのか知りたかったんでしょ?」

「…………」

「だから、賭けた。それに一度負けた魔法だもん。なんとかして勝ちたかった。……勝負は決めきれなかったけど」

「だが、どうする? わかっているんだろう? 僕はもうハベルメシア、お前を無力化して降参させようとなどしないと。……次はどうする気だ」


 いぶかしげに問うヴァニタスにハベルメシアは微笑む。

 彼女はあくまで勝つ気だった。


「ここからだって言ったでしょ。ここからはずっとわたしの番だから」

「だが無限の魔力がないお前がどうやって……」

「うん、無限の魔力のないいまのわたしの魔法じゃ威力も数もヴァニタスくんには勝てない。……でも、無限なんて必要なかったっていまのわたしは気づいたから」

「なに……?」


 ハベルメシアは右手を開く。


 手のひらを上へとかざし、五指を開く。

 それはさながら天から零れ落ちる雫を受け止めるかのようだった。


「……わたしにはヴァニタスくんやヒルデガルドちゃんのように掌握魔法は使えない」


 実際ハベルメシアに掌握魔法の適性はまったくといっていいほど存在しなかった。


 己の魔力を呼び水に大気から魔力を集束する魔法――――掌握魔法。


 焦がれ秘密裏に練習しても欠片も糸口を見つけられなかった魔法。


 先天属性でもない魔法を扱うことは難しい。

 それがこれまでたった数人しか使い手のいない魔法ともなればなおさら。


 それでも、ハベルメシアにはこれまでつちかってきた力があった。

 宮廷魔法師として長年研鑽けんさんし続けてきた力が。


 たとえそれがヴァニタスと出会う前のどこか諦めていた生活の中で得た力でも確かに彼女の血肉となっていた。


 そして何より、目の前の元主ヴァニタスを超えたいという気持ちが彼女にさらなる力を与える。


「けど、見てて。これがヴァニタスくんに、あなたに勝つために作り出した魔法! この魔法でわたしはあなたに勝って見せる! 勝ってその時こそ……――――掌の中の魔炉心ミニマイズ・コアハート!!」











近況ノートではご挨拶させていただきましたが、改めてこちらでもご挨拶させていただきます。


明けましておめでとうございます。


今年も拙作を何卒よろしくお願い致します。

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