第百五十六話 ハベルメシアは引き籠もる
「まだ部屋に引き籠もっているのか?」
「ラゼリア様……」
コンコンと鳴り響いたノックの音の後、ラゼリア様が部屋へと入ってくる。
アレ、鍵掛けるの忘れちゃったかな。
……覚えてない。
「聞いたぞ。ここ数日ずっと部屋に閉じ籠もっているとな。宮殿の使用人たちも困惑していた。あのハベルメシアがやけにしおらしい、と。……せっかく首輪を外して自由になったんだ。少しは外に出掛けたりしたらどうだ?」
出掛ける? わたしが? 外に? 一人で?
……そんなこと全然考えもしなかった。
「気分じゃない、ので……」
「とはいってもな。少しは日の光も浴びないと気力が湧かないだろうに」
そう言って部屋のカーテンを一気に開けるラゼリア様。
……眩しい。
目に突き刺さるような朝日が時の流れを嫌でも自覚させる。
「……知ってたんですか?」
「何がだ?」
「杖、ヴァニタスくんの用意してくれたコレのこと」
ベッドの脇に立て掛けられた深緑の杖――――
ヴァニタスくんがわたしのためにマユレリカちゃんに頼んでまで用意してくれたもの。
「軽くな。グラニフ砦の騎士たちがエクリプスドラゴンの解体を行う現場に私もいたからな」
解体、そういえば騎士の人たちがすっごい盛り上がっていたのをかすかに覚えてる。
あんまり興味が湧かなかったから見に行かなかったけど。
……ヴァニタスくんも右手の怪我のせいか寝込んでたし。
「竜はどの部位も活用出来る資源の宝庫だ。鋭利な牙や爪は武器に、硬く強靭な鱗や皮膚は防具や盾、肉は食料、血は薬、あるいは毒にだってなる。そして、エクリプスドラゴンは分類上は地竜だろう。故に胃の中には複数の魔宝玉を抱えていた。マッケルンはその辺りの知識が豊富でな。
「そういえば夜ご飯の時……」
「ん? ああ、やたら肉づくしの時があっただろう? あれはエクリプスドラゴンの肉だ」
「え!?」
「腐らせても
し、知らなかった。
確かになんかすっごい美味しいお肉が出てきた時があったけどアレってドラゴンの肉だったんだ……。
思い返せば食堂でヒルデガルドちゃんが山盛りのお肉を張り切って食べてたっけ。
「エクリプスドラゴンの魔宝玉はゴロゴロ出てきたがその中でも質の高い選りすぐりのものをヴァニタスは選んだ。ハベルメシア、お前のためにな。まったく
「わたしの、ために……」
深緑の杖の先端には五つの輝く宝玉が備え付けられている。
コレ、ヴァニタスくんが選んでくれたんだ。
「ところで一つ質問いいか?」
「?」
「何であんな提案をしたんだ?」
「あんなって……」
「勝った方が一つ言うことを聞かせられるなんて、随分とまあ怖いもの知らずではないか」
「!?」
ニヤニヤと笑うラゼリア様にギョッとする。
うぅ、絶対からかってる。
わ、わたしだってあんなこと提案するつもりはなかった。
なのに、つい口が滑って。
勝ったって何かして欲しいことがある訳じゃないのに……何でわたし……。
「また奴隷にされるとは考えなかったのか?」
「いやその……」
「そうだな。次は父上も許すかどうか。ならもしハベルメシア、お前がヴァニタスに勝ったらどうする気だったんだ。私なら無論夫とする一択だが……まさかお前ヴァニタスを奴隷にする気じゃあ……」
「ちょっ」
ヴァニタスくんを奴隷に!?
そ、そんなこと……え?
そんなことしちゃっていいの!?
「ああ、なんてことだ。いたいけな男のコにあんなことやこんなことをするつもりだったのか! 首輪を嵌めて逆らえないように『命令』してご奉仕させると! なんて羨ま――――欲望に忠実なことを!」
「し、しないからっ! いえ、しませんからっ!」
必死に否定しながらも薄っすらと脳裏に浮かぶ。
……わ、悪くないかも。
「何だしないのか……ヴァニタスも約束した以上守ってくれると思うがな。だが、そうだな。奴隷がお気に召さないのなら今度こそ本当の旦那様になってもらうという手もアリか……」
「本当の旦那様……?」
「
「!? お、お嫁さん!?」
「そうだ、ハベルメシア、お前は真の意味でヴァニタスのお嫁さんになるんだ!」
「ッ!?」
ガツンと頭を殴られるような衝撃があった。
お嫁さん。
お嫁さん……お嫁さん!?
わたしがヴァニタスくんのお嫁さん……!!
「……ゴクリッ」
「新婚生活は楽しいだろうなぁ。朝は共に起床し、軽くイチャイチャしたら次は朝食だ。手料理もいいがハベルメシア、お前が料理など禄に出来ないことは知っている。だが、いじらしくも一から覚えるのだろうな。拙い料理をヴァニタスは文句を言いながらも食べてくれる。そうだ。
「エプロン、一枚……」
「使用人たちからは奥様なんて呼ばれたりして陰に日向に夫を支えることになるだろう。ヴァニタスは貴族だ。パーティーにも同席する必要があるな。その時は豪華なドレス姿に着飾り周りの者たちに紹介されるんだ。『お隣のお美しい女性はどなたですか?』、『ああ、見てわからないか? 僕の最愛の女性だ』とな」
「さ、最愛……」
「だが、嫉妬心にかられてクリスティナたちを排除するようなことはしてはいけないぞ。ヴァニタスが彼女たちを大切に思っているのはお前も身に沁みて知っているだろう」
「は、はい」
「ヴァニタスとの生活は
ヴァニタスくんがわたしの本当の旦那様に……。
そんな、そんなことって。
「それって理想の生活……はうっ!? もう、変なこと言わないで下さい!」
「ハハ、すまんすまん。ついな。からかいたくなった。許せ」
「うぅ……もうっ、一人にして下さい!」
「わかった、わかった。あまり長居するのも考えを纏めるには邪魔だろうからな。じゃあ私は帰るが…………あまり思い詰めるなよ」
パタリと扉が閉まった途端、漏れる。
「……無理だよ」
苦しい、苦しいよ。
たった数日離れているだけでこんなにも胸が苦しい。
何も知らないわたしに手を差し伸べてくれたクリスティナちゃん。
時々怒られて怖い思いもしたけど、でも彼女がわたしを対等に見てくれていたのは知っている。
それはヒルデガルドちゃんやラパーナちゃん、マユレリカちゃん、屋敷のメイドさんたちや執事のお爺ちゃんだって同じ。
みんなそれぞれ立場はあるけど、突然来たわたしを邪魔者扱いせず受け入れてくれた。
……ここには何もない。
ようやく戻って来れたはずのこの部屋には何の思い出もなかった。
嫌でもわたしはこれまで何もしてこなかったんだって理解してしまう。
ヴァニタスくんも言っていた。
きっと始まりは最悪だった。
こんなことになるなんて思っても見なかった。
でもいまは……苦しい。
会いたいよ。
みんなに会いたい。
会って話がしたい。
会いたい。
みんなに……ヴァニタスくんに会いたい。
会って……抱きしめてよ。
でも、わたしは一緒にいられない。
一緒にいたら駄目なんだ。
だってこれ以上みんなと一緒にいたら不幸になるってわかってるんだもん。
「……苦しいよ。みんな助けて……」
頬を伝う涙は
矛盾したことを言っているのはわかってる。
でも、でも。
心がぐちゃぐちゃで自分でももうよくわからないよ……。
ぐるぐると頭の中を巡るのはあの日々の思い出。
恥ずかしくて悔しくて嬉しかった、忘れられないわたしたちの思い出。
――――わたしは思い出す。
ごめんなさい、次のお話からは限定ノートで先行公開していた内容をハベルメシア視点に再構成したものとなります。
当初はそのままこちらに公開する予定でしたが、それだとお話が終わった後にしか入れられなさそうなので、すみませんここ以外ありませんでした。
サポーター様はすでに内容の大部分を知っていらっしゃると思いますが、ハベルメシア視点でしか見えてこない部分もあるかと思いますので、違いを楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
このタイミングで過去話ということでちょっと引き伸ばしに感じるかもしれませんが、ハベルメシアとヴァニタスくんの思い出をどうしても書きたいという想いもありました。
ご了承いただけると幸いです。
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