第百五十三話 死ねよ

 今回の踏破授業における無為混沌の結社アサンスクリタの襲撃事件、未然に防ぐことこそ出来なかったものの、僕には功績たるものがあった。


 すなわち捕えた結社の構成員と幹部フリーダ・アルテムの身柄、そして帝国の敵ディグラシオの死体。


 とはいってもこれらはすべて僕が行ったものではない。


 僕はあくまで各戦力を用意、配置しただけであり、襲撃してきた敵も倒していなければ、生徒の誰かを助けたという事実もない。


 しかし、協力者たるラゼリアやスプリングフィールド公爵家は自らの功績を主張せず、アシュバーン先生やシアたちは表向き目立つことを避けるためもあってかこれらの功績を僕へと譲ってくれた。


 ……身に余る功績だ。

 

 何も成していないというのに譲られた功績は僕の肩へと重くのしかかる。


 だが、そうした身に余る功績を僕はすべて放棄した。


 何故か?

 それが必要だったからだ。


 公爵家と対等に話し合うためには、宰相見届け人を引っ張り出し自らの希望を通す対価が必要だった。


 だが後悔などない。


 協力してくれた彼ら、彼女ら、僕もそうだがみな功績のために戦ったのではない。


 ラゼリアは完全に善意だし、僕との接点のなかったスプリングフィールド公爵家はラゼリアに頼まれなければ協力してくれることはなかっただろう。

 あるいはそこにはラゼリアのお気に入りたる僕への配慮があったのかもしれないが真相はわからない。


 アシュバーン先生は僕に頼られて嬉しかったのが大きな理由ではあるだろう。

 だが、襲撃の可能性を訴える僕の言葉を真っ先に信じてくれたのもまた先生だった。


 そして、シアは元々の性根の優しさから年端もない生徒たちが襲われる可能性があると聞いて仕方なく協力してくれた。


 みな、功績のためでなくそれぞれの想いで動いている。


 彼ら、彼女らには報いるべきだ。


 だがそれで手柄を惜しんで足を止めてはいけない。


 敵対する者を追い落とすためなら使えるものは何だって使うべきだ。


 




「まずはっきりしておこう。宰相、敵国と内通していた場合の貴族家の処分はどうなります?」

「そうですね。帝国法に照らし合わせれば……一族郎党処刑、もあり得るでしょうね」

「ッ!?」


 宰相アウグストの至って冷静な声音に顔を青褪あおざめさせるバーゲン。

 驚いているところ悪いがこれぐらい公爵家なら知っていて当たり前だろうに。

 何故そこまで取り乱すかわからんな。


「ば、馬鹿な!?」

「馬鹿もなにもない。これは現実だ」

「我々は関わっていない! オータムリーフが、我らが敵国と内通するなどあり得ない!」

「だが、リヒャルトが関与していた証拠はある。そして、ヤツは無為混沌の結社アサンスクリタとも接触があっただろうことは確認出来ている。……僕の友人に渡した『銀のフラスコ』、あれはヤツらからの接触の証だ。さて、どう言い訳するつもりだ?」

「ぐっ……」


 僕の追求にバーゲンは言葉を詰まらせる。

 自分でも不利な状況にあると理解しているのだろう。


 そう、リヒャルトのみならず公爵家全体が関わっているとなると話は大きく変わってくる。


 というか国家反逆罪を疑われているのを忘れているのか?

 いくらルアンドール帝国が現皇帝陛下の治世で長い間戦争を行っていないとはいえ平和ボケしすぎだ。


「……それでも、我々は関わっていない。これは断言出来る。……皇帝陛下の、魔法総省の調査を受けてもいい。……これなら身の潔白けっぱくを証明出来るのでは? 宰相殿、どうです?」

「ええ、そうなればオータムリーフ公爵家は今回の件において隅々まで調べられることになる。そこに嘘はつけない。悪くないご提案ですね」


 ……魔法総省の調査か。

 確かに貴族による不正や不法行為を調べる専用の機関が関わってくるなら身の潔白けっぱくを証明するのは難しいことではないだろう。


 本当に隅から隅まで見せるつもりならな。


「バーゲン、ああ今後はバーゲンと呼び捨てでいいな。お前が調査の前に証拠を隠滅いんめつする、あるいはすべての罪をリヒャルトに押し付ける場合もあり得るがそこはどう考えている?」

「…………」

「それに長い間リヒャルトの暴挙ぼうきょを放置していたお前に責任がないとは言え切れないだろう。何せことはお前の管理下で起きていたことだ。帝国の敵に情報を売り渡すなど家ぐるみの仕業しわざと疑われてしかるべきだろう」

「…………くっ……」

「ああ、そうだな。お前がリヒャルトに指示を出していた、そんな可能性もあるな。そうなれば重大な背信行為だ。それこそオータムリーフ公爵家の存続があやぶまれるほどの事態。違うか?」

「き、貴様ッ……」


 僕の挑発に激昂げきこう寸前のバーゲン。

 だが熱せられ沸騰直前の場に冷や水を浴びせかけてきたのは、他ならぬ宰相アウグストだった。


「ヴァニタス殿……そう結論を焦らずとも。……リヒャルト殿が敵国に情報を流していたのは疑いようもありませんが、公爵家としては別、そういった場合も考えてしかるべきかと」

「さ、宰相殿……」

「それにオータムリーフ公爵家が貴族派筆頭ながらこれまで帝国に尽くして下さったのは事実。その点も考慮すべきでしょう」


 うむ、僕としてはもう少し責め立てたかったのだがな。


 宰相からそれとなくストップが入った。

 ……最初からわかっていたことだがやはり宰相は宰相でまた僕とは別の思惑を持っている。


 対価を払った以上僕のやることをある程度認めてくれるが、やり過ぎないよう管理はする。

 帝国の不利益になるようなことはさせないと宰相は冷静に圧を放っていた。


 武力に秀でている訳でもないのにたった一言で場を支配し流れを変える。

 ついでに言えば皇帝陛下支持の皇帝派とは敵対関係のはずの貴族派筆頭を、いまの一連の流れの中で味方することで自分は庇う立場だと装った。


 ……流石“冷石宰相”と呼ばれるだけあるな。


 僕一人にヘイトを向け悪者にしつつ、自分はちゃっかりいい立場を確保した。

 これで庇われた側のバーゲンは今後宰相の言うことの幾つかを許容することもやぶさかではなくなっただろう。

 

 うむ、だがまあラインはわかった。

 要は公爵家オータムリーフを完全に潰す、までいくと駄目な訳だ。


 僕はほっとした様子で胸を撫で下ろすバーゲンを見据える。


「……では改めて聞こう。お前は今回の一件どう賠償を行うつもりだ?」

「賠償……?」

無為混沌の結社アサンスクリタは今回の踏破授業襲撃事件の首謀者だ。当然ヤツらに情報を流していたであろうリヒャルトの罪は重い。リヒャルトの所業に当主として責任を感じているなら賠償ぐらい出来るだろう?」


 バーゲンは少し考えた後、ゆっくりと話を切り出す。


「……それは勿論、襲撃にあった方々に金銭による補填を……」

「だろうな。当然だ」


 亡くなった騎士たちへの見舞い金、怪我をした生徒たちの治療費、学園の被った被害への迷惑料。

 少し考えるだけでも金はいくらあっても足りない。


 それに生徒には貴族の子供たちも多い。

 各家への謝罪と言い訳の意味の鼻薬も必要だろう。


 ああ、勿論今回の件で戦力を貸してくれたスプリングフィールド公爵家への負担金もあるな。

 貴族派筆頭としては業腹ごうはらだろうがここもきちんと払ってもらおう。


「では払え。銅貨一枚惜しむことなくな」

「………………はい」


 後で細かい金額は決めるとしてここに異論はなさそうだ。


「次だ。そうだな、オータムリーフの所有する領土だが……半分くらい要らないんじゃないか?」

「――――は? は、半分!?」


 バーゲンは最初僕の発した言葉の意味を理解出来ていなかった。

 だが徐々に理解するにつれ怒りが勝ったのだろう。


 ソファから勢い良く立ち上がると、僕を指差し怒りに震える声で叫んだ。


「何を言って……貴様! 我々は関わっていないとさっきから何度も言っているだろうがっ!!」

「だから半分でいいといった」

「は、半分だぞ……そんなに簡単に……」

「嫌か?」

「嫌……? 違う、出来るはずがない! 我がオータムリーフ公爵家は長年帝国の食料事情を支えてきた広大な穀倉地帯を有している! こ、これは代々の当主が苦労の末に拡張してきたものを私が受け継いだものだ。それを簡単に手放せ、だと……? そんなことをすれば我が公爵家の権勢は落ちるところまで落ちる。せっかくの貴族派筆頭の地位も追われることに……む、無茶苦茶だ……」


 貴族にとって土地を手放すことは言葉で言い表せないほどの苦痛だろうな。


 貴族は財産を継承し家を存続することに命を賭ける。

 

 だが、手放して貰わなければ困るな。


「越権行為だ! 宰相殿! このような横暴おうぼうを許していいのですか! この小僧こぞ……いえ、ヴァニタス殿は! この一件にかこつけて強欲にも我がオータムリーフの土地を自分のものにしようなどと考えているのですよ!」

「はぁ……誰が僕が欲しいといった?」

「な、なに?」

「当然土地を渡す相手は僕ではない。皇帝陛下に返上しろ。皇帝直轄地とするんだ。これなら文句はないだろう?」

「……くっ……さ、宰相殿」

「良い考えですね。良質な作物の取れる土地を献上して下さるなら皇帝陛下も喜ばれるでしょう」

「宰相殿!?」


 裏切られるの早すぎだろ。


 というか宰相は味方でも何でもない。

 寧ろ皇帝陛下の相談役な以上どう考えても皇帝派に決まっているだろう。

 バランスを取るために多少片方の陣営に味方することはあっても、本質的には帝国のためになること選ぶ。


 それなのに何を信用していたんだ?


 だが、先程庇われた手前ここで拒否するのもまた話を蒸し返されるだけだ。

 今度こそ公爵家全体に責任を取らされる場合もある。

 バーゲンとしては辛いだろうな。


「本当に……半分も渡せと……?」

「そうだな。割譲する土地は後で決めるとして、リヒャルトの仕出かしたことの責任を取る意思があるのならそれぐらい出来るだろう?」

「…………ぐぅぅ……何故、こんなことに……」


 どうやらショックが大き過ぎたらしい。

 バーゲンはうなるだけで意味のある言葉を発さない。


 おいおい、これからまだまだ続くというのにここでリタイヤされてしまっては困るぞ。


「次だ」

「ま、まだあるのか?」

「リヒャルトの所有する財産だがもう必要ないな。寄越せ」

「…………」

「返事は?」

「は、はい! わ、わかりました」

「確かリヒャルトは奴隷を別邸に隠していたな。それも要らないだろう。渡して貰おうか」

「…………はい」


 リヒャルトも次期当主を目指していた以上それなりに溜め込んでいたはずだ。

 公爵家全体から比べれば端金はしたがねだが貰えるものは貰っておこう。


 奴隷も然り。

 そもそも酷い扱いを受けてきたと聞いている。

 行く宛もなく処分にも困るだろうからな。

 僕が貰ってやる。


 それに……もうリヒャルトには余計なものは必要なくなるしな。


「それとリヒャルトの今後に関してだが――――奴隷にしろ」

「は? 息子を奴隷に……?」

「ああ、念の為断言しておくが僕の奴隷にしろという意味ではないぞ」

「なら誰の……」


 誰?

 目の前に座っているだろう。

 僕は目線で指し示す。


 焦りからか大粒の汗を流す頭部の禿げ上がった男を。


「わ、私だと!? 自分の息子のあ、主になれというのか!?」

「そうだ。そしてここからが肝心だが――――」


 リヒャルトには相応しい場所がある。


 僕は調べていた。

 何せその場所は僕にとっても因縁深い場所。


 僕の朧気おぼろげな記憶にも残る最後に行き着く先。


 そうだな、僕に敵対した者の末路としてこれほど相応しい場所はないだろう。


「ルアンドール帝国には重罪を犯した者が送られる場所がある。ウィンタースノー公爵家の領地にほど近い皇帝陛下の直轄地。そうだ。死という安息が与えられるまで永遠に働かされ続けるあの場所が」

「ま、まさか……」

「そのまさかだ。エルミライト鉱山、リヒャルトをそこの鉱山奴隷にしろ」


 エルミライト鉱山。

 本来は主人公に敗北し続けた悪役貴族ヴァニタスが行き着くはずだった場所。


 僕は物語ストーリーでのヴァニタスの結末を思い出してから念の為に調べていた。


 そして場所を確定していた。

 というより犯罪者が送られる鉱山は他にもあれど、死ぬまで働かされるような過酷な場所はここしかない。


 極寒の寒さに震えながらただひたすらに帝国の民のため鉱石を掘り続ける場所。

 休憩も禄に許されず、もし怪我をしても最低限の治療しかさせて貰えない。


 永遠に続く労働は重篤な怪我を負うか、病気にでもかかり動けなくなるか、はたまた衰弱死するか、いずれにせよ死を迎えるまで終わることはない。

 犯罪者たちがその名を聞いて恐れおののく場所としてエルミライト鉱山はあまりに有名だった。


「こ、鉱山送りにしろと!? それはあまりにも……まだ息子にこれ以上の責め苦を与えるというのか? 魔法を奪われてなお、まだ……失えと? む、息子に死ねとでもいうつもりか!」


 渋り叫ぶバーゲンの胸ぐらを掴み引き寄せる。


 こんな禿げ親父と密着したくはないが仕方ない。

 僕と敵対した者がどんな末路を辿るべきか教えてやらなくちゃな。


「――――死ねよ」

「ッ!?」

「死んでつぐなえ。公爵家の当主が何を生温いことを。リヒャルトお前の息子はそれだけのことをしたんだ」

「だ、だが……」

「僕の友人の家族を人質にとって裏切らせようとした。それがどれだけ罪深いことか。魔法を奪うだけじゃ足らない。暗く孤独な穴倉で一人地獄に堕ちろ。誰にも知られることなくな。ヤツにはそれが相応しい」


 功績を対価にしたのも大半はこれが理由だ。

 魔法を奪ったからといってリヒャルトに生かしておく価値などない。


 死ね。

 それが敵対した者に対する僕の率直な感想であり、合法的に追い落とすためなら功績だろうと利用してみせる。


 うむ、ようやく僕の本気が伝わったか?


 バーゲンの瞳には三日前のあの日、公爵家の中庭で椅子に座る僕を見る目が戻っていた。

 得体の知れない怪物を見る目が。


 だが、僕は少々やり過ぎたらしい。

 横からたしなめる声が飛ぶ。


「……ヴァニタス殿。あまりやりすぎないように。この場は交渉と釈明の席であって暴力を振るう場所ではない。宰相たる私が見ていることを忘れないように」

「失礼しました。少し取り乱したようです。ご容赦を。……何せこちらは友人大切なものを失うところでしたから」

「心中はお察します。ですがそこを敢えて抑えていただきたい」


 ……宰相にこう言われては収まるしかないな。

 それでも宰相はリヒャルトの今後に口を挟まなかった。

 当然か、生かしておいても価値はないのは帝国としても同じ。


「……き、貴様に慈悲はないのか?」


 僕から解放され床に四つん這いになって嘆いていたバーゲンが恐る恐る尋ねてくる。

 はぁ……情けない姿だ。


「何を言う。僕は慈悲深い方だと思うぞ? 特に目立った拷問もなしに最後には善行をさせてやろうというのだから」

「ぐぅぅぅ……」


 奇しくも物語ストーリーの中のヴァニタスと同じ末路を辿ることになるリヒャルトだが、ヤツには寧ろそれが相応しい。

 それに鉱山は常に空きがある訳だし、僕は行く予定などないのだから身代わりになって貰わねばな。


 さて、そこで無様に床に転がっているハゲはともかく……そろそろいいか。


「なあ、黙っていていいのか? このままではオータムリーフの処遇は確定してしまうぞ。困るんじゃないのか? 実質的な支配者は貴女だろう?」


 僕は見た。

 この交渉という名を借りて始まった断罪の場で、終始黙ったまま成り行きを観察している女を。


「…………わかりました。息子、リヒャルトを奴隷としてエルミライト鉱山へ送ることを了承しましょう」


 ほらな。


 残酷なその瞳は横で取り乱すバーゲン当主と異なり、実の息子を切り捨てるというのに一切動じていなかった。


 ヘロミア・オータムリーフ、この妙齢の淑女こそオータムリーフ公爵家の真の支配者だ。











【お知らせ】


まずはじめに謝罪を、いつも更新を待っていて下さる読者の皆様には大変申し訳ありません。


現在書籍化作業のため中々本編の執筆の時間が取れない状況が続いています。


本来なら書籍化作業と並行して本編の更新も滞りなく行うのが理想ですが……何分慣れないことばかりで中々思うように作業が進んでいません。


いつも拙作を応援して下さる皆様には大変恐縮ですが、これからいつも以上に更新が遅くなるものと思われます。


ですが、書籍の方も手にとって下さった方が楽しめるよういま全力で作業中ですので、どうかお待ちいただけますと幸いです。


いつも皆様の応援には励まされています。


拙作のような作品が書籍化のお声をいただけたのも日頃応援して下さる皆様のお陰です。


作品に対する星評価も、フォローも、ハートも、応援コメントも、とてもとても力をいただけています。


皆様からの応援に応えられるようこれからも出来る限り更新は続けていくつもりです。


遅い更新にはなりますが、どうかこれからも拙作をよろしくお願いします。

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