第百五十一話 永遠なる虚無の魔


 そもそもの話、身も蓋もないことを言えば決着をつけるだけなら一手で終わっていた。


 リヒャルトを守る護衛の騎士たちが気絶した段階で、虚無無魔空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースによって魔法発動を擬似的に封殺し、クリスティナたちを含めて全員でタコ殴りにすれば事は足りる。


 なら何故それをしなかったか。


 僕の大切なものを傷つけた相手を痛めつけたいという我が侭もあるが、それ以上にこの男に地獄を見せてやる必要があったからだ。


 リヒャルト・オータムリーフ――――僕に敵対した哀れで傲慢なる自分の魔法に絶対の自信を持つ男。


 愚かな選択をしたこの男が、どんな末路を辿ることになるのかを、周囲に知らしめる必要があった。






「ラルフ」

「うん……――――土砂混合磔台アースサンド・ミキシングクルーシファイ

「ぐ……何を……」


 迫り上がる土砂がリヒャルトの両手を拘束し、土砂を固めた壁へとはりつけにする。


 両膝を地につけ、両手を上げた苦しげな姿勢。

 空虚接触エンプティ・タッチにより体内の魔力を枯渇寸前まで追い詰められたリヒャルトは、拘束から逃れようと身動みじろぎするが、もはや強固に固められた土砂の磔台はりつけだいから抜け出す力はない。


 これから何をされるのかと不安で顔を青褪あおざめさせるリヒャルトに僕は問い掛ける。


「なあ、リヒャルト」

「な、何だ」


 怯えは消えていない。

 リヒャルトは僕の真っ直ぐな視線に耐えきれず顔を逸らす。


「お前自分の魔法に自信があるようだが……何故だ?」

「な、何故……? それは……私は三つの先天属性を……」

「うむ、直球過ぎたか。なら言葉を変えよう。お前、さっきもチラッと口走っていたが自分が兄に劣っているとは考えていないな? それは何故だ?」

「あ、当たり前だ。私こそ当主に相応しい器の持ち主。兄上など……所詮生温いだけの凡愚ぼんぐにすぎない。自分の意思を持たず、ただ父上たちの言いなりになるだけのいわば人形。……その点私は違う。公爵家を継ぐものとして相応しい力をおさない頃からすでに有していた。三つもの優れた先天属性を持ち、魔力量はオータムリーフ公爵家の中でも随一。血族に由来する魔法秋雨に特性の付与すら出来る。それが秋草たった一つの先天属性、それも魔法の習熟度も私より遥かに未熟な兄に負けるはずがない。私が、私こそが公爵家オータムリーフの当主に相応しいはずだ!」


 うむ、やはりな。

 リヒャルトの心のり所は魔法にある。


 優れた魔法の才能を持つ自分が兄に負けるはずがないという自信。

 己の魔法への強固な自信がこの男の自尊心プライドを支え、自分が公爵家の当主となる器だと信じさせている。


「そ、それがどうした!? 何故そんな事を聞く! それよりこの拘束を解け!」


 意味がわからないと叫ぶリヒャルト。

 何だ、魔力が枯渇寸前だというのに元気じゃないか。


 僕はさらに問い掛ける。


「じゃあもう一つ質問だ。――――転生って知っているか?」

「転……生?」

「うむ、お前もよくわからないといった顔だな。転生、生まれ変わりとも言い換えられるが……知らないか?」

「な、何が言いたい!」

「僕は考えても無駄なことには悩まない主義なんだが……それでもずっと疑問だったことがある」

「…………」


 話の先が見えて来ず困惑するリヒャルトを無視して僕は続ける。


「なあ、魔力は何処に保存されていると思う?」

「は……?」

「魔力だよ、魔力。人が身の内に溜め込む万能なる力を生む源。人体に蓄積される不可思議な力のかたまり。空気中に漂っている魔力を時間と共に吸収し、自然回復すると言われる体内魔力だ。人は何処に魔力を保存していると思う?」

「…………わ、私たちの体ではないのか?」

「ああ、そういう考えもあるな。または、思考を巡らせる脳に保存されている。あるいは精神というあやふやなものにこそ存在する。心臓なんてのもあったな。心拍の強弱が魔力の波長を表しているとかなんとか。様々な、それこそ千差万別せんさばんべつな考えがある」


 僕は自分の手のひらを見た。


 魔力は何処にでも存在する。

 草も、木も、水も、土も、大気も大小問わず魔力を有している。


 だが、人の魔力の保管場所となると途端にわからなくなる。

 いくら魔力や魔法について学んでもその正確な保管場所は判明していない。


「魔物は魔石という魔力を保管する器官を有している。魔導具マジックアイテムの多くはその魔力を蓄積する特性を持つ魔石をかなめとして構成されている。……対して人体はどうか。どこにもない。誰も知らないんだ、明確な答えを。人の魔力の保管場所のな」

「さ、さっきから一体何の話をしている! それよりこの拘束を解け! 私にこんなことを仕出かしてただで済むとでも……」

「黙って聞いていろ」


 少々騒がしくなり始めたリヒャルトを威圧し黙らせる。


「だから僕は仮説を立てた」


 右手にて胸の中心を抑え指し示す。

 ここにあると。


「人の体にあって魔力と同じ目には見えないもの。存在は信じられているが触れることの出来ないもの。――――魂だ。別次元たる魂魄こんぱくに紐づけられて魔力は保存されている」

「……それがどうした」

「そこで話は転生に戻ってくる。この世界に転生した僕は疑問を持った。……魂とは何かとね」


 転生した僕にとって魂とは身近なものだ。


 何せ元の記憶すらあやふやだが別人への、別世界への転生だ。

 この世界に僕がいる理由は到底わからないが、せめて手掛かりでもある魂のことを少しでも知りたいと思うのは当然のことだろう?


「だから実験した。自らの魂で、賊の生き残りで、秘密結社の幹部で、な」

「ッ!?」


 特に結社の幹部エリメスはいい実験体になってくれた。

 僕に敵対した者、反抗的で生意気、ラパーナを人質にとって無様にも見逃して貰おうとすらしてきたらしい。

 実験するのに心も傷まない。


 ついでに言えば魔力量も一般の者とは桁違いに多く卓越した魔法の使い手であり、多少手荒に扱っても壊れないところが特に良かった。


 帝都への帰り道は馬車だったお陰で良いデータが取れたよ。


 後退あとずさることすら出来ないリヒャルトが僕の発言に一言さえつむげないでいる。


「恐れるなよ、リヒャルト。僕がいまさらお前を殺すと思うか? いや、手を下す意味などない。お前にそんな価値はないからな」

「…………ぐぅ……」

「これからお前の魂をしある魔法を付与する」

「!?」


 これから行う掌握魔法は魔法書にもなかったオリジナルのものだ。


 といっても僕がリンドブルム候爵家の屋敷で見つけた魔法書も完全な指南書という訳ではなかった。


 大気中の魔力を手のひらに集めた。

 魔法を弾き返した。

 魔力の塊を砲弾とした。

 手をかざすと敵を指一本見動きさせなかった。


 ただの感想に近い。

 そう、まるで誰かが掌握魔法の使い手の仕草を見たままに記しただけのような……日記だった。


 それにアレは真新しい装飾から見ても明らかに写本だ。

 正本はまた別にあるはず。


 ……話が脱線したな。


 ともかくいまから使う掌握魔法は未知のものという訳だ。


「付与する内容は単純だがわかりやすく結論を言おう。リヒャルト、お前は今後一切魔法は使えない」

「は? 何を馬鹿な――――」

「それどころかお前の魔力は何の意味も持たなくなる。期限は一生。お前が死ぬまでだ」


 一生は言い過ぎたな。

 だがあながち真実でないともいえない。


 何故なら期間など僕にもわからないからだ。


 これから行使する魔法はリヒャルトの魂魄こんぱくを掌握しそこに僕の虚無魔法でとある効果を付与するもの。

 僕の魔法発動時の魔力に左右されるが、期間は魔法を行使する本人である僕にもわからない。


「嘘だ……私の……魔法だぞ? 私が当主となるために必要な力を……無くす? どうやって……?」

「答えなど教える気はない」

「それに一生……永遠に続く魔法だと……? 馬鹿な! あるはずがない! しかも、魂に干渉などとおかしなことを! そんな魔法などない、ないんだ! あるはずがない!」


 ん? 

 また少し威勢の良さを取り戻したな。


 これからくる絶望の未来を聞かされ取り乱すリヒャルトに僕は断言する。


 これが真実だと。

 お前は目を背けているだけだと。


「誰が決めた?」

「誰? 誰でもない! 魔法を学ぶ者にとっての常識だ! ふ、不可能なんだ! 永遠に続く魔法などあり得ない!」

「あり得ないか、少し前にも聞いたな。奴隷の首輪を外せるはずがないと」

「そ、そうだ。あれだって何故あんなことに――――」


 契約魔法によって縛られた奴隷の首輪を僕は解除した。


 アレも本来ならあり得ないことだ。

 だが出来た。


 そう、出来るんだ。


「あり得ないと誰が決めた? 誰も出来ないなどと決めつけてはいない。なのにやる前から諦めている、受け入れている」

「違う……そんなことあり得る訳が……」


 理解出来ないと何度も首を横に振るリヒャルト。


「簡単な話だ。出来ないなら出来ると僕が決めてやる。僕が不可能ではないと定義してやる」

「く、狂ってる」


 狂うくらいなんだ。

 これが狂気だとしても僕は飲み込んで見せる。


 飲み込んで一歩前に進む。

 それがすべきことだとわかっているなら躊躇とまどう道などない。


 さあ、問答は終わりだ。


 僕は右と左、両の手の平を重ね合わせる。


「――――三重握トリプレット・レイヤーグラップ


 通常の重握レイヤーグラップの三倍の範囲から魔力を集束する掌握魔法。

 これは一見重握レイヤーグラップを三回連続で行うような単純な行為に等しく見えるが、集められる魔力の量は桁違いに異なる。


 高密度の魔力の負荷に両腕の肌が裂け血がにじむ。


 だが関係ない。


「精々ご自慢の魔法の才能が無くなったことを嘆け」

「やめろ……やめろぉ! 私から……何もかも奪うつもりか!!」

「奪う? 違うな。僕はお返しをするだけだ。お前が仕出かしてくれたことの代償を取り立てるだけだ。それに、お前はやめろと言われていままで立ち止まったことがあるのか? 忠告など聞いたことはないだろう?」

「……わ、私が間違っていたとでも……言うのか」

「ああ、お前はすべてを間違えた。後悔するならもっと前にすべきだったな」


 だとしても許すつもりは毛頭ないがな。


 五指を開き怯えきったリヒャルトの魂の奥底へと触れる。


「やめろ……やめろーーーーっ!!」

魂魄掌握ソウル・グラスプ


 付与する効果は一つ。

 すなわちリヒャルトがこれから魂にひもづけて保存する魔力すべてをする。

 

 これでこの先リヒャルトは僕の魔法の効果が続く限り、魔法を使用することも魔力を使って身体強化することも出来ない。


 価値をなくした力では何も成すことは出来ない。


 ……ん?

 不可能なこともあったな。


「リヒャルト、僕がお前の未来を決めてやる。お前は……終わりだ。――――永遠なる虚無の魔エターナル・ヴァニティ












 すべてが終わった後にオータムリーフ公爵家の邸宅を訪れる者がいた。


(……何故だ。何故こんなにも胸騒ぎがする)


 バーゲン・オータムリーフ。

 オータムリーフ公爵家の現当主であり貴族派筆頭。


 一度領地に帰るべく帝都を出立しゅったつしたバーゲンだが、途中立ち寄った都市の一つで、傘下の貴族の情報網ネットワークを通じて緊急の連絡を受けることとなる。


 魔法学園の踏破授業が何者かの襲撃を受けた。


 これも驚くべき知らせだがそれ以上に耳を疑うことが伝えられる。

 曰く公爵家オータムリーフの邸宅が強襲されたと。


(馬鹿な。帝都だぞ、帝国一警備の厳重な場所のはずだ。何かの間違いではないのか? だが……魔法学園の授業でも無為混沌の結社アサンスクリタなどとかいう敵の襲撃を受けたと報告があった。まさか……同じ敵か? 我がオータムリーフをおとしめようと?)


 しかし、バーゲンには心当たりはない。

 いや、敵対する者は多くいるが公爵家の邸宅を真っ昼間から襲撃するような大胆かつ馬鹿な真似を仕出かす者には見当もつかない。


(なら……皇帝派の仕業か? だがそれも妙だ。何故私のいない時を狙って襲撃を起こす。そんなことに意味はない。屋敷には……そうだ! リヒャルトはどうした! 私の留守の間も大人しく謹慎きんしんしていろと申し伝えていたはずだ!)


 ふと息子の顔が脳裏をよぎる。

 長男であるヒューラックと違い能力は優秀なものの野心の目立つ次男。


 別宅にて謹慎していろと命令していたリヒャルトがもしやまた何か騒動を起こしたのか。


(……この間のスプリングフィールドが開催したもよおしでのリヒャルトは確かにおかしかった)


 普段なら少し目につく傲慢さこそあるが、それでも冷静沈着であり失態など滅多におかすことはないリヒャルト。

 それがあの夜会に限ってはおかしかった。


(何にせよ、急いで帝都に向かわなければ……)


 バーゲンは混乱した思考のまま馬車から高速で移動可能な竜車に乗り換え、騎士の中でも精鋭たちのみを連れ帝都へと急行する。


 二時間もしない内に公爵家オータムリーフの邸宅に辿り着いた時、すでに周辺は帝国騎士たちによって取り囲まれていた。


 だが囲んでいるだけだ。

 その先に騎士たちは一歩も進んで行かない。


 躊躇ちゅうちょしていた。

 

「ええい! 邪魔だ! 何故貴様らは我が屋敷を包囲するだけで何もしない! どけ! 私が行く!」


 オータムリーフの騎士を引き連れ邸宅我が家の敷地へと踏み入る。


 門をくぐり見慣れない傭兵たちの死体の山に嫌な予感を覚え、それでも進む。


 そこに彼はいた。


 半壊した邸宅に、荒れ果てた中庭、さらには捕縛された多数のオータムリーフの騎士たち。

 その中心にリヒャルト息子を犬のようにいつくばらせる白髪の少年。


「遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ。オータムリーフ現当主バーゲン・オータムリーフ。さあ、ご子息の仕出かしたことについて交渉といこうか」


 左頬の切り傷から流れ落ちる赤い血を意にも介さず少年は不遜ふそんな態度を崩さなかった。


 悪鬼の如き子供が絶望に打ちひしがれる我が子の横で椅子に座っていた。











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