第百五十話 天を覆う秋雨を断ち切る


 護衛の騎士たちがクリスティナたちの手で続々と倒れ気絶する中、リヒャルトは一点に視線を集中させ動かなかった。


 それがダールベルトをまたたく間に失った衝撃ショックから立ち直れていないだけなのか、それともあまりの怒りに我を忘れ忘我の境地にいるのか、一見無表情にも見えるリヒャルトからは判断がつかない。


 しかし、ことごとく思惑が外れ、思い通りにいかないこの状況からヤツが立ち直れていないのは明白だった。


「どうする? 尻尾を巻いて僕から逃げ出すか?」


 問い掛けにようやく動き出すリヒャルト。


 動揺から立ち直ったヤツの瞳は怒りに燃えていた。


 椅子に立てかけてあった剣を手に刃を引き抜く。

 薄暗い曇り空の下にあって抜き放った白刃はくじんの煌めきは、剣自体が相当な品物であることをうかがわせる。


 鞘を放り投げる仕草には苛立ちが在々ありありと浮かんでいた。


「逃げ出す、だと? この天才たる私が? ……あり得ない妄言もうげんもほどほどにしろよ」


 声音は硬く、しかし確かなのは僕への敵意であり殺意。

 幼馴染み兼側近ダールベルトを殺され、身を護る騎士はいなくなり、打てる手をすべてさらけ出し、ようやく本気になったリヒャルト・オータムリーフが僕の前へと立つ。


 そうだ。

 それでいい。


 本気のお前でないと意味がない。


「クリスティナ、ヒルデガルド、ハベルメシア、みな決着がつくまで手を出すな。これはあくまで僕とヤツとのだ」

「……はい」

「うん、主、頑張って!」

「ヴァニタスくん……うん」

「ラパーナ、ラルフを頼んだぞ」

「……はい、ご主人様」


 みなを下がらせ剣先に殺意を乗せて構えるリヒャルトへと一歩進む。


「何だ、結局奴隷を戦わせないのか? ……失うのが怖いか」

「好きなだけ吠えるがいい。所詮僕の心には響かない」


 鼻で笑おうとするリヒャルトを一蹴する。

 下手な挑発などこの後に及んで無意味だ。


「……チッ、何処までも小生意気な小僧だ。ラゼリアは何故こんな子供を気に入ったのか。この私を差し置いて己の……婚約者になどと。……ところでその左頬の傷はどうした?」


 苛立ちののちさげすりの視線と共に指摘される。


 これか……。

 ラルフの胸を背後から貫いた銀の粘体動物スライムにより傷つけられた傷。


 回復阻害の込められた裂傷。


手当てあてはしているようだが血がにじんでいるな。治っていない……いや、治せていないところを見るとあの魔導具マジックアイテムも偽物ではなかったか……」

「そうだな」

「……忌々しい。貴様を排除するために奴らと手を組んだというのにこの有様ありさまではな。所詮大口を叩く割には陰から暗躍することしか出来ない無力な輩か……」

「ほう、もう関係を隠さないのか?」

「いまさら……貴様らは私自らの手で始末する。全員な。そんな左頬の傷程度で許しはしない。粗末な仕事も出来ない死に損ないの平民も、勿論ヴァニタス、貴様の大切にする奴隷共も、泣き叫ぶ貴様の目の前で甚振いたぶった後殺してやる。時間を掛け貴様がこの私に『リヒャルト様、どうぞ殺して下さい』と許しを請うまでな」


 言葉には溢れ出る自信があった。

 魔法なら、戦闘なら僕を上回れるという絶対の自信。


 僕に必ず屈辱にまみれた敗北を味合わせるとリヒャルトは決意を口にする。


「――――玉豹レオパルト

「む……」


 リヒャルトの脇。

 剣を持たない片手をかざした先に現れる一体の獣。


 猫科特有のしなやかで柔らかい体付きに体表を覆う黒い斑点の模様。

 大地を踏み締める四足は細く、前傾の姿勢は何時でも獲物に飛びかかれる様を示している。


 ひょう――――リヒャルトの持つ三つの先天属性の一つ『玉豹』の魔法。


「どうだ? 洗練された魔法だろう? 美しくも猛々しいまさに私に相応しい魔法。だが侮るなよ。私の魔法は――――」

「御託はもういい。始めるなら早くしてくれ」

「貴様……ヴァニタス! 必ず後悔させてやる! この私に剣を抜かせたことをな!」


 公爵家の邸宅に虚しい怒号が響く。






 先手を取ったのは言うまでもなくリヒャルトだった。

 ヤツは怒りを全身からほとばしらせながらも冷静に事を運ぶ。


「やれ!  玉豹レオパルト!」


 リヒャルトの命令で大地を蹴り走り出す豹の魔法。

 いまにも飛び掛かってきそうな雰囲気から予想はしていたが機動力は桁違いだった。


「――――」


 またたきの間に接近してくる。


 咄嗟に右手で腰の短剣を引き抜き構え、素早さを見越してこちらも小規模かつ小回りの効く魔法を放つ。


小握撃コンパクト


 躱された。


 緩急をつけた動き。

 走り、止まり、時に飛び跳ね、三次元を立体的に駆け巡る動きは羽のように軽くこちらを翻弄ほんろうする。


 一瞬でも隙を見せれば鋭利な爪と牙でもって強襲してくる危険な相手。


 しかも――――。


「そちらばかり気を取られていいのか?」


 豹の奇襲にだけ警戒すればいいのではない。

 片手剣を手にリヒャルトもう一人の敵が突撃してくる。


 流麗かつ淀みない剣さばき。

 止まることのない連撃は弛まぬ努力の成果か、それとも自称天才故の矜持か。


 ともかく一人と一匹の連携は僕に防御に専念させることを強制的に選択させる。


「甘い甘い! どうした! 剣技は私が遥か格上じゃないか! 修練が足りていないぞ!」


 上段から下段、あるいは突きを織り交ぜる変幻自在の太刀筋。

 急所を避けるように短剣にて弾き逸らす。


 それでも徐々にかすり傷のような裂傷が増えていく。


 ……さばくのが精一杯か。


インパク……ッ!?」


 攻勢に転じるため左手を伸ばすが攻撃の起こり、それ自体を潰された。


「知っているぞ! その掌を介して魔法を発動するとな!」


 伸ばした手を浅く切り裂く斬撃。

 咄嗟に後ろに跳ね距離を取る。


 しかし、リヒャルトは攻撃の手を緩めない。


「まだだ。――――ウォーターエッジ」


 剣の間合い至近距離からの魔法発動。

 威力自体は汎用魔法だけあって大したことはないはずだが、目元に向けて放たれるそれは、目眩ましと同時に重要な器官を潰すための一手。


 大きく回避せざる得ない。


 そして、その隙を見逃すリヒャルトではなかった。


「――――剣山処刑ヒープナーデル・ヒンリヒトゥング

「ッ!?」


 足元に違和感を感じて跳躍してその場から飛び去る。


 途端先程まで立っていた場所の真下から先端の尖った無数の針が天を衝くように突き上がる。


「……よく躱したな。褒めてやる」


 円盤状に並び結集する針の集合体――――『剣山』の魔法。

 リヒャルトの持つ二つ目の先天属性。


グラップ――――握砲撃インパクト・キャノン


 間合いを詰めてくるリヒャルトに単発の魔力砲撃で牽制する。

 だが跳躍しバランスを欠いた一撃では容易く回避された。


「なるほど……報告書通り威力は恐ろしいものがあるな。だがそれも当たらなければ意味はない。玉豹レオパルト


 重握レイヤーグラップどころか双握ダブルグラップすら行使できるか怪しいほどに隙がない。

 苛烈な攻めは僕に反撃する機会を与えなかった。


 これも報告書とやらの通りか。

 リヒャルトは掌握魔法で魔力を集める隙を作らせないように動いている。


 大胆に何度となく襲ってくる豹の魔法。

 その隙を失くすように、あるいは別方向から注意を逸らすようにリヒャルトが剣を振るい魔法を放つ。


「――――豹紋縛鋲レオパードンワッペン


 早い。

 リヒャルトの足元の地面から一直線に伝う黒い斑点模様が僕の足へと絡みつくようにして纏わりつく。


「む……足が……」


 ……また妙な魔法を。

 足がまるで地面に縫い付けられたように動かない。


「……グラップ――――握撃インパクト

「勘がいいな。地面ごと私の魔法を砕き拘束を脱するとは素早く的確な判断だ。だがっ!」


 敵の目の前で地面へと魔法を放つ行為は致命的なほどに迂闊な行動だった。


 白刃を一振りし勢いよく踏み込んでくるリヒャルト。

 鞘へと短剣を仕舞い迎撃の準備を行う。


双握ダブルグラップ――――」

「遅い! ――――剣山処刑ヒープナーデル・ヒンリヒトゥング針衾シューレ]!」

極握砲撃波フルインパクト・バスター


 水平に伸びる無数の針の集合体に特大の魔法をぶつけるがリヒャルトはそれを見越したように動く。

 紙一重で破壊の奔流を躱し僕の懐へと――――。


玉豹レオパルト!」


 左右からの挟撃。

 躍動する豹の爪と煌めく剣の一閃が同時に僕を襲う。


握撃インパクト……ぐっ……」


 ……さばききれなかった、か。


 致命傷ではない。

 それでも剣を魔法にて迎撃し、豹の爪を短剣で受け止めることを選択した訳だが無傷とはいかなかった。


 脇腹に残る鋭利なる爪痕つめあと


 制服には血が滲み出ていた。


 




「……しぶといな。なら、これで終わりにしてやろう」


 何度かの攻防の末、遂にリヒャルトが切り札を切る。


 それは傷ついても心の折れる様子のない僕に業を煮やしたのか、それとも……自分は無傷でありながら内心で焦りを感じていたのか。


 何にせよ、リヒャルトは己の持つ最後の先天属性の魔法を発動する。


「冥土の土産に見るといい。――――驟雨秋雨しゅううあきさめ


 静寂の中に伝わり空気に染み込む魔法名。


 ポツリと空より水滴が落ちる。

 ついで絶え間なく降り続ける雨。


 確かに帝都の空には曇天どんてんが広がっていた。

 いまにも一雨降り出しそうな薄暗い雲。


 だがこの雨は違う。

 魔力の込められた驟雨しゅうう

 自然に発生したものではなく紛れもなくリヒャルトが引き起こした現象魔法だった。

 

「ぐっ……」

「アハハハ! 重いだろう? 私の雨は!」


 全身を濡らす水の重さではない。

 明らかにそれ以上の力が加わっている。

 

 思わず地面に片膝をつく。


「っ……主様……」

「何これ……重くて立ってられない……」


 降り続ける雨は僕だけではなく、観戦していただけのクリスティナたちすら影響の範囲内へと収めてしまっていた。

 

「これこそが四季貴族の有する血筋に由来する先天属性! 私の魔法、『秋雨』の力! 四季貴族の先天属性はどれも規格外の規模に影響を及ぼす特長を有している! 見ろ! この雨の降る範囲、この邸宅一帯こそ私の聖域テリトリー。そうだ! 貴様は誘き出されたんだ、ヴァニタス! この中庭で戦うことを選択した時点で勝負は決まっていた!」

 

 さながら加重の魔力特性を加えられた雨。

 濡れる度に重さは増し、立っていることすら困難となる。


 一帯すべてにリヒャルトの魔力の込められた雨が降っている。

 ……これでは空気中から掌握魔法で魔力を集めるのは難しい、か。


「そして、これが駄目押しの魔法。やれ――――水玉豹ヴァッサー・レオパルト


 パシャリと雨音に微かに混ざる躍動の音。


 だが、音の漏れ聞こえる方向を注視するが……何もない。

 雨で視界が利きづらいのを考慮こうりょしてもおかしな現象だった。


「!? そういうことか……」


 透き通るような水で構成された体。

 雨に紛れ同化する豹の魔法。


 視界の利かないこの空間では一歩も二歩も動作が遅れる。


「ぐっ……」


 豹の爪が制服を切り裂き新たな傷を僕へと刻み込む。


「主様……」

「ヴァニタス……くん……」


 雨の降りしきる中で見上げるリヒャルトの額には黄緑色の髪が張り付いていた。

 ヤツは嗤う。

 ひざまづき動けない僕が滑稽こっけいだと高笑いをあげる。


「ハハハハ、やはり間違っている! 兄上が『秋草』などというオータムリーフを体現する先天属性を授かったからと言って、この私が次期当主から外れるなどあってはならないのだ! さあ、跪き許しを請え! そのうえで私はお前の屍を踏み躙ってやる!」


 勝利を確信するリヒャルト。


 ……そろそろ、か。


 僕はそこに声を掛ける。


 喜びに冷や水を浴びせるように。

 現実に引き戻させるために。


「……邪悪だな」

「何?」

「つくづく醜悪でどうしようもない男だ」

「負け惜しみを言ったところでもはや遅い! 貴様はこの私の『秋雨』に打たれながら死ぬ。何の抵抗出来ず己の無力を呪って! そうだ、ここが貴様の墓場だ!」


 墓場か……嫌だな。

 こんな悪趣味なところに僕は捨て置かれたくない。


 雨に濡れた僕は普段より遥かに鈍重どんじゅうな動きで腰の鞘から短剣を引き抜く。


「短剣だと? いまさらそんなもので何を――――」

「勝ったつもりか?」

「……なに?」

「止めも刺していないのにもう勝ったつもりでいるのか? 僕を苦しめるといったが殺す覚悟がないだけだろう? だから講釈を垂れるだけで何もしない。この程度の傷で人が死ぬとでも……甘いな」

「舐めるな。人殺し程度公爵家を継ぐものとして何度も経験している。それこそ拷問紛いのことだろうとな。……いいだろう、私の最高の魔法で引導を渡してやる。――――秋雨落陽あきさめらくよう


 雨の勢いが少し弱まる。

 見上げた視界の先、僕の頭上に巨大な水球が姿を現していた。


 ……あれが墜ちてくるようなら僕は一溜まりもないな。


「驚いたか? 私の保有魔力はオータムリーフでも頭一つ飛び抜けたもの。父上ですら私の足元にも及ばない」

「…………」

「これで最期だ。言い残すことはあるか? ……我が友ダールベルトの代わりに聞いてやる」

「友? お前に友などいない。あるのは使い捨ての関係だけ。笑わせるようなことを言うな」

「……死ね。驟雨しゅううの落陽に押し潰されてこの私に哀れな死に様を見せてみろ。なに、お前の奴隷共は私が少しお前と同じところに送ってやる。そうだな、死体は犬にでも食わせるか。ハハ、少しは溜飲が下がるというものだ! ……さらばだ、ヴァニタス・リンドブルム。――――堕ちろ」


 ゆっくりと濃い水色ブルーグレイの太陽が墜ちる。


「主様!」「主!」「旦那様!」「ヴァニタスくん!」「ご主人様……だめ……」


 ……僕はいつもみんなを心配させているな。

 だが、この戦いが始まる前に言っただろう?


 勝つのは僕だと。


 勝算があるからこそ僕はこの戦いに挑んだ。


 ああそうそう、この戦いは初めから――――だ。






「――――八握剣やつかのつるぎ


 右手に握る短剣を振り上げる。

 それは長大なる一条の光のつるぎ


 白き光の剣。


 闇を切り裂く魔力の輝き。






「ほう、こうなるか。リヒャルト、お前随分とあの魔法に魔力を込めたな」


 見上げればあれだけ暗い雲に覆われていたはずの空が晴れていた。

 曇天どんてんは二つに裂け、青空から陽の光が差し込む。


 だがあの一直線の雲の溝も一時的なものだな。

 いずれは風に流された他の雲で塞がるだろう。


 だがもうあの鬱陶うっとうしい雨はない。


「……ヴァニタス、貴様……何をした。何をしたんだ!」


 目の前で起こった出来事のあまりの規模の大きさに身を震わせるリヒャルト。

 ヤツ自身には怪我はない。


 白光の剣を僕はヤツを避けて振るったからだ。


 だが怯えていた。

 目の前の現実を直視してなお信じ難い光景に目を奪われて。


「空が……」

「切っちゃったの……あの雲ごと……」

「主、凄い!」

「ヴァニタスくん、君は何処まで……」


 誰もが驚き言葉を失う中、リヒャルトは激昂げきこうする。

 こんなことはあり得ないと。


「私の魔法ごとあの空を……雲を切っただと、巫山戯るな……巫山戯るなよ、ヴァニタス! どうやった! どうしてあんなことが出来る!」

「……誰が敵対するものに手の内を教えるのか。理解に苦しむな」


 敵に教えてやることはないが八握剣やつかのつるぎの効果は単純だ。


 掌握魔法を剣の形にしたもの。

 即ち周囲から無理矢理魔力を集め己のものとして切り裂く魔力の剣。


 リヒャルトの放った魔法はどれも白光の剣に触れ、切り裂かれ、吸収された。

 魔法としての形を失いただの魔力となり糧となった。


 この結果には僕も少し驚いたがな。

 リヒャルトの魔法に込めた魔力がかなり多かったのだろう。


 収奪した結果、帝都の空を覆う雨雲まで一時的とはいえ切り裂いた。


「ん? 流石にあの威力には耐えられなかったか……」


 魔法の負荷だろう粉々に砕け散る短剣。


 ……これもそれなりのものをマユレリカに頼んで用意して貰ったのだがな。

 仕方ない。


「ま、まだだ! 水玉豹ヴァッサー・レオパルト、いけ! 噛み殺せ!」

双握ダブルグラップ――――掌握圧殺グラスプ・コンプレス


 動きが素早く捉えにくい?

 ならすべて一緒くたに圧縮すればいい。


 それだけで豹の魔法は完封出来る。

 何より水で構成された体だろうが、保護色となっていた雨がなければどうということはない。


「私の魔法を遠隔で押し潰した!? これほどの速度でも対応が可能だった、のか。ぐっ……なら剣で直接切り裂くだけだ! だああああっ!」


 その剣も強度、靭性、共に優れた高価なものなのだろうな。

 だが、側面からの衝撃には弱いだろう?


 砕く。


「――――握撃インパクト

「私の、剣を……」


 剣技が劣っているのは事実、しかし動揺した者の行動を読むのは容易い。


「ウ、ウォータースラッシャー」

「――――暴発ファンブル

「なに!?」


 水の刃を放つ中級汎用魔法。


 だが、暴発ファンブルは魔法に干渉しほんの些細な波風を起こす。

 それだけで汎用魔法程度なら自壊させられる。


 掌握魔法のちょっとした応用だ。


「ああああ!! 剣山処刑ヒープナーデル・ヒンリヒトゥング針衾シューレ]!!」

「はぁ……」


 こんな魔法少し横に移動すれば簡単に避けられる。

 卓越した剣技と共に使うから有効なのであって発動に一拍時間がかかるようでは読みやすい。


 まあだがついでだ。

 壊しておくか。


グラップ――――握砲撃インパクト・キャノン

「何故……何故だ……」


 度重なる一方的な展開。

 その度にリヒャルトは心を折られていく。


 言葉も動きも弱々しいものへと変化する。


 体は無傷。

 しかし、心は疲弊ひへいしていた。


 そのうち、あれだけ自信に溢れていたリヒャルトが迷子のように進むべき道を疑い始める。


 疑問は内側より噴出し僕を必死の表情で問いただす。


「なんでいままで……何故いままで反撃してこなかった! それだけの力があれば私など……」

「答えは簡単だ。リヒャルト、お前の研鑽も努力もこれまでの歩みすべてが間違っていたと否定するためだ」

「ッ!?」

「何を勘違いしたのか己の魔法に絶対の自信を持つお前を圧し折るために敢えてしていたに過ぎない。劣勢を演出していたんだよ」

「演技……? 馬鹿な……傷を負ってまで?」

回復薬ポーションで治る傷など傷の内に入らない。致命傷は避けていたしな。僕を真の意味で傷つけたければ僕を殺すしかないぞ。……それぐらいわかるだろ?」

「……う」

「う?」

「う、うぁああ! うあぁぁあああ!」


 これが理解出来ないものに出会った反応というやつか?


 ……うむ、少し傷つくじゃないか。


 さっきまでのようにもっと嗤えよ。


「……おかしいな。僕はお前を一度足りとも傷つけてはいないぞ。怖がる必要などないだろうに」


 僕の話などもはや耳に入っていない。

 腰の抜けたリヒャルトはひたすら距離を取ろうと、服が泥水に汚れるのもいとわず地面を這いつくばり距離を取る。


「く、来るな! この私に近寄るな! 来るんじゃない! これは命令だぁ!」

「さて、そろそろこの話し合いの決着をつけようか。双握ダブルグラップ――――」


 動揺するリヒャルトの首を掴み強化した身体能力によって無理矢理立たせる。


 おっと、ここまで来て怪我をさせたら困るな。

 首をひねり潰さないように加減しよう。


「ぐぅ……ぐあっ……」

「――――空虚接触エンプティ・タッチ

「ッ!? ゴホッ、何だ……力が……違う、魔力がなくなって……いく?」


 それもまた少し違うな。

 だがまあ結果的には同じか。

 

 徐々に体内の魔力を無くし脱力していくリヒャルトの濁った瞳に僕は告げる。


「さあ、いよいよ精算の時だぞ、リヒャルト。お前には短い間だけだが生き地獄を味あわせてやる」











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