第百四十九話 極めて穏当で真摯な話し合い


 歯向かう牙もなく群がるだけの傭兵羽虫共を蹴散らし、オータムリーフ公爵家の邸宅へと足を進める。


 広いな。

 まずもって玄関たる城壁のような門から庭を抜け本邸へと向かうのだが、それだけでもかなりの距離がある。


 整理されてはいるがだだっ広い庭を抜け今度こそ邸宅へ到着する。

 妨害はない。

 それどころか門番もなく使用人の気配もない。


「妙ですね。……もっと手荒い歓迎が待っているかと思ったのですが……」

「待っているさ。この先にな」


 怪訝けげんそうに周囲を警戒するクリスティナに真実を伝える。


 ヤツは待っている。

 僕がここに足を運ぶのを。


 半ばもぬけの殻と化した邸宅の中を進み建物中央に位置する中庭へ。

 そこは丁寧に剪定せんていされ整えられた植木と色彩豊かな花々の植えられた花壇が広がる開けた空間だった。


 ある意味我が家の訓練場のように平坦で見通しの良い場所。

 しかし、どことなく漂う品の良さは一流の職人の手で整えられたと一目でわかるものだった。


 そこにヤツはいた。


 多数の騎士を侍らせ、屋外だというのにポツンと置かれた椅子に座る一人の男。


「これはこれは招かねざる客人だ」


 整った顔立ちに貴公子然とした小洒落こじゃれた格好。

 精緻せいちだが派手な装飾の施された椅子に座り、脚を大袈裟に組み替えるキザったらしい仕草。


 何故か片手にはワイングラスを持ち、脇に侍らせた配下の騎士に追加のワインを注がせ勿体振った動作で口元へと運ぶ男。


 コイツがリヒャルトか。


「何、話し合いに来ただけだ」

「……話し合い、だと?」

「ああ」

「……その割には強引に入って来たようだな。確か我が家の門番には傭兵たちを据えていたはずだが……」

「あの小汚い羽虫共か。危うく門前払いを受けるところだったぞ。躾がなっていないようだな」

「そうかな? 君のような無理矢理侵入してくるような輩には丁度いい相手だと私は思うが」


 僕が彼女たちに何をしたか知らない訳でもないだろうに。

 所詮傭兵など捨て駒以下の存在か。


 リヒャルトの表情に動揺など欠片もない。

 ただ淡々と冷静に彼女たちを切り捨て話を進める。


「だがそうだな。もし万が一、万が一彼女たちが君に失礼な態度を取ったのなら我が家にも責任の一端はあるだろう。極微細ごくびさいなものだがね。その点については君の無礼を許そうじゃないか。……だがここに来た用件は? 事前の通達もなく強引に押し入るとは随分失礼ではないかな?」

「僕のことは知っているな」


 交錯こうさくする視線。

 リヒャルトの警戒心が引き上がるのを感じる。


「……無論、いま君は帝都でも有名な存在だからな。――――ヴァニタス・リンドブルム。帝国をおびやかす秘密結社を露見ろけんさせ、古の竜を殺した少年。果たしてそれが本当のことかはいま議論するべきことではないが、君は良くも悪くも有名だ。この私ですら知るほどにな。……で? その君が何故ここに来たのかな? 君に我が家への用件など皆無だろう」

「僕だって来たくて来ている訳ではないさ」

「なら、尚更わからないな。何故我がオータムリーフへと武力をもって押し入った? 我が家を守る傭兵たちを殺し、無礼にも侯爵家の子息程度の分際で私と対等かのように不遜ふそんな態度を取る君が、公爵家の邸宅に何の用件があると? そもそもここは本来君の立場を考えれば足を踏み入れることさえ許されない、そう聖域だ。君がここにいること自体がおかしいと思わないか?」

「思わないな。僕はあくまで話し合いに来たといった。それを妨害したのだから代償を払ってもらうのは当然だろう。それが死という不可逆のものだったとしてもな。それに聖域だと? 僕はリヒャルト、最初からお前に払う敬意などない」

「ッ……貴様……」


 敵意をにじませるリヒャルト。

 一方の僕は殊更ことさらに気持ちを落ち着けつつ事実だけを話す。


「リヒャルト・オータムリーフ」

「………」

「オータムリーフ公爵家の次男。ゼンフッド帝立魔法学園卒業生。三つの先天属性を所持する自称文武両道の天才。学生時代の二つ名は“絢爛驟雨けんらんしゅうう”。しかしこれはお前が他人に爵位を傘にそう言わせていただけで自然と発生した二つ名ではない」

「何を突然……」

「能力的には帝国騎士団から勧誘されてもおかしくないほど優秀ながら、兄ヒューラックが自分より少ない数の先天属性を理由に次期当主候補となっていることを妬み、日々配下の貴族や周囲の者たちに不満をぶち撒けている。いまでは公爵家の邸宅とは異なる別宅にて自分を当主と認めて貰うために画策する日々。挙げ句良からぬ連中ともとつるんでいるようだな。悪い噂ばかり出回っているぞ。……奴隷を買うが使い捨てにしているなんてな」

「……それがなんだ。意味のわからないことをつらつらと並び立て何が言いたい」

「お前無為混沌の結社アサンスクリタと関わりがあるな」


 確信を突く問い。


 僕は見た。

 ヤツの目を。


 なんだ、一段とけわしくなったじゃないか。


「……さて? 何のことだ?」 

「ここにいる僕の友ラルフ・ディマジオをお前は脅した」


 ラパーナに肩を貸してもらいこの場へと来たラルフ。

 呼吸をすることすら辛そうだが僕は同行を許した。


 彼の意思を尊重すべきと思ったからだ。

 そして、目の前で何がなんだかわからないとしらを切るコイツの末路を見せるべきだとな。


「さあ? 私には心当たりなどない」

「家族を人質に取っただろう? 挙げ句僕を裏切らせようとした。結社ヤツらの手を借りて。失敗したがな」

「さて、さっぱりわからないな」

とぼけるな」

「これはこれは黙って言い分を聞いていれば随分と荒唐無稽こうとうむけいなことを言う。この私が? 何故? そんな回りくどいことをする必要がある。見たところラルフ君……でいいかな。彼は平民のようだ。私が何故そんな下賤げせんな輩と付き合わなければならない。私はそんなに暇ではないのだよ」


 リヒャルトは椅子から立ち上がると身振り手振りで大仰に振る舞う。

 まるで自らを無実をアピールするように。


 そして、僕へと向き直る。

 あざけるようなその表情は勝ちを確信していた。


「ヴァニタス・リンドブルム殿、いや敬称すら不要か。ヴァニタス、あまりに失礼な態度だ。公爵家たる当家に無断かつ強引に押し入り、あまつさえこの私にいわれなき罪を被せようとは……温厚な私でも限度があるぞ」

「限度、ね」

「根拠を示してもらおうか? 私が、オータムリーフが無為混沌の結社アサンスクリタなどという存在すらあやふやなものと関わっている証拠を。でなければ……」

「でなければ?」

「君だけじゃない。君の家、リンドブルム侯爵家にもそれなりの責任を取って貰わなければならない」

「…………」

「そうだ。話は変わるが丁度我が家には帝国騎士団の方々が来客として訪問してきてくれていてね」


 リヒャルトが片手をあげる。

 するとその仕草を合図にぞろぞろと現れる騎士甲冑の集団。


 公爵家オータムリーフの騎士たちではない。


 帝国に忠誠を誓う帝国騎士団の騎士。

 ぞろぞろと五人ほどの騎士が中庭へと姿を現す。


「リヒャルト殿、我々を呼びましたでしょうか」

「申し訳ない。私だけだとらちが明かなくてね。やはり押し入り強盗のような輩とは話が通じないらしい。ヴァニタス、こちらは帝国騎士団、第六騎士団に所属する騎士の方々だ。君の蛮行をつまびらかに証言してくれるだろう」


 僕の屋敷を帝国騎士団の連中が包囲していた時から薄々はわかっていたが、やはりリヒャルトはそちらにツテがあったようだな。


「ヴァニタス殿、リヒャルト殿から聞きましたぞ。何でも門番たる傭兵たちをにも関わらず無惨に殺害してまで無理矢理押し入ってきたとか」


 無抵抗、ね。

 僕の記憶では彼女たちもそれなりに必死で抵抗していたのだが、おかしいな話もあるものだ。


「侯爵家の嫡男がこのような事態を引き起こすとは……これは由々しきことですぞ」

「彼らの証言があれば、君の家へとこの責任を取らせることも容易だろう」

「……脅す気か?」

「いやこれは脅しなんて低俗なものではない。だが、ヴァニタス、なら敢えて聞こうじゃないか。いま私に平伏し自らの謝りを告白し引き返すなら許してやってもいいが……どうする?」

「ハハ、リヒャルト殿は寛大かんだいですな。このような無法な輩にすら温情を与えようというのですから」


 互いに嗤い合うリヒャルトと帝国騎士。


 醜悪な連中だった。

 リヒャルトは僕に謝罪させたいのだろう。

 負けを認め屈服した証を見せろと迫ってきていた。


「いやなに可哀想だと思いましてね。虚偽の情報かは知りませんが妄想の類いを真実だと誤解して暴走してしまった。若気の至りですか。子供の仕出かしたこととはいえ世も末です」

「ああ、リヒャルト殿のおっしゃる通り。……ですがそう言えば彼には捕縛命令が出ていましたな。確かとある貴族の方の奴隷を殺したのだとか。嘆かわしいことですな」


 茶番だな。

 初めから僕に無断侵入と傭兵殺しの罪を着せるつもりだったのだろう。


 傭兵たちはそのためにわざわざ僕たちに殺させたようなものだ。

 証言を補強するためにな。


「…………」

「ヴァニタス、黙っていてはわからないぞ。ふぅ……仕方ない。なら他に聞くとしよう。ハベルメシア様」

「ん? わたし?」


 リヒャルトは僕の隣で手持ち無沙汰に立ち尽くしていたハベルメシアへと矛先を変える。


「お久しぶりでございます」

「……君に会ったことってあったっけ」

「これは手厳しい。しかし、覚えておいて欲しいものですな。私リヒャルトはいずれこのオータムリーフ公爵家を継ぐ存在。宮廷魔法師第二席であらせられる御身とも深く関わることになる存在なのですから」

「ふ〜ん」

「……貴女なら帝国騎士団に逆らうことがどれほど愚かなことかお分かりになりますよね。不躾ではございますがヴァニタスを説得して下さいませんか? 馬鹿なことはやめろと、爵位に逆らうのは国家に逆らうのと同じだと」


 リヒャルトのヤツめ、いまは奴隷だがハベルメシアには一応の敬意らしきものを見せるらしい。

 まあコイツのことだ。

 僕とハベルメシアの奴隷契約が期間限定なことを見越しての発言だろう。


 だがな。

 そんなニヤケ面で提案したとして僕のことをよく知るハベルメシアが何て答えるかまでは想定していないようだな。


「リヒャルトくんだっけ、君ってほんっと馬鹿だよね」

「……は?」

「そんなことでヴァニタスくんが止まるわけないでしょ?」

「…………」

「なんたってわたしを奴隷にしちゃうんだよ? 今更帝国騎士団に逆らうからなんだっていうの? 旦那様の前に立って、立ち塞がって無事で済むと思ってるの? ねぇ……君って馬鹿?」

「ぐっ…………この私を馬鹿扱いするなど……」


 予想外だったのだろう。

 顔を真っ赤に染め怒りと羞耻しゅうちを表すリヒャルト。


 ハベルメシアはいいパスをくれた。

 次は僕が畳み掛ける番か。


「クククッ、根拠を示せといったな」

「あ、ああ。そうだ。根拠を示せ。私が結社とやらと関わってる証拠を!」

「根拠ならあるさ」

「……なに」

「実はな。捕縛したフリーダ・アルテム結社の幹部だがお前との関与を裏付ける証言をしている」

「………」

「オータムリーフに接触し僕を貶めるため特別な魔導具マジックアイテムを渡したとな。『銀のフラスコ』だったか?」

「嘘を付くな! たとえそうだとして……敵の言うことを素直に信じるだと!?」


 ああ嘘だ。

 本当は証拠などない。


 アシュバーン先生に捉えられたフリーダだが尋問はまだ禄に進んでいない。

 彼女は結社の連中の指揮を取っていたが何処まで事情を把握していたかまではわからない。

 

 だがなぁ。

 まだ彼女の身柄は僕たちのところにあるんだ。

 いくらでも口裏合わせは出来る。


 それこそリヒャルト、お前が得意なでっち上げもな。


「そもそも帝国騎士団の第六騎士団所属? 知るか。てっきり僕は副団長でも連れてくるものだと思ったが、名前も名乗れない有象無象だと? 小物すぎるだろ。僕が気にする必要もない」

「貴様、俺たちを馬鹿に……」

「馬鹿にする? 違う。下に見ているんだ。遥か格下の阿呆だとな。国家の敵と繋がりがあるかもしれない相手に媚を売って利益を貰う。これが高潔たる騎士の所業だと? 笑わせるな」

「ぐぬぬ……」


 僕が一切怯まないことを悟ったのだろう。

 業を煮やしたリヒャルトは次の手に移る。


 すなわち僕たちに対する切り札。


「…………チッ、ダールベルト。連れてこい」

「ハッ、オイお前達、歩け」


 ダールベルト、確かリヒャルトの配下の中でも最側近兼幼馴染み。


「ニイちゃん!」「ラルフ!」

「セドリック! 父さん! ぐっ……」

「……あまり動かないで」


 人質は二人。

 ……見たところ怪我はそれほどしていないようだ。


 だが、姿の見えない残り三人は別の場所か、それともこの邸宅の何処かにいるのか。

 何にせよいまだ保険はかけていると。


「……大人しくしろ」

「うぁあ! ニイちゃん! ニイちゃん!」

「セドリック……くっ……」

「五月蝿いぞ、【泣き止め】」


 リヒャルトの魔力を込めた命令。

 セドリックラルフの弟は意思に反して瞬くに口を閉じる。


「……すでに理解しているだろうが人質は他にもいる。ここではない場所にな」


 人質が複数いるならそうだろうな。

 僕でも分けて管理する。

 そうすれば脅される方は見えない恐怖と戦うことを否が応でもいられる。


「迂闊な行動を取らないことだ。手が、いやこの場合口か。思わず余計なことを口走ることもある。……例えばだが舌を噛んで自害しろ、なんて命令も出来る。もっとも私よりも君のほうが奴隷については詳しいだろうがね」

「下衆が……」


 クリスティナですら怒りをにじませていた。


「…………」


 さて、周りを注意深く観察すれば建物の上に陣取った人影が見える。

 恐らく四方から僕たちを魔法で狙い撃ちするための布陣だろう。


 下手な行動はそれこそ彼らの攻撃開始の合図でもある。


 人質に、完全武装の騎士に、四方からの魔法狙撃、か。

 ああ、打てる手はすべて打ってきたという感じか。


 となると次は僕の命が欲しいと。


「やれ、ダールベルト! その子供に身の程を教えてやれ!」

「……ハッ」


 仕えし主の命令で僕へと向かってこようとするダールベルト。

 片手には斧を持ち、もう片手は重厚な小手を装備している。


 だが迷いが見えるな。

 自分の行動の正しさを疑っている。

 そんなリヒャルトの側近に僕は尋ねる。


「なあ聞いてもいいか?」

「……なんでしょう?」

「主が間違った行動を取った時、お前ならどうする?」

「……どうする、とは?」

「言葉通りの意味だ。お前は主を止められるのか? 主が間違っていると糾弾できるのか?」

「…………」

「お前はこれまで何をしてきた? リヒャルトの命令に唯々諾々と従うだけか? 主の命令に何故意見を述べない。自分でも間違っているとわかっているだろう」

「……質問の、意図がわかりません。それに……私には選択肢などありませんので」

「そうか……僕なら信頼する配下には間違いを指摘して欲しいとそう願うがね」

「っ………」


 動きの鈍るダールベルト。

 そこに飛ぶ叱責。


「ダールベルト、何してる! とっととヴァニタスを僕の前に平伏させろ!」

「……はい、リヒャルト様」

「そうか……もういい」


 少し答えには期待したのだがな。

 所詮リヒャルトの命令を聞くだけの感情を押し殺したつもりになっただけの奴か。


 己の不運に酔い、命令を聞くだけで何もしない。


 クリスティナとはまるで違う。

 彼女は僕に罰せられたとしても間違いを正そうという清廉せいれんたる心があった。


 ……まあ、僕のやることに代わりはない。


「覚悟を! 刺し貫く槍茨ランツァ・ ベルン!」


 重厚な小手に絡ませるようにして伸ばす『茨』の魔法。

 直線的だな。


「避けるな! 人質がどうなってもいいのか!」

「…………」

「チッ、もういい。やれダールベルト。ヴァニタス、抵抗するようなら人質を殺す」 

「――――惑い取り囲む茨の園ウムゲーベン・ドルン


 地面を伝い僕の足元から這い上がる細い茨。

 瞬く間に腰辺りまで伸びると、体へと食い込み僕を拘束する。


「……これで終わりです。やあぁぁっ!!」


 ああ、終わりだ。


 ――――お前のな。


双握ダブルグラップ――――」

「なっ!?」


 驚いているところ悪いがもう遅い。

 僕は集めた魔力で身体能力を強化し強引に茨の園を抜ける。


 この程度の拘束、身体強化の比率を調整すれば怪我を負うまでもなく抜け出せる。


 そして……。


虚無握撃ヴァニティ・インパクト

「ぐっ……ちから、が……」

「じゃあな。――――握撃インパクト


 虚無の一撃で斧を振り下ろす動きを止めてからの心臓へと押し当てる衝撃。

 ダールベルト、これでもうお前は思い悩むことはない。


「――――は?」


 リヒャルトが目の前の光景に目を丸くして驚愕していた。


 何を驚いている。

 これがお前が望んだ結果だろう?


「ダールベルト、な、何を倒れたままでいる! 早く立ち上がれ! まだヴァニタスは生きているぞ! ダールベルト!」

「無駄だ」

「無駄、だと……!? 何が……」


 まだわからないのか?

 それとも現実を直視したくないのか?


 不自然に倒れたままの側近を見ればもうわかるだろうに。


「もう死んでる」

「――――は? 馬鹿、な……ダールベルトは私の……」

「わからないか? 心臓に直接衝撃を与えた。もうあいつは呼吸もしていない。――――死んだんだよ」


 これでもう一人も片付いた。


 ラルフを脅してきた主な人物は二人。

 一人はさっき禄に抵抗もしてこなかった傭兵たちの長らしき女。

 もう一人はラルフから聞いた身体的特徴からみてもコイツで確定だろう。


 これで報いは受けさせた。


 ああ、そう言えば傭兵を率いていたあの女。

 名前も聞いていなかったな。


 どうでもいいか。


「――――泥土猟犬!」

「ぐっ……何だこいつ」

「やめろ! 何だ、泥が、纏わりつく!」

「主、連れてきた!」

「ああ、ありがとうヒルデガルド」


 人質を抑えていた騎士たちの背後から奇襲を仕掛けたヒルデガルド。

 彼女にはこの邸宅に来た時から単独で探索を任せていたが、無事二人とも助け出せたようだな。


「貴様、人質を……だが、無駄だ。奴隷は主の命令に逆らえない! すぐにでも取り返せる!」 


 ああ、そうだな。

 奴隷は主の命令を絶対に守らなければならない。

 そう契約に盛り込まれている。


 魔力を込めた命令に奴隷は絶対に逆らえない。


 だが、僕がそれを許すと思うか?


 そっとセドリックラルフの弟の首輪に当てるのは右手。


「【私の元へ戻――――」

「――――解除ディスペル


 奴隷の首輪を掌握し契約そのものを解除する。


 体内魔力ならヤツが命令を言い終える前にことは終わる。

 同じようにラルフの父親の首輪も掌握する。


 カランと音を立て地面へと落ちる首輪だったもの。


「奴隷の首輪が……外れた?」

「うむ、不思議なことが起きるな。動作不良か? 安物を買うからこうなる」


 これでラルフの家族を縛る鎖は断ち切った。

 後は残りの奴隷とされた母親と弟二人だけだが……。


「主! 他、いない!」

「ああ、ありがとう」


 ヒルデガルドの猟犬魔法は獲物を追う猟犬を作り出す魔法。

 一応この邸宅の内部の探索は彼女に命じて済ませてある。


 そしてここにいないとしても問題ない。

 恐らく三人が捉えられているだろう別邸には、すでにアシュバーン先生たちが向かったから心配など皆無だ。


「ニイちゃん!」 

「ラルフ……すまない。助かった」

「セドリック! 父さん! 二人とも……無事で良かった。本当に良かった……」 


 ラルフと家族とのへだたりのない再会の間も時間は進む。


 うっぷんを晴らすように剣を振り騎士たちを倒すクリスティナ。

 同様に拳で次々と騎士たちを気絶させるヒルデガルド。


 うむ……事前の話通りに動けているようだ。

 コイツらは腐っても騎士、殺せば後々面倒だからな。


 重傷くらいが丁度いい。


「――――ウィンドピラー!」


 ハベルメシアも魔法でもって騎士たちに対抗する。

 何より彼女には建物屋上の魔法使いたちを任せていたのだが……見事に撃ち抜いてくれたようだ。


 フ、中々遠距離への狙撃が様になってきたな。


「馬鹿な! 馬鹿な! 何故!? そんなはずがない! 奴隷の首輪は外れるはずがない! 契約が、契約があるんだぞ!」

「……解除できたらおかしいか?」

「おかしい? 違う、! そんなことは絶対に出来るはずがないんだ!」


 確かにな。

 奴隷との契約は契約魔法でもって互いの合意の元に決められた強固なもの。

 それを一方的に破棄することは通常なら不可能だ。


 だがそれがなんだ。


「誰が決めた」

「な、に……?」

「契約解除が出来ないと誰が決めた」

「ぐっ……」

「目の前の現実を直視しろ。さあ、どうする。頼りの側近は死に、人質はいなくなり、騎士たちは次々と戦闘不能になっている。お前を守るものはもうなにもないぞ」

「ッ……!?」

「リヒャルト・オータムリーフ。さあ、話し合いを続けようじゃないか。それともたった一人で僕へと向かってくるか? 僕はそれでも一向に構わないぞ」


 さあどうする。


 リヒャルト・オータムリーフ、お前に僕と戦う覚悟はあるか?











限定ノートにて宮廷魔法師第二席調教日記の其一と其二を公開中です。


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