第百四十五話 ラルフと終わりのはじまり


 終わりはいつだって唐突とうとつだ。


 学園での授業の終わり、ぼくは差出人不明のとある手紙に記されてあった場所へと呼び出されていた。


「こ、こんなところに本当に……?」


 帝都でも治安の悪い地区。

 学園の生徒も滅多に近づかない悪い噂のある場所。


 貴族街とは反対に位置するそこは入り組んだ構造のまるで迷路のような場所だった。


 道端に座り込む人、突然叫びだす人、路上で売られているものはどれも怪しく、時折罵声混じりの怒鳴り声が何処からか聞こえてくる。


 少し歩いているだけでも不安にさいなまれる場所。


 それでもぼくには選択肢はなかった。

 ここに来るしかなかった。


 手紙に同封されていたある物がぼくの選択肢を奪っていた。


「…………」


 周囲の目を気にしながらも辿り着いたのはボロボロの廃墟同然の建物。

 外観は枯れた蔦の絡まった住んでいる人がいるとは到底思えない廃屋はいおく


 ゴクリと唾を飲み込み意を決して扉らしきものを開く。


 元は倉庫代わりか何かだったのだろうか。

 ところどころにゴミが散乱する薄汚れた空間に壊れた窓から夕暮れの光が差し込んでいる。


 照らされた先に二人の人物がいた。


 ……仮面?

 両者とも目元付近を仮面で隠し正体を悟らせないようにしている。


 まるで仮面舞踏会で貴族の人たちが身につけるような仮装仮面マスカレードマスク


 釣り上がった目の仮面に口を真一文字に結んだ男の人。

 後ろ手に手を組み、直立不動でぼくを見ている。


 もう一人は目尻の下がった垂れ目の仮面に何故かぼくを見て舌舐めずりをする女の人。

 廃屋の中に積まれた傷ついた木箱に乱暴に座っていた。


「……ラルフ・ディマジオだな」


 仮面の男の人の硬く結ばれた口元が動く。

 声はまるで何か感情を無理矢理押し殺しているかのような印象を受けた。


「あ、あの……一体ぼくになんの御用、何でしょうか……」

「単刀直入に言おう。お前の家族はすでにこちらの手にある」

「え?」


 頭が真っ白になった。


 終わりは唐突に訪れる。

 そうだ。

 いつだって唐突なんだ。


 彼らはぼくに終わりを告げる使者だった。


「……信じられないか?」

「し、信じるも……何も……」


 手に持った物を握りしめる。

 手紙に同封されていた刺繍ししゅうの施されたハンカチ。

 白い生地に僅かに赤い点が染みとなってついている。


 これは――――母さんが大事にしていたものだ。


「連れて来い」

「あいよ……おいオマエらお連れしろ!」


 頭からすっぽりと覆面を被った人たちが何処からか現れると『早く歩け!』とその人物たちを後ろから蹴り飛ばしかせる。


「ニ、ニイちゃん」

「!? ラルフ……すまん……」


 床に倒れ込むようにしてぼくの目の前に現れたのは末の弟のセドリックと父さんだった。


 二人とも両手を紐で縛られて自由な動きを制限されている。

 セドリックはここに来るまでにもうすでに泣き続けた後なのか、くしゃくしゃに顔を歪ませていた。

 それに、父さんに至っては口の端は切れたのか血が滲み、顔どころじゃなく腕も足も殴られたような跡が克明に残っていた。


 何でここに?

 何で二人が?


 母さんは?

 後二人の弟たちハーヴィンとロニーは?


 故郷の街ロンドミアにいるはずじゃないの?

 どうして?


 どうして!?


「ハァ、ハァ……」


 自然と息が荒くなるのを止められなかった。


 奪われた。

 何もかも。


 平穏に過ごしているはずの人たちを。

 ぼくの帰りを故郷で待っていてくれているはずの人たちを。


 ぼくの家族大切なものを……すべて。


「うぅ……」


 胸が張り裂けそうに痛い。

 視界がにじむ。

 立っていられなくて硬い床に膝をついた。


 何で?

 どうして父さんたちが?


 帝都ここ故郷ロンドミアは馬車で何週間もかかるぐらい離れているのに……何でここに……?


 仮面の男の人はぼくの動揺など気にも止めずに話を続ける。

 平坦な声は何一つ変わらなかった。


「……他の家族の身柄も当然我々が抑えている。逆らおうなどとは思わないことだ。その方が楽になるぞ。……さて、では本題に入ろう。難しいことは要求しない。事が終われば家族は必ずお前の元へと届けると約束しよう」

「殺しちまえば楽なのによう」

「サソリ……」

「ヘヘッ、ついな。この小僧が痛ぶりがいのあるそそる顔をしやがるから……」

「…………」

「悪かったって、ホラ続きを話せよ」


 軽薄なサソリという女の人に促され仮面の男の人はぼくへと向き直る。


 もう、何も聞きたくない。


 でも聞かなければ何もわからない。


 辛かった。

 逃げ出したかった。

 でも出来ない。


 ぼくには何も出来ない。


「……邪魔は入ったが話は簡単だ。お前にはある仕事を頼みたい」

「し、仕事……」

「近々お前の通う魔法学園では踏破授業が行われるな?」

「…………」

「おい、返事はぁ?」

「は、はい」

「そこにこれを持ち込め、そしてしかるべき時が来たらこのフラスコをヤツにぶつけろ」


 フラスコ?

 仮面の男の人が懐から取り出したのは銀色の液体のようなものが入った硝子ガラスの容器だった。

 

 でも、それよりも気になる事があった。

 ヤツ?

 ヤツって誰のこと?


 嫌な予感に胸を抑えながらぼくは尋ねる。


 答えは予想もしたくないことだった。


「ヴァニタス・リンドブルムだ」

「!?」

「寝込みを襲ってもいいがこちらにも段取りがある。お前にはヤツを管理区域の平原へと誘導して貰う。そこで我々の手の者がヤツを襲う手筈になっている。そのタイミングで使え」

「それをヴァニタスくんに? 何で……」

「理由の詮索など不要だ。ただお前は我々の言うことを黙って聞いていればいい。ああ、あとわかっているだろうがこのことは他言無用だ」

「でもぼくはヴァニタスくんとは……お、同じクラスメイトで……」

「だからこそお前なんだ。ヴァニタス・リンドブルムの奴隷共の守りは硬い。切り崩そうとしても難しいだろう。――――だがお前は違う」


 違うと言われた時胸がドキリと跳ねた。

 違う……確かにそうだ。

 ぼくはクリスティナさんたち彼の大切な奴隷の人たちとは違う。


「ヴァニタス・リンドブルムの関係者の中で最も警戒が薄く、かつヴァニタスからの守りもないに等しい。故郷を遠く離れ学園の学生寮に単独で暮らしこの帝都に知り合いも少ない。何よりお前は平民であって何の後ろ楯も存在しない。誰もお前を助ける者はいない」

「…………ぅ……」

「それにお前は元々貴族の立場を楯にしいたげられてきた。他ならぬヴァニタスの手によって……違うか?」

「!?」


 違わなかった。

 ぼくはほんの少し前までヴァニタスくんにしいたげられていた。


 でもいまのヴァニタスくんは……。


「だが……そうだな。これでもまだ渋るというのならこちらにも考えがある。……サソリ」

「あいよ」


 サソリと呼ばれた女の人が腰のナイフを鞘から引き抜くとクルクルと手元でもて遊ぶ。

 まさか……。


「ほうらよ〜く見ろよ。お前の大事な父ちゃんがこのナイフに切り裂かれる様を」

「ま、待って!」


 夕陽の光を反射する鋭いナイフが父さんの首にすっとあてがわれる。


 駄目だ!

 そんなの駄目だ!


「待って! 待ってぇ!」

「あ〜、どうしよっかなぁ。人質は別にたくさんいるからなぁ。一人くらいここで居なくなってもあたしらは別に困らないんだよなぁ」

「ラルフ! 父さんたちのことは気にするな! お前はお前の考えをつら――――ぐっ……」

「おい黙ってろ。いま良いところなんだよ。殺されてぇのか!」

「と、父さん……」


 殴られた父さんが苦痛に顔をしかめる。

 首には赤い筋が刻まれていた。


 本気だった。

 本気でこの人たちは殺す気だった。


 それにこの女の人は人を傷つけることを何とも思っていない。

 床に転がる父さんを見る目は果てしなく冷たかった。


「余計な手間かけさせんなよ、まったく」

「……だから口は塞いでおけと再三言っただろう」

「でもよぉ、喋れなくしちまったらつまんねぇだろ? ただでさえ警備ばっかで退屈……と、やべぇ、余計なことを喋り過ぎちまったか?」

「……しっかりその小五月蝿い口を紡いでおけ。はぁ……根無し草の考えることはわからんな」


 二人の口論とも言えない言い合い。

 でもその間に床に伏せる父さんの口が何かを伝えたそうに動く。


 西? 貴族? 紅葉こうよう


 まさか……嘘だ。

 そんな大貴族がどうしてぼくたちみたいな平民をわざわざ?


「……どうした? まだ何か聞きたいことでもあるか?」

「い、いえ! 何でも……何でもない……です」


 バレてはいけない。

 ぼくが彼らの正体の一端に触れたことを悟られてはいけない。

 そんなことをすれば父さんたちがどうなるか。


「何でも……ないです」

「なに、そういまから落ち込むなよ。これが終わればお前の家族は晴れて自由の身だ。お前自身もな。それに、これまで散々イジメられてきたお返しができると思えばいい。……お前だって憎かったんだろ? 貴族の坊っちゃんが? なら良かったじゃねぇか復讐出来るいい機会だ。存分に楽しめよ」

「…………」


 仮面の女の人が肩を叩く中ぼくは必死に口を塞ぎ顔を伏せた。


 でも……結局ぼくには何も出来なかった。

 その真偽を確かめることも、父さんたちを助けるために行動を起こすことも。


 たとえぼくたちの故郷を治める公爵オータムリーフ様が関わっていたとわかっても、一個人のそれも平民がそんな大きな力に逆らうことなんて……出来ない。


「では答えを聞こう。……見ての通りだ。やってくれるな?」

「…………はい」


 そうしてぼくは彼らの手駒になった。


 家族を人質に選択肢もなく。

 心のない操り人形に。


 ぼくはもう終わりへと転落していた。






 踏破授業の班決めの際ぼくはヴァニタスくんを同じ班になって欲しいと誘った。

 名目は以前彼が封印の森へと出掛ける前に出してくれた宿題を見てもらうため。


 でも……実際はそんな高尚なものでも純粋なものでもない。


 ヴァニタスくんをおとしいれるため。

 所定の場所へと誘い出し罠にはめるため。


 仮面の彼らはヴァニタスくんを殺すつもりはないと言った。

 あくまで身の程を知ってもらうためだと。


 ……そんなはずがない。

 でも……わかっていてもぼくには何も出来なかった。


 ウルスラさんがボニーくんを連れてきたのは予想外だった。

 彼女がヴァニタスくんに同じ班になって欲しいと提案することも。


 てっきりイルザさんやマユレリカさんが彼と同じ班になると思っていたから。

 イルザさんは勘が鋭いし、マユレリカさんは商会を持っているだけあって人を良く観察している。

 きっと一緒の班ならすぐにぼくの裏切りなんてバレていたと思う。


 ……レクトールくんに誘われていないなんて嘘だ。


 彼からは同じ班になろうと真っ先に声を掛けてもらった。

 でも断った。

 断らざる得なかった。


 ……ぼくは嘘をついた。

 嘘をついてヴァニタスくんを誘った。


 




 踏破授業一日目の途中、ヴァニタスくんはぼくに出した宿題を見てくれるといった。

 汎用魔法しか覚えられていないぼくに助言アドバイスをくれた彼。


 彼にとっては何気ない一言だったかもしれない。

 でもぼくにとっては天啓だった。

 目から鱗が落ちたように自分の先天属性と向き合えるような気がした。


 きっと道が開けると確信していた。


 なのに……結局ぼくはあの日からほとんど進歩していない。

 頭の中にこうすべきというイメージはあるのに、あの脅された日をさかいにそれを形にしようとする意思が失われていた。   


 逃げ場はなかった。

 





 一緒に焚き火を囲んだ夜。 

 ヴァニタスくんはぼくに問い掛けた。

 いや……手を差し伸べてくれた。


『ラルフ、僕が友だちじゃ……嫌か?』


 でも返事なんて出来るはずがなかった。

 そんな資格はぼくにはない。


 いまだってぼくはヴァニタスくんを裏切り続けている。

 ウルスラさんだってボニーくんだってぼくの裏切りを知ればきっとぼくの情けなさと無力さを糾弾きゅうだんするだろう。


 眠れない夜、朝が来なければ良いとひたすら祈っていた。






 明くる日の朝。

 トボトボと無言でみんなの後をついて歩く。

 誘導のことなんて忘れていた。


 ただ何も起きずに今日という日が過ぎることを願った。


 でも駄目だった。


「ガハハハ! 会いたかったぜぇ、モーリッツをぶち殺した白坊主ゥ! オレサマはディグラシオ! オマエが派手に計画をぶち壊してくれた無為混沌の結社アサンスクリタの幹部の一人! さあ、オレサマと存分に殺し合おうぜぇ!!」


 風を巻き起こす巨鳥と激しく爆発する砲撃を放つ大柄な男の人。

 死を予感させる熾烈しれつな戦いが唐突に始まっていた。


 でもその戦いを通じて気づいてしまった。


 自分の本当の気持ちに。


 ヴァニタスくんはぼくたちを庇いながら戦っていた。


 突然の敵に驚くこともなく冷静に淡々と。

 でもぼくたちを見ていない訳じゃない。


 ヴァニタスくんの実力の一端は知っている。

 それでも相手もすごく強いと最初の遭遇でわかった。


 どれだけぼくたちが足手纏いだったか。

 彼にとって邪魔だったのか。


 それでもヴァニタスくんはぼくたちを決して見捨てなかった。

 あの仮面の女の人が父さんを見る眼差しのように彼の目は冷たくなんてなかった。


 砲撃に身を挺して割り込み、ぼくたちを追う風を切り裂き……ずっとずっと助けてくれていた。


 ああ、ぼくはなんて愚かなんだ。


 裏切れない。

 もうこれ以上裏切りたくない。


 テンペストロックバードを倒した。

 ウルスラさんもボニーくんも逃げてといったのにその選択肢を選ばなかった。

 

 彼らの勇気に答えるため必死で戦った。


 そして、やっとこれ以上裏切らないで済むと思ったのに……。


 でもこれが報いなのかな。


「ガハハハッ! ガハハハハ!!」

「うっ……」


 嗤い声が聞こえる。


 熱い、熱いよ。


 どうしてこんなことになったんだろう。

 ぼくはただ友だちを裏切りたくなかっただけなのに。


 銀色の刃が通り抜けていった胸が熱い。

 焼けるように熱い。


「ラルフ君! しっかりして! いま傷を――――エクスヒーリング!」


 ウルスラさんの叫び声が聞こえる。

 暖かい緑の光――――回復魔法だ。


「なんで? 回復魔法で何故治らないの? そんな、そんなことって……ポ、回復薬ポーションを」


 『そんな……回復薬ポーションも効かないなんて』というウルスラさんの儚げな呟きが耳に伝わる。

 でもそれも何処か遠いところから聞こえてくるようだった。


「ヴァニタス君! ラルフ君の傷が、傷が治らないの!」


 駆け寄ってきてくれたヴァニタスくんの頬には切り傷があった。

 痛々しい傷口に思わず顔をしかめる。


 でもウルスラさんはぼくが痛みに苦しんでいると思ったらしい。

 彼女は増々青褪めた顔をしていた。


 もう痛みなんてほとんど感じないのに……。


「……僕の手持ちの回復薬ポーションも効かない。これは……回復阻害か……」

「回復……阻害? それじゃあいくら治療しようとしても効果がないのは……」

「……恐らくは傷自体が魔力で保護されているからだろう。あの銀のスライムの魔力がラルフの傷口に残留し、他の魔力を弾いている……」

「魔力特性……なら、どうすれば……」

「僕は……使。それに時間もない。この傷は肺を傷つけている。出血も酷い。残留する魔力が無くなるまで待つにしても……それまでラルフが持たない」


 顔を伏せるヴァニタスくんの表情はわからない。


 怒っているよね。

 許せないよね。


「ご、ごめん、ぼく、わかってたのに。ヴァニタスくんが襲われるって知ってたのに……なのに伝え、なかった。ぼくは君を……裏切った……」


 後悔ばかりが頭をよぎる。

 もっと早く行動出来ていれば。

 せめてヴァニタスくんにこのことを一早く伝えられていれば。


 何かが変わっていたのかもしれないのに。


「ぐっ……ぅ……」

「ラルフ君、何を!?」


 でも、ぼくにはまだ彼に伝えられていないことがある。


 ウルスラさんの静止を振り切り最後の力を振り絞り彼へと縋り付く。

 胸に痛みはない。

 でも喉の奥から血が迫り上がってくる。

 それを呑み下しぼくはヴァニタスくんを見た。


 彼の揺れる漆黒の瞳を見詰める。


「ヴァニタスくん……気をつけて……あれは……多分、オータム、リーフの……」

「ラルフ、お前最後まで……」


 もう終わりが近いからなのかな。

 ちゃんと……喋れない。


「い、いいんだ。これは……きっと報いなんだ。みんなを、騙していた報い……ヴァニタスくんを……騙していた報い」

「……僕が憎くないのか?」


 きっとこの時初めてヴァニタスくんが怖くないと感じたんだ。

 普段からあんなに自信に満ち溢れてたヴァニタスくんが、ぼくのために少しだけ、ほんの少しだけでも悲しんでくれているのが伝わってきたから。


「に、憎いなんて……思ったことないよ」

「…………」


 でも心残りは家族のこと。

 みんなは天国で僕のことを許してくれるかな。


 ごめん、父さん、母さん、ハーヴィン、ロニー、セドリック。

 みんなを助けられなかった。


 でもどうか許して欲しい。

 ぼくはもう彼を裏切りたくない。


「ラルフ君……ごめんなさい、私の力ではもう」

「ウルスラ……離れていろ」

「ヴァニタス君? 短剣なんて……何を、するつもりなの?」

「…………」

「あ……ヴァニ……くんが……終わり……を……」


 ああ……ヴァニタスくんが終わりをくれるの?


 ヴァニタスくんは優しいから。

 きっとぼくが苦しまないように最後の手向けをくれるんだね。


「……う……ん」


 無言で立ち尽くす彼に頷く。

 きっとそれが友情の裏切り者には相応しい末路だから……。






 でも……ヴァニタスくんが簡単に許してくれるはずなんてなかったんだ。

 安易な死に抗うこともせずただ無力に受け入れることなんて認めてくれるはずがなかった。


「……許さない」


 そうだ、彼には――――慈悲なんてないのだから。


「――――駄目だ。死ぬことは許さない。――――篩握シーヴグラップ


 炎が渦巻いていた。

 ヴァニタスくんの短剣を持つ右腕ごと燃やすかのような猛々しい炎。


 血を失い冷え切った体すら温めてしまうような火。

 火炎は収束し彼の持つ短剣を赤熱させる。


「え……? あ!? ああ、あああぁぁぁ!!!!」

「ラルフ君! ヴァニタス君、何を!?」


 焼ける。

 傷口が。


 ヴァニタスくんの握り締めた赤く熱せられた短剣がぼくの胸の傷を貫いていた。


「ウルスラ、僕が回復阻害の影響下にある部分だけを焼き切る! 後は頼むぞ!」

「そんなこと……」

「ラルフを救うにはこれしかない! 頼む協力してくれ! ……魔力はまだ残っているよな?」

「……ええ、でも私の魔力もあとほんの少しだけ。それにこの方法だとラルフ君の体力が持つかどうか……」

「だがやるしかない……やり遂げるしかない! 僕は賭ける。僕の友ラルフは理不尽に屈したりしない!」

「ああああぁぁぁぁ!!!」


 終わりはいつだって唐突だ。


 でも彼はその終わりにすらあらがって見せる。

 最後の最後まで決して屈しない。


 それがとても羨ましくて……眩しかった。


「ラルフ、お前が僕を置いていくなんて許さない。お前は生きるんだ。生きて見定めるんだ。この先を」


「お前が僕を裏切ったというならこれで僕たちは平等だ。対等な友だ」


「お前の人生はまだ終わっていない。終わらせたりしない。僕がお前を引き止めてみせる」


「自分のために生きろ。家族のために生きろ。未来のために生きろ。―――僕のために生きろ」











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