第百四十四話 銀


 違和感はあった。


 攻め手の一枚であり逃走の手段でもあったはずのテンペストロックバードは殺され、僕と魔法の威力は見掛け上互角。

 援軍が来る気配はなく、たった一人孤独に戦うしか道はない。


 それでもディグラシオヤツの目は完全には絶望していなかった。


 僕が手加減して戦っていたのはわかっているはずだ。

 ボニーやウルスラ、ラルフたち同じ班の仲間たち、また管理区域の森に散らばった生徒たちを極力争いの余波に巻き込まないために、僕は放つ魔法の範囲を絞っていた。


 ヤツも無為混沌の結社アサンスクリタの幹部でありそれなりの実力者。

 僕一人が囮となって少しでも皆から遠ざけようとしていた動きがわかっていないはずがない。


 ……ヤツは魔法の発動を擬似的に無効化する虚無無魔空間アンチマナ・ヴァニティ・スペースを知っている。

 ロックバードを前衛に一定の距離を保ち砲撃に専念していたのがその証拠だ。


 捨て駒とはいえ自由に動き回れる前衛が死んだいま、ヤツは確実に追い詰められているはず。


 なのに何故だ?


 何故ヤツには余裕がある?


 強者だと僕を認めていたはずだ。

 あの歓喜にも似た叫びに嘘はなかった。


 何を期待している?


 ヤツの目は――――僕ではないものを見ていた。


 


 


「この野郎がぁ! 回転式連射砲塔リボルバー・タワーカノン! ――――砲弾発射ファイア!」 


 激昂げきこうするディグラシオ。

 いや……激昂げきこうする振りか?


 どうもしっくりこない。

 何かまだ奥の手でもあるのか?

 それとも僕に勝つ算段が、|隠している札があるとでも?


「――――砲弾発射ファイア! 砲弾発射ファイア! 砲弾発射ファイア!」


 変わらぬ距離を取った連続砲撃。

 数十メートル先からの砲撃の嵐は、テンペストロックバード巨鳥の背中からのものより遥かに正確に飛んでくる。


 だがその分軌道も読みやすく迎撃しやすい。

 直撃、もしくは近くに着弾するものだけを狙って撃ち落とす。


双握ダブルグラップ――――極握砲撃波フルインパクト・バスター

「チッ、届かねぇか! ならコイツだ! 対軍爆撃砲塔ボミング・タワーカノン――――」


 六連の回転式砲身リボルバーを備えた砲塔が空中へと霧散するようにして消える。


 次に現れたのはこれまでとは異なる角張かくばった四角の砲身を備えた砲塔。

 ディグラシオの屈強な肉体に支えられた砲塔はブレることなくこちらを標的へと定める。


 そこに小さな王冠を被ったラルフが合流した。


「――――砲弾発射ファイアァ!!」

「させない! ――――壌砂嵌合砦壁セディメントアコード・フォートウォール!」


 強固な壁だった。

 『土砂』と『砦』、ラルフの持つ二つの属性を掛け合わせた魔法。


 着弾の直後、大爆発を起こし大地すら炎上させる砲撃に対し、壁は一切ビクともしない。


「ヴァニタスくん!」


 僕へと振り返るラルフの目に迷いはなかった。

 ただひたすらに前へと進む、それだけしかなかった。


 自らの進む道を決めた者の目。


「……よく倒せたな」

「テンペストロックバードのこと? うん……ボニーくんやウルスラさんが居てくれたから……」

「……後はアイツだけだ。イケるな?」

「うん!」


 交わす言葉は少ない。

 だがそれでいい。


 余計な言葉は要らない。


 大地が炎上し草花が燃え盛る先に僕らの倒すべき敵がいる。


 ディグラシオは嗤っていた。

 僕ら二人が揃ったことが心から嬉しいように。


「随分とまあ硬え壁だ。だがなぁ! だからこそ突破しがいがあるってもんだぜ! 対壁粉砕砲塔ヴァリアブル・タワーカノン――――砲撃発射ファイア!」

「何度でも防ぐ……何度でも! ――――壌砂嵌合砦壁セディメントアコード・フォートウォール!」


 撃ち出される流線形の砲弾。

 余程自分の魔法に自信があるのか真正面から放たれたそれは、ラルフの魔法へと激突すると深く食い込み爆発する。


 壁に走る大きな亀裂。


 恐らくは対障壁用の魔法。

 だがそれですらラルフの魔法は耐えきった。


「……やったっ」

「まだだ! 対地拡散榴弾砲塔クラスターボム・タワーカノン――――砲弾発射ファイア!」


 ヒビの入った壁を越え空中へと放物線を描き飛ぶ砲弾。


 斜めへと進み頂点に達した直後に、空中で小規模な爆発を起こすと、元の砲弾より二回りは小さい砲弾が無数に姿を現す。


 僕ら二人だけでなくウルスラやボニーも標的か……。


「ヴァ、ヴァニタスくん!」

「動くな。……撃ち落とす。重握レイヤーグラップ――――極握崩壊衝撃フルインパクト・ディスラプション


 両手を重ねて放つ空中へと伝播でんぱする破壊の衝撃。

 砲弾に触れた瞬間、爆発は爆発を呼び、轟音と振動が一帯を大地ごと揺らす。


 ぐっ……相当な爆音と衝撃だな。

 まるで爆発に空気ごと吹き飛ばされたかのように衝撃が押し寄せてくる。


 だが、これで散らばった砲撃の大半は撃ち落とした。

 残りも僕らへと直撃するものはない。


「ヴァニタスくん! 大丈夫だった!?」

「ああ、ウルスラたちも……無傷だな」

「うん、良かった……じゃあ次はぼくたちの――――」


 ピキリと何かに亀裂が走ったような音が聞こえた気がした。

 ガラスが割れるような音。


「――――えっ……?」


 違和感はあったはずだ。


 四人一組の班を決める時も。

 宿題として課した魔法の成果を見る時も。

 あの静かな夜の会話も。

 この管理区域の森林の中にポツリと存在する平原に来る道中も。


 それなのに僕は見逃していた。


 だから僕は…………失う。


 大切なものを。


「ラル、フ?」

「え……? …………あっ……」


 背中からラルフの胸を貫くあり得ないものの存在に目を見開く。


 血に濡れた銀の刃がラルフの体を貫通していた。


 明らかな致命傷だった。


「ん……ぁぁ……」


 銀の刃がシュルリと動き空中に縫い止めていたラルフを地面へと無造作に放り捨てる。


 銀の触手……いまのは硬質化していたのか?

 ベットリと血のついた銀の触手はラルフの背負っていた荷物バックへと戻ると、内側から袋を引き千切りその姿を現す。


 銀の触手うごめく粘体の生物。

 スライム、か?

 いや、そもそもコイツは生き物なのか?


 光沢ある銀の体は生気を感じさせない無機質さがあった。


 違う、そんな考察はいま必要ない。


 必要なのは――――。


双握ダブルグラップ――――極握撃フルインパクト


 ユラユラと蠢く銀の触手を掻い潜り懐へと飛び込み、叩きつけるようにして魔法を放つ。


 左の頬が熱い。

 硬質化した触手に切られたか?


 関係ない。

 まだコイツは動いている。


 なら殺す。

 息の根を止める。


 頬から流れ落ちる血を振り払い再度魔法を放つ。


双握ダブルグラップ――――極握撃フルインパクト!」


 しかし、銀の粘体生物スライムは体の大半を吹き飛ばされたというのにほとんどダメージを受けている様子はなかった。

 衝撃で無数に散らばった体の破片へと触手を伸ばすと、本体へと引き寄せ再生を始める。


「……効いていない」


 だが、それでも元に戻るとなるとそれなりに時間がかかるようだな。


「ウルスラ!」

「――――ええ!」


 治療を。


 傷は深い。

 だが、まだ間に合うはずだ。

 間に合わせられるはずだ。


 危険をかえりみず僕たちのいる戦場へと走ってきてくれた回復魔法の使い手ウルスラへと傷ついたラルフをたくす。


「ガハハッ! ガハハハハハハ!」


 狂ったように嗤うディグラシオ。

 不気味な静けさが辺りに漂っていた。


「ヴァニタス! 驚いたか! ああ、驚いたよな! そうだ! その小僧はなぁ、最初からオレサマたちの手下だったんだよ!」


 ……動揺させるための罠だ。

 耳を貸すな。


 銀の粘体生物スライムはまだ生きている。

 脅威は依然いぜんとして去っていない。


「森の中のオマエを見晴らしのいい場所に誘き寄せ、不意を打つためのオレサマたちの協力者! そして、オマエを裏切らせ追い詰めるための駒だった訳だ! まあ、当初の目論見もくろみから見ればちょっと予定は狂っちまったけどなぁ! なぁヴァニタス! これは想定出来ていたか? なぁ? ガハハハハッ! ガハハハハッ!!」 


 耳障りな高笑いが聞こえる。


 再生を終えた銀の粘体生物スライムは体から無数に触手を伸ばしこちらへと迫ってくる。

 先端はナイフのように鋭利に尖り、触れれば容易く物体を切り裂くと瞬時にわかる。


 ……ラルフの胸を背後から容易く切り裂いたように。


「正直小僧共如きにテンペストロックバードオレサマのペットが殺されるとは思ってなかったぜ! オレサマとしちゃあヴァニタス、貴族オマエの目の前で大事なものを失わせられればそれで良かったんだ! 『銀のフラスコ』なんか使わなくてもなぁ。だが、結果的には良かったかもな! しっかりと見れただろ? 大事なものが失われるさまってヤツをよぉ!」


 スライムなら核があるはずだ。

 それが体を構成するかなめのはず。


 核は何処にある。

 それさえ壊せれば……。


「だがなぁ、小僧! オマエがしっかり誘導しねぇからオマエらを探すのに時間がかかっただろうが! 空から探すのは骨が折れたぜ。何せ予定通りの場所に連れて行かねぇもんだから流石のオレサマも少〜しばかり手間取っちまった」

「…………」

「それにな。予定ではヴァニタスにフラスコを投げつけるはずがどうして何もしなかった? いつでも機会はあったはずだ!  わかってるんだろ? オマエに選択肢はなかったって!」

「…………」 

「だからそんな死にかけの無様な姿を晒すことになるんだ。はぁ……最後まで裏切りを隠し通せるとでも思ったか? 駒の分際でこの場を切り抜けて人質も開放出来るとはかない夢でも見たか? ……だがまあオマエはいい仕事をしたぜ。何せ、ガハハ、ヴァニタスにそんな苦悶くもんの表情を浮かべさせてくれたんだからなぁ! ん? ああ、もう聞いちゃいねぇか」

「黙れ……双握ダブルグラップ――――虚無握撃ヴァニティ・インパクト!」


 まずは動きを封じる。

 触手の警戒網を潜り抜け、本体へと叩き込む力を失わせる虚無の一撃。


「――――極握撃フルインパクト!!」


 ついで真上から粘体生物スライムへと飛び掛かり、地面に押し付けるようにして魔法を放った。

 逃げ場をなくした上で体全体を核ごと押し潰す。


 ようやく沈黙する銀の粘体生物スライム


「さて、スライムとのお遊戯は終わったようだな。これでもう足手纏いも邪魔者もいねぇ。ならそろそろ本番と行こうぜ。見せてやる。オレサマの最強の魔法を。――――戦戮自走砲熕ジャガーノート・パワードグリーレッ!!」


 ディグラシオの全身を砲塔を構成していた金属らしきパーツが包む。


 二の腕、両肩、腰、至るところに現れる分厚い装甲と砲塔。

 身に纏う強化外骨格パワードスーツ様相ようそうを呈したそれは、恐らくはヤツの宣言通り決戦用の切り札魔法なのだろう。


 どうでもいい。


「見ろ! この魔法を! オレサマの最強の魔法! 全身を『砲塔』で包む動く火薬庫の姿を! どうだ? ヴァニタス、オマエの掌握魔法とやらとどっちが強えか勝負と行こうじゃねぇか!」


 鬱陶うっとうしい。

 鬱陶うっとうしいんだよ。


 吠えるな。

 さえずるな。


 もうお前は終わったんだ。


「……先生、お願いします」


 隠していた札を切る。

 僕は虚空に声を響かせた。


 場違いな一羽の小鳥が空を飛び僕らの目の前で姿を変える。

 それはこれまでの僕たちの道程みちのりを陰ながら見学していた青い小鳥であり、襲撃を警告した赤い小鳥。


 小鳥の降り立った先に現れたのは見知った老人の姿だった。


 僕の唯一の講師であり先生。

 『変幻』アシュバーン・ダントン。


「……いいんじゃな」

「はい」

「コイツは要らんな」

「はい」


 ディグラシオが驚愕に目を見開く。

 突然の乱入者に呆気に取られていた。


「は? 誰だそいつは……」

「お主の相手は儂……いや、私だ。――――逆行変身メタモルフォーゼ・リグレッシブ


 姿が変わる。

 白髪の老人から森林には不釣り合いな黒紫のコートに身を包んだ初老の男へ。


「待て……オレサマと戦わない、だと。せっかく強敵と出会えたと思ったんだぞ! 貴族なんてどいつもこいつも反吐へどが出るヤツしかいねぇが、やっとオレサマを満足させてくれる相手が現れたと思ったんだぞ! なのに……戦わないのか? これからだろ? 強者は失って強くなるんだ! ヴァニタス! オマエはもっと強くなったはずだ! 大事なものに裏切られて、失って、強く! オレサマと同じように! なのに、なのにオレサマと戦わないっていうのか!!」

「……すまないがここからは貴様の求める楽しい戦いにはならないぞ。貴様はこれから『処理』させてもらう」

「ヴァニタス! オレサマの期待を裏切るのか!? 何でだ! 何でなんだ! ヴァニタス! ヴァニタァーーーース!!」


 無様にも叫び声をあげながらアシュバーン先生に襟首を捕まれ森の奥へと連れて行かれるディグラシオ。


 これでいい。

 四十代あの姿のアシュバーン先生は他国の中枢に侵入し、諜報ちょうほうと工作、そして暗殺に明け暮れた殺伐とした日々を過ごしたという時の姿。


 これからヤツには処理という名の凄惨せいさんな拷問が待っているだろう。

 それは戦いとは程遠い、家畜の屠殺とさつのような無情かつ空虚なもの。


 鬱陶うっとうしいヤツは消えた。

 だが、事態は何一つ解決していない。


「ヴァニタス君! ラルフ君の傷が、傷が治らないの!」


 ウルスラの切羽せっぱ詰まった叫び声が管理区域の森林へと木霊こだまする。











★評価、フォロー、ご感想をいただけると幸いです。


貴方様の応援が執筆の励みになります!


どうかよろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る