第百四十話 鮮血滴る赤竜骨の女帝


 どんな攻撃も回避し続ける相手に勝つにはどうすればいいのか。


 ――――答えは私の中にある。






 以前の遭遇では結局何も出来ずに時間稼ぎを完遂かんすいされてしまった案山子男スケアクロウとの再戦リベンジマッチ


 ホロロニクス余計な人物こそいるが、攻撃を尽くいなされ、躱され、案山子魔法を身代わりにされた相手との待ちに待った再び戦う機会。


 だが、ふたを開けてみれば戦いは一方的なものとなっていた。


 一対二の状況で果たしてどちらがまさっているのか?


 フッ、当然私だ。


「……効かんか。まったく一体どういう理屈じゃ? ワシの『睡魔』魔法がまったく効果を表さないとは」

「簡単な話だ。怒れる竜は眠らない」

「……ウソじゃろう?」


 嘘だ。

 単にこの魔法による副次的な効果で眠る暇などないだけだ。


 鮮血滴る赤竜骨の女帝ドラゴンボーン・ディープブラッドエンプレス

 この魔法は血の滴る竜骨を必要とする以上、私自身の出血を多少なりとも要求する。


 全身を覆う竜骨の内側には小さな棘があり、身を護るはずの竜骨は同時に私を傷つけ、動く度に僅かな痛みが全身へと走る。

 痛みは私に眠る暇など与えてくれない。


 だがそれでいい

 一見デメリットしかないようなこの魔法だが、当然それだけではないのだから。


「――――案山子スケアクロウ農民ファーマー】、案山子スケアクロウ衛兵セントリー】、案山子スケアクロウ巨漢ビッグマン】、案山子スケアクロウ舞女ダンサー】。……行け」

「無駄だ」


 新たに作り出された案山子の軍勢による包囲網。

 一挙に押し寄せるそれを私は一歩も動かずして破壊し尽くす。


「……ほんの少し案山子が近づいただけで『赤』い棘に貫かれるとはの。これでは迂闊うかつに攻めきれん」


 鮮血に濡れた棘刺ブラッディソーンズとでも名付けるべきか。


 元々竜骨の武器は強度に優れていた。

 しかし、重量もそれなりのため取り回しはどうしても大雑把になる。


 だがこの魔法は違う。

 血に濡れた竜骨を纏う間、近づいてくる敵は例外なく血の棘にて貫かれる。

 私の意志とは関係なくだ。


 敵意に反応する


 これこそがこの魔法の真価。


 また、痛みで眠れないとは言ったが実を言えばそれだけではない。

 この魔法は全身を私の魔力を多分に含んだ血液と竜骨で覆うことで、ヴァニタスの自己掌握セルフマニュピレイトと似通った効果を有している。


 すなわち、外部からの粗末な状態異常、精神汚染の魔法を弾くことが可能であり、また、私の肉体がどれほどの痛みを感じようとも意志の力だけで何処までも戦い抜ける。


 全身に纏う鎧であり武器。


 それが私の新たな魔法であり新たな姿。


 ……もっとも欠点が全身を襲う痛みだけかと言われればそうでもない。


 この魔法は出血を強いられる以上徐々に血液と体力を失う諸刃の剣。


 魔法発動中はまだいい。

 滴り落ちる鮮血は竜骨表面に留まることで維持され、戦闘中に血液不足で動けなくなるということはまずない。

 しかし、この魔法が解けた後には必ず怪我の治療が必要となる。


 言うなれば超短期決戦用の魔法であり、長期戦には圧倒的に不向き。

 だがそれを考慮してなおこの魔法には価値がある。


 全身に伝わる痛み以上に得るものさえあれば。


 自分のみが傷つくなど些細なことだ。


「フンッ」


 赤く血に濡れた竜骨に覆われた手は竜の鈎爪かぎつめ


 腰から伸びた太く逞しいそれは地面すら容易く砕く竜の尾。


 翼こそないがこの身はすでに全身が武器となった。

 脆く弱い案山子など少し動き回るだけで軽々と砕け散る。


 取り囲んでくる案山子相手に暴れ回る私を見て、案山子男スケアクロウはポツリと呟いた。


「……『赤』の竜」

 

 禍々しいか?


 だが構わない。

 どんな風に見られたとしても私は気にしない。


 そうだ。

 真なる私を見てくれる者はすでにいる。

 あの温かい湯の中での泡沫ほうまつの語らいが私に力をくれる。


 恐怖でも憐憫れんびんでも好きに抱くがいい。


 だが、私は見たぞ。

 邪竜エクリプスドラゴンと戦うヴァニタスの姿を。


 己が傷つくこともいとわず信念を貫き通す姿を。

 大切な者を命に代えても守り通すという決意を。


 この姿は戦い傷つく彼の姿を見た私の決意の証。

 愛する者と同じく自らが傷ついたとしても、立ち塞がる敵を倒し己の道を進む覚悟の姿。


 これこそ我が敵を薙ぎ払う血の竜の化身となる魔法。


「……――――光辿る道をここにパスライト

「逃すと思うか?」

「オオウッ!? これはこれはっ、避けるのも一苦労じゃな」


 光の道による急加速?

 踏み込ませなければ問題ない。


 竜の尾のリーチは長く、そのうえで纏う鮮血による延長すら可能。

 さしずめ鮮血に濡れた剛尾ブラッディテイルか。


「――――案山子スケアクロウ狂信者ファナティック】」


 至近距離での自爆特攻か……効かないぞ。


 『赤』の竜骨の頑強さは飛び切りだ。

 細かい木片がいくら当たろうとも内部の私が致命傷を受けることはない。


 ……少しばかり衝撃は響くがこの程度安いものだ。


「……案山子スケアクロウ老騎士ロートルナイト】」

「ム?」


 これまでとは少し毛色の違う魔法。

 以前の見上げるほどに巨大な案山子ではない。


 ……また異なる切り札か?


 古びた鎧を纏った騎士の案山子。

 手にはヒビ割れた大剣。

 ところどころ欠けた鎧の装飾はお世辞にも良いとは言えず、片脚を引きずるような立ち姿はフラフラとして何処か落ち着かない。


 しかし、眼光だけは鋭く光り、こちらの出方を一欠片も見逃すまいと窺っている。


 だが……。


「無駄、だったな。普段の私になら効いたのだろうが……いまのこの『赤』の竜骨を纏った私には効きはしない」


 古びた鎧を纏った騎士はカウンタータイプの魔法だった。


 間合いに入り攻撃してきた者を問答無用で斬り伏せる魔法。

 本来なら攻撃を受け流したうえで手痛い反撃を食らわせる一瞬一撃に賭けた魔法なのだろうが……いまの私に生半可な攻撃は通用しない。


 大剣は『赤』の竜骨の前に虚しく砕け散った。


「これならどうじゃ――――監獄たる四辺の石版棺ストーンスラブ・コフィン

「石の壁、いや……『石版』の魔法か? まだこんな手を残していたとはな」

「――――案山子スケアクロウ背高トールマン】」

「四方を囲う石版で閉じ込め上から叩く。利に叶った連携だが……これも無駄だな」

「足止めすら出来んか……」


 クリスティナからは聞かなかったまた異なる魔法。

 この老人もまた手札を隠していた。


 ……狡猾こうかつなことだ。

 しかし、もう次の手はないな。


「今度はこちらからだ。……行くぞ」

転身ドッジ


 単発の回避の魔法。

 しかし、付かず離れず攻め続ければどうなる?


 当然追いつかなくなる。


幻影転身ファントムドッジ

「それももう何度も見た」

「……っ」


 『赤』の竜骨に覆われた爪を振るい幻影を突破する。


 攻める。

 攻め続ける。


 攻撃が当たるまでこの爪が届くまで


「――――自動回避オートドッジ

「ム!?」


 まるで手応えのない回避。


 連続して振るった両の爪を、尾を、血の棘を尽く紙一重かみひとえで躱される。

 まったく淀みのない一連の回避行動。


 なるほど……今度は攻撃を捨て回避のみに振り切った魔法か。

 視界外からの攻撃すら避けるのだから相当なものだ。


 だが攻める。

 攻めて攻めて攻め続ける。


 そうだ。

 私が以前の戦いより学んだのはこのこと。


 躱し続ける決して手の届かない相手にどう勝つか。


 搦め手を使う?

 異なる戦術を取る?


 ああ、それが正道だろうな。

 真っ当かつ至極当然の思考だ。


 いまある手で通じないなら別の手を講じる。


 だが違う。

 すべてを力で捻じ伏せる。


 それが私だ。


 だからこそ私はこの魔法を作った。


 案山子男スケアクロウ、お前の回避は強制的に回避行動を取らせる魔法だろうが、体の可動域までは変えられない。

 いつかは必ず限界がくる。


 私はその時が来るまで攻め続ける!


 息が切れ、四肢が千切れそうになり、体中が痛みに包まれても私が止まることはない!


 ――――捉えた!


「くっ……」

「ハハッ、ようやく血を流したな! 案山子男スケアクロウ!」

「……こちらの攻撃は一切通用せず、ワシらの中でも避けることに特化しておる案山子男スケアクロウですら被弾する、じゃと? これはもしや……打つ手なしかの?」


 ホロロニクスの驚愕した顔。

 案山子男スケアクロウが負傷したことが余程信じられないらしい。


 だが、弱気な発言になど惑わされないぞ。

 どうせ虚言ブラフだろう?


 私は私の役割を真っ当する。

 そこに手心を加えることなど決してない。


 覚悟しろ。


 帝国の未来を脅かすお前たちにはそれなりの痛みを味わってもらう。










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