第百三十七話 ボニー・ダドラーと王冠


 勝てねぇよ。


 勝てるはずがない。


 吹き荒れる暴風と鼓膜が破れるかのような爆音を肌で感じながら、おれは大木の陰に身を隠し必死に息を潜めることしか出来なかった。


「やるなぁ白坊主! お荷物を庇いながらオレサマの砲弾とロックバードの攻撃をこうも撃ち落とすとはな! モーリッツの野郎を殺しただけはある!」 

「…………」

「強え! オマエはやっぱり強えよ! ガハハハッ、そうだ! 逃げるだけの弱っちい奴を殺したんじゃ意味がねぇんだ! オマエのような歯ごたえのある強え奴とオレサマは戦いたかったんだ!」

「…………」

「なぁ、白坊主、オマエも楽しいだろ! 楽しくて堪らねぇよなぁ! 簡単に終わってくれるなよ! なぁ! なぁ!」

「…………」


 生きた心地がしなかった。


 ひたすらに目を背けてしまいたかった。


 だけど出来ない。

 すぐ側で行われる命のやり取りはおれに無視することを許さない。


 ……ヴァニタスさんはおれたちにいった。


『お前たちは隠れていろ。……ヤツらとは僕一人でケリをつける』


 あり得ないほどデカい鳥。

 上空から強襲してくるテンペストロックバードを相手取りながら、筋肉オバケな大男の放つ砲撃の魔法を迎撃する。


 二体一。

 それでもヴァニタスさんはおれたちを守りながら戦っていた。


 テンペストロックバードが空の上からしきりにおれたちを狙う中、時には自分自身が隙を晒すことになることすら織り込んで。


 砲撃と烈風飛び交う地獄のような戦場をたった一人戦う。


 次元が違った。


 おれたちより遙かに強いことはゴブリンやその他の魔物を一撃で殺していた時から薄々わかっていた。

 それでもここまで実力に開きがあるなんて想像もしていなかった。


 何より覚悟が違う。

 おれなんて戦場から離れたいまも手先が震えて止まらないっていうのに。

 一発でも攻撃を喰らえば終わりなはずなのに。


 拭い去れない恐怖の中、ヴァニタスさんは一人立ち向かっていた。


「っ…………」


 戦闘の中心である平原の中央から木々の生え揃う森の中へ。


 大木を背にして状態で、さらに委員長の大熊を盾におれたち三人は耐え続ける。

 息を潜め、気配を殺し、標的にならないように必死に。


 だが、いつかはこの場所も見つかり安全ではなくなる。


 だから……。


「ラルフ、委員長。早くここから離れないと……」


 だから逃げるべきだと思った。


 おれたちは足手纏いだってわかっていたから。


 横目で委員長を見る。

 コクリと頷いた。


 そうだ。

 おれの考えは間違っちゃいない。


 ここにうずくまっていたって何かが変わる訳じゃない。

 次元の違う戦いにおれたちが手出し出来る訳でも、待ち続ければ勝手に状況が好転する訳でもない。


 寧ろここから早く逃げ出す避難することの方が良いと、おれたちを庇いながら必死で戦ってくれてるヴァニタスさんのためにもなるとそう思ったんだ。


 それなのに……ラルフの返事は違った。


「二人は先に行って、ぼくは……ヴァニタスくんを助けないと」

「なに……言ってんだよ……ラルフ」


 耳を疑った。

 ヴァニタスさんを……助ける?


 あの戦闘に参加するって言うのか?

 砲弾は爆音と共に地面を深く抉り、烈風は大気を切り裂くかのごとく荒れ狂う……文字通りの地獄。


 どうやって……。

 おれたちがあんな災禍の中に突っ込んだらそれこそ一瞬で……死ぬだけだ。


 ……正気の沙汰じゃない。


「……見えねぇ、のか?」

「でも……」

「でもも何もねぇんだ! 見てわかるだろ! 見ろよ! あんな殺意の塊みたいな連中だぞ!

 真正面からおれたちを殺すと、笑いながら宣言するような奴相手だぞ! おれたちが、おれたちなんかが敵うはずがないんだ! 勝てるはずがねぇんだ!」

「ボニー君……」


 叫んでいた。

 恥も外聞がいぶんもなくただ必死に。

 無我夢中でラルフに突っかかる。


「ヴァニタスさんが言ってただろ! 隠れていろって! 一人でケリをつけるって! ……それに、アイツだってあの筋肉オバケ大男だって言ってただろ? おれたちは巻き込まれただけだって。敵の、それこそおれたちを突然襲撃してきた奴の言うことを真っ直ぐ信じる訳じゃねぇ、だけどおれたちがヴァニタスさんの事情に巻き込まれただけなら……いまなら逃げられるかもしれねぇだろ……」


 馬鹿な話だ。


 すぐ近く、それこそ真後ろで殺し合いが行われているっていうのに、大声で自分たちの位置を知らせるなんて本当におれは馬鹿野郎だ。


 でも叫ばずにはいられなかった。


 心の中の本当の気持ち。

 

 だけど……おれは何処かでラルフのことを侮っていたのかもしれない。


 ラルフは取り乱すおれとは対照的に、落ち着いたままおれと委員長に向き直る。


「ボニーくんとウルスラさんはここにいて……ここからはぼく一人で……」

「一人でって……一人で何が出来るんだよ」

「わからない。でもせめてあの巨鳥テンペストロックバードだけは……ぼくでもなんとか出来るかもしれない」

「何でだ? 何でそんな……」


 信じられない。

 信じられないからこそおれの口からはいまこの場で聞くべきではないことを、聞く必要などないことを聞いていた。

 

「……ラルフ、お前は……ヴァニタスさんにいじめられてたんじゃなかったのかよ……」


 聞いてから、しまった、と口を閉じる。

 だがもう遅い。

 吐いた言葉は飲み込めない。


 ラルフは一度顔をうつむかせて……もう一度前を見る。


 暗さはある。

 でも……迷いない目だった。


「……そうだね。ぼくはヴァニタスくんとは……のヴァニタスくんとはそれほど仲が良かった訳じゃない」

「そこまで尽くす必要があるのかよ! 相手が貴族だからか? だからって……平民は逆らえないからって命まで賭ける必要があるのかよ! 一方的にしいたげられてた相手だぞ? 逃げたって……いいじゃねえか」


 弱さをさらけ出していた。

 いつもなら決して表に表すことのない弱さをさらけ出し、最近の、それこそ昨日までのヴァニタスさんが貴族の特権を使う気もないとわかっていたはずなのにそれでもおれはラルフへと尋ねていた。


「…………違うよ」

「何がっ……!」

「ヴァニタスくんが貴族だから、じゃない。彼はぼくの……友だち、だから」


 真っ直ぐ。


 視線が合わさる。


 この授業の中でラルフがおれと目と目を真っ直ぐ合わせるなんてことはほとんどなかった。


 合わさってもすぐに逸らされる。

 ラルフ自身は必死に耐えてくれてたけど、おれはおれの目付きの悪さをよく知っている。


 だから当然だ。

 誰だって恐怖と向き合うのは……嫌だ。

 でもほんの少し思う寂しさのようなもの。


 子供の頃からずっとこの目には困らされてきた。

 特に何も思っていないのに睨まれただの、危害を加えるつもりだの、それこそ毎日のように腫れ物を扱うようにして距離を取られた。


 誤解されトラブルに発展することすら日常茶飯事。

 時には冤罪だって吹っ掛けられたこともある。


 おれ自身ですら嫌な目。

 でも自分ではどうにもならないもの。


 それをラルフは真っ直ぐに見据えていた。

 負の感情なんてなかった。

 

「確かにぼくは彼からは不当な扱いを受けていた。でもヴァニタスくんはぼくの友だちだって気づいたから……やっぱりぼくは……ううん」


 首を横に振って自らの言葉を否定する、いや次第に何かを確信していくラルフ。


「言葉にしてはっきりわかった。ぼくはヴァニタスくんの友だちでいたいんだ。今の彼の友だちでいたい。彼が手を差し伸べてくれたから、だからぼくは……彼を裏切りたくないんだ」


 おれは――――。


「二人は付き合う必要はないよ。これはぼくだけの問題だから……。だから二人はここから一刻も早く離れて、ここは危ない」


 おれたちは――――。


 視線を真横へ。

 ゆっくりと頷く委員長を見た。


 薄く微笑む彼女もおれと同じ気持ちだった。


 自らの震える手を握り直す。


 震えはいつの間にか収まっていた。






回転式連射砲塔リボルバー・タワーカノン! ――――砲弾発射ファイア! 砲弾発射ファイア! 砲弾発射ファイアァ!」

「キィーーー!!」


 筋肉オバケ大男は一心不乱に砲撃を放ち続け、テンペストロックバードは周囲を切り裂く烈風をそれこそ竜巻の如く巻き起こす。

 大地には衝撃でえぐれた箇所が無数に広がり、風の刃によって刻まれた大きな溝がありありと残る。


 一方でヴァニタスさんも負けてはいない。

 反撃の魔法は正しく魔力の砲撃であり、相手の攻撃を尽く的確に撃ち落とす。


 テンペストロックバードの上空からの強襲も難なく回避し、追撃すらさせない立ち回り。

 二体一ながらヴァニタスさんに目立った怪我はなかった。


 拮抗しているようにも見える激戦。


 そう、激戦の真っ只中。


 そこにおれは飛び込む。


「こっちだバカ鳥! ――――速光弾!」

「キェェッーーーー!」


 恐怖はなかった。


 あるとすればこれからする馬鹿なことへの僅かばかりの高揚感。

 自分にこんな感情が湧く時がくるなんて思ってもいなかった。


 だけど……案外悪くない。


「ボニー……?」

「おいおい、もう存在自体忘れてたぜ。……大人しく逃げてりゃ追わなかったかもしれねぇのにわざわざ自分から死にに来るとはな。殺れ、ロックバード。今度こそ殺して――――」

「待て。……僕がさせるとでも?」

「ヴァニタスさん! こいつはおれに、おれたちに任せて下さい!」

「…………ボニー、お前……」

「いいじゃねえか、面白れぇ。やれロックバード、身の程を教えてやれ」


 大男の命令でテンペストロックバードが動く。


 殺意に溢れた眼がこちらを射抜く。


 だが知ったことじゃない。


 先に牽制で放った速光弾おれの魔法は欠片も効いていない。


 だからなんだ。


 広げれば十メートル以上にもなるだろう巨大な両翼。

 くちばしは曲がりつつも鋭利に尖り、鉤爪はそれこそ大木すら掴めるほどにデカい。


 だからなんだ。


「――――速光弾!」

「キィ!」


 棍を手に戦場を駆ける。

 そこを追ってくるテンペストロックバード。


「……ごめんなさい。行って!」

「キィ!?」


 委員長が魔法といえど戦う力のない小鳥を目眩ましに使う。


 比較しても遥かな巨体に向けた捨て身の特攻であり、この後の小鳥たちを待ち受ける運命がはかないことはわかりきっていることだった。


 優しい委員長には酷な命令。

 きっと彼女はいま身を引き裂くような苦痛に苛まれている。


 それでも敢えて残酷な命令を出す。

 おれたちのために。


 だからそれに応えないと。


「これならどうだ! ――――巨光弾!」


 弾速は鈍いが威力は抜群の魔法。

 しかし、薄く纏った風の流れに簡単に遮られる。


 ハッ、これも効かないのかよ。


「キィーー!!」

「ぐっ……」


 テンペストロックバードの反撃。

 風が研ぎ澄まされ烈風となり、大気すら引き裂く刃となる。


「グガアッ!」

「あぶねぇ……助かったぜ」


 庇ってくれたのは委員長の魔法『常癒じょうゆ戦熊せんぐま』。


 『大熊』の魔法と回復魔法を合わせた魔法。

 常時自身の傷を回復し続ける継戦能力に長けた大熊を相棒におれは風の刃の嵐をやり過ごす。

 

 それにしてもスゲェ魔法だ。

 こいつがいなかったらおれなんてとっくの昔に致命傷を負って動けなくなってる。


「キィッ―――!!」


 倒れない標的に怒りの感情を見せるテンペストロックバード。

 一度上空に舞い上がると鉤爪を使ってこちらを掴み取ろうとおれたちの頭上を取る。


 おれと戦熊相棒を纏めて仕留めるつもりだな。


「ボニー君!」


 委員長の心配の声に返事をする暇もない。


 全力で走る。

 丁度烈風で切り裂かれ倒れた大木の陰に。

 棍を手に棒高跳びのように飛び隠れる。


「キィ?」


 標的おれを追ってきたというのに視界からいなくなった途端に上空で動きを止めるテンペストロックバード。


 どうやらそれほど頭は良くないらしい。


 だがこのままおれの存在自体を忘れてもらっても困る。

 今度はこっちから仕掛ける。


「――――速光弾!」


 視界の外、空で待機したままキョロキョロと見回すテンペストロックバードの尾羽根に向けて魔法を放つ。

 

「キィーー!」


 相変わらず欠片も効いていない。

 でもこれでいい。


 頭に血を登らせたテンペストロックバードは大木の陰で視界を切りながら走るおれを執拗に追ってくる。


 近づく度、風が吹き荒れ体勢を崩される。

 全力疾走の連続に心臓が張り裂けそうだ。


 それでもおれは走り続ける。


 小さな傷は関係ない。

 全力だ。

 狙うタイミングが来るまで……耐えろ。


「キィ! キィ!」


 来た。

 上空から低空へと。


 もう我慢ならないとばかりに地上すれすれへと迫るテンペストロックバード。


「ッ!? ボニー君! 行って、少しでも彼の援護を!」


 再度の『椋鳥』の魔法。

 しかし、今度は纏わりつくことすら許されず簡単に掻き消される。


 鉤爪がおれのすぐ脇を通り過ぎ虚空を掴んだ。


「ガァ!」


 だが、その間に戦熊相棒が間に合った。

 おれを背に両手を広げ鉤爪そのものを掴む。


「キィッーー!!」


 テンペストロックバードの鋭利なくちばしが相棒を突く。

 怒りに任せた衝動的な攻撃は相棒の背を何度も貫いた。


 いくら常時回復し続けるとはいってもこれほどの攻撃を受け続けたら……。


「…………っ」


 ……相棒、ありがとよ。


 くちばしの先端がおれへと向けられる。

 次に消えるのはお前だと。


 ――――いまだ。


「喰らえ――――眩光弾」

「キィッ!?」


 至近距離からの目眩ましの魔法にテンペストロックバードは驚き姿勢を崩す。

 地に墜ちるほどではない。

 でもこれで隙は出来た。


 ああそうだ。

 この時、この場所のためにお前にはおれについてきて貰った。


 勝負は一発。


 このためにおれはこいつの怒りを溜めていた。

 逃げ回り続ける弱っちい獲物をやっと仕留めたと油断するタイミングを。


 だからただ叫ぶ。


 絶好の機会は作ったと。


「やれ! ラルフ!」「ラルフ君! お願い!」






 王権譲渡クラウンギフトという魔法がある。


 ボニー・ダドラーの習得する魔法の中でも特に異質な魔法。

 『王冠』魔法により繰り出される他者を補助するためだけに存在する魔法。


 ボニーがこの魔法を習得したのは偶然だった。


 彼が己の先天属性に『王冠』の魔法があることを知った時、真っ先に思ったのは自分には相応しくない、だった。


 目つきの鋭さから幼少期から誤解されることの多かったボニー。

 偏見から誰からも避けられ疎まれる彼は、誰かと協力することなど知らなかった。


 さらに人付き合いの苦手さから誤解を解くことすら諦める日々。

 両親は目付きだけで判断するような輩は寧ろ笑い飛ばせばいいと彼にいう。


 しかし、それでボニーの心が晴れることはなかった。

 どうせ報われることなどないと、理解者を得ることなどないと負の意識が拭い去れなかった。


 いつしかボニーは自分を偽り少しでも明るい姿を演出することを覚えた。

 人前で彼はぶっきら棒な態度を取り乱暴な言葉を使いながらも、本心は決して見せなくなった。


 ある時彼はSランク冒険者と出会う。


 強さと柔軟さを兼ね備え、かといって地位を笠に威張りもしない。

 彼は他者を寄せ付けない強さを持ちながら、誰からも好かれているようだった。


 羨ましかった。

 そう、彼への羨望せんぼうがこの魔法を生んだ。


 自分もああ成りたいとボニーは願った。

 

 しかし、ボニーはどうしても自分に王冠を被せることが出来なかった。

 拭えない負の感情からか、どうしても自分が王となる姿を思い描けなかった。


 それでもこの魔法だけは習得することが出来た。

 皮肉な話だ。

 羨望せんぼうが切っ掛けでありながら、自分ではなく他者を祭り上げ支える魔法を覚えるとは。


 だが、ボニーの中では活躍し注目を集める者はいつだって他人であり、結局自分は物語を外から見守るだけの傍観者にしかすぎないという意識が無くならなかった。


 そうして習得しつつも長らく使う機会のなかった魔法。


 しかし、ボニーは見た。

 ラルフの勇敢さを。


 友のために立ち上がる姿を。


 その実情が彼の印象とはまた少し違ったものでも、彼はラルフの在り方に羨望せんぼうを覚えた。


 王権譲渡クラウンギフト――――対象者は小さな王冠クラウンを被り王となる。


 それは想いを実現させる力を得るための魔法。

 王冠と共に王権を授けられた者は、一時的にだが身の内に秘めた潜在能力を引き出される。


 だが、デメリットもある。

 器を超えた力は身を滅ぼすのみ。

 また、身の丈以上の力を使い熟せるかは魔法の対象者次第。


「やれ! ラルフ!」「ラルフ君!」


 ボニーとウルスラ、二人の声援を一身に受け止めるラルフの栗色の髪には、斜めに被された小王冠。


 金に彩られた王冠に目立った装飾はない。

 しかし、陳腐ちんぷでもない。

 そこには見る者に本物と確信させるだけの輝きがあった。


 ラルフは見据える。


 巨鳥テンペストロックバードを。


 嬉々として砲撃を続けるディグラシオを。


 二つの脅威と激戦を繰り広げるヴァニタスを。


 ボニーとウルスラ、自分のために必死に戦ってくれた二人の友を。


 ボニーの授けた王冠はラルフに己の意思を通す力を与える。

 それは一時的なものであり身の丈以上の力ではあるが、ラルフにはこれを使い熟せる地力があった。


 いや、彼がこれまで力を万全に振るっていなかったという方が正確だろう。

 あの日の夜ヴァニタスの言葉を受け止められなかった彼はもういない。


 迷いないラルフの魔法は彼が脳裏で思い浮かべていた魔法を実現させる。

 ヴァニタスの助言を受けてなお、あと一歩足りなかった魔法たちを。


(いまなら出来る。ボニーくんのこの王冠魔法がぼくに力をくれる。いまなら――――)


 魔法を織り成す両手を前に。


 狙う標的は低空を飛行し学友ボニーを執拗に追い回していた巨鳥。

 顔面で弾けた目眩ましにより空中で滞空することしか出来ない敵へ。


「行け……敵を……ぼくたちの敵を穿ち貫け! ――――礫砂嵌合弾セディメント・アコードバレットっ!!!」


 混合ミキシングではない嵌合アコード


 土と砂を単に混ぜ合わせたのではなく、二つの物質を隙間なく組み合わせ一つとした魔法。


 迷いの晴れたラルフの魔法が空を一直線に駆け、テンペストロックバードの片翼の付け根を貫通する。


「ギィッ!?」


 甲高い濁った悲鳴。


 突然の激痛にテンペストロックバードは盛大に羽撃はばたくが、最後には哀れにも藻掻き地へと激突する。


「――――ヴァニタスくん!」


 ラルフは走る。


 ヴァニタスの元へ。


 足取りは迅速であり、もはや何者にも止めることは叶わなかった。






「……おれに出来るのはここまでだ。後は……頼んだぜ」


 最後の目眩ましの後、テンペストロックバードの風に吹き飛ばされ、大木に背を打ち付けられたおれは、全身を駆け巡る痛みに一歩も動けないでいた。


「……いけよラルフ。いまのお前ならなんだって出来る」


 走るラルフを見る。


 羨ましいと思っちまった。

 真っ直ぐおれを見て友だちを助けに行くというラルフに、おれもこう成りたいと思っちまった。


「……ボニー君、良く頑張ったわね。いま傷を治すわ」

「ああ、ありがとう……委員……長……」


 意識が暗闇へと落ちていく。


 でもおれは自分で自分を褒めてやりたい。


 おれはここまで出来るんだって。

 おれだって友だちのためにここまで命を張れる頑張れるんだって。


 テンペストロックバードは強い。

 地面に激突して翼も動かし辛いだろうが、いまのラルフの魔法でもまだ敵意は衰えていない。


 あの筋肉オバケな大男だってそうだ。

 ヴァニタスさんの相手をしつつもまだ全力とは程遠そうにも見える。


 でもラルフとヴァニタスさんの二人なら……。


 願わくば……友たちの勝利を。


 こんな自分でも好きになれそうだった。











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