第百三十六話 クリスティナと強者たち


 主様の通うゼンフッド帝立魔法学園でこの度開催されることとなった特別な授業。


 一学年五クラス合同で開催されるこの踏破授業の最終的な目的地は、管理区域の森林を抜けた先、なだらかな丘陵地帯きゅうりょうちたいにあります。


 正確にはそこに設営された大規模な天幕群。

 フロロ教諭やクロード教諭を始めとした教職員の方々が待つキャンプ地こそ主様たち生徒が目指す場所だった。


 また、貴族の生徒に仕える使用人や従者はこの一角を借り受け待機することになるのですが、奴隷の者たちは天幕群の中心部からは外、僅かに離れた場所にて待機するよう命じられていました。


 奴隷たちのみ隔離されるような形ですが、これも無用なトラブルを避けるためには致し方ないことでしょう。

 

 それに、主様の担任教諭であるフロロ教諭からは『一箇所に押し込めるようでごめんなさい』と一言謝罪がありました。

 乱雑な扱いなことの方が多く奴隷と見下し誰もが私たちのことなど気にも止めない中、わざわざ謝罪に来るなどそれだけでも破格の扱いでしょう。


 一応手狭ではありますが設備は整っているので、不便なく過ごせているだけ感謝すべきですね。


 そうして、主様と私たちが別々に離れること一日。


 主様の奴隷わたしたちはというと……。


「あ〜〜、もう飽きたぁ。長いよぉ。なんでまだこんなところにいなくちゃいけないのぉ」


 ハベルメシアの不貞腐ふてくされた叫びが共用の休憩スペースに響き渡る。


 すっかりとだらけきった姿は締まりなく、とても宮廷魔法師第二席として長年帝国のために働いてきたとは思えないほど。


 まったくたったの一日も我慢出来ないなんて……。


「だらしないですよ、ハベル。ここは屋敷とは違い私たちだけではないのです。少しは他人の目というものを気にして下さい」

「だってさぁ。クリスティナちゃんもわかるでしょ? ここな〜んにもないんだよ? 遊ぶところもないし、見て回るようなところもない。そりゃあ観光地じゃないのはわかるけどさ〜。もう飽きちゃったよぉ。…………ヴァニタスくんもいないし」

「はぁ……暇なのは理解出来ますが私たちは主様の奴隷なのですよ? 私たちの行動が主様への評価へと繋がるのです。それを……」

「えー、でもでも、別にヴァニタスくんだって周りの目線なんて気にしてないじゃん。それに、みんなヴァニタスくんを怖がってるのか何も言ってこないし近づいてもこない。なら大丈夫でしょ〜」

「だとしてもです! それでも品位を下げるようなことを人前ですべきではない。まったく貴女ときたら――――」


 『は〜い』と片手だけあげて気怠けだるげに返事をするハベルメシア。


 ……本当にわかっているのですか?


「……ところでヒルデとラパーナはどちらに?」

「二人ならあっちの丘でいつもの訓練してたよ。『猟犬』の魔法に少しでも慣れたいんだろうね。あの魔法は周囲の索敵も出来るみたいだし」

「そうですか……」


 あまり離れ過ぎないようにと言ったのにあの娘たちは……。


 主様からも四人一組で行動するようにと念を押されていたのですが、やはり暇を持て余しているのは彼女たちも同じでしたか……。

 しかし、もし離れるとしてもすぐ戻って来るようにとの言い付けは守ってくれたようです。


 程なくして彼女たちは二人連れ添って休憩スペース私たちの元へと戻ってきてくれました。


「ご飯! ご飯!」

「ヒルデ姉……お昼はまだ先だよ?」

「うう、ラパーナ、でも、お腹減った!」


 ……食事の心配でしたか。


「そういえばお昼ご飯まだなのかな? わたしもお腹へっちゃったよ」

「……マユレリカ様のご厚意でリリカ殿が用意してくれています。もう少し待って下さい」

「リリカちゃんかぁ。マユレリカちゃんの使用人だけど良い子だよねぇあの娘も」


 少し早い昼食を催促さいそくするヒルデガルド。

 主様のいない生活に早くも飽き始めてしまったのか終始だらしない姿のハベルメシア。


 そんな二人を呆れた眼差しで眺めつつも、いつもの事かと苦笑するラパーナ。


 平和で穏やかな時間。


 しかし、そんな時も長くは続かなかった。


 予告はなく、されど天幕群は騒然とする。


「これは……緊急時の警報?」


 魔物の襲来を知らせるために設営されていた物見櫓ものみやぐらから響き渡る鐘の音。


「これって……」

「敵! 魔物?」 


 瞬く間に困惑と混乱に包まれる天幕群。

 それは中心から隔離されたこの場所も例外ではなかった。


「魔物か? それにしては警報が長いような……」

「この本拠点ベースキャンプの周辺は騎士様たちが巡回してくれてるんだぞ。緊急事態なんて早々起きる訳が……」

「こ、こんなところにも魔物が? ……怖い」


 ですが、本当の混乱はこの後。


「貴殿らに恨みはない。生徒たちにもな。しかし、これも信念と大義のため――――死んでくれ」


 彼らが巡回の騎士たちの警戒網を掻い潜りどうやってこの場に現れたのかは不明。


 ですが、背後に多数の魔物を従えた灰色の騎士甲冑を纏った女性は明らかに我々の敵だった。


 遠目に確認出来る彼女は腰の鞘から抜き放った濃い青に染まった剣を振り上げ魔物たちに命令する。

 静かなる号令に多数の首輪を嵌めた魔物たちが天幕群に襲いかかる。


 ……あれは魔物を意のままに操ることを可能とする隷魔の首輪。


「く、何処からこんな数が……騎士が、騎士たちが警戒していたんじゃなかったのか!」

「ここを抜かれたら背後には生徒たちのいる管理区域が……迎え撃つしかないな」

「皆武器を取れ! 生徒たちには指一本触れさせないぞ! 奴らはここで倒す!」


 魔物はオーク、オーガ、トロールと人型の魔物が大半を占め、中にはロックリザードなどの爬虫類型、さらにはアサシネイトホークなどの飛行型の魔物が小数混ざっていた。


 隷魔の首輪の効果か互いに争うことなく足並みを揃えて強襲してくる魔物たち。

 私たちの位置関係を考えれば天幕群ここを抜かれた場合、学園の生徒たちのいる管理区域への行軍を許してしまうことになる。


 態勢を整える時間もない。

 ここで迎撃するしかなかった。


 学園の教員方や緊急時のために待機していた騎士たちが対処へとおもむくが、圧倒的多数を前に劣勢を余儀なくされていた。


 少しでも手助けの欲しい状況。

 しかし、私たちが彼らに加勢することは叶わなかった。


 何故なら――――。


「クリスティナ、違う! ハベルメシア!」


 険しい表情をしたヒルデガルドの警告。

 いままさに魔物の襲いかかる天幕群の中心、ではない。


 ヒルデガルドの視線は一人の人物の背後へと向けられていた。

 慌てふためくハベルメシアの背後へと。

 

「え? え? なに、何なの!?」

「ッ!? ハベル! ――――水麗薄刃プルクラアクアスライサー!」


 ギリギリだった。

 間一髪、ハベルメシアの首を狙うを弾き返す。


「…………」


 襲撃者は狙いを阻止されたことなど気にも留めず、即座に距離を取る。


「惜しかったのう。初撃の奇襲で最も厄介な相手を潰したかったのじゃが……」

「敵! 誰!?」

「のう、案山子男スケアクロウ……」 

「…………」


 敵、しかも二人。


 一人は全身、それこそ目元まで赤茶あかちゃけた襤褸布ぼろぬのを纏った人物。


 案山子男スケアクロウ

 主様も別格の強さだと認めていたラゼリア様の猛攻をことごとく躱し続けたという奇異な魔法の使い手。


 無感情な眼差しで両手に刺突剣レイピアを構え、不動のままに私たちを見詰める。


「案山子!」

「カカッ、元気なお嬢ちゃんじゃ。……ヌシがヒルデガルドじゃな。ヴァニタス・ リンドブルムの奴隷の中でも月食竜エクリプスドラゴンの討伐に最も貢献した奴隷。……第二席の次の要警戒対象じゃな」


 もう一人はあごから伸びた長い銀灰色のひげの目立つ糸目のご老人。


 しかし、穏やかな口調や見た目とは裏腹に底知れぬ迫力があった。


「教員や騎士はフリーダに任せておるからの。ヌシたちの相手はワシら二人じゃ」


 天幕群を襲う統率された魔物の群れ。


 ですが、私たちの前に立ち塞がる相手は安易な助力すら許してくれないほどの強さを有していた。

 

 無為混沌の結社アサンスクリタの強者が二人。


 災禍さいかの中心にあり一切動じることはない。


 両者の纏う異様な迫力は私たちに激戦を予感させた。






 突然の奇襲から始まった戦い。

 私たちは常に防戦一方ぼうせんいっぽうを強いられていた。


「――――転身ドッジ

「ッ〜〜〜〜〜! もー、何で避けるの! 当たってよ!! 仕方ない……ならこっち! ――――ウィンドピラー!」

「カカッ、怖いの。じゃが、ワシもそう簡単に当たってやる訳にはいかんのじゃ。――――光辿る道をここにパスライト

「こっちもなの!? また消えたしぃ! もうやだぁ!」


 片方は回避の魔法、もう片方は光の魔法。


 回避の魔法はまだわかります。

 主様からもラゼリア様からも警戒するように伝えられていた自身に強制的に回避行動を取らせる魔法。


 故にハベルメシアの魔法でも簡単に捉えられないのは理解出来ます。

 ……問題は髭のご老人の行使する光の道を作り出す魔法。


泥螺弾でいらだん!」

「今度こそ――――アースピラー!」

「おお、怖いのう。――――光辿る道をここにパスライト


 瞬間的な加速。

 いえ、それはもはや瞬間移動の域に達していました。


 地面を彩る光の道にご老人が足を踏み入れた途端、姿が一瞬にして掻き消える。

 次に姿を現すのは光の道の指し示す遙か先。


 出現する場所がある程度予測出来るなら先手を打って攻撃すればいい。

 しかし、そうだとしてもあまりにも魔法の展開が速すぎる。


 さらに、光の道は一直線ではなく、右へ左へと曲がりくねり行き先をこちらに悟らせない。

 稀に行う光の道のみ展開するフェイントもこちらに意図を錯覚させ調子を狂わせてくる。


 目で追えない速度に移動場所すら利用する狡猾さ。

 そして、この魔法が厄介なのはそれだけではない。


「くっ……」

「クリス姉!? 離れてっ!」


 何もこの道を利用出来るのはご老人本人だけではなかった。

 案山子男スケアクロウもこの光の道魔法に乗り刺突剣レイピアによる瞬速の攻撃を仕掛けてくる。


 防御に攻撃にと使い分けられる魔法。

 ハベルメシアだけでなく、ヒルデガルドもラパーナも私もたった一つの魔法に翻弄ほんろうされていた。


 しかも……。


「――――案山子スケアクロウ農民ファーマー】、案山子スケアクロウ衛兵セントリー】、案山子スケアクロウ巨漢ビッグマン】」

「多い……あんな数どうすれば……」

「ラパーナ! しょげない!」


 四対二の有利な状況のはずが、『案山子』の魔法によって人数の差をあっという間にくつがえされる。


 総数ざっと二十体ほどの案山子の軍勢。

 一体一体の強さはそうでもない。

 強度は脆く牽制の魔法ですらすぐに砕ける。


 しかし、大量の案山子は私たちを取り囲むように展開されており、視界が限定されるせいで何処からどの相手が飛び出してくるかすら判別しにくくなる。


 加えて。


「む、全部、吹き飛ばす! マイティ――――」

「おっとそれはダメじゃ。――――ライトスラッシャー」

「くっ……魔法、撃てない」


 こちらの手の内が読まれている。


 ヒルデガルドの掌握魔法は不利な状況すら一発でくつがえせる威力を秘めた切り札。

 しかし、それも使用する時間があればこそ。


 ヒルデガルドが攻撃の予兆を見せた途端に先手を打って行動を阻害される。

 こんなにも容易く封じられるとは……。


 そして、切り札を封じられているのはヒルデガルドだけではない。

 これまでの戦闘中ハベルメシアは『無限の魔法』を行使できないでいた。


 初手にてハベルメシアを狙ってきたことからもわかる通り、目の前の二人は彼女の魔法を最大限警戒している。


 ハベルメシアは元々対集団向きの魔法使い。

 必然隷魔の首輪で支配された魔物の群れにも、私たちを取り囲む案山子の軍勢にも有利なはずが、『無限の魔法』の展開自体を封じられ、体内魔力のみを利用するしかない状況へと押し込められていた。


 ……戦い辛いですね。


 こちらの戦い方を熟知した立ち回りは私たちの力が万全に発揮されることを許してはくれなかった。


 そして、極めつけがこれだ。


「カカッ、前に出過ぎではないか? それでは連携が崩れるぞ――――睡の蓮は落ち行く気配と共にスリーピネス

「うっ……」

「ね……むい……」「意識が……」「ッ……」


 唐突に襲われる睡魔に私たち全員の意識が遠のく。


 髭のご老人の扱う魔法はいままで見たことのない種類の魔法だった。


 ご老人の手元、杖の先から放たれる球体状に広がる薄い青紫の波のようなもの。

 波が私たちを通り過ぎた瞬間、抗えない睡魔に意識が遠のき、戦闘中だというのに致命的な隙を晒してしまう


「ッ……ゥ……ヒルデッ!」

「ハッ! ……あぶっ、ない!」

「惜しいのう。もう少しなんじゃが……」


 恐らくは睡魔を誘う魔法。

 痛みも直接の負傷もないですが、敵の目の前だというのに思考に空白が生まれる瞬間は恐怖すら覚える。


「う〜ん、ならこれじゃな。――――睡の雲は波間に漂うスリーピネスクラウド


 さらにご老人は魔法を行使する。


 青紫の不吉な色合いの……あれは雲?

 ご老人の動きに合わせ発動した魔法は戦場の至ることころでふわふわと漂う。


 霧散しない……設置型の魔法でしょうか?


「ん、邪魔!」

「ほう。それに触れて良いのか? 困ったことになるかもしれんぞ?」


 浮遊する雲を殴りつけ通り抜けるヒルデガルド。

 まったくあの子は考えなしに……。


 しかし、ヒルデガルドが高速で通り抜けたにも関わらず、青紫の雲は彼女の体に纏わりつくようにして残り続ける。


「何これ、ねばつく!」

「ヒルデガルドちゃん! えっと……ごめんね! ウィンドボール!」

「……存外に上手い手を打つの」


 ハベルメシアの咄嗟に放った風魔法がヒルデガルドに直撃し纏わりつく雲ごと吹き飛ばす。


 ……ヒルデガルドにも多少の負傷はあるでしょうが、睡魔に動きを止められて致命傷を負うよりはマシでしょうね。

 ハベルメシアにしては良い判断です。


「助かった! ありがとう! ハベルメシア!」

「ヒルデ! 今後は迂闊に魔法に触れてはいけませんよ!」

「うん!」


 取り囲む案山子の軍勢と漂う雲により確実に減っていく自由に動ける場所。

 切り札を切ろうにも予兆を見せた時点で即座に対処される。


 敵二人はハベルメシアを優先的に狙ってくるせいで、私たちは個別に動くことも攻勢に転じることも出来ない。


 どんな手を打とうとしても対応され叩き潰される閉塞感へいそくかんが私たちを襲う。


 そんな中唯一私たち側が有利な点といえば……。


「――――光辿る道をここにパスライト

「っ!? やめて……黒の領域ノワール・リージョン


 髭のご老人の足元から一直線にハベルメシアへと伸びる光の道。

 最短距離で真っ直ぐに伸びるそれは彼女を害するための直通路ちょくつうろ


 案山子男スケアクロウがその光を辿りハベルメシア目標へと奇襲を仕掛けるべく身構える。

 しかし、ハベルメシアの直ぐ側で彼女を護衛していたラパーナが、足元から地面を染め上げるようにして繰り出した黒い領域は光の道とぶつかり反発し合う。


 ……いえ、あれは寧ろ光の道を『黒』が侵食している?


「カカカッ、これ程相性が悪いとはの。その闇をも飲み込む漆黒。色彩系統の先天属性かの? 極稀にしか所有者のいない極めて珍しい先天属性。ワシの『光道』魔法がこうも掻き消されることになるとは。素晴らしい! 素晴らしいの!」

「……鬱陶うっとうしいし、なんか嫌」


 急に上機嫌になりラパーナへと食い入るような眼差しを向ける髭のご老人。

 ラパーナはそんな視線にうんざりしたように溜め息を吐く。


 防戦一方ぼうせんいっぽうであり、しかしこれといって現状を打開する策はない。


 この間も魔物たちは天幕群を破壊し続けており、奮闘するクロード教諭や騎士たちが支える前線はいつ崩壊してもおかしくない。


 時間をかければかけるほどこちらが不利になるだろう。


 ……主様はいまどうしているだろう。

 そんなことを考えている場面ではないと理解出来ているのに、ついこの場にいない主様のことを考えてしまう。


 私たちが襲撃されたということはあちらにも敵の手は及んでいるはず。


 主様……どうかご無事で。











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