第百三十五話 爆撃乱舞


 踏破授業二日目、それはあまりに唐突で――――。


「……ん?」


 朝早くの出発に合わせ早めに朝食を済ませた僕たち四人。

 踏破授業のゴール目的地へと向かう道中、正午を過ぎる直前ほどで木々のない開けた平原へと足を踏み入れた。

 

 そこは管理区域の中央部分にありながら、背の低い草花の生えた見通しのいい場所。

 近くには一帯を見渡せる高台もあり、吹き寄せる柔らかな風が頬を撫でる。


 しばし開放的な気分にひたる僕たち。


 しかし、不意をつくように僕たちの進路へと一羽の小鳥が現れた。


「おっ、またあの小鳥か……。でも色が違うな、赤? おいおい、あれじゃあ目立ち過ぎるだろ。魔物に食われちまうぞ」


 呑気のんきなボニーの感想。

 魔物でもない小鳥の出現に一切の脅威を感じていない。


 だが、僕がいだいた印象はそれとは真逆。


 あれは――――。


「……ウルスラ、『椋鳥むくどり』の魔法で周辺の警戒をお願いしていいか?」

「いいけど……どうしたの、突然?」

「頼む」

「……わかったわ。じゃあ取り敢えず前方と後方の二方向でいいかしら?」

「悪いな。それでは足りない。――――全周囲だ。僕たちの周りすべてに警戒網を敷いてくれ」

「それはっ……!? ……ええ、わかったわ。魔力の消費が激しいけどやってみる」

「どうしたんすか、ヴァニタスさん? 急に――――」


 ウルスラへの警戒網の構築指示。

 だが一手遅かった。


 上空。


 僕たちの遥か頭上をく影がある。


「ウルスラ、待て。……あれか」

「え? あれ、あれが何なんすか?」

「空に……何か……鳥のようなものが飛んでいるの? でも……」

「わからないか? あんな巨大な鳥が帝都近辺に生息しているはずがない」

「え?」


 不味いな。

 見られている。


 上空を滑空するようにして飛翔する巨鳥の背からほとばしるそれ。


 あれは――――殺意だ。


「ッ!? 全員伏せろ!!」

「ぐっ……」「きゃあっ」「何だぁ」「うわっ」


 四者四様のうめき声。

 僕たちの数メートル先で爆発が起こる。


 硝煙しょうえんの焼ける焦げ臭い匂い。

 爆音と共に地面が抉れ、爆ぜた土や石が弾丸のように飛び散る。


「な、何だこれ! 何なんだよ、この爆発! どっから飛んできたんだよ!」

「うっ……いまのは……あんな空の上から降ってきたというの?」

「……遠距離爆撃、か」


 土煙つちけむり舞う大地から空を見上げる。


 遠い。


 地上と上空。

 圧倒的な距離があった。


 あれではこちらの魔法攻撃など到底届かない。


「あそこから撃ったのか……」

「撃った? な、なにを……」


 遥か上空から僅かに降下し、管理区域の森直上ちょくじょうを水平に飛行する巨鳥。


 両翼を広げれば十数メートルに及ぶかと思われる巨大な鳥の背に、辛うじて視認出来る存在がいた。


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな大男。

 あれが巨鳥を使役し、僕たちを強襲してきた存在。


 いやそんなことよりもその手、というより両手で持ち腰溜めに構えているものの方が問題だった。


 大砲。

 軽く数メートルはあるだろう鈍い鉛色なまりいろの砲身を直接体全体で支えると、大地につくばる僕たちへと狙いを定める。


「また来るぞ!」

「イッ!?」「ああっ!?」「きゃあっ!?」


 砲身が火を吹き、その度連続して撃ち出される砲弾。

 爆発に大地が焦げ、轟音が森をとどろかす。


 だが幸いにも僕たちに直撃するようなコースからは外れていた。

 巨鳥の背という特殊な環境が影響しているのかもしれない。


 ……向こうも狙いが安定していないのか?


「ヴァ、ヴァニタスさん! ど、どうすれば!?」

「…………」

「ヴァニタスさん!!」

「…………」

「ボニー君、落ち着いて。ヴァニタス君に当たっても仕方ないわ。……こうなったら私の魔法で牽制だけでもっ」

「……無駄だ。『椋鳥むくどり』の魔法では飛翔速度が足りない。あの巨鳥には追いすがれもしないだろう。魔力の無駄になる」

「そんなこと言ったって……!」

「いまは機会を窺うしかない」

「何も、出来ないなんて……」


 止むことの無い砲撃の嵐。


 こちらからの攻撃は届かず、向こうからは一方的に攻撃出来る。


 狙いの不安定さもあってか幸いいまのところこちらのメンバーに致命的な負傷はない。

 しかし、制空権を取られたいまの状況はかなりの不利を僕たちに敷いていた。


 このまま一方的な展開が続くかに思われた。


 しかし、予想に反して地上へと舞い降りる巨鳥。


 僕たちから五十メートル以上先、汎用魔法の射程の外へと着地する。

 巨大な翼による羽撃はばたきで巻き起こった強風が、木々をきしませ木の葉を散らす。


「何だよあのデカい鳥……翼だけで何メートルあんだよ……」


 嘆くボニーに掛ける言葉はなかった。


 何故なら巨鳥の背から飛び降りた人物が豪快に笑いながら僕たちへと叫んできたからだ。


「ガハハハ! 会いたかったぜぇ、モーリッツをぶち殺した白坊主ゥ! オレサマはディグラシオ! オマエが派手に計画をぶち壊してくれた無為混沌の結社アサンスクリタの幹部の一人! さあ、オレサマと存分に殺し合おうぜぇ!!」


 大男は名をディグラシオと名乗った。


 聞き覚えがある。


 ディグラシオ・ガルナット。

 封印の森にてエリメスから聞き出した無為混沌の結社アサンスクリタの幹部の一人。

 エリメスいわくなんでも力で解決するしか脳のない筋肉バカ。


 ……まあ出合い頭に本来秘匿すべき自分の正体すら晒しているのだから考え無しバカというのも頷ける。


 まだ遠いな。

 しかし、地上にいるのは好機でもある。


 ……先手を打つ。


双握ダブルグラップ

「おっとさせねぇよ。対壁粉砕砲塔ヴァリアブル・タワーカノン

「――――極握砲撃波フルインパクト・バスター

「――――砲弾発射ファイアァ!!」


 僕の放った破壊の奔流とディグラシオの魔法によって顕現した大砲から放たれた流線型の砲弾。

 互いが空中でぶつかり合い大規模な爆発を引き起こす。


「……相殺か」


 威力は僕の方が勝ってはいたようにも思う。

 しかし、爆発は奔流を掻き消し、結果双方に魔法の威力が届くことはなかった。


「悪いな白坊主。案山子男スケアクロウから聞いてんだわ。オマエが手を閉じる動作から規格外の魔法を放つってな」


 掌握魔法の予備動作による隙を看破されている。

 ……すでに情報共有は済ませてきたということか。


「何で………」

「あ?」

「何でおれたちを狙うんだよ! 何なんだよその鳥は! あんたは……誰なんだよ! 何で、何でおれたちを殺そうとするんだよっ!!」


 感情を爆発させたボニーの叫び。

 度重なる驚愕と恐怖の連続で彼の容量キャパシティは限界だった。


「ボニー君……」


 ウルスラの心配そうな視線を背に受けつつ、己の感情の波に支配されたボニーは、遙か先で余裕の笑みを浮かべるディグラシオを問いただす。


「何だ情けねぇなこの程度で取り乱すとはよぉ」

「っ……!?」

「オレサマが何でオマエたちを狙うかって? 簡単だ。そこの白坊主、ヴァニタス・リンドブルムが邪魔だからだよ」

「ヴァニタスさん……が?」

「知らねぇか? オレサマたちの結社をコケにしてくれた話を。帝都じゃこの話題で持ち切りだって聞いたんだがなぁ」

「し、知らない」

「ま、つまりはオマエは運悪く巻き込まれたって訳だ。たまたま白坊主と一緒に行動してたがためにこれから死ぬことになる」

「死……」


 ボニーの表情が曇る。

 明確に突きつけられた現実に打ちのめされていた。


「だから恨むなら隣りで無表情で突っ立ってる白坊主を恨んでくれや。モーリッツのクソ野郎を殺し、結社の計画を邪魔してくれたオレサマたちの敵をなぁ!」

「ヴァニタスさん……を?」

「…………」

「でだ、他に気になるのはコイツか? いいだろう、このペット。最近手に入れたんだぜ。といってもオレサマが捕まえてきた訳じゃねぇんだけどな。あー、名前はなんっつったかな。テン、テンペ――――」

「…………テンペストロックバード」

「そうだそうだ。テンペストロックバード! コイツは便利だぜ。遙か上空を飛べるから誰にも見つかることはねぇし、何より空を飛べば国を跨いで移動するのすら楽勝だ。眺めもすこぶるいいしな。エリメスのヤツが魔法で空を飛べることをしきりに自慢してやがったが……確かに悪くねぇ。ただなぁ、背中から魔法を放つのは翼の動きもあって面倒なんだよな。一方的に攻撃出来るのはいいんだが砲身がブレるのが玉にきずだ」


 テンペストロックバード。

 本来は帝都近辺でなくもっと秘境に近い辺鄙へんぴな場所、人の寄り付かない高山地帯に生息する魔物。


 風を操り暴嵐を巻き起こすと言われる強力な魔物だが、首元には何時ぞや見た首輪が装着されていた。


 隷魔の首輪。

 月食竜エクリプスドラゴンを操ったのと同じ首輪、か。


 自慢げにテンペストロックバードの羽根を撫でるディグラシオだったが、その時森に乾いた音が響く。


「ヴァニタス君。あれってもしかして狼煙のろしじゃ……」


 森のそこかしこから次々と鳴る乾いた音。

 不安そうなウルスラの言葉通り森へと視線を向ければ、そこには立ち昇る幾本もの狼煙のろしが確認出来た。


 踏破授業に参加している生徒たちには緊急時に使用するように、狼煙のろしと爆音を鳴らし周囲に自分たちの存在を知らしめるための魔導具マジックアイテムが配られている。


 あれが鳴ったということは……すなわち生徒たちの身に危機が迫っているということ。


「ガハハハ! 何だ考えてもいなかったのか? オレサマが一人でこんなところに来るとでも本気で思っていたのか?」

「……なに?」

「モーリッツを殺したヤツだ。最大限警戒するのは当然だろうが!」

「まさか……」

「その顔は察せたようだな。御明察だ! ここにはオレサマ以外の結社のメンバーも揃ってる! 勿論幹部連中のヤツらもなぁ! でだ真っ先に狙うとしたら何処だと思う?」

「お前たちは……」

「そうだ。オマエの大事な大事な奴隷共だよ! ついでに言えば貴族のお坊っちゃん、お嬢ちゃん共もな! 勿論そいつらを育成する教師共も始末させて貰う! ゼンなんちゃらは貴族の生徒を育成する学園なんだろ? ならそこに関わってるヤツは全員殺すべきだ。生かしておいても碌でもねえ貴族になるだけだからなぁ!」

「…………」

「どうだ? 白坊主、オマエのせいで関係ない生徒や教師共がどんどん死んでいくぞ。なあいまどんな気持ちだ?」

「…………」


 ディグラシオはわらっていた。


 人の死を望み、嘲笑ちょうしょうしていた。


 それはあまりに醜悪な……悪意。


「ホラ、そこのガキ共も同じだ。オマエのせいで死ぬ。やれ、ロックバード――――殺せ」

「う、うわぁっ」

「そして、オマエもここでオレサマが端微塵ぱみじんに粉砕してやる! 回転式連射砲塔リボルバー・タワーカノン――――砲弾発射ファイアァ!!」






 ディグラシオの語った内容は真実だった。


 ヴァニタスにディグラシオが襲いかかる少し前。


 踏破授業のために管理区域の森を監視、警戒していた騎士たちの多くが人知れず排除された。


 それは、ディグラシオと同じ無為混沌の結社アサンスクリタの幹部“主君殺しの女騎士”フリーダ・アルテムの指揮の結果。


 灰色の騎士甲冑と冷気漂わせる魔剣で武装した彼女は、隷魔の首輪によって使役された多数の魔物と黒いフードで顔を隠した結社の一員たちを率い、踏破授業の目的地を強襲する。


 そこはゼンフッド帝立学園の教師たちと……何よりヴァニタスの奴隷クリスティナたちの待機する場所。


 彼女は身も凍るような氷雪ひょうせつを纏い宣告する。


「貴殿らに恨みはない。生徒たちにもな。しかし、これも信念と大義のため――――死んでくれ」











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