第百三十四話 長い一日の終わりに


 ラルフたちとの魔法談義は白熱したが、いつまでも立ち止まっている訳にも行かない。

 この間にも他の生徒たちは教員フロロ先生たちの待つ森の反対側目的地へと着実に近づいている。


 僕たちは小休止もそこそこに森の中を歩き進む。


「お、川があるぞ! 川! なあ見てみろよラルフ!」

「う、うん」

「待って! ボニー君、ラルフ君! ……管理区域とはいえ水棲の魔物が生息している可能性があるわ。近づくなら慎重に、ね」

「お、おう、忘れてた。ごめん委員長」

「ご、ごめんなさい」

「わかってくれればいいの。でも良かったわ。しっかり煮沸すれば飲料水として活用出来そう」

「うん……学園から支給される水分は一日分くらいしかないから……。ここで補給出来れば後の心配はしなくていいかも」

「よっしゃあ、そうと決まればとっとと補給しようぜ! 補給! 実はよぉ。おれの水筒ももう空っぽになっちまって、いやぁ丁度良かったぜ!」

「あっ、だから慎重にって……もう!」


 時に給水を行い。


「おおー、ラルフの指示通りに進んだらホントに生えてた! マジかよ!」

「ええっと……夜泣茸はこれで手に入ったから……火釣草、ポカムの実、これで三つの指定素材が揃ったわね」

「まさかマジで手に入るとはな。半信半疑はんしんはんぎだったんだが……」

半信半疑はんしんはんぎ……」

「いやいや落ち込むなって! いまのはそう……冗談っていうか。……単純にラルフ、お前がスゲェってことだよ。おれじゃあ絶対に見つけられなかったからな」

「ボニーくん……」

「ゴブリンの右耳も人数分集まったし、後の魔物から取れる素材は道中のどこかで出会うでしょう。一応私の『椋鳥むくどり』の魔法でも戦い易い個体がいないか探して見るわね」

「おう、頼む」

「お願いします」


 指定素材を集め。


「っ!? みんな、木の上から蜘蛛ドロップスパイダーが! 気をつけて!」

「……ごめんなさい、わたしのせいだわ。索敵が甘かったみたい。こんな敵を見逃すなんて……」

「いいって、委員長。どうせ倒さなきゃ前には進めないんだ。とっとと倒して素材を剥ぎ取って先を急ごうぜ!」

「うん、頑張ろう。ウルスラさん」

「……二人共ありがとう。そうね、いまは戦いに集中しなくてはね。……反省は後にしましょう」


 死角から不意に遭遇した魔物との戦いをしのいだ。


 




「痛てて」

「待ってね。いま治すから……――――エクスヒーリング」

「おお」

「……はい、これでもう大丈夫ね」

「おう、ありがとう、委員長」


 暖かな翡翠ひすいの光。

 ウルスラによる中級汎用回復魔法。

 魔物との戦闘の末ボニーの二の腕についていた裂傷がまたたく間に癒える。


「すごい……傷跡も残ってない」

「ううん。褒めてくれるのは嬉しいけど、すごくなんかないわ。わたしにはこの程度のことしか出来ないもの」

謙遜けんそんすんなって! 委員長のお陰でホラッ、少しも痛くねぇよ! 助かった!」


 腕を何度も回転させ完治をアピールするボニー。

 調子に乗ったボニーは森の中に響くように大声をあげる。


「それにしても順調だよな! いまのところどうしても敵わねぇって強敵も現れないし、指定素材はサクサク集まるし。フロロ先生はあんなこと言ってたけど踏破授業って言っても大したことないっすね! ね、ヴァニタスさん!」

「はぁ……お前な」

「……ボニー君、そんなことを言っては駄目よ。踏破授業は毎年毎学年ごとに行われているけど極稀に死者も出ることのある危険な授業なの」

「いやぁ、委員長、それは知ってるけどさぁ」

「ウルスラの言う通りだ。ボニー、お前は少し甘く考え過ぎだな」

「え、あ、はい」

「ウルスラは勿論、僕やラルフが助けなければ危ない場面が何度もあったぞ」

「ははは……」


 ボニーはところどころ危なっかしい。

 性格的に威勢が良く向こう見ずだから……とも少し違う。

 

 無理をして明るく振る舞っているような、何かを誤魔化すような我武者羅がむしゃらさ。

 そんな違和感がぬぐえない。


 ……たがまあ敢えて深く突っ込むことでもないだろう。


 ボニーの目つきの鋭さは並大抵の迫力ではない。

 勿論僕はなんともないが、慣れているウルスラはともかく、ラルフなんかはなるべく表に出さないようにしているが、目線が合う度にビクついているし、ゴブリンですら真正面から睨まれた時は一瞬動きを硬直させていた。


 フロロクラスの中でも孤立していたようだし……明るく一見粗雑そざつにも見えるように振る舞うのはボニーなりの周囲への気の使い方なのかもな。


「私たちは魔物との戦闘に慣れていて実力も高いヴァニタス君や野草や森の環境の知識に長けるラルフ君がいてくれたからいいけど、他の班はもっと苦戦していると思うわ」

「まあ……委員長も索敵では活躍してるしな。回復魔法もありがてぇし。え、てことは役に立ってないのおれだけ?」

「そんなことないよ! ボニーくんには……その……戦いの時いつも助けられてるし……」

「お、おう」

「……というより帝国はまだ温情のある方だと思うわ。いえ、いまの皇帝陛下になってから学園の授業も万全を期すようになったというべきかしら。この管理区域の魔物も事前に騎士団の方たちが間引きをしてくれているし、授業のはじまる前には魔物の処理の仕方実演も含めて色々と教えてくれた。……前皇帝陛下の時代は死者の数も比べものにならなかったらしいから」


 前皇帝か……ルアンドール帝国が戦争に明け暮れていた時代の象徴ともいうべき人物。


「それに、隣国のジオニス神聖王国の魔法学園はもっと厳しいと聞くわ。ゼンフッド帝立魔法学園と双璧をなすと言われるエル・メーティス神聖魔法学園。厳しい校風もさることながら、その苛烈なる教育理念についていけず退学になる生徒も多い。……年間の死者の数は前皇帝陛下の時代と比べてすら比較にならないわ」

「神聖王国かぁ……ルアンドール帝国とは冷戦状態にあるっていう。そんなに過酷な場所なのかよ」

「ええ、そうね。あの国は……辛い場所よ」


 ウルスラの何処か実感の籠もった返事に誰も答えを返せないでいた。


「あー、やめやめ! どうせ他国のことなんだし関わることなんかないんだ。いまは暗い話なんてやめようぜ!」

「……ええ、そうね。ごめんなさい」

「ところでよぉ。ラルフその荷物って魔法鞄マジックバッグに仕舞わないのか? ずっと背負ってるけど正直邪魔だろ?」

「え、あ、これは……」

「なんか大事なもんでも入ってんのか?」

「………………う、うん」


 ラルフは腰に備え付けた魔法鞄マジックバッグの他に背中にも荷物を背負っている。


 確かにな。

 どうせなら荷物はすべて魔法鞄マジックバッグに入れてしまった方が効率的だ。

 なにせ学園の用意した魔法鞄マジックバッグは最低限の容量しかないものだが、通常のものと同じく重さを軽減する機能までついている。


「えーと、そう、だね。これは……あれ? 青い……小鳥?」

「へー、この森あんな鮮やかな色をした鳥もいるんだな。……というか委員長の魔法、じゃないよな?」

「ええ、私の魔法だとあんな色には出来ないもの。というより目立ち過ぎて索敵には向かなくなるから。……でもおかしいわね。何の種類の小鳥かしら? この辺りにはあんな小鳥は……」


 樹上じゅじょうから舞い降り地面を飛び跳ねる青い小鳥。

 魔物の蔓延はびこる危険な森の中にあって平和そのものの光景。


 しかし……。


「どうしたの? ヴァニタスくん。すごく、その……嫌そうな顔だけど……」

「……何でもない」


 とはいえボニーの言うようにここまでの道行みちゆきは順調と言っていいだろう。

 地図こそないが一日目の割に目的地にはかなり近づいたはずだ。


 ……クリスティナたちはいまどうしているのだろうか。

 別れる時はあっさりとしたものだったが、ハベルメシアは何処か不貞腐ふてくされていたな。






 そうして、サバイバル生活一日目の終わり。


 交代で見張りを立て夜を明かす。

 最初の見張りはボニーとウルスラが買って出てくれたため、僕とラルフは用意しておいた天幕へと戻り仮眠を取る。


 二時間後、焚き火を維持しているところに交代におもむく。


 うむ、特に異常はなかったようだな。


 昼間張り切りすぎたのかしきりに大きな欠伸あくびをするボニー。

 ウルスラも周囲の索敵と警戒のために魔力を大分使ったのか少し疲れが見え始めていた。


 しかし、特に魔物の襲撃もなく暇な時間を過ごしたようだ。

 二人にはねぎらいの言葉をかけ早々に天幕へと戻らせる。

 

 夜風もない静かな空間。

 激しくまきの燃える焚き火を囲み、ラルフと二人用意した丸太に座る。


 夜の森は孤独に満ちていた。

 まるで二人だけがこの世界に取り残されてしまったような静寂せいじゃく


 燃え上がる炎の揺れ動く明かりだけが周囲を照らす。


「……どうした? 眠れなかったのか?」


 揺らめく橙色の光に照らされ浮かび上がるラルフの顔色は、お世辞にも良いとは言えなかった。


 眠れない、というより迷いがぬぐいきれないといった表情。


「……う、うん。あんまり」

「そうか……昼間の独自魔法のことか?」

「うん……それは……うん……」

「……そうか」

「…………」


 続かない会話。

 焚き火がパチリと爆ぜ、火の粉が散る。


 不意にラルフがうつむいていた顔をあげた。


 すがるような眼差しだった。


「……ねぇ、ヴァニタスくん、少し質問していいかな?」

「どうした? 構わないが……」

「……ヴァニタスくんはさ。なんでそんなに自分に自信があるの?」

「自信か……」

「ヴァニタスくん……ううん、のヴァニタスくんはいつも堂々としている。周りの目も一切気にしないし、前みたいに……何かに焦っている様子もない。ひたすら強くなるために努力を続けてる。立ち塞がるものを蹴飛ばして後ろを振り返らずに。……どうしてヴァニタスくんはそんなに自分に自信が持てるの? 自分の行動が間違っているかもしれないって不安にさいなまれたりしないの? 失敗が……怖くないの?」

「とはいってもな。僕はあくまで自分のやりたいようにやっているだけだからな」

「……じゃあなんでぼくを気にかけてくれるの? 前までのヴァニタスくんはぼくを…………いじめていたのに」


 これを面と向かって尋ねるのは勇気のいることだっただろう。


 ラルフの瞳は揺れていた。


 不安、後悔、期待、葛藤かっとう

 正負合わせ様々な感情が彼の中で激しく渦を巻いていた。


 だからこそ僕もすべてをさらけ出す。


 そうすべきだと思ったから。


「最初は手駒にするつもりだった」

「えっ!?」

「転生ってわかるか?」


 僕は話す。

 転生の話、前世の話、記憶の話。


 それらはどれも曖昧あいまいで不確かな話だが、ラルフは黙って僕の話に耳を傾けていた。


 驚いていたのもあるだろう。

 だがそれ以上に唐突な、それこそ作り話のようにヴァニタスに都合の良い話に、何もかもが信じられないといった様子だった。


「別人……ヴァニタスくんが……」

「とはいえ前のヴァニタスの記憶も僕は持っている。朧気おぼろげだがな。ラルフ、お前にとっては自分を不当な目に合わせていた相手がすでにいないと言われても到底信じきれないだろう。いや、それどころか僕が嘘を言っていると糾弾する権利がお前にはある」

「…………」

「だが敢えて言おう。ヴァニタスの罪など僕は知らん」

「っ!?」

「あくまで別の人格、いまはもういない人物が行ったことだ。知ったことじゃない」

「…………」

「そのうえでいう。僕がラルフ、お前を気に掛けていたのは死んだような目が気に入らなかったからだ。ヴァニタス前の僕から不当な目に合わされ日々に絶望していたお前が気に食わなかった」

「ならなおさらわからないよ。なんでぼくなの? なんでぼくじゃないといけなかったの? ほっといてくれたって良かったのに……」


 抜け出せない苦しみに喘ぐラルフ。

 僕はただ気持ちを吐露する。


 隠していた訳ではない。

 それでも――――嘘をつきたくなかった。


「手駒にしたかったのは本当だ。だが……いまは少し違う。ラルフお前には勇気がある」

「ないよ……ぼくには勇気なんかない! ぼくはただ臆病な……駄目なやつなんだ!」

「違う。お前には一歩を踏み出す勇気がある。耐える勇気、前に進もうとする勇気がある」

「ぼくには……そんなもの……」


 弱々しい声だった。

 そのまま夜の闇に消えてしまいそうなか細い声。


ヴァニタス前の僕からの再三のイジメに誰にも助けを言い出さなかったのは、他の人物を巻き込ませないため、だったんだろう?」

「…………」


 僕はヴァニタスの記憶を持っている。

 でもその時の感情までわかるわけではない。


 だからこれは僕個人の感想。

 ヴァニタスの記憶を通じて盗み見た僕自身が抱いた想い。


「それでいてへつらう訳でもなく、懇願こんがんするでもなく、ラルフお前はヴァニタス前の僕と正面から向き合った。自分だけが耐えればいい、とな」

「……逆らえなかっただけだよ。諦めていただけなんだ。ぼくは平民だから……」

「確かにな。諦観ていかんもあっただろう。恐怖も絶望も。身分差から逆らおうとする気骨すら持てなかったのは真実だろう。――――だが違う。だとしてもだ。諦めの境地にあってすらヴァニタスの記憶でのお前はどこまでも真っ直ぐだった。ヴァニタスにどれだけさげすまれても、しいたげられても魔法学園から逃げ出さなかった。ヴァニタス理不尽から逃げなかった。決して折れなかった。誰も味方のいない状況でも一歩づつ前に進もうと足掻いていた。……へこたれ、怯えてはいたがな」


 物語ストーリーでのラルフの活躍は覚えていない。


 主人公のクラスメイト。

 農家の生まれ、平民、凡庸ぼんようながら汎用魔法の扱いに長ける。


 辛辣しんらつにいえばこれといった特長がある訳ではない。


 いわゆる普通の視点を持った生徒。

 物語の端役。

 あくまでその範囲に収まっているのが小説の中のラルフ・ディマジオという生徒だったはずだ。


 でもそんなこと関係あるか?


 いまこの世界は現実だ。


 端役なんて何処にもいない。


「そして、いまラルフ、お前はいまのヴァニタスとすら真正面から相対している。自分をしいたげてきた相手と同じ顔、同じ声の相手を前に、一歩先へ踏み出そうと内なる勇気を振り絞っている」

「…………うぅ」

「僕はラルフ、そんなお前と対等になりたかったのかもな。同じ目線に立った友だちになりたかった」 

「友だち……」

「前までの僕たちの関係は最低だったと言っていいだろう。一方が一方をおとしめるだけの歪な関係。だがいまなら……いまならやり直せると思わないか? 僕がお前と交わした約束は嘘じゃない。たとえ返事がなくとも……僕がお前に力を持って欲しかったのは本当だ。僕と同じように大切なものを守り通し思うがままに生きるための力を。ラルフ、僕が友だちじゃ……嫌か?」

「違う、違うんだ。ぼくはヴァニタスくんを……」

「ラルフ?」

「ごめん……ヴァニタスくん……」


 その日、ラルフとはそれ以上会話をすることはなかった。






 こうして一日目が終わりを告げた。


 そして、二日目。

 目的地たるクリスティナやフロロ先生たちの待つ森の反対側へと進む最中、僕たちの前に立ち塞がる者がいた。


 招かねざる客。

 管理区域の森に轟音と共に現れたのは――――。


「ガハハハ! 会いたかったぜぇ、モーリッツをぶち殺した白坊主ゥ! オレサマはディグラシオ! オマエが派手に計画をぶち壊してくれた無為混沌の結社アサンスクリタの幹部の一人! さあ、オレサマと存分に殺し合おうぜぇ!!」


 森をとどろかす爆発音と共に現れたその大男は――――僕を殺すための刺客しかくだった。











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