第百三十三話 ラルフへの宿題


 ラルフは『土砂』の先天属性を持ち、土魔法と砂魔法、二つの属性の汎用魔法を扱うことができる。

 しかも、魔法学園への入学時点で中級汎用魔法まで習得しており、学生の中ではかなり優秀な部類に入る。


 そんなラルフだが独自魔法はというと一つも覚えていない。

 

 これはラルフの性格的な問題が大きいだろう。

 生真面目で内向的、地道に一歩づつ努力するタイプのラルフでは、独自魔法という発想力や自由さに左右される魔法の習得より汎用魔法の習得が容易だった。

 だからこそ汎用魔法については人より優秀でも、独自魔法においては僅かに見劣りする結果となっていた。


 僕はラルフと約束した。


 『強くしてやろう』


 平民という立場から同じクラスメイトの貴族ヴァニタスに不当な扱いを受けていたラルフと交わした約束。


 この言葉を僕は忘れていない。


 故に封印の森へとおもむく際、僕は彼へと宿題を課した。

 帰ってきたら僕を納得させるぐらいの独自魔法を習得していること。


 渋る、というより戸惑いながら立ち尽くすラルフに僕は一つの助言を送った。


 『土と砂、同時に使えばいいんじゃないか?』


 陳腐ちんぷな問いに聞こえるかも知れない。

 だが、発想力こそが独自魔法の鍵だ。


 土と砂、別々のものと捉えていた二つを一つに昇華させる。


 最初こそこの言葉の真意を疑っていたラルフも次第に意味を理解したらしい。

 というより彼の中で何か閃きがあったのだろう。


 天啓を得たように考え込むラルフは、僕らがラゼリアに連れられ封印の森へと出掛けている間も熱心に魔法研究へと励んでいた。


 という訳で踏破授業の真っ只中だがラルフの魔法研究の成果を見るのもこの授業に参加した理由の一つだ。

 

「い、行きます! ――――土砂流れアースサンドフロー


 ラルフの習得した独自魔法。

 『土砂』の先天属性から習得した土砂を宙空から崖崩れのように放つ魔法。


 的とした大木が多量の土砂に埋もれ僅かに軋む。


 規模は中々。

 だが……この魔法を実戦で使うとなると威力が足りないな。


 辛うじて絡め手で使えるくらいか。

 一度に生成する土砂の量はそれなりだから相手の足場を不安定にさせるぐらいは出来るだろうが、たったそれだけ。


「ふぅ……次、行きます。――――砦壁フォートウォール!」

「おおー」

「まあ」

「…………」


 ラルフはもう一つ先天属性を所有している。

 それが僕たちが目撃している高く直立不動にそびえ立つ『砦』の壁だった。


 『砦』魔法、名前からして防御に優れる先天属性から編み出された魔法は、発動自体中々に素早く範囲も縦横三メートル程度と悪くない。


 使い手ラルフ自身が地面へと両手をつけて発動するようで若干使いにくくもあるが、咄嗟の防御にも一応使えるだろう。

 強度も試しにボニーの光弾魔法を何発か直撃させてみたが、ビクともしないぐらいには固かった。


「……にしてもラルフもこんな便利な魔法を隠してたんなら早く言ってくれよ。これならゴブリンの討伐も簡単だったのによぁ」

「ご、ごめん」

「もう、変なことを言わないで! ラルフ君だってまだ習得したばかりの魔法だって言っていたでしょ? 駄目よ、ボニー君!」

「あー、はい……悪かったよ」


 簡単に魔法を防がれたのが余程悔しかったのかへそを曲げるボニーにウルスラが注意する。


 ただよう和やかな空気。

 しかし、ここからが本番だ。


 これまでの魔法は前座。

 あくまで土と砂を同時に扱う魔法を作る過程で生み出された研究成果の一つ。


 ラルフは的となる大木を見据えると深く息を吐き出し覚悟を決める。


「っ! ――――土砂混合弾アースサンド・ミキシングバレット!!」


 大木に直撃する土砂を固めた弾丸。


 衝撃が太い幹を揺らし無数の葉が空中を舞う。

 命中した箇所を注意深く見れば人の頭ほどに陥没しており、弱い魔物なら当たりどころさえ良ければ一撃で屠ることすら可能だと悟らせる。


 だが……。


「うむ……」

「ど、どうかなヴァニタスくん」

「悪くはない。悪くはないが……」

「え……? 悪くないどころか良かったっすよね?」


 能天気に魔法の命中した大木へと近づいていくボニー。

 深く穿うがった穴を熱心に触り、ラルフの新魔法の威力を肌で確かめる。

 

「……混合弾ミキシングバレット。確かに、ゴブリンや弱い魔物なら簡単に殺せるだろう」

「やっぱり! そうっすよね。結構イケてる魔法だと……」

「――――だが言ってしまえばそれだけだ。確かに土と砂の両方を使った魔法だが、あれは……汎用魔法の域を脱していない」

「いやぁまあ、それは……」

「あれでは土魔法と砂魔法をただ同時に放ったに過ぎない。何より威力だけで言えばすでにラルフの習得している中級汎用魔法なら同じことが出来てしまう」

「そう、だよね……」


 僕の忌憚きたんない意見にラルフもうつむきつつも同意する。


 というよりラルフ自身も自分の魔法の出来にしっくりきていない様子だった。

 形にはなっているが納得は出来ていない。


 ほんの少しの違和感が拭い去れない。

 後一歩望む場所に手が届かない。


 ラルフの顔にはありありと悩みが浮かんでいた。


「ぼくは……でも……どうして……」

「ラルフ……落ち込むなよ。十分スゲェ魔法だったぜ。それにこれだけの数の独自魔法を短期間で習得するなんてそうは出来ないって! もっと自信持てよ!」

「ええ、普通は一つの独自魔法を覚えるのにも何十日もかける場合がほとんどだもの。人によっては生涯に一つか二つしか習得出来ないこともある。ラルフ君の努力はヴァニタス君もわかってくれるはずだわ。ね?」

「そうそう、委員長の言う通り、ヴァニタスさんも怒らない……ですよね?」


 ウルスラとボニー、二人に励まされるラルフはそれでも落ち込んだままだった。


「まあ、な。僕もそこまで狭量きょうりょうではないさ。……確かに成果は見せて貰った。後はここからの発展次第だな」

「……うん」

「踏破授業は実戦経験を積むいい機会でもある。これを切っ掛けに魔法に磨きをかければまだまだ成長の余地はあるだろう。……そう落ち込むな」

「うん……ありがとうヴァニタスくん」

「にしても独自魔法かぁ……おれもなぁ。『王冠』の魔法はなぁ……」

「……ボニーくんも自分の魔法に悩みがあるの?」

「いやおれの場合は使えはするんだが、どうにも、な? 自分の望んだ魔法じゃないっていうか……」

「珍しいな。独自魔法は望んで手に入れるものばかりのはずだが……」

「ハハ、まあその偶然っていうか……なんていうか」


 その後ボニーも交えラルフと共に魔法について話し合う僕たち。


 ウルスラはその様子を嬉しそうに遠巻きから眺めていた。











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