第百三十二話 クラス合同学外授業
それはラルフたちと四人一組となり森の中を
「み、みなさんには四人一組の
フロロ先生の突然の提案にざわめきを増す生徒たち。
教室内が一気に騒がしくなる。
「い、以前から告知していましたがゼンフッド帝立魔法学園ではこの度、一年生同士でのクラス合同学外授業を開催することに、な、なりましたぁ!」
緊張からかかすかに声を震わたフロロ先生はたどたどしくも授業の詳細について説明をする。
内容を要約するとこうだ。
まずクラス合同学外授業というのは、読んで字の如く魔法学園を飛び出し、帝都の外で行う一年生全クラスが参加する特別な実技授業。
開催場所は帝都
ここは普段は騎士団の演習や冒険者の講習にも使われるある程度魔物の数や植生が制御された区域。
学外授業ではこの管理区域の森林を、騎士団協力の元規定範囲で区切り、生徒たちはその中の限られた空間でサバイバル生活を送ることとなる。
とはいえ単に森の中で
生徒たちの間で『
さらには道中に学園側から指定された特定の素材を採取することが求められ、それを持って最終的な成績が決められる。
また、サバイバルの基本は現地調達。
生徒たちには最低限の荷物こそ与えられるものの、基本は魔物や動物を狩ることで食料を確保し、森の中を探索しつつ必要な水分を手に入れる必要がある。
万が一のための
すべてを自分たちの力のみで乗り越えなければならない。
必然、生徒たちは一つの班で一体となって協力し生活することが必要不可欠となる。
普段の授業に比べれば遥かに危険度の上回る授業。
実際に魔物と相対し殺し合いを行う以上、常に死の危険とは隣り合わせでもある。
「い、いままでの説明で何か質問があれば遠慮なく聞いて下さいぃ」
「先生、じゃあ質問!」
「は、はいぃ、レクトール君!」
誰も手を挙げない沈黙の空気を察してか、率先して質問をするレクトール。
「授業の間荷物はどうするんですか? 三日間のサバイバルともなると
「に、荷物面では出来るだけ公平になるよう
「へー、太っ腹」
「ただし持ち込める道具には制限もあります。あまり生徒のみなさんの間で格差が広がるのも問題なので……事前に申請した物以外の荷物は基本的に持ち込みが禁止となりますので気をつけて下さい」
「はーい」
『では次の質問を』とフロロ先生が教室を見渡すと、それを待っていたのか真っ直ぐと迷いのない手が挙がる。
「フロロ先生、わたくしからも質問がございますわ」
「はい、ではマユレリカさん、お願いします」
「従者や使用人の方々はどうなるのでしょう? 森の中では
「従者や使用人の方たちには教員のみなさんが待機する場所に一緒に居ていただくことになります。……お役目を奪うようで申し訳ないんですけど了承していただけると助かります」
「そうですか……わかりましたわ。ご回答ありがとうございます。では……奴隷の方々はどうなるのでしょう? ……使用人たちと同様の扱いでしょうか?」
「勿論です。奴隷の方たちも私たちと同じ場所で待機していただきます」
フロロ先生の回答を貰う終わり際、チラリとこちらに流し目を送り微笑むマユレリカ。
僕の代わりに気になる点を質問してくれたのだろう。
僕はいまだにフロロ先生から苦手意識を持たれているからな。
まあ、別人のように変化した上位貴族の子息なんて相手したくない気持ちはわかる。
もっともフロロ先生の場合は性格的なものの方が大きいだろうがな。
しかし、クリスティナたちとは短期間とはいえ離れ離れになるのか……。
その後もいくつか質問が飛び、ようやく一段落ついたかと思われるタイミングで突然フロロ先生が顔を深く
「……それと一点、先生から絶対に伝えておかなければならないことがあります」
俯いたまま突然強い言葉で語り出す先生に生徒たちの注目が一斉に集まる。
教室全体に困惑の残るまま、次の瞬間顔をあげた彼女は、いままで一度も見たことのない思い詰めたようで……それでいて迷いなく前を見据えた姿だった。
……フロロ先生のこんな姿は見たことがないな。
「……この授業はかなりの危険を伴います。魔物と戦い
死か……。
命のやり取りをする以上避けては通れない道。
「回復魔法も完全な回復を約束するものではありません。怪我は治っても心に負った傷に苦しむこともあります。また、命は助かっても時に後遺症の残る可能性もあります」
生徒の誰かがゴクリと唾を飲んだ。
ヌメリとした嫌な緊張が教室内を包む。
「勿論、この特別な授業には事前に参加の意思の確認があります。参加するかどうかは生徒のみなさんに委ねられてはいます。……しかし、みなさんの中には、参加したくない、まだ参加すべきでないと考えている生徒の方たちもいると思います」
この学園に入学した時点である程度の過酷さは覚悟しているはずだ。
……しかし、それでもここにいる生徒たちはまだ十五歳。
いくら能力は優秀な者が多いとはいえ、命のやり取り、その深いところを真に理解しているかは個人によるだろう。
「こんなことを言って生徒を惑わすなんて、わたしは教師として失格でしょう。……ですが、わたしはどうしてもみなさんに伝えたい。――――死んだら終わりです」
これはただの授業だとフロロ先生はいう。
勿論欠席すれば学園での成績には大きく響く。
将来の進路も変わらざる得ないだろうし、そもそも学園を卒業出来るかも怪しくなる。
それでもとフロロ先生はいつにも増して強い意思の宿った眼差しで
「他の先生方には甘いだけで生徒の未来を考えていないと
悲しげなフロロ先生の瞳。
目尻は薄っすらと涙に濡れ、僕たち生徒の身を真剣に案じているのが窺える。
「……もし辞退したいと言い出せない子がいたら先生にだけこっそり教えて下さい。――――わたしが必ず力になります。力になってみせます」
毅然とした態度のフロロ先生にやはり教師なのだなと感心する。
普段は何かに付けて怯えて見える彼女だが、生徒の身を案じ高らかに宣言する姿は、普段の弱気な彼女とはまったく異なる姿だった。
「そして、すでに参加を決意している生徒のみなさんは覚えておいて欲しいんです。わたしはみなさんが生きて帰って来てくれることがなにより嬉しい。どんなに辛くても、無様でも、絶対に生き残って下さい。どうか……お願い」
「フロロ先生……」
「先生、落ち込まないで下さい」
「……余計なことなんかじゃねぇよ。先生は俺たちのことを一番に考えて……」
生徒たちから次々と励まされるフロロ先生。
最後は堪えきれない涙が溢れる。
……そうだな。
フロロ先生のためにも絶対に生きて帰る。
ほんの少しだけ生徒たちの間にあった浮ついた空気が消え去る。
フロロクラスの生徒たちの意思が一つになった瞬間だった。
生徒たちの質問も終わり、各々が自由に班を決める時間。
さて、僕が班を組むなら誰と組むべきだろうか……。
しかし、僕が思案している間にもクラスメイトたちは自然と仲の良いグループ同士で集まっていく。
む、出遅れたか。
「……少しお時間いいですか?」
「イルザか」
すっかり取り残された感のある僕へと話し掛けてきたのは背後にユーディを連れたイルザだった。
彼女は何処か不貞腐れたような態度で僕へと向き直ると、目線を逸しながらも質問してくる。
「……聞きますが貴方は誰かと組む予定はありますか?」
「いや、ないな」
「……どうせ貴方のことです。誰からも誘われていないのでしょう?」
「まあ、そうだな」
他のクラスメイトたちが次々と班ごとに集まる中僕は一人ぼっちでいる。
まったく誘われる気配はないな。
「勿論ユーディも一緒ですが……良かったらヴァニタス、貴方も私たちの班に――――」
「あ、あのヴァニタスくん!!」
イルザが何かを僕へと伝える前に、不意に横合いから大声で割って入ってきたのは予想外の人物だった。
「ラルフか……急にどうした?」
珍しいな。
僕から話し掛けることはあってもラルフの方から積極的に来ることは中々ないんだが……。
なによりイルザの話を遮ってまで来るなんて……明日は槍でも降るか?
不思議がる僕と違ってラルフは人生の一大決心を固めたかのように厳しい顔で意を決して一息に叫んだ。
「ぼ、ぼくと一緒の班になってくれないかな!!」
「……てっきりレクトール辺りと班を組むつもりだと思ったが……違ったのか?」
「う、うん。……レクトールくんは他の人と班を組むって言ってたから……」
これまた珍しい。
友情に
「それにヴァニタスくんには宿題の件もあるし……」
「ああ、あれだな。最近は何かと忙しくて模擬戦も出来ていないしな」
ラルフへの宿題。
封印の森に赴く前、僕はラルフに一つの課題を出した。
彼から見ればその成果をこの機会に報告したいのだろう。
ラルフは熱心に己の魔法と向き合っていたからな。
「……わかった。確かに丁度いい機会だな」
「え……じゃあ」
「一緒にサバイバル生活を送るとするか」
「うん……ありがとうヴァニタスくん」
「ラルフも一緒ですか……まあいいでしょう。丁度四人になりますしね。では――――」
やれやれとイルザが軽い溜め息を吐きながら頷く。
しかし、またしてもイルザの話を遮り飛び込んでくる人物がいた。
「ヴァニタス君っ!」
「ん? ウルスラ……か?」
ウルスラ・ニジェール。
背後に連れているのは確かボニーとかいう目つきの鋭い男子生徒。
フロロクラスの委員長と普段一人でいることが圧倒的に多い男子生徒が僕に何の用だ?
「ヴァニタス君、急なお願いで申し訳ないのだけど、もし良かったら私たちと同じ班を組んで欲しいの」
「ウルスラと……後ろにいるのはボニーか?」
「ボニー君は私が誘ったわ。彼は……授業でも孤立することが多いから」
「……ど、どうも」
「どうして僕を?」
「ヴァニタス君は封印の森に皇女殿下と共に行ったのよね? 森でのサバイバル生活は慣れていると思って」
無難な答え。
だがそれで納得する僕ではない。
ウルスラの瞳は揺れていた。
かすかに垣間見える不安。
「本当にそれだけか?」
「……ええ、でも強いていうなら……同じフロロクラスの一員としていまのヴァニタス君に興味があるからかしら」
不安は消えていない。
だがウルスラは目を逸らさなかった。
いまの……か、確かに僕は
クラス委員長として気になったということか?
「ボニーといったなお前は?」
「おれは別に……ヴァニタス……さんならおれを怖がらないかなって」
「そうか……」
さて、どうするべきか。
元々誰からも誘われていないぼっちだ。
ウルスラの提案を受け入れてもいいが……。
「それで? イルザは何の話だったんだ?」
「……もういいです」
プイと顔を背けてユーディを引き連れ去っていくイルザ。
ズカズカと歩く様は不機嫌そのもので……。
これは……後で埋め合わせが必要かもしれないな。
「イルザさん……もしかして悪いことをしてしまったかしら」
「……まあ、些細なすれ違いだろう。気にすることはない」
「そう、でも後で私からも謝っておくわ。彼女ももしかしたらヴァニタス君を誘いたかったのかもしれないし……」
イルザの去る姿を申し訳なさそうに見詰めるウルスラ。
こうして僕たちは四人一組の班となった。
そうだ。
ここからはじまったんだ。
僕たち四人の自給自給のサバイバル生活が。
だが僕は知らない。
この時にはもう悪意は動き始めていた。
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