第百三十一話 四人一組


グラップ――――小握撃コンパクト

「グギャッ!」


 かすかに陽の光の差す鬱蒼うっそうとした森の中。

 腹部で炸裂した衝撃に緑の肌の魔物が断末魔だんまつまの叫びをあげる。


 ゴブリン。

 人型の魔物の中で体格は百二十センチメートル近くと小柄。


 ギョロリとした大きな赤い目にひょろ長い痩せた手足。

 緑の肌は体毛は薄く、下腹部を隠すように薄汚れたボロ布を纏う小鬼の魔物。


 個体にもよるが単体での強さは大したことはない。

 力は弱く不意を打たれなければ致命傷を負わされることは少ない。


 だがあなどってはいけない。


 ゴブリンには学習し技能を高める知能がある。

 さらに同族同士集団で行動し、拠点となる集落コロニーを作り、獲物を狩るための道具を自作する。

 繁殖力は高く生息している土地にもよるがすぐ個体数を増やすため、冒険者に出される常時依頼にはゴブリンの討伐や集落コロニーの破壊が大抵含まれている。


 また、上位個体ともなると狡猾こうかつな作戦をたてたり、弓や魔法に似た攻撃、さらには罠を駆使してくるなど油断ならない相手でもある。


「一発でノックアウト、というか腹部ごと吹き飛んだか……脆いな」


 もうちょっと耐久力があるかと思ったんだがな。

 威力の調整をあやまったらしい。


 ついこの間まで強力な魔物揃いの封印の森で鍛錬をしていたのもあるが、グラップの魔力集束力も以前より遥かに上がっている。

 加減する必要のない魔物相手とはいえ余分に魔力を込め過ぎたな。


 さて、ゴブリン共に応援を呼ばせないためにとは別で行動した訳だが……残りはどうなったかな?






「ギャッ、ギャッ!」


 遠目に見えるのはラルフを取り囲む二体のゴブリン。

 手には刃物のように鋭く整えられた石を先端に取り付けた粗末な槍を所持しており、牽制のためか大きく振り回しつつジリジリと距離を詰めていく。


 追い詰められる状況に焦りながらも一体のゴブリンに向き直り魔法を発動するラルフ。


「うっ――――サ、サンドショット!」

「ギッ!?」


 顔面に直撃する砂の塊。

 途端石槍を手放しむしるようにして目をこするゴブリン。


「行けっ――――アースピラー!」


 視界を塞いだゴブリンを一旦後回しにしてすかさず今度はもう一体のゴブリン目掛けて放たれる土属性の中級汎用魔法。


 だが、精度が甘い。


 プレッシャーもあったのだろう。

 土の柱アースピラーはゴブリンの脇を掠め、森の木に直撃し盛大な音をあげる。


「あっ……」

「ギギッ、ギャッ!!」


 ラルフの動揺を見逃さず攻撃に転じるゴブリン。

 石槍を前方に構えがむしゃらに突進してくる。


 そこに一人の少年が飛び込んだ。


「どけぇ、ラルフ! こいつはおれが倒す!」

「う、うん」

「ぶっ潰れろ!」


 ラルフと立ち位置を入れ替えるようにおどり出たやたらと目付きの鋭い少年は、体ごと石槍を突き出すゴブリン目掛けて、両手に携えた棍を振り下ろす。


 二メートル弱とそれなりの長さのある棍はゴブリンの粗末な石槍を難なく叩き潰し、そのままの勢いで横に薙ぐことで頭部をしたたかに打ち付け地面に叩きつけた。


 飛び散る体液。

 人の血液とは異なる緑がかった血が地面をいろどる。


「よっしゃあっ! どうだこのドミドリ野郎!」


 勝利を確信した雄叫び。

 しかし、すでにもう一体のゴブリンはラルフから受けた目眩ましから回復し体勢を立て直していた。


 元から赤い目をさらに真っ赤に染め上げ石槍凶器を振り回し少年へと迫る。


「ボニーくん、まだもう一体がっ!」


 森に響くラルフの注意を促す切羽詰まった声。

 同時少年はゴブリンに向け向き直るとかざした手から魔法を放った。


「うっとおしいんだよ! いい加減寝てろ! ――――速光弾!」


 僕の扱う汎用魔法ライトアローと酷似した魔法。


 だがそれは少年の先天属性『光弾』から生み出されたもの。

 魔法自体は似通っていても威力も速度も独自魔法だけあって僕のものより僅かにまさっている。


「よし、これで――――」


 光弾はゴブリンの石槍を軽々と弾き飛ばした。

 さらに伝わった衝撃で再度体勢を崩すゴブリン。


 訪れる絶好の機会。


「止めだ。――――巨光……」


 だが残念ながら少年がその機会をものにすることは叶わなかった。

 止めの魔法を放つ直前――――乱入者が現れたからだ。


「グガァアッ!!!!」

「ギャッーーー!!」

「あ?」「あっ……」


 ゴブリンは絶命した。

 しかし、ゴブリンを死に至らしめたのは少年の魔法でも隣で呆然と立ち尽くすラルフの仕業でもなかった。


「ガウ」


 熊だった。

 体長三メートルにも及ぶかと思われる見上げるほどに巨大な大熊が、茂みから物凄い勢いで飛び出すと、ゴブリンを背後から右手の爪の一振りで軽々と三等分した。


 上半身と下半身が無惨にも地面へと音をたて横たわり、転げ落ちた頭部が静寂の訪れた森の中を転がっていく。


 誰も言葉を発せない。


 すると大熊の陰から二人の少年の様子をうかがうようにして控えめな声が投げ掛けられる。

 

「あの……ごめんなさい。危なそうだったから手助けさせて貰ったのだけど、お邪魔だったかしら」


 気まずそうに顔を出したのは一人の少女だった。

 

 腰まで伸びた濃い藍色の髪の少女。

 ラルフや棍を振り回していた目付きの鋭い少年と同じくゼンフッド帝立魔法学園の学生服へと身を包んだ彼女は、優しげな瞳を不安に揺らし完全に動きを止めていたラルフたちの反応を待っている。


「……いいんちょー、助けてくれたのは嬉しいんだけどよぉ。ゴブリンの血を頭から被っちまったよ……」

「うぅ、すごい匂い」

「ご、ごめんなさい」


 至近距離から緑の血を浴びたラルフと少年は、ゴブリンの魔の手から助けられたにも関わらず少女に向けて恨み節を吐く。


 それを受け少女はひたすらに頭を下げ謝っていた。






「ペッ、ペッ。ちっ、たく血が口の中にまで入っちまったぜ。うえー、気持ちわりい」

「だ、大丈夫? ボニーくん」

「ボニー君、私の魔法のせいで……その……ごめんなさい」

「……いや、まあ委員長のせいじゃねぇよ。おれがとっとと仕留めりゃよかったんだからよ。ラルフお前水持ってるよな。ちょっと貸してくれ」

「う、うん」

「待って。お水ならわたしが持ってるわ。ラルフ君もこれ使って?」

「は、はい」

「ん、委員長、サンキュー」


 ゴブリンを一掃した僕たちは手早く解体を済ませると、見晴らしの良い場所で一旦小休止を取っていた。


「しっかしゴブリンの血って臭えのな。学園の制服が汚れがつきにくい特別な素材で出来てるからすぐ血は落ちたけど、でも匂いが全然落ちないとはなぁ。血の匂いに他の魔物も寄ってくるだろうし、一応着換えはあるにはあるけどよ。こんなことで着替えるのも……はぁ、面倒だ」


 ゴブリンの血の匂いはかなり臭い。

 ボニーは制服に染み付いた生臭い匂いに鋭い目付きをさらに険しくしながら一人文句を垂れる。


 すると、同じく制服の汚れを落としていたラルフがおずおずと何かを手に持ち彼へと近づいていく。


「あ、あの……ボニーくん、良かったら……」

「あ?」

「うっ」


 振り返るボニーの迫力に一瞬気圧されるラルフ。

 その様子を見かねたのかすかさず藍色髪の少女、ウルスラが二人の間に割って入る。


「ラルフ君、おどかしちゃってごめんなさい。ボニー君は……その……ちょっとだけ普通の人より目付きが鋭くて誤解されやすいの。でも根は気遣いの出来る優しい子だから、どうか許してあげて?」

「えっと……その……」

「委員長が悪いんじゃねぇよ。……悪かったなラルフ。怖かったか?」

「そ、そんなことないよ! ぼ、ぼくこそごめん! その……びっくりしちゃって……」

「ラルフ君も一緒に過ごしていれば少しは慣れてくるはずだわ。だからお願い、彼を外見だけで嫌わないで」

「うん……」


 しんみりとした空気が流れる中、流れを変えるようとかボニーが落ち込むラルフへと声を掛ける。


「……ところで、おれに一体何の用だったんだ?」

「こ、これ良かったら使って欲しくて……」

「……なんだコレ? 草?」

「に、匂い消しの薬草、森を歩く途中に生えてたから一応採取しておいたんだ」

「へー、そうなのか。よく知ってたな」

「う、うん。これを少し手で揉んでから服とかにつけると匂いを上書きしてくれるんだ。これでゴブリンの血の匂いも少しはマシになると思う」

「すごいわ。ラルフ君! いつの間にそんなものを!?」

「おお、助かったぜ。……マジか、あれだけ生臭かったのがすぐに消えちまった!」


 早速絞った薬草の汁を制服へと擦り付けたボニーは、その効力に目を見開き驚く。

 ラルフは一瞬ギョっとして動きを止めたが、今度はなんとか持ち堪えたらしく目線を逸しつつも会話を続ける。


「そ、そのぼくの実家は農家だから……使える薬草の知識は出来るだけ持っておけって……父さんが教えてくれたんだ」

「いいお父さんなのね。……羨ましいわ」

「ああ、うちのオヤジなんかいつも飲んだくれててお袋に年中どやされてるからな。おれが教わったことなんて精々酒の種類くらいか? 飲めもしねぇのにそんな知識いつ役に立つんだよ。たく、ラルフのオヤジさんと取り替えて欲しいぐらいだ」

「ええ、そんなぁ……」


 ゴブリンを棍と光弾の魔法によって終始翻弄ほんろうしていた少年。

 いまはラルフに上機嫌に絡んでいる鋭い目付きが特徴の彼はボニー・ダドラー。


 『棍』と『光弾』、そして先程の戦闘では使わなかったが『王冠』と三つの先天属性を持つクラスメイトの一人。


「チチュンッ」

「あら?」


 何処からか飛来した小鳥が甲高い鳴き声をあげウルスラの周りをくるくると飛び回る。


「チチ、チュン、チチュン」


 小鳥はウルスラが差し出した右手に止まり羽を休ませると、再度飛び立つと今度は何かを伝えるかのように円を描くように規則的に動く。


「あら、そうなのね。この辺りに魔物はいない、と。ありがとう助かったわ」

「……委員長の魔法、『椋鳥むくどり』だったか? 便利だよな。それで周囲一帯の索敵が済んじまうんだろ?」

「うん。ウルスラさんのお陰ですごい助かるよ」

「ああ、こうして休憩してても周囲を警戒する必要がないしな。魔力は使っちまうから頻繁ひんぱんには頼めねぇけど、やっぱ楽だよ」

「ふふ、そういって貰えると私も嬉しいわ。……私なんてこれぐらいでしかみんなに貢献出来ないから」

「いやいや、『大熊』の魔法はヤバかっただろ! ゴブリンが一撃だぞ? しかも魔法なのにあの迫力。もしあの熊と戦ったら勝てる気がしねぇよ」

「そうかしら? ああ見えて大人しい子なのよ」


 大熊の所業を思い出したのかぶるりと身震いするボニーに、いまいちピンとこないのか何でも無いことのように答える彼女。


 藍色の髪の左側だけを三編みに編み込んだ温和な印象を受ける彼女の名はウルスラ・ニジェール。

 フロロクラスの一員であり、ボニーの言うように委員長を務めている。


「……ところでヴァニタス君は大丈夫だったの? 一人でゴブリンを任せてしまったけど……怪我とかしてない? もし良かったら私の魔法で治すわ」


 ウルスラの先天属性は『大熊』と『椋鳥むくどり』。

 しかし、それ以外にも彼女は魔法が使える。


 それが――――。


「回復魔法か……いや僕は怪我を負っていない。せっかくの好意だが遠慮しておく」

「そう、でももし不調があったら遠慮なく言ってね。私の回復魔法はまだ未熟だけど……それでも少しは力になれるはずだから」


 回復魔法はかなり高難度の魔法だ。

 まず習得時点で高い魔力操作力とイメージ力が求められ、回復、治癒系統の先天属性を持たなければ覚えること自体が困難。


 また、普通の元素属性魔法と同じく汎用魔法こそあるものの、その大半は回復量にとぼしく、初級汎用魔法ではかすり傷程度しか治せない。

 中級でも大きめの裂傷や打撲、上級でやっと骨折と、習得難度の高さに比べて見返りが少なく、さらには汎用魔法のくせに魔力消費量はかなり高い。


 連続で使用する、または独自魔法ならそのくびきから外れるが、これまた元々の魔力量に左右されたり、魔法として結実させるために高い魔力操作力とイメージ力が必須となるため、適性のある者は限られる。

 

 ウルスラは先天属性として回復系統の属性を持たないにも関わらず、中級の汎用魔法まで習得している。

 これは学生のみならず帝国の実力者の中でも破格のことであり、そこには常人では思いつかないほどの並々ならぬ努力があったに他ならない。


「にしても……ヴァニタス……さんの魔法はどうなってんですか? あれが噂の掌握魔法ってやつですか?」

「見てたのか?」


 神妙な顔つきで話し掛けてくるボニーに思わず聞き返す。


 ……結構距離は離れてたと思ったんだがな。


 それにしても敬語で話し掛けてくるボニーは目付きは相変わらず連続殺人犯ぐらいの迫力があるが、ゴブリンと戦ってきた時の勇ましさは感じられない。

 彼が平民なのもあるが、同じフロロクラスの一員なのにいままで交流がなかったから仕方がないといえばないのだが……。


 一応敬語でなくていいとは伝えてあるんだがな。

 まあ、おいおい慣れるだろう。


「見てたっていうか。チラッとすけど。あの断末魔の声を聞いちまったら……」


 隣でうんうんと激しく頷くラルフ。

 ……そんなにか?


「しかも、ゴブリンの死体を見たら体の大部分が吹き飛んでるし、全然原型留めてないじゃないすか!」

「ああ、脆かったからな」

「脆いって……おれが全力で殴ってもああはならないっすよ?」

「……でもヴァニタスくんがこういったことに慣れていてくれて助かったわ。私たちだけだと不安だったもの。……やっぱり同じ班に入れてもらって良かった」


 同じ班、か。


「にしてもここから三日間のサバイバルねぇ」

「そうね。何事もなく目的地に辿り着ければいいのだけど……」

「…………」

「まあ、なるようになるだろ。ヴァニタス……さんもいることだし」

「……うん。ヴァニタスくんは……強いから」


 ラルフ、ボニー、ウルスラ。

 皆同じクラスに所属するクラスメイトたち。


 普段から模擬戦を行う仲であるラルフはともかく、交流の少ない二人を加えた僕たちは、四人一組の班となって規定範囲に切り取られた森の中を練り歩いていた。


 何故こんな事態になったのか。


 事の始まりは僕たちのクラスの担任、フロロ先生の一言から始まった。












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