第百二十九話 四大公爵家と激怒


 ルアンドール帝国には四つの公爵家が存在する。

 スプリングフィールド、サマーウォーター、オータムリーフ、ウィンタースノー。


 それぞれが帝国に忠誠を誓う最上位の貴族であり、広大な領地と多数の傘下の貴族を束ねる国家の重鎮じゅうちんたち。

 また、各公爵家は血筋に由来する特異な先天属性を有しており、彼らは時に『四季貴族』とも呼ばれる特別な存在でもある。


 ……ただし、そんな彼ら四家だが決して仲良しこよしの集まりではない。

 所属する派閥はばつや優先する思考は当然ながら各家ごとに異なり、時には同じ国家を盛り立てる仲間同士でありながらも、互いに対立、場合によっては秘密裏に妨害し合うことすらある。


 今回ラゼリアの要請にて夜会を主催することとなったスプリングフィールド公爵は皇帝派の筆頭、皇帝を支持する貴族たちを束ねる立場。

 よって当然ながら夜会の出席者の大多数は皇帝派が占めていた。


 しかし、この夜会にはスプリングフィールド公爵の要らぬお節介暴走もあり、皇帝派以外の貴族たちも参加している。

 そう、本来ならこのような催し物パーティーで両家が一同に介することなど滅多にないはずが期せずして実現してしまっていた。


 『四季貴族』たる公爵家がこの会場には存在していた。






「……リヒャルト様、やはりラゼリア皇女殿下が気になりますか?」

「――――当然だ。降って湧いた幸運とはまさにこのこと。フッ、日頃の私の行いのお陰とも言えるな」


 若草を思わせる爽やかな黄緑色の髪に貴族らしく非常に整った顔立ち。

 姿勢のいいスラリとしたたたずまいは貴公子然きこうしぜんとしていて、彼のためにあつらえられただろう藍色の正装を着こなす姿は目の肥えた貴族たちにも一目置かれるほどに上品であった。


 だがしかし、ラゼリアを観察する眼差しだけがいただけない。


 欲望の透けて見える土色の瞳は、整った外見とは異なり内面の醜さを映し出しているようだった。


 彼の名はリヒャルト・オータムリーフ。


 『四季貴族』の一角、オータムリーフ公爵家次男。

 現当主バーゲン・オータムリーフ公爵の実子であり、兄一人、姉一人をもつ末の息子。

 

 彼は幼馴染み兼配下の貴族でもあるダールベルトをいつものように側に控えさせると、薄笑いを浮かべつつラゼリアを舐めるような視線で見詰める。


「皇族の中でも皇帝一番のお気に入りと称される“暴竜皇女”ラゼリア・ルアンドール。まさかあのガサツな女が夜会に出席する姿を目にする機会が来るとはな。父上に命令されてきた時は面倒なだけだったが……やはり私には運が味方しているらしい」

「……はい、リヒャルト様の仰る通りかと。このような場にラゼリア皇女殿下が参加されること自体稀なことです」

「あの女を手に入れれば私がオータムリーフ公爵家の当主になることすら可能だ」

「…………」

「力も意思もない兄上では当主には相応しくない。それなのに先天属性が代々の一族の中でも特別なものだからと何かと優遇されてきた。この天才たる私を差し置いてだ! だがこれからは違う。あの女を手に入れ、必ずや私が当主になってみせる!」


 意気込むリヒャルトだがダールベルトはめた目で見ていた。


 リヒャルトの性格はわかっている。

 それこそ幼い頃から共に過ごしてきた。


 自分に絶対の自信を持ち他に譲らない。

 しかも気分屋であり、おおらかで余裕のある時もあればこうして野心を剥き出しにして冷静さを失うこともある。


 父の代、いやそれこそ祖父よりもっと以前からずっとオータムリーフ家に仕えてきた自分の家系。

 そのことに不満はないものの、自分が仕えるリヒャルトの時折漏れる危うい言動にはいつも肝を冷やしてきた。


(普段のリヒャルト様ならこれほどまでに我を失うことはない。常ならば己の願望を叶えるためでも冷静沈着に必要なことを為されるはず。しかし、ことラゼリア皇女殿下のこととなるとリヒャルト様は……。いや、余計な思考はやめよう。私は黙って仕えるべき主をお支えする。それでいいはずだ)


「それにしても、何度となく婚約の申し出を打診しているというのにこの私の一体何が気に入らないのか……ことごとく却下し続けるとは……。つくづく時勢の読めない女だ」

「……はい、ですが仕方のないことかと。ラゼリア皇女殿下は政治にはご関心のない御方。リヒャルト様の崇高なお考えをご理解いただくには些か……」

「言葉を濁す必要はないぞダールベルト。この私を袖にし続ける女だ。ただでさえ貞淑が尊ばれるべき貴族令嬢が戦闘行為に明け暮れ、好き勝手暴れ回っているというのに……極めつけは……アレだ! あの格好! 一体アレはどういうことだ!」


 声を荒げるリヒャルト。

 視線の先には皇帝派の貴族たちと持ち前の明るさで気さくに談笑する男装姿のラゼリア。


 時にドレス姿の令嬢の肩を無遠慮に掴んでは赤面させ、体格の良い武闘派の当主の背を豪快に叩き発破をかける。

 良い意味でも悪い意味でも注目を集めるラゼリアをリヒャルトは睨み憤慨していた。


「周囲の貴族たちも何故苦言を呈さない! そもそもあの女には近衛の騎士もいるだろうに。何故あのような蛮行を誰も指摘してやらないのか? 何だあの格好は! 男が着るべき衣装を何故あの女がっ!? まだ身を固めるつもりはないとでもアピールしているつもりか!」

「リヒャルト様、お声をもう少し小さく」


 恐れるものを知らない皇女への非難。

 ダールベルトは周囲を警戒しつつも顔色を悪くする。


 政敵の多いこの場での失言。

 迂闊にも耳にされればリヒャルトのいう当主への道は増々遠ざかる。


 せめてこの場に誰も近づかないようにと配下の者たちを使いやんわりと遠ざけるしかなかった。


「フンッ、適齢期を過ぎた女、しかもあんなデカいだけのみにくい女をこの私がわざわざ娶ってやろうと言うのだぞ。何に不満があるのか。理解に苦しむな」

「……そう、でございますね。ラゼリア様とリヒャルト様が結ばれればオータムリーフ家、ひいては帝国は安泰あんたいかと」

「だろう?」

「……ですが、問題もあります。どうやらラゼリア皇女殿下はここ最近お気に入りの少年がいるとか。我々にも詳細は知らされていませんでしたが、此度の夜会もその少年の功績を認めさせるためにわざわざスプリングフィールド公爵の手を借りたものかと」

「忌々しい話だ。ヴァニタス・リンドブルム。リンドブルム侯爵家の悪童。気まぐれなラゼリアに誘われて皇帝直轄地封印の森へと招かれた幸運な少年。初めはいつもの突飛な行動かとも思ったがそうでもないらしい。このような会、しかも対立する我らオータムリーフ公爵家にすら声をかけるのだから余程のことだ」


 ここにいないヴァニタスを思い浮かべ悪態をつくリヒャルト。

 心底イライラしているのか先程まで浮かんでいた薄笑いは消え、コツコツと靴を鳴らす。


 しかし一転、手元のグラス葡萄酒を口元へと運ぶと余裕を取り戻したのか笑みを深める。


「だが所詮は十五歳の子供。奴もラゼリアを凋落ちょうらく分不相応ぶんふそうおうな夢でも見ていたかも知れんが、ラゼリア・ルアンドールにはこの私がいる。未来の皇族の一員として相応しいのは私だ」

「……はい、彼は侯爵家七家の中でも最も歴史が古いリンドブルム家の者とはいえ嫡男でしかありません。公爵家の血筋であらせられるリヒャルト様相手に逆らえるはずもない。……リヒャルト様とは同じ貴族でも身分が違います」

「そうだ。それに奴は複数の奴隷を侍らせ、恥も外聞もなく連れ回しているという。汚らわしい話だ」

「……リヒャルト様とて陰では複数の奴隷を所有しているではありませんか」


 鼻で笑うリヒャルトだがダールベルトの指摘通り彼は奴隷を複数


 屋敷、それも本邸でなくリヒャルト個人の所有する別邸の地下にて、まるで汚いものに蓋でもするかのようにひたすらに隠されていた。


 彼ら、彼女らは気分屋なリヒャルトによって弄ばれ、虐げられるだけの存在でしかない。

 リヒャルトにとって奴隷とは暇つぶし程度の存在であり、自分の思い通りに利用出来る資源でしかなかった。


「フンッ、あれらは表に出さないからいいんだ。高貴な私の側に控えるのは同じ尊い血の持ち主でなくては困る。そう、ラゼリアあの女のようにな」

「……はい、仰る通りでございます」

「さて、そろそろ挨拶をしてやるか。まったくこの私を無視して他の貴族を優先するとはつくづく世話のかかる女だ。だが今日こそは婚約を認めさせてやる。あのような格好だが私の前に現れたということは声を掛けて欲しいという欲求の表れだろう? 仕方ない女だ」


 あくまでも自分中心な思考にダールベルトは溜め息を吐いた。


 ねぎらう者は誰もいなかった。






「――――ほほう、とすると素晴らしい若者なのですな。そのヴァニタス・リンドブルムという少年は」

「そうだぞ。ヴァニタスの尽力がなければこの私とてどうなっていたことやら。グラニフ砦は無惨にも打ち壊され、騎士たちの大半が職務に殉じていただろう。“急滝きゅうろうの騎士”マッケルンですら満身創痍まんしんそういにならざる得なかった相手。封印されし邪竜と無為混沌の結社アサンスクリタ。ヤツらはそれほどの脅威だった」

「……恐ろしい相手ですな。皇帝陛下の近衛騎士さえ務めたあの御方をそれほどまでに追い詰めるとは。……しかし、それをヴァニタス少年は打倒したと」

「フフ、そうだ。しかし、邪竜と無為混沌の結社帝国の敵に立ち向かったのはヴァニタスだけではない」

「……噂ではヴァニタス少年は模擬戦の末にハベルメシア様を奴隷として借り受けることとなったとか。よく皇帝陛下が許可なさったと思うておりましたが……とするとやはりハベルメシア様が……?」

「フフ、そうだな。ハベルメシアも確かに活躍した。彼女の成長には私も大いに驚かされたぞ。だがな、彼女だけではない。ヴァニタスの奴隷たちもそれぞれ目覚ましい活躍をした」

「ど、奴隷ですか」

「まあ待て、これがだな、奴隷と侮ることはないんだ。ヴァニタスの奴隷たちはどの娘も可憐な乙女たち、それでいて私に匹敵するほどの実力者でもある」


 ヴァニタスだけではない。

 ラゼリアはヴァニタスの奴隷クリスティナたちの地位向上にも尽力していた。


 といっても彼女も特別に意識してのことではない。

 同じ男に惹かれる者同士、何より互いに高め合う好敵手ライバルとして彼女たちの実力の真実を伝えたい純粋な想い。


 いつになく饒舌じょうぜつなラゼリア。


 そんな彼女にひっそりと近づく者がいる。

 言うまでもなく壁際からずっと彼女を観察していた青年。


「お久しぶりでございます。ラゼリア様」

「ん? ……リヒャルトか。 ……何の用だ?」


 ラゼリアには珍しくその青年を見た瞬間に出たのは強張った硬い声だった。


 無理もない。

 ラゼリア視点から見れば、毎度断っているのに婚約を申し込んでくる面倒な男。


 しかも、少し話しただけでも分かるほどにラゼリアのことを第四皇女という立場でしか見ていないのは明白。


 ラゼリアは立場上皇族として見られることは多々ある。

 しかし、こうまで露骨に皇族の地位しか見ないような男は他にはいなかった。


 それにラゼリアの好みは言うまでもなくヴァニタスのような可愛らしい男のコであり、気障ったらしい男リヒャルトはお呼びでなかった。


 ラゼリアから冷たい視線で見られているとは露知らず、リヒャルトは丁寧かつ大仰な動作で礼をする。

 そうして切り出したのは先程までラゼリアが貴族たちと話していたヴァニタス一人の少年の話題。


「先程のお話、非礼ながら耳に入っておりました。何やら興味深いお話をされていたご様子」

「ん? おお、そうなんだ! ヴァニタスは面白い男でな。ゆくゆくは私の夫として――――」

「お言葉ですが、ヴァニタス・リンドブルムの功績。疑わしいものがあります」

「…………はぁ?」


 ラゼリアの言葉を遮ってまでリヒャルトが口に出したのはヴァニタスへの疑いだった。


「現時点で声高に触れ回るのはラゼリア様のお立場を考えればよろしくないかと」

「…………私はこの目で彼らの活躍を見たのだぞ。共に戦った。その彼らを疑うと?」

「だとしてもです。何処の馬の骨ともいえない木っ端貴族の少年一人。皇族たるラゼリア様が気にかける必要はありません。それに大方邪竜などそれほどの強さでもなかったのではないですか?」

「……マッケルンですら窮地に陥った強敵だ。弱いはずがない」

「“急滝きゅうろうの騎士”は私も存じております。しかしかの御方も流石にお歳を召した。通常より強力な魔物に遅れを取った、ただそれだけのことではないのですか?」

「…………」

「それに無為混沌の結社アサンスクリタなどまさに理解不能な存在。帝国の裏で暗躍する者? そんなもの存在するはずがありません。狂言の可能性すらあります。ラゼリア様ご自身がヴァニタス・リンドブルムに騙されているのでは?」


 無言のラゼリアに対しリヒャルトは白熱したのか周囲の貴族たちを巻き込むように演説を始める。


 そう、彼はヴァニタスを貶める言葉を我が物顔で叫んだ。

 そして続く言葉で彼の奴隷クリスティナたちにも言及する。


「それと奴隷を擁護ようごする行為などラゼリア様の品位をおとしめるだけかと。彼らはただの労働力。そこに意思など存在しません。所詮彼らは使い捨ての存在なのです。ラゼリア様がお優しいことは知っておりますが、彼らをどうにかしようとする必要はないでしょう。奴隷など首輪を嵌められた時点でとうに終わった存在なのですから……。ところで婚約のお話ですが、考えていただきましたでしょうか? この私リヒャルト・オータムリーフとの結婚。四大公爵家の将来有望な若者との婚約はラゼリア様の今後を思えば良き縁談だと思いますが……」


 だがそれはラゼリアの逆鱗に触れる行為だ。


「……なら何か? 私がヴァニタスに騙されていると? 彼のために嘘を宣伝させられていると……お前はそう言っているのか?」

「――――ッ!?」


 この時リヒャルトは己の行いが極めて失敗したと悟ったが ……もう遅かった。

 暴竜の尾を踏んだ代償は――――。


「いえいえ、嘘といっている訳ではなく私は単に疑わしいと――――」

「――――穿つ竜骨の突撃槍ドラゴンボーン・ランス


 痛みだ。


「はぁ? ――――グゥッ!?」


 リヒャルトが驚きに目を見開いた瞬間、竜骨の槍の鋭い先端がリヒャルトの右の手の平を貫き床へと縫い止める。


 突然の魔法蛮行に会場中から悲鳴が響き渡った。

 だが最も大きい声で叫んだのは当事者たるリヒャルトにほかならない。


 激痛が彼を襲う。


「あああああああ!!!!」

「黙れ! 言い訳など要らん! 巫山戯たことを! 私のヴァニタスと友人たちの功績を言うに事欠いて嘘だと? 私を騙すために一芝居打っただと? 帝国のために命を賭して戦った勇士を貶めようとするとは、恥を知れ!」


 突然の激痛にリヒャルトは返事すら出来ない。

 ただひたすらに痛みに耐え叫び唸ることしか出来なかった。


 あまりに唐突に起きた出来事に硬直してしまっていたダールベルトがリヒャルトの元に駆け付けようとするが、ラゼリアの一睨みで黙らされる。

 圧倒的な存在感。

 ダールベルトは蛇に睨まれた蛙のように一歩も踏み出せなかった。


「ラ、ラゼリア様!? こ、これは一体……」


 騒ぎに気づいたスプリングフィールド公爵が早足で駆けつける。

 床に縫い付けられるリヒャルトに視線を移すが、彼の心配は這い蹲る愚かな青年にではない。


 急いでいつになく荒振っているラゼリアの元へと近づく。


「ああ、公爵、すまないな。床を汚してしまった」

「……それは構いません。しかし、どうしてこのような事態に?」

「この馬鹿はヴァニタスたちの功績が偽りのものだと私に吹き込んだ」

「それは……仕方ありませんな」


 先程も愚か者を見るような視線だったが、ラゼリアの言葉を受け公爵の視線が一層冷たさを増す。


 ヴァニタスたちの功績を疑うなどあり得ないこと。

 それすなわち皇族ラゼリアを疑うことに他ならないのだから。


「ぐぅぅぅ……」

「リヒャルト様、いま上級の回復薬ポーションを!」

「ならん! その傷はそのままにしておけ!」


 治療のための回復薬ポーションを取りに行こうと動き出したダールベルトをスプリングフィールド公爵が止める。


 ラゼリアへの失礼な発言。

 このまま傷を直したとてそれが綺麗サッパリ無くなる訳ではない。


 ならせめて少しでも痛みと共に苦しみ反省しろ。

 身分上位者公爵の命令にダールベルトが再び動きを止める。


 誰も動けない。

 この場の裁定は怒れるラゼリアとスプリングフィールド公爵の手に委ねられていた。


 僅かな沈黙。

 その間もリヒャルトの右手に空いた穴からは血が止め処なく流れ続ける。


「貴殿は確か――――」

「ぐうっ……も、申し訳ございません。ラゼリア様、スプリングフィールド公爵様、私の……浅慮が過ぎました。ど、どうかこの不遜なる勘違いをした私をお許し……下さい」


 痛みに耐え必死に謝罪の言葉を口にするリヒャルト。

 苦悶の表情で深く頭を下げ許しを請う。


(オータムリーフの末の小倅こせがれ、状況の不利を悟りプライドを投げ捨て全面降伏するとはな。……苦痛に喘ぎ黙っていればこの責任を当主にまで波及させることが可能だったかもしれないというのに……あまりの痛みに逆に冷静さを取り戻したのか?)


 こうなっては敵対派閥といえ追撃するには些か周囲の目が多過ぎる。


 ここに居るのは皇帝派の者だけではない。

 無抵抗に謝罪する者にさらなる罰を与えるとなると必ずこの行為を糾弾する者が出てくる。


 それにスプリングフィールド公爵としても同じ公爵家のオータムリーフとの全面戦争は避けたかった。


 何よりラゼリアの立場を悪くするのは本意ではない。

 この愚か者の引き起こした結果が帝国が二つに割るような事態に発展すれば、ラゼリアの責任を追求する声もあがるかもしれないからだ。


「ラゼリア様……此度の一件誠に申し訳ありませんが……」

「待て。……リヒャルト、私はまだお前の口から聞いていないことがある」

「ああっ!」

「リヒャルト様!」


 ラゼリアが突き刺さった竜骨の槍に力を入れ捻る。

 リヒャルトの傷口がさらに広がり溢れる血が勢いを増した。


「分かるか? 謝罪をしていない人物がまだいるだろう?」

「は、はい……ぐっ……ふぅ……ヴァニタス様にも、ヴァニタス様の奴隷の皆様にも失礼な物言いをしました。私が無知で愚かでございました! どうか! どうかお許し下さい!」

「フンッ」


 勢い良く引き抜かれる竜骨の槍。

 赤い血飛沫が息も絶え絶えなリヒャルトの顔を汚す。


「ぐ……あっ……」

「……リヒャルト、次ヴァニタスたちを馬鹿にするようなことを言ってみろ。そのよく回る舌、私自ら引き抜いてやるぞ」

「っ!? …………はい、申し訳ございませんでした……」


 最後に無理矢理顔を上げさせ脅しをかけることを忘れないラゼリア。

 リヒャルトは頷き頭を下げうずくまることしか出来なかった。






 予期せぬ出来事こそあったものの、夜会はつつがなく終わりを迎えた。

 これによってヴァニタスの功績はラゼリアの思惑通りこの夜会を通じて貴族社会、そして帝都中に広がることとなる。


 そんな中、人目を忍んで馬車へと乗り込み会場を後にする二つの影があった。


 リヒャルトとダールベルト。


 ダールベルトは主の負傷に必死に治療を施そうと包帯を巻いていく。


 傷を治すな。

 身分上位者スプリングフィールド公爵の命令はまだ有効だった。

 それに不審な物はないかと回復薬ポーションも没収されていたためすぐ様傷を治す手段はない。


 屋敷に向け急いで馬車を出すよう御者ぎょしゃへと告げる。


 そのかん、リヒャルトは無言だった。

 右手に走る鋭い痛みのせいではない。


 胸に燻る激しい怒りが彼に激痛を忘れさせていた。


「……ヴァニタス・リンドブルム。よくもよくもこの私に恥を掻かせてくれたな」


 右の手の平から流れ落ちる真っ赤な鮮血と共にリヒャルトはヴァニタスへの復讐を決意した。


 それは見当違いの恨み。

 だが、彼にとって恨みを晴らす相手は自らより身分の低い者ヴァニタスしか考えられなかった。












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